半獣人のケンタウロス娘
召還二日目、おはよう異世界。
昨日俺は夜遅くまで料理を作り、長椅子で寝て一晩を明かした。
砂糖蒸しパンとヨモギもどき蒸しパン二個、それにススキモドキ草を全部を料理したのは、今日一日食材探しに専念するためだ。
窓の扉の隙間から明るい日差しが差し込み、さわやかな小鳥のさえずりが聞こえる。
「昨日は日が沈んでいたから、建物の外を確認できなかった。
外は明るくて天気は快晴、うわぁああぁ!!」
『ぎょえ、ぎぎょぉえぇーーっ』
バサ、バサバサバサっ!!
窓の扉を開けた途端、外で可愛らしくさえずっていた小鳥、と思っていたら実は体長1メートルの怪鳥が姿を現し、俺に襲いかかってきた。
しかし内窓には分厚いガラスがはめられているので、カモメに似た怪鳥はガラスに体をぶつけ中に入れない。
「見た目はカモメだけど、体がデカイ。
アホウドリは翼を広げたら2メートルぐらいあるから、こいつは大型海鳥の仲間だ。
クチバシの中にノコギリ歯が生えているのを見たし、足は三本もある。
確か伝説の八咫烏の足も、三本だったな」
「おはようございます、ツカサ様。
窓の外が騒がしいけど、また八咫カモメが中に入ろうとしているのね」
後ろから声をかけられて振り返ると、そこには輝く金色の髪にこぼれ落ちそうな大きな緑の瞳の少女が立っている。
昨日出会った時は青白い顔をしていた少女は、お腹いっぱい食事をして暖かい暖炉のそばで休んだおかげで、顔色が良くなっていた。
そしてホワイト姫のお世話係のセピアは、まだ毛布に包まってイビキをかいて寝ている。
「ホワイト姫、あのカモメの足、三本もあるぞ」
「八咫カモメの足は三本ですよ。
ツカサ様の世界の鳥は、足が十本あるのですか?」
「俺のいた世界では、鳥の足は二本だ」
「足が二本しかないなら、どうやって木の枝に止まりながら餌を食べるのですか。
ツカサ様の住む異界の鳥は、片足で枝に止まるの?」
「なるほど、枝に掴まる足と、餌を捕らえる足があるのか。
こっちの世界は、動物の進化過程が違うんだ」
俺はホワイト姫と話しながら窓の外を見ると、建物に入るのを諦めた八咫ツバメは、窓の向こうに広がる海へと飛んでいった。
近くに他の鳥がいないか確認した後、俺は窓を開く。
強く吹き付ける肌寒い潮風と磯の香り、濃紺の海の白波と岩に打ち付けるに波音が聞こえてきた。
「この城は海のそばに建っているのか。海風が強いから、建物全体が底冷えするんだ。
それにしてもこの城は、随分と高い場所に建っているんだな」
「ツカサ様、ここはハロイ大陸の東の果てに位置する、断崖絶壁の岬に建てられた、名も無き廃城です。
城を含む岬全体に強力な結界が張られ、敵は誰一人この岬に足を踏み入れることは出来ません」
「海がそばにあるなら、釣りが出来る。
少し遠いけど、食材探しに海に行こう」
俺の脳天気な発言に、ホワイト姫は困った顔で首を左右に振った。
「ここは魔の海と呼ばれ、人の手に負えない海の魔獣が生息しています。
なんでも五十人乗りの船を、丸ごと飲み込んだ多足の魔獣がいるとか」
「いきなり海はマズいのか。今日は近場で食材調達を考えよう。
おーい、セピア。もう朝だぞ。
朝食が済んだら、ススキモドキ草の採取と食料探しに出かける」
そして俺は、初めて異世界の大地を踏みしめることになる。
***
「ツカサ様はとても張り切っていますが、城周辺に食べられる植物はありません。
悪喰の魔人なら魔法で食料を出してくると思ったのに、ツカサ様は魔法を使えないんですよね」
外にでるのが気の進まない様子のセピアが愚痴をこぼす。
「だから俺のいた世界に、マホウなんて無い」
「でもツカサ様の着ている服は、水をはじく特殊素材と体温を外に逃さない特殊素材、それに細かい縫い目で出来ています」
「この服は油から作られたポリエステル、それに服はミシンという機械で縫われている。
俺のいた世界は、マホウの代わりに科学がある。
でも俺自身は、ポリエステルもミシンも作れないけど」
「そんなことありません、ツカサ様。
私には分かります。ツカサ様の中に未知の力が隠されていると」
俺とうっかり契約したホワイト姫に期待を込めた目で見つめられ、保護者のような感情が湧いてくる。
いや、これは彼女に食事を提供するという、契約に縛られた義務感だ。
俺たちは厨房を出て長い廊下を進み、最初に俺が召還されて祭壇のある大広間の先、重厚で巨大な扉を押し開いた。
扉の向こう側は、雑草で埋め尽くされた石作りのオブジェがあり、ここから先は城の庭園らしい。
「とりあえず、食べられる草の生えている場所まで案内してくれ」
「かしこまりました、ツカサ様。
ではホワイト姫様、参りましょう」
そういうとセピアは中腰になり、背中にホワイト姫がぴょんと飛び乗る。
セピアの白いエプロンドレスを結わえた大きなリボンの上に、ホワイト姫が座れるようになっていた。
しかしいくら小柄で痩せて体重が軽いからって、小さな子供のようにホワイト姫をおんぶするなんてありえん。
「ちょっと待て、普通に歩いていたから気づかなかったけど、ホワイト姫は足が悪いのか?」
「いいえ、ツカサ様。私の足はどこも悪くありません」
「もしかしてツカサ様は、私はホワイト姫をおぶるのが気に入らないの?
一族の長であるホワイト姫の騎馬を務めることが、ケンタウロスの血を引く私の誇りです!!」
そういうとセピアは威嚇するように頭の片角を俺に向け、ガツンガツンと庭の石畳を踏み鳴らす。
黒いロングドレスの後ろで、俺がスカートの飾りと思っていた、セピアの髪の色と同じ茶色い尾っぽが激しく左右に揺れている。
毛皮のブーツを履いていると思ったセピアの足は、ケンタウロスの足だった。
「そうか、頭に角が生えているし固いススキモドキを平気で食べるし、セピアはファンタジーの住人なんだ。
でもケンタウロスは上半身が人間で、下半身が馬のはず。
どうしてセピアは、人間のホワイト姫と同じ一族なんだ?」
「私の母はケンタウロスの中でも優れた脚力を誇り、そしてホワイト姫様のお父上である御当主様の騎馬でした。
そんな母が御当主様の遠縁に当たる男性と恋に落ちて生まれたのが、馬の体を持たないハンパ者の私。
そんなハンパ者の私を、御当主様はホワイト姫の遊び相手としてお側に置いてくれたのです」
「ツカサ様、私は迫害を受け敵から追われている間、セピアはずっと私の足となりました。
セピアがいなければ、私は敵に捕らわれ、そして殺されていたでしょう」
この場所にいるのはセピアとホワイト姫だけ、つまり二人の両親も親族も一族全てが敵に滅ぼされた。
そしてこの世界は、異種族間の恋愛OKらしい。
「すまないセピア、不快な思いをさせてゴメン。
それじゃあこの世界はケンタウロスの他に、サキュバスや吸血鬼もいるのか?」
「人型魔獣なら、ケンタウロスの他にゴブリンやオーガや三つ目人熊がいます。
でも一番の魔獣は……勇者王」
えっと俺はファンタジー小説でよくある美少女モンスターを期待して聞いたんだけど、ゴブリンやオーガってガチ魔獣じゃないか。