料理の前に火起こし
「とりあえず火が無いと、料理はできない。
材料になるガラクタはあるから、ユミギリ式火起こし器を作るか」
そして俺は果物ナイフで、壁に飾られた大きなタペストリーのふちを飾る糸の房を切り取った。
「きゃあーっ、それは先々代の当主様の姿を織り込んだ貴重なタペストリー」
「今は緊急事態なんだ、これは火口は確保した」
貴重なタペストリーらしいが、俺は騒ぐセピアを無視して、床に転がる椅子っを解体した。
背もたれの曲線部分をバラし、タペストリーからほぐした糸を数本束ねて紐にすると、弓のように紐を掛ける。
そして椅子の座面に、ナイフでくぼみを掘って加工する。
「この椅子は材質が杉に似ている。火起こし板に最適だ。
弓引きと火起こし板を準備したが、一番肝心な火起し棒が見つからない。
あっ、ちょうど良いのがあった」
厨房と続きになる隣の食堂は、二十人が一度に座れる大テーブルが置かれて、テーブルの中央に長さ三十センチの白木の棒が飾られていた。
持ち手部分に滑り止めのような模様が刻まれた棒を手に取ると、またセピアが騒ぎ出す。
「それはホワイト姫様がご幼少の頃に使われた、大樹の精霊が住む木の枝で作られた、汚れた氷魔法の杖」
「さっきから汚れたコオリマホウって言うけど、この棒はとても綺麗だぞ」
「しかし汚れた氷魔法が原因で、私達一族は滅ぼされて。あっ、姫様」
弱った体で食堂まできた小さなホワイト姫は、こわばった顔で俺たちの会話を聞いていた。
だから俺は、杖の持ち主に直接たずねる。
「なんかセピアが文句言ってるけど、これを使ってもいいか? この木の棒があれば、火を起こせるんだ」
「ツカサ様の命令を、私は拒めません。
汚れた氷魔法の杖を、お好きなように使って下さい」
「だからどこが汚いんだよ。とても綺麗な杖じゃないか」
一悶着あったが、これで全部の材料がそろった。
中学の頃参加したサバイブ色の強いキャンプの知恵が、ここで生かせる。
ユミギリ式火起こしは、火起こし棒をセットして弓を左右に引くと、摩擦熱で板の接触面が燃える仕組みだ。
「久々だからうまく行くかな。
弓を左右に100回ぐらい引けば板が焦げ始め、火起こしができるはずだ」
俺は弓を軽く引いて、火起こし棒を回転させると……。
「まだ10回しか弓を引いてないのに、もう板から焦げた匂いがする。
このまま一気に木を擦れば、おおっ、木の摩擦でできた黒い炭に火がついた!!」
「ええーーっ、大変です姫様。
火です、火が生まれました!!」
この白木の棒は、ヒノキや紫陽花のように火の点きやすい素材で出来ていた。
俺が弓を数回引いただけで火起こし板が焦げ、摩擦面から大量の黒炭が出て赤い火種が点く。
俺は貴重な火を消さないように注意しながら、切り取ったタペストリーの房に燃え移らせ、大きな火種にした。
「なんとか火を起こせたな。これでやっと料理のとりかかれる」
俺は中学のサバイブキャンプ以来の火起こしに成功して喜んでいたが、ホワイト姫は燃える炎を信じられないような目で見つめる。
「まさか、汚れた氷の魔女である私がいるのに、火は消えない。
それどころか炎魔力の気配すらない。
ツカサ様の作り出した火は、この世界の火とは別物。異界の炎です」
火起こし生まれた炎は、パチパチと音を立てて燃える。
俺は壊した椅子の破片を、白い石が積められた釜戸に押し込んだ。
「火起こし板にすぐ火が付いたから、この椅子の破片もよく燃えるはずだ。
木切れに火種を燃え移らせて釜戸の中に、うおっ!!」
すると小さな火種が瞬く間に燃え上がり、釜戸口から勢いよく火が噴き出す。
「白い石に火が燃え移って、炎が勢いを増している。
もしかして中の石は、この世界の石炭みたいなものか?」
俺は不思議に思って後ろのふたりに聞くと、セピアもホワイト姫も驚いた表情のまま固まっている。
「ひ、姫様ぁ。私こんなに勢いよく燃える魔法石を、見たことありません」
「セピア、これは炎魔法ではありません。
ツカサ様の異界の炎が、魔法石を活性化させているのです」
「石が活性化している?
よく分からんが釜戸の白い石を減らせばいいんだな」
俺は釜戸の側に置かれた鉄の棒を二本持って、中の石を一つ取り出した。
すると真っ赤に燃えていた石は、釜戸から出した途端冷めて白い石に戻る。
俺は釜戸から吹き出す炎に少し前髪を焼かれながら、白い石を十個ほど取り出したところで火力が安定した。
「さてと、釜戸に火がついたから料理にとりかかろう。水はどこから汲むんだ?」
俺のいた世界の台所なら、蛇口をひねれば水が出る。
しかし異世界の台所に蛇口はなく、子供が持ち運べるほどの壷がひとつ置かれているだけだった。
「あらツカサ様、水なら水魔法で出せばいいじゃないですか」
「さっきからマホウマホウって言うけど、どこから水を出すんだ?」
するとホワイト姫が、俺に釜戸から出した白い石を見せる。
「これから汚れた氷魔法使いホワイトが、ツカサ様に水魔法を見せましょう。
この魔法石に、氷の魔女である私の印を刻みます」
そしてホワイト姫が手のひらに乗せた白い石を、俺と契約した時のように強い視線で見つめた。
小さな細い指先で石を引っかくと、石は淡い光を放ちながら透明になる。
まるでそれは水晶の塊。
その石を壷に投げ入れると、あっと言う間に壷は水で満たされた。
「ええっ、白い石が透明になって、しかも石から水がにじみ出ている。
なんだこれ、まるで手品だ!!」
「これが私の持つ、汚れた氷魔法の力です。
私の力は聖なる炎魔法を打ち消して、水を呼び寄せます」
「汚れたコオリマホウって、それじゃあこの水は飲めないのか?」
「いいえ、水はちゃんと飲めます。
でも私の氷魔法で汚された魔法石は、もう二度と聖なる炎を灯しません」
俺の目の前にいる小柄な少女が、大人のような口振りで、そして怯えるように痛ましい声で答える。
「水が綺麗なら汚れたマホウじゃない、きれいなマホウだ!!
腹が減っているから、そんなイジケた考え方をするんだ。
もう少し待て、俺が腹一杯メシを食わせてやる」
俺が怒鳴るような声に、ホワイト姫はとても驚いた顔をする。
早くこの子に腹一杯メシを食わせて、そして笑ってもらおう。
俺はもう一度、この台所にある食材を確認する。
「塩と油と、ビーフジャーキー二枚と食べられる草、以上。
俺が異世界召還されなかったら、ホワイト姫たちは間違いなく餓死したな。
とりあえず買い物袋に入っている食材で、一週間は乗り切れそうだ」
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俺がこの世界に持ち込んだ物はバレンタインケーキの材料。
・小麦粉2袋、
・卵2ケース(4個食べられた)
・牛乳1L
・砂糖1袋
・ベーキングパウダー1缶
・齧られたレモン1個
・板チョコ1ダース
(板チョコは緊急時の非常食として、今は手を付けない)
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「この材料で、速攻で作れるのはパンケーキだな。
小麦粉とベーキングパウダーに水を加えてかき混ぜ、ビーフジャーキーを小刻みにして加え、フライパンで生地を焼く」
「ええっ、最後のお肉を料理に使うの?」
セピアがビーフジャーキーの皿を抱えて逃げようとするので、俺は思わすスカートの茶色い飾りを掴んだ。
「うきゃあっ、ツカサ様は私の主人じゃないのに、勝手に触らないで」
「逃げたらこのスカートの飾りを毟り取るぞ!!
いいからさっさとビーフジャーキーを寄こせ」
涙目でビーフジャーキーの皿を手渡すセピアを眺めながら、料理に関して手加減無しになった俺自身に驚く。
早く早く、料理を作って、契約を遂行しなくては。