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とりあえず何か食べよう

 荒れ果てた建物の中は薄暗く、冷たいすきま風が吹いている。

 トラックに轢かれる寸前、俺は異世界に召喚された。

 俺をこの世界に召喚した頭に角の生えた彼女と黄金色の髪の少女は、命の恩人だ。

 そして目の前の二人は、飢えているのが一目瞭然だった。 

 歳は十才ぐらいのホワイト姫は、手足は枯れ枝のように痩せ、頬はこけ目が飛び出しているように見える。

 それから角の生えた茶色い髪の娘・セピアは、腕を怪我していた。


「そういえばアンタ、セピアさんは、早く傷の手当しよう」

「この程度の傷なら、もう治りました」


 そしてセピアが腕を見せると、手首の切り傷はすでに血が止まり、薄いピンクの肉が盛り上がって傷を覆っていた。


「床を濡らすほど血を流したのに、もう傷が治っている。

 頭に角が生えているし、もしかしてセピアは人間じゃないのか」

「我が一族は自己治癒力に長けています。

 それよりもツカサ様、早く早く、魔人の力で食べ物を出してください」

「食べ物を出せと言われても、スーパーで買い物したバレンタインケーキの材料しかないぞ」


 俺は買い物袋を床に下ろし中身を確認しようとすると、角娘セピアが飛びついてきた。


「そ、そ、その袋の中に食べ物があるの?

 これはおいしそうな黄色い木の実。ガブッ」

「勝手に食べるな、それはレモンだ」

「す、す、す、すっぱぁああーーーーーーー!!」


 なんてお約束な展開、レモンを思いっきりかじったセピアは、すっぱさで顔をしかめて騒ぎ回る。

 それと比べて小さなお姫様は大人しく……。


「私は、今の契約で、魔力を使い果たしました。もう、動けません」


 小さなホワイト姫、もはや体を起こすこともできず、ぐったりと床に寝転がった。

 それを見た俺は、大慌てて祭壇に飾られた銀色のコップを手に取る。


「セピア、このコップの中身はなんだ?

 まさか毒なんて入ってないよな」

「えっと、コップの中身は水です。

 儀式の前に汲んだ、きれいな水ですよ」


 俺は買い物袋から牛乳パックを取り出し、コップの水を捨てると牛乳を入れた。

 そして床に倒れているホワイト姫の体を起こし、乾いた唇にコップを押しつける。


「口の中のすっぱいのが消えるから、セピアも牛乳を飲むんだ。」

「ツカサ様、どうして紙箱の中にミルクが入っているの?

 これが異界のミルク、味は少し薄いですね」


 この世界も牛乳が存在するらしく、ふたりは何の抵抗もなく1リットルの牛乳パックを飲み干した。

 これで料理ができるまで、少しは空腹を堪えることができるだろう。





 ふと俺は、あちらでの日常を思い出す。


『あーっ、仕事疲れた腹減った。もう何するのもイヤ』

『お兄ちゃん、部活でクタクタだよぉ。お腹が空いて動けない』

『おい二人とも、玄関前で寝転がるな!!早く靴を脱げ』


 お腹が空いたと倒れる少女と、俺の姉貴や妹の姿がシンクロする。

 そういえば俺の両親が事故で亡くなった時、姉貴は二十歳で、今の俺と同じ年齢だ。

 それは契約の義務感だけでなく、姉貴が俺と妹の面倒を見たように、俺はこのふたりを助けたいと思った。



 ほんのわずかな時間、感傷に浸った俺を、セピアが現実に戻す。


「これから料理を作るから台所に案内してくれ。ってセピア、勝手に買い物袋を漁るな!!」 

「この中に食べ物が、おおっ、卵があるぅ」


 ぐちゃ、ばりばりばりっ。


「うわっ、生卵を殻ごと食べた。

 卵は料理に使うんだ。もう少し我慢しろ!!」


 よっぽど餓えているのか、セピアに俺の制止の声は届かない。

 あっという間に生卵四個を食べて、隣にいるホワイト姫にも卵を二つ手渡した。


「どうぞホワイト姫様も、この卵をお食べください」

「いいえ、セピア。

 とてもお腹が空いて卵を食べたいけど、私はツカサ様が料理を作るまで待ちます」


 卵を持つ手がブルブル震え、腹の虫がグウグウ鳴いているのに、ホワイト姫は生卵を食べるのを堪えている。

 うわぁあーーっ、なんて良い子なんだ。

 俺の周りにいた、自分勝手な女どもと全然違う。

 それから牛乳と生卵四個の食べたセピアは、もう食事抜きでいいか。


「ふぅ、少しお腹が落ち着きました。ではツカサ様を厨房へご案内します。

 ホワイト姫様は、この部屋で休んでいてください」


 俺が飯抜きを考えていると知らないセピアは、足取りも軽く城の中を案内する。

 俺の先を歩くセピアのスカートにくっついている、茶色い髪の束みたいな飾りが不自然に揺れ、カツカツと廊下に響く硬い靴音はまるで蹄のようだ。

 長い廊下の途中、いくつも部屋があるが、中は荒れて蜘蛛の巣だらけで、そして明かりが一つも無い。

 この建物の中にいるのは、俺たち三人だけのようだ。


 廊下の突き当たりの階段を上がると、二階の厨房にたどりつく。

 広い厨房の中は、予想通りコンロも冷蔵庫もレンジも、水道の蛇口すら無い。

 洗い場らしきところに小さな水瓶と、薪をくべて火をおこす釜戸があった。


「ここにある食べ物は塩付け肉が二切れと食べられる草、たったこれだけです。

 この数日は雑草をはみ、塩と油をなめて飢えをしのぎました。

 でもホワイト姫様は、あまり草が食べられず、どんどん痩せていって……」


 そう言ってセピアは、茎の太い草を手に取ると、音を立てて美味しそうに食べる。

 俺も草の味見をしようと、一口齧ってみると。


「なんだこの草、茎が木の枝みたいに固くて噛みちぎれない。これじゃあホワイト姫は食べられないぞ」


 割り箸ぐらい硬い茎を、しかしセピアはパリポリと音を立てて食べる。

 どうやらセピアがホワイト姫ほど飢えてないのは、硬い茎を食べられるからか。

 これは大急ぎで、ホワイト姫用の料理を作る必要がある。

 俺は周囲を見回すと、本当に何もないガランとした厨房で、部屋の隅に空き瓶が数個置かれ、床に壊れた椅子が転がっている。


「この厨房は物が少なすぎる。大きな食器棚の中身もほとんど空っぽ。

 調理器具も、木べらや土鍋しかない」

「それは召使たちが、金目の物を全部持って逃げたからです」


 棚の中に残っている食器は、ひびの入った陶器の皿や木のスプーン。

 鉄製のフライパンを一つだけ残したのは、逃げた召使たちの唯一の良心か。


「変だな、釜戸に薪をくべた様子がない。その代わり白い石が沢山入っている。

 壊れた椅子を、薪替わりにするか。

 それじゃあセピア、釜戸に火をつけてくれ」


 俺がそういうと、セピアは怪訝そうな顔をした。


「火はありません。ツカサ様こそ、悪喰の魔人なのに炎魔法が使えないのですか?」

「えっ、火がないって、それじゃあどうやって釜戸に火をつける?

 この世界はマッチやライターや、ファイヤースターター(火打ち石)はないのか?」

「マッチって何ですか、火は炎魔法で起こすのです。

 そして私は炎魔法を使えないし、ホワイト姫様は汚れた氷の魔女。炎魔法は使えません」


 俺の頭は一瞬真っ白になり、そして厨房の状況を見てすべてを理解した。

 食料もない、火もない。

 つまり俺は、異世界でいきなりサバイバルを始めなくちゃならない。


「とりあえず火が無いと、料理はできない。

 材料になるガラクタはあるから、ユミギリ式火起こし器を作るか」

「ツカサ様から炎魔力の気配は感じ取れないのに、どうやって炎魔法を使うのですか?」


 幸い部屋の空気は乾燥して、火を起こしやすい状況だ。

 俺は背中のリュックから、ショッピングセンターで受け取ったばかりの商品、ドイツ製調理用ナイフ三点セットを取り出した。


※卵のカルシウムは、セピアの角の栄養になります。

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