荒野の旅 六食目 濃厚スープのエノキもどきパスタ
「花魔蜘蛛の花びらに名前が書かれているということは、俺はコイツと契約したのか?
確かに餌をやったり色々話しかけたけど、契約する時の静電気みたいな痛みはなかったぞ」
「ツカサ様は階段の上り下りで筋肉痛になっていたから、それで蜘蛛との契約の痛みが紛れちゃったんじゃないですか?」
どうやら俺は自分が気づかないうちに、花魔蜘蛛を餌付けして従属契約したらしい。
思わず手の甲に乗っかった花魔蜘蛛を睨みつけると、気配を察した蜘蛛が服の袖の中に入っていった。
「うわっ、ちょっと待て。服の中はやめろ。
コートの裏に蜘蛛の巣を作って、背中にベチャベチャくっついている!!」
俺は慌ててコートを脱ぐと、振り回して花魔蜘蛛を落とした。
すると花魔蜘蛛は俺の足によじ登り、今度はズボンの中に入ろうとするので、慌てて捕まえると頭の上に乗せた。
「あーあっ、コートの裏に蜘蛛の巣が張って、ベタベタだ。
しかし頭に乗せると、髪の毛が蜘蛛の糸でベタベタになる。
それに男が頭に花を飾っているなんて、変に思われるな。
女なら髪飾りと誤魔化せるが……そうだ、ホワイト姫は花魔蜘蛛が怖くないか?」
「はい、ツカサ様。
恐ろしい顔をした生首トマトやブヨブヨ蠢くナマコスライムと比べたら、花の咲くきれいな花魔蜘蛛は全然怖くありません。
それに花魔蜘蛛の巣のおかげで、美味しい八咫ツバメ肉が食べられるのです」
「それじゃあこの花魔蜘蛛は、ホワイト姫にお願いしよう」
花魔蜘蛛が蜘蛛の糸を吐いても、ホワイト姫は凍らせてしまうから、ベタつく心配はない。
俺は頭の上の花魔蜘蛛を、ホワイト姫の頭に移らせると、青く染めた髪にピンクの花の髪飾りが付いた。
しかしそんな俺たちの会話を、先を歩くセピアが聞いたようで、彼女は引いていた荷車を置くと猛スピードで俺の前に走ってきた。
「ええっ、今度は花魔蜘蛛と契約したって、ツカサ様は私とは契約してくれないのに、イノシシや蜘蛛と契約するの?
確かにイノシシは毒見ができるし、花魔蜘蛛は蜘蛛の巣の罠を作ってくれる。
私は足が速いだけで、イノシシや蜘蛛より役立たず……」
最初勢いよく抗議していたはずのセピアは、途中から自信なさげに声が小さくなり、最後は下を向いて落ち込んでしまった。
しかし俺の契約って、ついうっかり結ばれてしまった不慮の事故みたいなものだ。
それに年頃のセピアと契約なんて、今の俺には荷が重すぎる。
だから毎回契約のことで騒ぐセピアをどうにかして誤魔化そうと、俺は真剣な表情で彼女を見た。
「セピア、本当に俺と契約してもいいのか。
もし俺とホワイト姫が魔獣に食われる寸前とか、同時に危険な目にあったらセピアは誰を助ける?」
「それはもちろん、絶対、最優先でホワイト姫様に決まっています」
「ほら、セピアが一番大切なのはホワイト姫だ。
だけど俺と契約したら、俺がセピアの一番で、ホワイト姫は二番になるぞ」
俺はそういうと、セピアは何も言えず押し黙る。
ホワイト姫は俺のそばを離れセピアに駆け寄ると、セピアの手を引いて歩き出した。
そんな小さな騒ぎがあったが、俺たちは日が沈むまでひたすら荒れ地の中を歩き、バイオレットの案内で大きな岩山の下にたどりついた。
洞窟の入り口は体の大きなバイオレットが屈んで出入り出来る程度の広さ。
中の天井は高く、広さは教室一つ分ぐらいある。
「それではホワイト姫、今日は岩の洞窟で野宿です。
自分は周囲に魔獣がいないか偵察してきますから、周囲に魔獣除けの結界をお願いします」
バイオレットがそういうと、ホワイト姫は小さな魔法石を手のひらに乗せて真剣な表情で見つめると、クラッシュアイスみたいに粉々に砕けた。
「お父様ほどではありませんが、私の結界も強力です。
これを岩の洞窟周辺に置いて結界を張れば、魔獣は半永久的にこの洞窟には入れません」
「へぇ、水を出したり結界まで作れるなんて、ホワイト姫のコオリマホウは凄いな。
でも大人数で旅をする時とか、魔法石がいくらあっても足りないだろう」
「そうですツカサ様。魔法石運びはとても過酷で厳しい奴隷の仕事です。
しかも魔法石の供給先は、魔王の居城がある西の山。
そして魔王無き今、そろそろ魔法石は枯渇するという噂です」
「どうして魔王の山に魔法石があるんだ?」
「魔法石は魔獣の体内で作られるからです。
しかも一定以上の魔力を持つ魔獣でないと、魔法石は取れません」
八咫カモメから魔法石は取れなかったから、もっと強い魔獣を討伐しないと魔法石は取れないのか。
そしてホワイト姫が結界を張り終わり、俺は荷車から底に小さな穴の開いたバケツを持ってくると、洞窟の手前の地面に石を数個置いて、上にバケツを乗せた。
「貴重な魔法石は節約して、薪を多めに火を起こそう。
この穴の開いたバケツ、一斗缶カマドを使えば四人分の夕食の煮炊きが行える」
俺は城で武器を探している最中、このバケツを見つけた。
この底に穴の開いた壊れたバケツは、今は高価な陶器の壷より価値がある。
バケツに開いた穴から空気が入って中で燃焼する、簡易ロケットコンロと同じ仕組みだ。
俺は穴の開いたバケツの中に木炭代わりの魔法石を入れ、ユミギリ式火起こしで火をつけると中に放り込むと、魔法石は着火材の役割をして薪に火を燃え移らせた。
「さて、鍋にたっぷりのお湯を沸かせば、料理の出来上がりだ」
「そんなツカサ様。今日の食事はお湯だけですか?」
「ツカサ殿が火を扱えるのは素晴らしいと思うが、湯を飲むだけでは腹は膨れないです」
さっそくセピアとバイオレットが抗議してきたが、それは予想の範疇内。
「これから俺の冷凍保存知識と、ホワイト姫のコオリマホウを掛け合わせた料理を見せよう。
俺のリュックの中にある食材だけで、四人分の豪華な料理を作るぞ」
そう言いながら俺が茶色い氷の固まりを取り出すと、煮立ったお湯の中に入れる。
「ツカサ様が入れた茶色い氷が一瞬で溶けて、お湯から濃厚な肉汁の香りがしてきました」
「これは八咫ツバメの鶏ガラを二日間煮込んで、丁寧にアクを取った濃縮スープだ。
そのスープに天日干ししたエノキもどきと、香菜のヨモギもどき草、薄くスライスした八咫カモメ胸肉を投入する」
俺は旅の間、料理を簡単に済ませるため、キノコや野菜やスライムを干してカサを減らし、肉は味付けを済ませ冷凍保存した。
スープに投入したヨモギの風味と、鴨肉に似た八咫カモメの胸肉。
白くて細長いエノキもどきが濃厚スープを吸ってプリプリに膨れると、和風パスタみたいな料理になった。
「干して旨味成分の増したキノコを濃厚鶏ガラスープで戻したから、きっと味が染みて旨いぞ。
これは俺のいた世界の、インスタントという料理技法だ。
マホウで水を出せ、物を凍らせる事のできるホワイト姫のおかげで、この料理を作ることが出来る」
俺がそう言うとセピアはキラキラした目でホワイト姫を見つめ、ホワイト姫は少し恥ずかしそうに鍋をかき混ぜた。
「ツカサ様はお湯に材料を入れただけで何も料理していないのに、なんて美味しそうな匂いがするの。
このいんすたんと料理なら、私でも簡単に作れそう」
「ホワイト姫は柔らかめの料理がいいから、パスタの味見をしてくれ」
俺は小さな器に全部の具材を少しずつ入れて、ホワイト姫に渡す。
「では白くて長いキノコからいただきます。ちゅる、ちゅるん、うわぁ、キノコを噛むと柔らかくて、中に染み込んだ濃厚なスープの味が溢れてくる。
それに一緒に食べた葉っぱの香りが口いっぱいに広がって、とても美味しいです」
「うん、これはうどんとパスタの中間ぐらいだ。
鳥ガラスープの味は鴨に似ているから、ネギがあれば鴨ネギうどんが作れるぞ」
「ああっ、ホワイト姫様とツカサ様だけで味見をするなんて、とてもズルいです。
えっ、この炙った薄切り肉ですか。
干した薄切り肉って固くて……あれ、この八咫カモメ肉はとてもしっとりして柔らかくて、もぐもぐもぐ、それにピリっとした刺激のある味付けがされています」
「鶏むね肉は火を通しすぎるとパサつくから、軽く茹でて余熱で中まで火を通したんだ」
最初味見のつもりだった俺たちは、気が付くと鍋を囲んで本格的に料理を食べ始めていた。
しかしあまり野菜とキノコが好きでないバイオレットは、とても不満そうだ。
「でもツカサ殿。自分はキノコと野菜と薄切り肉では、腹は膨れません」




