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魔法陣(マンホール)から出られない

 俺はマンホールの蓋に乗ったまま、どこまでもどこまでも地の底に落ちる。

 そして突如、目の前が開けると薄暗い空間が現れた。

 

「ここはどこだ、俺は助かった?

 マンホールの底が、どこかの建物と繋がっていたのか。

 もしかして地下の軍事秘密基地……」


 しかし冷静になって上を見ると、落ちてきたはずの穴はどこにもなく、お城に飾られているような大きなシャンデリアがぶら下がっていた。

 俺のいる石造りの空間は、軍事秘密基地というよりヨーロッパの古城のような雰囲気だ。

 そしてこの場に漂う生臭い香りが、俺の不安をかき立てる。

 ふと足元を見ると床に置かれたマンホールの蓋が赤い光を放ち、目の前に木切れを積み重ねた祭壇があり、その横に人影がうずくまっていた。

 茶色い髪に真っ黒な長いドレスと白いエプロン姿の女性、そして腕から赤い血がしたたり落ちる。


「まさか床の赤いのは血痕?!

 アンタ大丈夫か、その傷はどうした」


 俺が慌てて床にうずくまる人影に声をかける。

 ゆっくりと体を起こし顔を上げた女性は、長い茶色の髪に緑の瞳、年齢は俺の妹と同じ高校生ぐらいに見えた。

 しかし目の前にいる人物は日本人ではない。

 それどころか、耳の上あたりから山羊に似た角が生えていた。

 彼女は俺を見て泣き出しそうな笑みを浮かべ、そして歓喜の声を上げる。

 

「おおっ、その黒い髪に赤い瞳、地底に住む魔人の伝承は本当だったのね。

 邪な魔人の中でも、最も禍に近い悪喰の魔人よ。

 お前は召喚主である私と契約して、願いを叶えなさい」

 この世界を喰らい、全てを滅ぼすのです!!」

「えっ、最も禍と近いっ?

 確かに今の俺は世界一運が悪いかもしれないけど、世界を滅ぼす力なんて無いぞ。

 それよりアンタ、早く腕の傷を塞いで血を止めないと大変だ」


 世界を滅ぼせなんて意味のわからないことを言われたが、それより彼女の怪我の手当が先だ。

 その時俺は、明らかに日本人ではない彼女と日本語で会話できる事に、何の疑問も持たなかった。

 しかし俺の返事を聞いた彼女は、何故か怒って立ち上がる。


「そんなぁ、どうして召喚主の願いを叶えてくれないの!!」

「おい、そんなに腕を動かしたら余計に血が出る。

 このハンカチで腕の傷を塞いで……」


 ゴツッ。

 興奮して暴れる彼女を止めようと、一歩踏み出した俺の顔面に激痛が走る。


「痛てぇ、なんだこれ。俺の周囲に見えない壁がある」


 俺はマンホールの蓋の上から出ようとして、何かにぶつかって鼻を強打した。

 腕を伸ばすと俺の周囲には透明な壁があって、円柱の中に閉じ込められた状態だ。

 そして足元のマンホールの蓋が、今にも抜け落ちそうにカタカタと小刻みに震えている。


「召還は成功したはずなのに、なぜ魔法陣マンホールから出てこない」


 彼女は何かを叫びながら、俺の方へ手を伸ばす。

 その瞬間、二人の間に激しい火花が散り、見えない壁に弾かれた彼女が悲鳴を上げる。


「召還主である私が拒まれるなんて、私程度の角と血では足りないの?

 せっかく召喚に成功したのに、このままでは魔法陣マンホールが閉じて魔人は元の世界に戻ってしまう」

「えっ、元の世界に戻るってどういう事だ?

 ここは日本で、マンホールの底に繋がる秘密基地だろ」


 そう言いながらも俺は、彼女の頭から生える角や喪服みたいなドレス、古びたシャンデリアや石造りの建物、そして感じ取れる異質な空気がここは日本じゃないと感じ取っていた。


「そうよ、ここはお前がいた世界じゃないわ。

 私は願いを叶えるために、異界の扉は開き、こちらの世界に悪喰の魔人を召喚したの。

 だけど私の血の力が弱すぎて、このままでは悪喰の魔人は呼び寄せられた場所と時間に戻ってしまう」


 彼女の言葉を聞いた俺は、背筋に冷たい汗が流れる。

 異界の扉、悪喰の魔人、それに召喚って、まるで流行のラノベファンタジーの世界だ。

 しかしそれより呼び寄せられた場所に戻るって、まさか買い物帰りの地獄坂!!


「ちょっと待て。

 俺は元の場所と時間に戻った瞬間、暴走トラックにひかれてミンチになる。

 お願いだ、何でもするから俺をここから出してくれ。

 元の場所に、地獄坂に戻さないでくれ!!」

「ひぃっ、地獄に戻さないでくれって、地底はそんな恐ろしい所なの?

 でも私の血の力は尽きかけて、これ以上 魔法陣マンホールを維持できません」


 俺はどうにかしてマンホールの上から出ようと、見えない壁に体当たりするが壁はびくともしない。

 彼女も見えない壁に手を伸ばしたけど、また電流のような火花が散って弾かれた。

 やばい、足元のマンホールの蓋の震えが激しくなり、体が遠い場所に引き戻される。

 キケン、キケン、キケン、キケン、キケン、キケン。

 頭の中で赤信号が点滅する。

 早くマンホールの上から脱出しないと、元の場所、元の時間に戻った途端、俺は暴走トラックに押し潰されて死んでしまう。





 その時、祭壇に捧げられた金色の髪の毛が舞い上がり、広間の扉が開いた。

 薄暗い部屋に一筋の光が差し込み、身を切り裂くような一陣の冷たい風が吹き抜け、小さな女の子が現れる。


「セピア、あなたここで何をやっているの?

 この禍々しく乱れた気配は、まさか異界の扉が開かれている!!」

「申し訳ありません、ホワイト姫様。

 私の力では、召喚した魔人を使役できません」


 一筋の光は、金色に輝く少女の髪。

 扉の前に立つ可愛らしいドレスを着た小柄な少女は、手足はやせ細り頬はこけ、瑠璃色の大きな目が飛び出しているように見える。

 小さな女の子はよろめきながら俺たちに近づくが、足がもつれてその場に座る込む。

 それでも強い意志の宿る瑠璃色の瞳で俺を見つめ、絞り出すようなかすれ声を出した。


「貴方は、地底より召喚された、悪喰の魔神。

 どうかお願いします、私たちを助けてっ。

 私はお腹が空いて、お腹空いて、お腹空いて、おなか、すいて……」

「あんたたち二人共、腹が減っているのか?」


 ひもじさのあまり腹を抱えて座り込む少女を見て、俺は思わず見えない壁に両手を伸ばした。


「待ってろよ、今すぐなにか食べられるモノを作ってやる」


 ーー氷ノ魔王姫 ト 悪喰ノ魔人 契約カンリョウーー


 その瞬間、俺と外の世界を隔てた見えない壁が消える。

 同時に、俺と少女の間を稲妻が走り、激しく火花が散った。


「きゃあっ!!」

「うがぁ、痛っ!!

 今のなんだ、額が火傷したみたいにヒリヒリする」


 俺の額に火花が直撃した。

 切り裂くような痛みは一瞬だったが、額に触れるとカサブタのような手触りがする。

 目の前の祭壇に飾られた丸い鏡を手に取って覗き込むと、俺の額に青い象形文字が浮かび上がっていた。


「なんだこれ、俺の額に『ホワイト』と文字が……。

 あれ、どうして俺は象形文字が読める?」


 そして額の印以上に、鏡を映る自分の赤い目に驚く。

 日本人の俺は黒目黒髪、赤いカラーコンタクトレンズなんてはめた覚え無い。

 慌てて何度も目をこするが、俺の瞳は十六夜の紅い月のような色をしていた。


「異界の悪喰の魔神。貴方の名前は『ツカサ』と言うのね」


 鏡を凝視していた俺は、突然少女に名前を呼ばれ後ろを振り返る。

 まるで光の束のような黄金の髪をした少女は、痛みで顔をゆがめながら胸元を押さえていた。

 そしてゆっくりと顔を上げてドレスの襟元を広げると、鎖骨の下胸の中央に下手くそな文字で、『司』と俺の名前が書かれている。


「うわぁ、女の子の体に、俺の名前が落書きされている。

 どうしよう、これって消せないのか?」

「異界の魔人が召還できたのは、私の血ではなくホワイト姫様の魔力だったのですね。

 契約が完了した証に、互いの身体に名前が刻まれました」


 さっきの火花で、俺の額と少女の胸に文字が刻まれた。

 不慮の事故としても、見ず知らずの女の子の体に自分の名前を書くなんて変態行為、頭を丸めて詫びるしかないっ。

 しかし慌てふためく俺とは逆に、小柄なホワイト姫は大人びた笑みを浮かべながら俺を見た。


「これは元の世界に戻りたくないツカサと、助けてほしい私が互いに望んで契約した証。

 悪喰の魔人ツカサは召還の契約に基づき、私たちに食事を、何でもいいから食べられる物を与えなさい」


 その時俺もホワイト姫も、契約に余分な一言『何でもいいから食べられる物』が書き加わったことに気付かなかった。

 そしてこの契約は、後に世界を大きく揺るがす元凶となる。


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