巨大フォークを手に入れた!!
荒野の向こうの北の山のふもとにある集落に、俺たちは出発する。
昼前に城を出て夕方まで荒野を歩き、二回野宿をして三日目に集落に到着。
そして集落で必要な食料を調達したら、速攻で城に戻る予定だった。
「ツカサ様、城を出る前にお父様にご挨拶します」
この数日間、甘い岩石リンゴジャムを作っていたホワイト姫は、ほんの少しだが頬がふっくらしてきた。
最初は頬がこけ目玉が飛び出して餓死寸前の姿だったが、今は痩せぎみの女の子伸す型をしている。
ホワイト姫は一階の大広間に飾られた肖像画の前に立つと、少女と同じ黄金色の髪をした知的な雰囲気の男性が描かれていた。
そして額縁の赤い宝石にふれると肖像画が上にせりあがり、絵の後ろの壁からひと一人がやっと通れるような小さな扉が現れた。
「この扉の向こうの隠し部屋が、お父様の寝室でした……。
でも勇者王の暗殺者が隠し部屋に忍び込み、就寝中のお父様を殺害したのです。
その時お父様は自分の命より、私たちを守るために、岬全体に結界を張り巡らせました。
そして暗殺者とお父様の肉体は焼き尽くされ、中に遺物だけが残されています」
そういうとホワイト姫は俺の方を振り返りながら、隠し扉の中へ入っていった。
続けて俺も扉をくぐろうとすると、後ろからバイオレットの悔しそうな声が聞こえる。
「この小さな扉のせいで、自分は御当主様の危機に駆けつけられなかった」
巨体のバイオレットは、両手をキツく握りしめて悔しそうにしていた。
俺は頭を少し下げて腰をかかめながら、狭すぎる長い廊下を50メートルほど進む。
廊下の突き当たりに扉らしきものが見え、そして冷たい風を感じた。
「なんだ、この部屋は。 すべてが焼け焦げて、そして凍っている」
部屋入り口の扉は半分焼け落ちて、壁も天井も家具も黒く焦げ、そして氷で覆われていた。
部屋の中央には、豪華な寝台だったらしきモノの残骸があり、銀色の長槍が突き刺さっている。
「それはお父様が暗殺者と戦った時に使った長槍です。
お父様の強すぎる念が籠もって、床に突き刺された状態のまま動かせないのです」
「この長槍で、敵を床に縫い止めたんだろうな。
そして城に炎を延焼させないように、全てを凍らせたんだ」
そして俺は何故か長槍に引き寄せられるように、部屋の中央まで進んでいた。
「どうしたのですか、ツカサ様。
この槍にはお父様の念が宿り、娘の私でも触れることは出来ません」
「なんでこの槍は、フォークみたいな形をしているんだ?」
それは俺の身長ぐらいある巨大な銀のフォークで、とても武器には見えない。
俺は思わずその巨大フォークに触れると、あっさりと床から抜けて、思わず右手で握り締める。、
「まさか誰も触れることが出来なかったお父様愛用の長槍を、ツカサ様が持てるなんて。」
「これは一応、三叉槍だよな。
それにしても凄く軽い、キャンプで使うアルミ製のフォークみたいだ」
そして銀色の槍は、まるで誰かが握っていたみたいな人肌の温もりがあった。
俺の持つ巨大フォークを、ホワイト姫は懐かしそうな悲しい目で見ている。
「きっとこの子を助けるために、巨大フォークを俺に授けたのかもしれない」
俺は巨大フォークの刺さっていた場所に向かって頭を下げ、両手を合わせた。
俺たちが隠し部屋から出ると、外でセピアが心配して待っていた。
「私が荷物の確認をしている間に、ホワイト姫様が隠し部屋に入られたと聞いて驚きました。
私も頭の角が邪魔で、御当主様の隠し部屋には入れません。
ツカサ様、部屋から何を……そ、それは、御当主様の断罪の槍!!」
「うぉおおっ、これは凄い。
断罪の槍がツカサ殿を主と認めたのですね」
「えっ、この巨大フォーク、断罪の槍って言うのか?
それにしても隠し部屋に続く廊下が狭くて、ずっと屈んできたから膝と首が痛い。
バイオレット、ちょっとこの巨大フォークを預かってくれ」
俺は凝った肩をほぐそうと、持っていた巨大フォークをバイオレットに渡す。
すると受け取ろうとしたバイオレットの顔色が変わり、巨大フォークを取り落とした。
手から離れた巨大フォークは床に落ちると、その衝撃で大きな地響きがして、床のタイルが粉々に砕けた。
「無理です、ツカサ殿!!
こんな重たい槍を持ったら、自分の腕がもげてしまう」
「まさか、この巨大フォーク、全然重くないし片手でも持てるぞ。
なのに力持ちのバイオレットが持てない?」
俺は巨大フォークを片手で待ち上げて、軽く振り回す。
それからセピアとホワイト姫が巨大フォークを持とうとしたが、二人とも「重くて持てない」といった。
「きっとツカサ殿は、こちらの世界の魔力や呪術的なモノを受け付けないのでしょう。
この槍があればどんな敵でも、もしかしたら勇者王とも互角に戦えます!!」
そう告げたバイオレットは、燃えるような好戦的な目で俺を見る。
「まさか俺が敵と戦うなんて冗談じゃない。
それにこれはフォークだ。フォークは料理するときに使うものだ」
「おおっ、勇者王をフォークで料理するとは、なんて勇ましい。
さすか悪喰の魔人・ツカサ殿です!!」
なんだかバイオレットは勘違いしているが、とりあえず俺の身を守る武器が手には入って良かった。
それにこの巨大フォークは、伊勢サソリの殻剥ぎに使えそうだ。
***
そして俺たちは廃城を後にする。
石造りの城壁の向こうに、岬を丸ごと取り囲む氷の壁のような結界が見える。
「この氷の壁、出口が無いけど、どこから出入りするんだ?」
「ツカサ様、この氷の壁は幻です。
結界に守られた私たちは、自由に氷の壁を通り抜けることが出来ます」
ホワイト姫が説明している間に、先頭のバイオレットとセピアは壁の中に吸い込まれていった。
「これ、本当に通り抜けられるのか?
俺がこの世界に召還されたとき、結界にしたたか鼻をぶつけたんだ」
「ではツカサ様、私と手を繋いで結界を通り抜けましょう」
小さなホワイト姫が手を差し出すと、俺は迷わずその手を握りしめた。
ここから先は、俺にとって未知の世界。
俺は一歩踏み出し、氷の壁に頭から突っ込んで……。
「あれ、なんだこれ? 城が消えちまった」
乾いた空気、乾いた大地、殺伐とした何もない景色。
慌てて後ろを振り返ると、鬱蒼とした緑の庭園も氷の壁も消えて、俺たちはただっ広い荒野のど真ん中に立っていた。
すでにバイオレットとセピアは前を歩き出し、俺はホワイト姫に腕を引っ張られて正気に戻る。
「ツカサ様、お父様の強力な結界魔法に守られた廃城は、外の敵から見えないように隠されています」
『ぷひぃ、ぷひぷひぷひっ』
そして気が付くと、俺の足下にうり坊がまとわりついていた。
「そういえばうり坊も一緒に集落に行くんだよな。
忙しくてすっかり存在を忘れていたぜ」
『ぷひっ。ぷひぷひ』
「俺は荷物があるし、ホワイト姫の手を引かなくちゃならないから、うり坊は自分で歩けよ」
『ぷぷひっ。ぷひーぷひーっ!』
「それにしても剥き出しの土だらけで、花も草も生えない殺伐とした場所だな」
『ぷぷひぃーーっ!!』
「なんだよ、ウルサいなぁ。うり坊」
「えっと、ツカサ様の頭に花が生えています」
ホワイト姫は戸惑った顔で俺を見上げ、そして俺は自分の頭の上に手を伸ばす。
ガサッ、ガサガサッ
頭の上に乗せた手の甲に、多足の生き物の感触を感じた。
俺は頭からそっと手をおろすと、手の甲にコスモスみたいなピンクの花が乗っている。
城から付いてきた花魔蜘蛛は、花ビラの白い模様が『司』と読めた。




