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ドイツ製の包丁研ぎ

 四階に蜘蛛の巣の罠を仕掛けた後、俺とバイオレットは交代で獲物がかかるのを見張った。

 その日の夜、獲物は現れなかったが、翌日の朝、突然降り出した雨を避けようと、三羽の八咫カモメが窓から飛び込んできた。

 百枚の蜘蛛の巣を重ね、しかも粘着力の増した罠に頭から飛び込んできたヤタカモメは、羽を広げた状態で罠に引っかかった。


「ツカサ殿、これは凄い!!

 罠に捕まった八咫カモメは、蜘蛛の巣のネバネバに絡まって全く動けない」

「急げバイオレット、八咫カモメが仲間に助けを呼ぶ前に、早くとどめを刺せ」


 俺は蜘蛛の巣を食い破ろうとする八咫カモメのくちばしに岩石リンゴを押し込みながら叫ぶ。

 バイオレットは背中の斧を構えると、勢いよく振り下ろした。

 しかし手元が狂ったのか、八咫カモメの首をかすって傷つけ、その拍子にクチバシに押し込んだ岩石リンゴが外れる。


『ギギャアアアァーー!!ぎぎぃゃあーーーーー』


 八咫カモメの絶叫が部屋の中に響きわたり、激しく降る雨の音をかき消す。

 バイオレットは慌ててもう一度斧を振り下ろすと、今度こそ八咫カモメにトドメを刺した。

 しかし時すでに遅し。

 窓の外から他の八咫カモメが発する警戒音が聞こえ、ここに罠を仕掛けたことが連中にバレたようだ。


「すみませんツカサ殿。

 自分の武器は伊勢サソリを捕まえるとき刃こぼれして、切れ味が悪くなっているんです」

「そういえばバイオレットの斧は、随分とボロボロだな」


 何とか三羽の八咫カモメを絞めたあと、バイオレットが言い訳してきた。

 確かにバイオレットの持つ巨大な斧は、全体に赤や青緑の錆がこびり付いて、刃先は所々が欠けている。


「集落の鍛冶屋に斧を直させようとしたけど、自分の斧が大きすぎて直せないと断られました。

 こいつを扱える鍛冶屋は、王都にしかないんです」

「そういえば斧って、どうやって直すんだ?」

「ツカサ殿、武器は炎魔法で鍛えるのです。

 威力のある武器は、それなりに高位の炎魔法を使える鍛冶師が必要です」

「というかバイオレットは、全然武器の手入れをしていないだろ」

「自分は炎魔法が使えないので、武器の手入れはできません」


 八咫カモメの解体をしながら、俺はそんなことを言った。 

 巨大な八咫カモメの解体を、俺の万能包丁一本でするなんて、効率が悪い。


「大斧も、きっと包丁と手入れ方法は同じだ。

 仕方ない、俺がバイオレットの斧の切れ味を戻してやる」


 そして俺はいったん厨房に戻ると、ドイツ製包丁セットの包丁研ぎとベーキングパウダーと皿と岩石リンゴを持って四階に戻った。

 厨房に顔を見せた俺の後ろから、ホワイト姫とセピアも付いてくる。


「えっと、ツカサ様。それは蒸しパンを作るときに使う白い粉ですよね。

 それと岩石リンゴを、いったいどうするのですか?」


 床に置かれた大斧の前で、俺は左手にベーキングパウダー、右手には岩石リンゴを持った。


「えっ、ツカサ様。いったいどうしたのですか?

 バイオレットの大斧にパンを焼く白い粉を振りかけて、岩石リンゴを擦り付けるなんて。

 いくらツカサ様でも、大斧で料理するなんて無理です!!」

「今からこのボロ大斧を、綺麗にするんだ。

 斧の錆が何か分からないけどバーキングパウダーを磨き粉にして、岩石リンゴの堅すぎる皮で大斧の表面を磨く!!」


 ゴリ、ゴリ、ゴリゴリ。

 岩石リンゴで大斧を磨く怪しげな俺の行動に、ホワイト姫とセピアは戸惑った顔をしていたが、しばらくすると大斧の表面の錆が落ちてきた。


「炎の魔法を使わずに、大斧を修理するなんて。

 ツカサ様は、また異界の魔法を使ったのですね」

「ホワイト姫、これは歯の黄ばみも落とすと言われるベーキングパウダー。

 だから汚れた大斧の表面もピカピカになったのさ。

 そしてこれは台所の知恵。切れ味のに鈍った斧の刃先を古びた皿の角で擦る」


 それから俺は大剣の刃先部分に、皿の裏のざらざらした部分を押し当てて擦る。

 シャッ、シャシャシャッ。

 古い皿なので擦りすぎて割れても平気、俺はその作業を十分ぐらい繰り返す。


「ツカサ様、床に転がっていた皿で擦るだけで、大斧が切れるようになるわけありません」

「でもセピア、ツカサ様が擦るほど、刃先に輝きが出てきました。

 さすが悪喰の魔人、だいどころのちえ魔法!!」


 陶器の皿が斧の刃先に付いていた汚れをこそげ落とす。

 そして最後の仕上げはお高いドイツ製の包丁研ぎ、ダイヤモンドシャープナーで刃先を磨いた。


「魔法なんか使わなくても、刃物の手入れは出来るんだよ。

 というか、このお高いドイツ製の包丁研ぎで擦ると、刃先の輝きが違う」

 

 それまで汚れと錆がこびりつき、刃先の所々が欠けていた大剣が、黒々とした表面に怪しく鋭い光を放つ大剣に生まれ変わる。


「ツカサ殿、これは凄い。

 自分のボロ斧がまるで新品同様に、いいや、それ以上の最高位大斧になりました。

 ちょうどここに生首トマトがあるので試し斬りしてみよう。

 おおっ、柔らかいトマトが崩れず、綺麗に切れたっ」

「なんだか深夜の通販番組みたいだけど、まぁいいか。

 これでヤタカモメの解体も楽に……。

 おいバイオレット、いくら大斧が切りやすくなったからって、ヤタカモメをブツ切りにするのはやめろ!!」


 

***



 翌日、いよいよ俺たちは城を出て、荒れ地の向こうにある集落に向かう。


「ツカサ様、最後の蒸しパンが焼き上がりました。

 これを食べたら、集落へ出発ですね」


 そう俺に声をかけたのは、黄金の髪を青く染めたホワイト姫だった。


「本当はツカサ様と同じ黒髪にしたかったのですが、青くしか染まらなかったの」

「遠くから見たら、俺とホワイト姫は同じ髪に見えるよ。

 それじゃあ俺の役柄は、女戦士バイオレットの従者で料理人。ホワイト姫は俺の妹。

 そしてセピアは、バイオレットの知り合いの女行商人。これでいこう」


 バイオレットは集落の住人に顔を知られているし、芝居は出来そうにないのでそのままの役柄。

 俺は見た目こっちの世界の人間と変わらないらしいので、バイオレットに雇われた料理人設定にした。

 ホワイト姫は俺の妹という役柄に、なぜかとても嬉しそう。

 そして唯一、女商人に化けたセピアはとても不満げだった。


「私の誇りは、ホワイト姫様の騎馬であるということ。

 それなのに駄馬のように荷車を引っ張るなんて」

「集落で沢山モノを売りたくて、冷凍保存食品を作りすぎたんだ。

 俺がホワイト姫の手を引いて歩くから、セピアは荷物運び頑張ってくれ」


 セピアの引くリアカーサイズの荷車には、大量のヤタカモメ肉と岩石リンゴジャムと生首トマトピューレ、胡椒味の干しナマコスライムが乗っている。

 実はキノコ取りに行かされたバイオレットが、胡椒キノコとナマコスライムを同じ袋に入れた。

 するとナマコスライムが胡椒キノコを食べて、胡椒味のナマコスライムになったという偶然の産物だ。


「俺がこの世界に召還された時、食料はほとんど尽きかけていたのに、今は荷車いっぱいの食料がある。

 これから物々交換にゆく集落では、いや、魔法で火を起こすこの世界にはどんな料理があるのだろう」


 実はホワイト姫たちに主食の絵を描いてもらったが、三人ともまん丸をひとつ描いただけで、この世界のパン?はモソモソして堅いらしい。


「外で敵に遭遇したら、バイオレットが戦っている間にセピアはホワイト姫をおぶって逃げる。

 そして俺は、アレ、もしかして一番危険なのは俺じゃないか?」


 出発前になって、俺は肝心な事に気付いた。

 ここは魔物が地上を跋扈し、武器を持ち魔法を使う敵のいるファンタジー世界。

 しかし俺の身を守る武器は、万能包丁と果物ナイフだけだ。

 それから俺は慌てて城の中を探してみたが、使える武器は一つもなかった。


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