女戦士と伊勢サソリ
城の四階バルコニーから、結界の外の世界を見る。
そこは干ばつで茶色い土がむき出しになった、荒野が広がる場所だった。
「見渡す限り荒れ地だけど、バイオレットが尋ねた集落はどの辺にあるんだ?」
「ツカサ様、集落は左に見える山のふもとにあります」
ホワイト姫が指さした場所はとても遠く、他より少し緑があるのが肉眼でギリギリ見えた。
「よし、蒸しパンの材料の小麦粉がもうすぐ無くなるから、集落に食料調達に行こう。
バイオレット、城から集落まで歩いてどのぐらいかかる?」
俺は後ろを振り返ると、建物の中から恐る恐るこちらを覗いているバイオレットに声をかける。
「まさかツカサ殿、もう一度集落に出かけるつもりですか?
一番近い集落まで自分の足でも三日かかり、しかも集落の連中は、金より食べ物を持って来いと言ってましたよ」
「そういえばバイオレットは荷物を持っていなかったけど、帰りの水と食料はどこで調達したんだ?」
「水筒にホワイト姫様の氷魔法をかけてもらっているので、飲み水には困りません。
それから集落の近くの畑で大量発生していた、害虫の『イセサソリ』を食べて飢えをしのぎました」
「ちょっと待て、今『イセサソリ』を食べたって言ったな。
伊勢……サソリって、なんでそんな名前が付いているんだ?」
バイオレットが言った『イセサソリ』の言葉は、俺の脳内で『伊勢サソリ』と変換される。
すると近くで話を聞いていたセピアが、「ひいっ」っと乾いた悲鳴を漏らす。
「ちょっとバイオレット様、ツカサ様に変な話をしないでください。
毒を持つ伊勢サソリなんて、食べられないわ」
するとバイオレットは、腕のミミズバレを見せた。
「この腕のミミズバレは、伊勢サソリの毒にやられたのだ。
その時襲ってきたサソリを斧で叩き切ったら、中の身は白くて綺麗だった。
爺さんから伊勢サソリを食べた話を聞いた事あるし、腹が減って我慢できなくて覚悟して食ったんだ。
毒がありそうな紫色の部分を除けたら、普通に食べられた。伊勢サソリ、結構旨かったよ」
バイオレットの話に、セピアは信じられないと言う顔をしたが、この世界は三本足の鳥の名前が八咫カモメだったり、どこか俺のいた現実と似た言葉がある。
海が近いこの場所で『伊勢』と聞いたら、アレしか連想しない。
「バイオレット、伊勢サソリの身はどんな味だ。
筋張った堅い肉か、それともエビやカニのように柔らかかったか?」
「さすがツカサ殿は、伊勢サソリの味も分かるんですね。
豪腕族の自分は炎魔法が使えないので、サソリの殻を剥いで生で食べました。
身は白くてプリプリして、少し甘みがあって美味いです」
「伊勢サソリの頭部分は食べたか?」
「頭部分は食べないで捨てたけど、他のサソリが捨てた頭を食っていました」
バイオレットの話を分析すると、伊勢サソリはきっと伊勢エビに近い生物だ。
ここは海に近いし、陸に住む椰子ガニみたいに、この奇妙な世界で陸に伊勢エビがいてもおかしくない。
「それは間違いない。絶対、伊勢エビだ!!
でも伊勢エビが大量発生してるのに、集落の連中はなんで食わないんだ」
「ツカサ様、大量発生しているのは、魔王が勇者を暗殺するために生み出した生き物。
毒を持った汚れた伊勢サソリです!!」
セピアは悲鳴のような声をあげたが、逆に俺は『汚れた』モノは食えると判断する。
「俺のいた世界では、猛毒を持つ魚を美味として食べたり、猛毒を持つ蛇を酒に漬けて飲む。
伊勢サソリが食えるか食えないかは、うり坊に判断させる。
結界の外に出て伊勢サソリを捕まえて食って、ついでに集落で食料調達しよう」
「毒を恐れないとは、さすが悪食の魔神です。
しかしツカサ様、集落は金貨を受け取りません。
どうやって食料調達するのですか?」
「それはもちろん、こっちも食料と物々交換するのさ」
緑色の瞳を見開いて驚くホワイト姫に、俺はニヤリと笑った。
***
四階バルコニーから厨房に戻った俺は、改めて現在の状況を確認する。
俺がこの世界に持ち込んだ食材(バレンタインケーキ用)。
・小麦粉1袋
・牛乳コップ1杯
・砂糖800グラムくらい
・ベーキンクパウダー1缶
・板チョコ1ダース(非常食)
「余裕があるのはベーキングパウダーと、砂糖とチョコレート。
小麦粉と牛乳は、もうすぐ無くなる。
そして台所に残されていた塩と油と酢も、残りわずかだ。
塩は海水から作れるが、油と酢はどこかで調達する必要がある」
そして俺は、戸棚から砂糖の袋を持ってきた。
「ホワイト姫の話だと、この世界で砂糖はとても貴重品らしい。
だからこの砂糖と食料を交換する」
「ツカサ様の砂糖は雪のように白くて、きっと金持ちが欲しがります。
集落にいる商人や実力者が、喜んで交換するでしょう」
「それと胡椒キノコも持って行こう。
俺のいた世界では、大昔、胡椒は金貨と同じ価値だった」
「お塩だけで味付けしたお肉より、ツカサ様が胡椒キノコで味付けたお肉は、ピリッとした味でとても美味しかったです」
ホワイト姫がそう答えると、さっき八咫カモメ肉をたらふく食べたバイオレットも、うんうんと頷いた。
「それから八咫カモメの肉も持って行こう。
バイオレットならデカい八咫カモメ三匹ぐらい、担いで運べそうだ」
俺はまるでピクニックに出かけるよな、お気軽な口調で話した。
しかし俺の話を聞いて、それまで楽しそうにしていたホワイト姫が顔を曇らせる。
「それではツカサ様とバイオレットが出かけている間、私とセピアはこの城でふたりぼっちになるのですね」
「いいや、ホワイト姫も一緒に外に行くよ。
というか、八咫カモメ肉は冷凍保存して運ぶから、ホワイト姫も一緒じゃないと困る」
「ダメですツカサ様。ホワイト姫様は城の外に出たら、勇者王の手下に狙われます」
敵を恐れて城に隠れ潜み、そして飢え死に寸前までになったホワイト姫とセピア。
特にホワイト姫は汚れた氷の魔女と呼ばれているが、でも今はとっておきの切り札がある。
「ホワイト姫が、コオリマホウ使いとバレなければいいんだ。
それならホワイト姫が俺と一緒に火を使って料理すれば、ホノオマホウを使っていると思うはずだ」
「氷魔法使いの私が料理を……。
異界の炎なら、私が氷の魔法使いだと見破られない!!」
「でもホワイト姫様、集落には必ず勇者教会があります。
もし魔力持ちの神官にホワイト姫様が見つかったら」
「ホワイト姫は集落に入る必要ない。
俺たちが集落で食料調達している間、外の安全な場所に隠れたらいい。
そしてホワイト姫に害する奴がいたら、俺が喰ってやる」
最後の一言は、口が滑った。
魔法がありモンスターの跋扈する世界に召還されたけど、俺は魔法なんて使えない普通の人間だ。
でも俺の言葉を聞いたホワイト姫の緑の瞳に、力強い光が宿った。




