城の外
今から千年以上前。
こちらの世界と異世界は魔法陣によって結ばれ、神人や魔人がこの世界を行き来していたという。
しかしある日を境に、突然天神と魔人は姿を消した。
魔法陣を起動させるには膨大な魔力と贄が必要で、人々は残された魔法陣を起動する力を持たなかった。
そして数日前。
ホワイト姫の膨大な氷の魔力と、天馬ケンタウロスの娘・セピアの片角は偶然魔法陣を起動させ、悪喰の魔人を呼び寄せる。
しかも魔力や命を対価に求める従属契約を、魔人自身が「何でもするから助けてくれ」と望んだ。
そして結ばれた契約は非常に強固で、魔人の意志に関係なく従わせる力を持ち、命に逆らえば額に刻まれた印が魔人を戒めるという。
「あーっ、痛かった。
そうか、この額の印は孫悟空の輪っかと同じだ」
俺は痛みの引いた額をさすりながら、溜息まじりにぼやいた。
目の前には申し訳なさそうな顔をしたホワイト姫と、脳天気に笑うビキニアーマーのデカい女戦士がいる。
「それでは悪喰の魔人・ツカサ殿、自分は一日五回メシを食うので、頑張って旨い食事を作ってください」
「ちょっと待て。アンタは俺がマホウで食い物を出せると思ってないか?
はっきりいって俺はマホウが使えない。
火起こしと料理が出来るだけの普通の人間だ」
「まさか、それではこのテーブルの上に並んでいた料理は、どこから出てきたのですか。
城の中には食物が無いから、大食らいの自分は食料調達のため、城の外に出たのです」
バイオレットが不思議がるのも、もっともだ。
まさかテーブルの上に並んでいる食材が、庭園に生えていたスライムもどきのナマコに、生首もどきのトマト、毒キノコもどきの胡椒だなんて思わないだろう。
「汚れた」という先入観とグロい見かけで、普通に食べられる食材を放置していたのだ。
俺の代わりにセピアがその事を説明をすると、デカい女戦士は目を丸くして驚く。
「ところでバイオレット、城の外の様子はどうなっていますか?」
そうしている間に、やっと食事を終えたホワイト姫がバイオレットに尋ねた。
「申し上げます、ホワイト姫様。
実は今、城の外は大変なことになっています。
岬に張り巡らされた結界の外に出ると、凶暴化した魔獣がうろついていました。
そしてこの四ヶ月間、一滴の雨も降らず川の水が枯れ、辺り一面干からびた荒野が広がっています」
「四ヶ月と言うことは、お父様が暗殺されてから、雨が降らなくなったのね。
この地はお父様の水魔法の恩恵を失い、元の荒野に戻ったのでしょう」
「それで自分が訪ねた集落は、魔獣に畑を荒らされていました。
食料は少なく水に困り、金貨より食物をよこせと言われ、食料調達を断られました」
つまり女戦士バイオレットは結界の外に食料調達に出かけたが、集落では食料を金で買えなかった。
しかし城の外が干ばつだとは、とても思えない。
窓の外から湿った海風が吹き、日に数回にわか雨が降って、庭園には怪しげな植物が大繁殖している。
「そういえばツカサ様は、まだ一度も城の外を見ていませんね。
蜘蛛の巣を片づけたから、上の階まで上れるようになりました。
確か城の四階バルコニーから、南側の大地が見えます」
そしてホワイト姫の提案で、俺たちは城の上から周囲を眺めることになった。
***
城の四階に上がる階段は重厚な扉で塞がれ、俺とセピアのふたりがかりで扉のかんぬきを外そうとしても、ピクリとも動かない。
しかし豪腕族のバイオレットは、片手で簡単にかんぬきを引き抜いた。
もしかして豪腕族とは、巨人や鬼の末裔かもしれない。
背中に巨大な斧を背負ったバイオレットを先頭に、俺たちは階段を上る。
四階は三階と似たような間取りだが、窓ガラスが割れ雨風が部屋の中まで入り込んでいた。
所々に八咫カモメの巣の残骸があり、卵がないか探したが見つからなかった。
「部屋の中に八咫カモメの羽が落ちているし、ここは連中のテリトリーらしい」
「雨の日は、八咫カモメが窓から中に出入りしています。
もっと人手があれば、四階もお掃除して連中を追い出せるのに」
ホワイト姫をおぶったセピアが、進行方向のゴミや埃を箒で払いのけながら文句を言う。
床に落ちた鳥の羽やフンを見ていると、八咫カモメたちは決まった窓から出入りしているらしい。
「セピア、掃除するのはやめて、そのままの状態にしよう。
八咫カモメが出入りする窓に罠を仕掛ければ、連中を捕まえられる」
「そういえばツカサ殿は、あの八咫カモメを、どうやって捕らえたのですか?
やつらは動きがすばしっこくて、自分の投げた斧を避けて、逆に襲いかかってくるんですよ」
「バイオレットなら襲いかかってきた八咫カモメを、返り討ちできるんじゃないか?」
「やつらは、自分の上にフンの雨を降らすんです!!」
なるほど、八咫カモメはセピアやバイオレットより、一枚も二枚も上手だ。
「八咫カモメを捕まえるには、花魔蜘蛛の巣で罠をしかけるんだ。
バイオレットがいれば、高い場所の巣も簡単に取れそうだ」
そんな話をしている間に、俺たちは四階の突き当たりの部屋にたどりつく。
部屋の奥からバルコニーへと繋がる扉は、蝶番は半分取れて原形をとどめず、部屋そのものが半屋外状態。
体の大きなバイオレットが、扉の手前で立ち止まった。
「自分はバルコニーを踏み抜いてしまいそうだから、ここで待っています」
そういうバイオレットの様子に不審に思いながら扉の外を覗くと、バルコニーの手すりが崩れ落ちて床に大きな穴が開いている。
「このバルコニーの穴は、バイオレット様が床を踏み抜いて開けたものです。
それからバイオレット様は高所恐怖症になって……」
「大丈夫ですよ、ツカサ様。床の穴は氷で塞ぎます」
ホワイト姫はそう言うと、セピアの背中から飛び降りてバルコニーの方へ駆け出す。
危ないと止めようとした矢先、裸足のホワイト姫が歩いた床は分厚い氷で覆われる。
「そうか、ホワイト姫が直接触れた場所は、コオリマホウを使えるから、バルコニーの穴も塞がるのか」
そして俺はホワイト姫の後ろから付いて、四階バルコニーに出た。
最初に見えたのは、空に浮かぶ二つの小さな太陽、そして城の周囲の亜熱帯に近い植物。
ここから城の真後ろにある海は見えない。
城の広すぎる庭園の向こうに石造りの城壁があり、城の外も青々と草木が生い茂っている。
そしてさらに向こう側に氷の壁のような結界が張られ、その外は荒涼とした茶色い大地が広がっていた。
「なんでこれだけはっきりと、緑と荒野が分かれているんだ?」
「ツカサ様、元々この土地は海ばかりに雨が降り、陸に雨は降りません。
それを我が一族の当主、私のお父様が水魔力で月に数回雨を降らし、緑の大地にしたのです」
「でも御当主様が殺されたから、もうこの地に雨は降りませんよ。
私たちを見捨てて勇者王になびいた連中は、干からびてしまえばいいんです」
全てを諦めた顔のホワイト姫と、とげのある言葉を放つセピア。
そういえばセピアは、最初俺に世界を滅ぼせと願っていたな。




