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大喰らいの女戦士

 ひび割れた大皿の上には、岩石リンゴのソースで照りが付いた八咫カモメの骨付きもも肉が置かれている。

 鶏の三倍の大きさがある八咫カモメの肉は、ボリューム満点だ。


「よーし、食うぞぉ。異世界召還4日目、やっとご馳走にありついけた。

 いただきます」

「きゃあーーぁ、にくにくにくっ」

「ツカサ様、それは何かの呪文ですか?

 では私も、ツカサ様の真似をして、いたたきますっ」


 熱い鉄板(究極の盾)の上で蒸し焼きにして、香ばしく焼き上がった皮部分にナイフを入れる。

 サクッっと切れた皮の間からじんわりと肉脂がにじみ出て、柔らかな赤身肉が姿を現す。


「それじゃあ一口味見を、もぐもぐ、この赤身肉は見た目よりずっと柔らかい。

 そういえばリンゴの摺りおろしを肉を浸けたら柔らかくなるから、岩石リンゴのおかげで赤身のもも肉がジューシーに焼けているんだ」


 岩石リンゴのフルーティな香りで肉の臭みが消され、とても食べやすい。

 八咫カモメの肉の味は鴨に近いから、出汁もよく出そうだ。

 次は野菜たっぷりの鍋にして食べてみよう、俺はそう考えながらテーブルを見ると……。


「なんですか、このパリパリで甘くて香ばしい鳥皮は。

 はむはむはむ、この半年間肉なんて食べてなかったから、にくにくにくっ」

「ぐすん、もぐもぐもぐ、ふぇえっ、もぐもぐもぐ、お肉美味しい」


 セピアは手掴みで肉にかぶりつき、ホワイト姫は肩を振るわせ泣きじゃくりながら食事をしている。


「えっと、二人とも。

 肉も良いけど、蒸しパンに岩石リンゴを塗って食べると美味しいぞ」


 しかし俺の言葉には耳を貸さず、二人はひたすら肉を食べる。

 俺は薄切り蒸しパンに岩石リンゴと八咫カモメ肉をサンドして食べると、果物と肉汁の混ざったコクのある甘みが口いっぱいに広がった。


「岩石リンゴと小人の生首トマトと八咫カモメ肉、これで当面の食糧問題は解決だな。

 しかし小麦粉は残り一袋。一日400グラム使うとして、五日で消費する計算だ。

 小麦粉が無くなる前に、主食になる食材が欲しいけど、この世界の主食ってなんだろう?」


 ホワイト姫たちは、俺の作った蒸しパンを抵抗無く食べるから、この世界にも似たようなパンがあるらしい。

 

「そういえばうり坊の食事を忘れてた。うり坊は甘い岩石リンゴを食べるかな?」

『ぷひぃいぃーーっ。ぷひぷひっ!!』


 するとその時、うり坊が悲鳴を上げながら食堂に飛び込んできた。


「どうしたうり坊、城の中に魔物が入ってきたのか?」


 うり坊は何かに追われて逃げてきた様子で、椅子の下に潜り込むと身体を丸めてブルブル震える。


「まさか城の中に、縄張り争いをしている黒曜魔イノシシが入り込んだのか?」

「いいえ、ツカサ様。城の結界に魔物や敵が入り込んだ気配はありません」


 ホワイト姫はそう答えたが、しかし廊下の向こうから重たく騒々しい足音が聞こえた。

 セピアは急いでホワイト姫を連れて後ろに下がり、俺はよく切れる包丁を武器代わりに構える。

 ドスドスと重たい足音が食堂に近づき、扉が勢いよく開かれた。

 そこに現れたのは……。


「今ここに魔イノシシの子供が逃げ込んだぁ、捕まえて今日の夕飯に……。

 うおっ、貴女様は、ご無事でしたかホワイト姫」


 食堂の観音開きの扉から、背を屈めて入ってきたのは、頭が天井に届きそうな身長二メートル超えの女性だった。

 赤い髪を後ろに束ね、格闘ゲームに出てくるように筋骨隆々で、ビキニアーマーを着たプロポーション抜群の女戦士。


「貴女こそ、良く無事に戻ってきました。女戦士バイオレット」

「彼女はホワイト姫の仲間なのか。うわぁ、身長高いな。

 ちょっと待て、それは俺のチキン!!」

「なにこの良い香り、うぉおおっ、テーブルの上に食い物があるっ!!

 氷の姫の食事に、温かい料理が並んでいる。

 私は城にたどり着くまでの四日間、荒野でサソリを食って飢えをしのいだのだ」 


 言葉通り女戦士は全身汚れて、身体には切り傷やミミズバレがあり、そしてホワイト姫と同じく頬がこけ唇もひび割れていた。

 女戦士は俺の八咫カモメ肉にかぶりつき、骨まで噛み砕いて食べると、次は蒸しパンに手を伸ばし一人で全部食べてしまった。

 それにしても女戦士は体がデカすぎるし、食事をする口元から牙のような犬歯が見えた。

 彼女もセピアと同じ、人間ではないファンタジー種族かもしれない。

 俺は女戦士の食べっぷりを唖然と見ていると、空になった皿を見て物足りなそうな顔をした女戦士が、俺を一別する。


「そこの下男、皿が空っぽだぞ。次の料理を持ってこい」


 鳥の骨をつまようじにしながら俺を見下すように命じると、ホワイト姫が反応した。


「女戦士バイオレット、今日の食事はこれで終わりです。

 貴女は今の料理を食べて、なにも思わなかったのですか?」

「えっ、ホワイト姫様、怒ってます? 私何かしました」

「バイオレット様は食料調達のために城を出たのに、なんで飢えて帰ってくるんですか?」


 三人の様子を見ると、どうやら女戦士は食べ物を探しに城の外に出たまま、戻らなかったらしい。

 そしていよいよ食料が尽き、飢死寸前になったセピアとホワイト姫が、俺をこの世界に召還したのだ。


「そういえばさっきから、ホワイト姫と同席しているこの下男は……。

 なんだコイツ。飢えた狼のような、いいや、飢えたドラゴンのような禍々しい眼をしている」

「そうです、バイオレット。

 貴女が食べた食事は、ツカサ様が用意したもの。

 ツカサ様は私が異界から呼び寄せた、悪喰の魔人です」

「まさか、この男が伝説の……。

 そういえば伝承と同じ黒い髪に赤い邪眼。

 人と変わりない器に、一〇八の妄想と欲望を抱えるという地底に住む悪喰の魔人」

「ちょっと待て。

 もしかしてこの異世界で、俺の評判って凄く悪くないか?」


 悪喰ってゲテモノ食いだし、一〇八の煩悩は日本人なら心当たりあるが、赤い邪眼なんてまるで中二病設定じゃないか。


「そんなことありません、ツカサ様。

 悪喰の魔人は全てを奪い喰らい尽くす災厄ですが、味方に付ければ、飢えを退けあらゆる美味をもたらす豊饒の存在です」

「全てを奪い喰らい尽くすって、俺そんな危険な存在なのか。

 もし勇者がいたら、速攻で討伐対象だ」


 すると女戦士が突然俺の前で片膝を付き、頭を下げてわびる。


「貴方様が悪喰の魔人と知らず、数々のご無礼を働いたこと、お許しください。

 そしてどうかホワイト姫様と同様、私にも魔人様の恩恵をお与えください」

「ちょっと待て、アンタとんでもない大食らいだろ。

 それに俺はマホウを使えない普通の人間で、ホワイト姫とセピアの食事だけで精一杯だ!!」

「そんな無慈悲な事をおっしゃらず、どうか私にもたらふく肉を食べさせてください!!」


 女戦士の食欲は、男三人分ありそうだ。

 このままでは手元にある食材を、彼女一人で食い尽くす。

 俺が断固首を縦に振らないでいると、セピアはなにか気づいたような顔をした。


「そういえばツカサ様が契約したのは、ホワイト姫とイノシシの子供。

 召還主の私がお願いしても、契約してくれなかった。

 きっとツカサ様は小さくて可愛いモノとしか、契約しないのです」

「なんと、魔人様は幼女趣味の性癖があるのですね!!」


 セピアと女戦士がとんでもない事をぬかし、それを聞いたホワイト姫が俺に駆け寄る。


「お願いします、ツカサ様。

 女戦士バイオレットは、私の母の遠縁に当たる豪腕族の娘。

 私の食事を減らしてもかまいませんから、どうかバイオレットにもツカサ様の恩恵をお与えください」


 こんなに痩せて幸薄そうなホワイト姫が、賢明なまなざしで俺に嘆願してくる。

 ヤバい、保護欲というか義務感というか、ホワイト姫のお願いを引き受けたくなる契約の力が発動してしまう!!

 そして俺の額がじわりと熱くなり、そして……。


「うわぁ、痛ててっ!!

 額の印が、火で炙られたように痛むッ。

 分かったよホワイト姫、その女戦士の食事の面倒も、俺が見てやるっ」

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