八咫カモメを捕まえよう
廃城の一、二階全ての部屋を確認した後、三階に上がる階段に一歩足を踏み入れると、長い間放置され積もった埃が舞い上がる。
「ツカサ様、実はこの城に逃げこんで数ヶ月、二階から上はほとんど手入れしていません」
「それに最上階は八咫カモメの巣になっていて、他の階も虫や小動物が住み着いているみたい」
ホワイト姫が申し訳なさそうな顔をしたが、俺の妹の汚部屋と比べれば大した事ない。
俺は炎が氷に包まれた松明を持って、先頭に立ち三階に潜入する。
「廊下はまだ風通しがあるけど、締め切った部屋の中はどうなっているかな?」
三階に上がってすぐの、分厚い木製の観音開きの扉を開くと、そこは異様な光景が広がっていた。
「うわっ、辺り一面真っ白、というか蜘蛛の巣だらけだ!!
しかもネバネバした糸が髪について、気持ち悪い」
「ツカサ様、ここから先は私が先頭になりましょう。
この蜘蛛の糸は、凍れば霜のように脆くなります」
セピアの後ろからついてきたホワイト姫は、俺の隣に来ると細い蜘蛛の糸を一本指先に絡めた。
するとホワイト姫の氷魔法の冷気が糸を伝わり、蜘蛛の巣が凍り始め、数分後には部屋中に張り巡らされていた蜘蛛の巣が全て凍り付いた。
「おおスゴい。ホワイト姫のマホウで、蜘蛛の巣が凍った」
「ツカサ様、この蜘蛛は害虫ではありません。
蜘蛛のおかげで、城の中に他の害虫は入ってこないし、それに巣はレース編みのように綺麗だと思います」
そう言ってホワイト姫が上を指さすと、確かに天井に吊られた蜘蛛の巣は、花モチーフのレース編みに見えた。
「でもホワイト姫様、私は頭の角に巣が引っかかってネバネバするのが嫌いです。
この部屋の巣を全部壊して、お掃除しましょう」
そういうとセピアは、部屋の隅に置かれた大きな箒を振り上げて、手際よく凍った蜘蛛の巣を払うと掃除を始める。
箒で払われた蜘蛛の巣は、パリンパリンと、まるでガラス細工が割れるような音がした。
「蜘蛛の巣を凍らせると、ネバネバが無くなるのか。
この蜘蛛の糸は髪の毛ぐらいの太さがあって、粘着力も強い。
セピア、掃除をやめてくれ。もしかしてこれは、あれに使えるぞ!!」
「えっ、こんな脆いクモの巣を何に使うのですか?」
セピアは掃除の手を止めて俺を不思議そうに見つめる。
俺は目の前に張られた1メートルほどの大きな蜘蛛の巣を、壊さないように壁から引き剥がした。
ガラス細工のような蜘蛛の巣を、割らないように注意しながら壁に立てかける。
「ホワイト姫、蜘蛛の巣のコオリマホウを解いてくれ」
俺がそう言うと、ホワイト姫は小首を傾げながら、蜘蛛の巣の氷魔法を解く。
すると繊細な氷のレース編みが、一瞬でもとのネバネバした蜘蛛の巣に戻る。
「やっぱり、マホウが解ければ蜘蛛の巣も元に戻る」
「ツカサ様、何当たり前な事を言っているのですか?」
俺は両手に絡みつくネバネバした蜘蛛の巣を見つめながら、閃いたアイデアを実行に移す。
「セピア、掃除は後だ。それよりもこれから城中の蜘蛛の巣を集める。
そしてこいつで、八咫カモメに一泡吹かせる!!」
「ツカサ様、こんなに細くて脆い蜘蛛の巣を、何に使うのですか?」
「それは作業しながら説明する。
今夜中に罠を仕掛けなくちゃならないから、大急ぎで作業にはいるぞ。
ホワイト姫はマホウで、全ての蜘蛛の巣を凍らせてくれ」
それから俺たちは、部屋中に張り巡らされていた蜘蛛の巣を、ひとつずつ引き剥がす作業を一晩中続けた。
***
翌朝。日の出とともに、廃城の周りでは愛らしい鳥のさえずりが聞こえる。
城の二階にある厨房から香ばしい匂いが漂うと、窓の周囲を八咫カモメが数羽飛び回る。
すると周囲の鳥より一回りデカい八咫カモメが、他の鳥を押しのけて窓の前を陣取り、三本目の足で掴んだ岩石リンゴを窓に向けて勢いよく投げる。
しかし窓は割れることなく、岩石リンゴは窓ガラスにめり込んだ。
その間も、厨房から旨そうな匂いが漂う。
昨日食べた生卵と蒸しパンの味が忘れられない八咫カモメは、ついに堪えきれなくなって、窓ガラスに全身で体当たりする。
「今だ、ホワイト姫。蜘蛛の巣のコオリマホウを解除しろ!!」
窓ガラスを割って厨房に飛び込もうとした八咫カモメの目の前で、透明なガラスは蜘蛛の巣に変化する。
それもただの蜘蛛の巣ではない。
蜘蛛の巣を数百枚も重ね、スポンジのように分厚くなっている。
そこに飛び込んだ八咫カモメは、翼を広げた状態でネバネバの糸に捕らわれた。
これは昨日の夜、魔法で凍らせた蜘蛛の巣を、厨房の窓ガラス代わりに張り付けたのだ。
しかも一つや二つの蜘蛛の巣では意味がない。
城中に張り巡らされた蜘蛛の巣を百枚以上剥がし、ミルフィーユのように重ねて窓に張り付けた。
俺とセピアは三階から厨房まで五十回以上往復して、一晩中蜘蛛の巣を運んだのだ。
「鳥モチならぬ、蜘蛛の巣モチだ。
よし、これで身動きとれないぞ。おまえに食わせるのは岩石リンゴで充分だ」
蜘蛛の糸を噛みちぎろうと八咫カモメはもがき、ノコギリ歯のクチバシを開いた瞬間、俺は鎧の籠手をはめた手で、八咫カモメの口に岩石リンゴを押し込んだ。
「ツカサ様、とどめは私が刺します。
八咫カモメごときが、よくも私たちの大切な蒸しパンと卵を盗んだわね。
代わりにおまえを食ってやるーーーーっ!!」
ケンタウロス娘のセピアがそう叫ぶと、黒いドレスの裾をまくり上げ、とても肉付きの良い太股を露わにする。
短い獣毛に覆われた膝下は、まるでロングブーツを履いているようだ。
そして捕らえたヤタカモメの首筋にセピアの蹄の蹴りが入り、骨の砕ける鈍い音がして、首が直角に折れ曲がった。
「うわぁ、蜘蛛の糸が蹄にくっついて、ベタベタして気持ち悪い。
ホワイト姫様、早くベタベタをとってください」
「分かったわセピア。蜘蛛の糸よ、凍て付け」
ホワイト姫が氷の魔法を使うと、セピアの足に絡みついた蜘蛛の糸が脆いガラスのように砕ける。
そして八咫カモメの体にべったりと張り付いた蜘蛛の巣も、箒で払うだけで簡単に取り除けた。
「ホワイト姫のコオリマホウは、とても万能で素晴らしい」
「今まで私は、呪われた汚らわしい氷の魔女と呼ばれていました。
でもツカサ様は私の氷魔法を素晴らしいと誉め、私を認めてくれます」
ホワイト姫は大きな緑色の瞳を見開いて、そして痩せた頬に一筋の涙が伝わる。
冷凍技術の恩恵を受ける現代から来た俺は、ホワイト姫の氷魔法を素直に感動したが、氷魔法の力を否定されて育ったホワイト姫は、泣くほど嬉しかったようだ。
「ホワイト姫様の汚れた氷魔法は、本当は綺麗な氷魔法だった。
セピアの姫様は、綺麗な魔法使い……」
これまでずっとホワイト姫を守ってきたセピアも、隣でもらい泣きしている。
その事について二人から詳しく話を聞きたいが、今は捕えた獲物の処理だ先だ。
「セピアもホワイト姫も、泣いている暇はないぞ。
今から八咫カモメを解体して料理を作って、そして喰おう!!」




