三食目 フワフワ厚焼き卵とスライムマヨサラダのサンドイッチ
一時間後、食堂のテーブルには料理が並んだ。
材料は小人の生首トマト、ぶよぶよしたナマコスライムと蛍光色キノコだが、できるだけ見た目普通の料理に仕上げた。
具材の違う二種類のサンドイッチは、ナマコスライムとススキモドキ草のマヨサラダと厚焼き卵。
そして大皿の中の真っ赤なスープは、巨大エノキを縦に裂いて加えた、見た目の食感もパスタトマトスープだ。
テーブルについたホワイト姫は瞳をキラキラと輝かせ、セピアは狐につままれた顔で料理に手を伸ばす。
「それではツカサ様、いたたきます。
分厚い卵を挟んだパンが美味しそう。
あっ、フワフワの卵焼きが甘くて、それにパンの間にミルクの固まりが塗られて美味しい!!」
「卵を節約したいから、卵の白身をよく泡立て、更にベーキングパウダーを加えて膨らませた。
牛乳で作ったカッテージチーズも砂糖をまぶしたから、菓子パンっぽくなっている」
長い間甘い物を食べていなかったホワイト姫は、砂糖入り厚焼き卵パンを夢中で食べる。
そして隣の席に座るセピアは、えのきパスタ入りの真っ赤なトマトスープを真剣な表情で眺めていた。
「この赤い人面トマトのスープ、まさか血の味じゃ……。
でもなんだか刺激のある美味しそうな匂いに、我慢できないっ。
ゴクン。この味は、ゴクゴクゴク、酸味があって濃厚で、塩味だけじゃない刺激のある不思議な味。
それに白い麺に絡まった、茶色くて歯ごたえのある……肉が入っている!!」
そう言うとセピアは、もの凄い勢いで大皿のパスタトマトスープを飲み干すと、空の大皿を俺に渡した。
「ツカサ様、おかわりです。次はもっと肉を多めに入れてください。
それにしても契約したばかりのイノシシを料理してしまうなんて、ツカサ様は非情の悪喰魔人ですね」
『ぷひ、プヒプヒッ』
「えっ、どうして料理したイノシシがここに?」
受け取ったトマトスープの中に浮かぶ茶色い肉?と、テーブルの下を歩くうり坊を見比べて、セピアは不思議そうな顔をする。
「セピア、トマトスープの中に肉は入っていないよ。
食感は肉より、イカに近いんじゃないか?
セピアが今食べたそれは、ナマコスライムだ」
「私もツカサ様のナマコスライム料理を手伝ったわ。
ヌルヌルしたナマコスライムを凍らせると、簡単に切ることが出来るの。
そしてナマコスライムを煮込むと、身が引き締まってお肉みたいになるの」
「まさかホワイト姫様、このスープの中身は……。
あのヌルヌルべっちょりした、す、す、す、スライムーー!!」
知らずにスライムを食べてしまったセピアは、また気絶して倒れると思ったが、顔面蒼白になりながらも震える手で、大皿をテーブルの上に置いた。
「まさかこれがスライムなんて、私はそんなゲテモノを食べてしまった。
もう取り返しの付かない、でも良い匂い……。
ああ、もう我慢できません。スライムでも何でも食ってやるわ!!」
「ツカサ様、実はススキモドキ草サラダの中にも薄切りスライムが入っているって、セピアには教えない方がいいですね」
泣きながらトマトスライムスープを食べるセピアを見つめながら、ホワイト姫が小声で呟く。
俺は無言で頷くと、ススキモドキ草とスライムの酢の物をつまみながら、次の料理を考えていた。
夕方、この廃城を寝座にする鳥たちの鳴き声が聞こえる。
それにしても、朝より騒がしい。
次の瞬間、厨房からガラスの割れる音が聞こえ、そして鳥のけたたましい威嚇音と羽ばたきが聞こえた。
俺は驚いてテーブルを立ち、厨房に駆け込んだ。
「ああっ、それは明日の食料だ。
この泥棒カモメめ、蒸しパンを返せっ!!」
厨房の窓のガラスが割られ、戸棚の扉も破壊されている。
そして中に置いた蒸しパンを咥え、卵ケースを三本目の足で掴まえた八咫カモメが、俺の目の前から飛び去っていった。
「八咫カモメは、厨房から漂う匂いを嗅ぎ取って、戸棚の中に食べ物があると狙ったのです。
前にも何度か、大切な食料を八咫カモメに奪われたの」
俺の後から駆けつけたホワイト姫が、壊れた戸棚を悲しそうに見つめている。
食べられる草と生首トマトとスライムには手を付けない、ヤツは人間よりグルメだ。
「俺の蒸しパンと卵を盗んでゆくとは、許さないぞ八咫カモメ。
こうなった奴らを捕まえて、そして喰らいつくしてやる」
「ああっ、ツカサ様の瞳が禍々しい赤に染まっています!!」
***
長椅子を立てて割れた窓をふさぎ、とりあえず応急処置をする。
「もう陽が暮れたので、八咫カモメは寝ぐらに帰りました。
鳥は夜の間、活動できないので安全です」
「しかし連中はこの厨房に食料があると分かって、窓の扉の隙間からかんぬきを開けて台所に入り、戸棚から蒸しパンと卵を奪っている。
悔しいが、八咫カモメは頭の良い鳥だ」
荒らされた厨房を片づけていると、床に岩石リンゴが転がっていた。
これを投げて窓ガラスを割ったのだろう。
そして八咫カモメは明日の朝、また厨房を襲うはずだ。
「蒸しパンはまた作ればいいが、卵一ケースを奪われた事が痛い。
八咫カモメが厨房に押し入った時、罠を仕掛けて捕まえる方法はないか?」
「ツカサ様、私たちも何度かあの鳥を捕まえようとしたのですが、太い縄で出来た網で捕らえても、ノコギリ歯で噛みちぎって逃げられました」
「それに八咫カモメは、捕まると仲間に助けを呼ぶんですよ。
私なんか顔を覚えられて、外を歩いていた時、八咫カモメに角をつつかれたの」
翼を広げれば体長2メートルもある八咫ツバメは、くちばしにノコギリ状の歯が生え、三本足の鋭い鈎爪を持っている。
「つまり八咫カモメが引きちぎれない網を準備して、捕まえたら仲間を呼ばれないように速攻で口を塞ぐ必要があるのか」
そして俺は、八咫カモメの襲撃に備えて何か役に立つ物はないか、武器を探しに廃城の中を探索することにした。
城の一階は俺を召還した祭壇のある大広間、二階は厨房や食堂の他に城主だったホワイト姫の父親の部屋や執務室がある。
そして城の中に剣や斧のような武器や、高価な防具は何一つ残っていない。
金目の物なら食器まで盗んでいった使用人たちが、城の装飾品を見逃すはずないよな。
「それじゃあ、俺が使っている足付き大皿は?」
「あの大皿は、普通の人間が触れれば、瞬く間に全ての生気を吸い取られます。 悪喰の魔人であるツカサ様は、そんな聖杯に認められたのです」
つまりこの城の中に残されたのは、呪われた武器や防具。
まともな武器はひとつも見当たらず、唯一廊下に倒れていた銀色の鎧だけ、使えそうだった。
重くて暑そうな鎧を着るつもりはなく、手を守る籠手だけ利用させてもらう。
結局、今武器になりそうなモノは、俺のドイツ製万能包丁だけという、何とも心細い状況だった。




