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名花と一振りの剣

ファンタジー。騎士と姫君。ほのぼの恋愛系?

 騎士の願いは、たった一人のお姫様を護る事でした…………。



 昔々とある所にあったとある王国のお話。とある大陸の隅っこに、三方を山に囲まれた天然要塞な王国がありました。その国には王様ご夫妻と、それはそれは可愛らしいお姫様がおりました。腰まで届く長い髪は太陽の光よりも美しい黄金色、澄み切った美しい眼差しはどんな蒼玉よりも鮮やかな青色。色の白い肌に、頬がうっすらと桃色をしているのも、形良い唇が紅色なのも、スラリとした手足がカモシカのように綺麗なのも、自国だけでなく、他国にまで鳴り響くほどに素敵なお姫様でした。

 お姫様のお名前は、フローラ様といいました。このとっても可愛らしいフローラ姫は、現在16歳。刺繍をし、花を摘み、本を読み、音楽を嗜み、そして恋に恋するお年頃。誰にでも優しく気さくなお姫様でしたが、ただ一人、護衛の騎士であるアベルにだけは、少しだけ意地悪でした。

 騎士のアベルは、フローラ姫より3歳年上の19歳。国一番の騎士といわれるほどの腕前で、剣術も馬術も右に出る者はいません。深みのある茶色の短い髪に、栗色に近い薄く澄んだ茶色の瞳をしています。フローラ姫よりも頭一つ分は背が高く、青年らしく肩も広くがっしりしていますが、決して怖いと思わせるような印象のない青年です。

 フローラ姫の護衛にアベルがついたのは、4年ほど前の事です。もっとも、それより前から二人は顔見知りでした。アベルの父親は王国で一番偉い将軍様で、少年の頃からアベルは父親について王宮にやって来ていたのです。

 二人は今よりずっと幼い頃から、仲の良い遊び友達でした。本を読むのも、お話を聞かせてもらうのも、音楽を習うのも、勉強をするのも、庭を走り回るのも、いつでも一緒だったのです。フローラ姫にとってアベルは大切なお友達で、そして兄弟みたいなものでした。けれどその当たり前が、4年前に崩れ去ってしまったのです。

 護衛の騎士となったアベルは、フローラ姫に向けていいました。今でも、フローラ姫はその言葉を覚えています。そして同時に、思い出すたびに怒りがこみ上げるのです。アベルの裏切り者と、そう叫んだ事も思い出してしまうので。


——今日から姫様付きの護衛騎士となりました。今までのご無礼をお許しください、姫様。

——……何を言っているの?騎士になっても、アベルはアベルよ。

——いいえ。そういうわけにはまいりません。私は臣下の身。これまでのようなお付き合いは出来かねます。

——……っ、そんなの、ひどいわ!アベルの裏切り者!!


 一気にそこまで思い出してしまって、フローラ姫はため息をつきました。窓の側に椅子を持ってきて、両腕を窓の桟に置いています。その上に顎を乗せてため息をついているのですから、ちょっとお行儀が悪いかもしれません。さやさやと風が吹き込んできて、フローラ姫の長い髪を揺らしました。けれど姫は特に何も感じていないように目を伏せて、風の為すがままに任せています。


「……嫌いよ、アベルなんて……。」

「またですか?今度はどんな喧嘩をなさいました?」

「まぁ、ばあや。まるで私が悪いみたいな言い方だわ。私は何も悪くはないのよ。アベルがひどいんですもの。」

「それではばあやにお教え下さいませ。アベルをしっかり叱ってさし上げます。」

「本当?ばあやに怒られたら、アベルも勝てないものね。」


 フローラ姫の乳母を勤めているこのばあやには、幼い頃からの顔見知りである所為か、アベルも勝てないのです。それを知っているのでフローラ姫は、にっこり笑って口を開きました。その言葉を聞きながら、ばあやは困ったように笑っています。フローラ姫はいつだって、アベルにだけは厳しいのです。


「私が乗馬をしたいと言ったら、駄目というのよ。理由も言わないで、頭ごなしに駄目の連発よ。ひどいと思わない、ばあや?ただ怒るだけなのよ。」

「……まぁ、姫様……。アベルは姫様を心配していたのですよ。」

「でも、何も言ってくれないのよ?ただ、駄目と言うだけなのよ?私だって子供じゃないわ。ちゃんと言われたらわかるもの。」


 頬を膨らませて怒るフローラ姫を見て、ばあやは苦笑します。ばあやには、アベルが何故駄目だと言ったのかがよく解っているのです。アベルはただ、フローラ姫を護りたいだけでした。怪我をするような危ない事をしてほしくないのです。けれど少しばかり意地っ張りな性格なので、そのことを素直に言えないために、こんな風に誤解されてしまうのです。

 ひどい言われようですね。穏やかで落ち着いた声が部屋の中に響きました。驚いて振り返ったフローラ姫の視界には、肩を竦めるアベルがいました。片手にお盆を持っていて、その上にはお茶菓子が乗っていました。


「ばあや、お茶の用意をして貰えるかな?ご機嫌斜めのお姫様に、料理長からの届け物を持ってきたんでね。」

「はいはい。解りましたよ。」


 くすくすと笑いながら、ばあやは戸棚へと向かいます。実はこのばあやはアベルの母方の親戚にあたるので、随分と気さくに話す事が出来るのです。すっかり和んでいる二人を見て、フローラ姫は一人不機嫌です。


「ばあや、ひどいわ。私を裏切るのね。」

「おやおや、姫様はお茶はいりませんか?」

「料理長自慢の焼き菓子がありますよ。いらないんですか?」

「違うわ。アベルとばあやが、私を放っておいて仲良くしているからよ。それにアベル、私、まだ貴方の事を許した覚えはないのよ?」

「……姫様。乗馬は危ないのですよ。特にこの時期、馬は敏感です。気が立っている馬もおります。怪我でもなさったら、どうなさいます?」


 言い聞かせるような口調でアベルは告げる。不機嫌そうな顔をしていたフローラ姫が、ゆっくりと振り返りました。じっとアベルを見て、そして、仕方なさそうに肩を竦めました。ゆっくりと立ち上がり、テーブルの傍へと歩み寄ります。

 既に、ばあやが煎れたお茶が湯気を立ててカップの中で揺れています。美味しそうな香りに、フローラ姫は小さく笑みを浮かべました。姫の隣に腰を下ろしたアベルが、その顔色を伺います。視線に気付いたフローラ姫は、ニッコリと、笑いました。


「乗馬は諦めるわ、アベル。だから、一つお願いを聞いて頂戴ね?」

「常識の範囲内でしたら、何なりと。」

「明日はお散歩に付き合ってね。今頃お花が綺麗に咲いているはずだから。」

「そういう事でしたら、喜んで。」


 にこりと、アベルが微笑みを浮かべました。その笑みを見て満足したのか、フローラ姫はカップに手を伸ばしました。一口飲んで、ばあやに向けて微笑みます。美味しいわ、と褒めるフローラ姫に、ばあやは笑うだけでした。お茶を姫に褒められるのは、別に珍しい事ではなかったのです。



 騎士と姫君の、些細な些細な、そして大切な、毎日の風景です…………。



FIN

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