ヒーローなパパとその息子
現代。芸能系?正義の味方俳優の父親と、悪役好きの息子と、悪役俳優。
高見沢祐介。端整な顔立ちとずば抜けた演技力で有名な、戦隊ヒーロー物の主役を張ることが多い男である。憧れる男も多く、ファンも多く、交友関係も抜群。その彼には、たった一つだけ悩みがあった。
「聞いてくれよぉ……。」
「…………また息子の話か?」
「そう。」
「何処か別の所でやらんかい、このボケカスが!」
祐介を殴り飛ばし蹴り付ける男が1人。同じ事務所に所属し、デビュー時期もほぼ同じな親友、斎藤智仁だ。祐介とは対照的に、彼は常に悪役だった。それも、クールでニヒルで残虐で格好いい系の悪役。戦隊ヒーロー物でお約束な、敵司令官の息子とかいうポジションが多い。
祐介の息子、それは今年で7歳になる春樹のことだ。母親似の可愛い顔立ちに、しっかりした性格。3年前に母親が病死してからは、気丈に前向きに生きてきている。そんなしっかりしすぎた春樹であるが、ただ一つ祐介を悩ませる特徴があった。
そう、かなり致命的な。
「今度、収録見に行きたいっていうんだ。」
「それの何処が駄目なんだよ。」
「だって、目当てがお前なのに!!!」
「…………特殊戦隊コスモファイターの収録に、わざわざ敵役観戦か?」
「ガイロス帝国前線司令官、皇帝の息子である皇子、ゼータが見たいって…………。」
「……相変わらず、悪役好きなんだな……。」
がっくりと肩を落とす祐介を、慰める智仁。慰めてやらないと、下戸のくせにやけ酒に走られて困るのだ。ちらりと脳裏に春樹の姿を思い描き、智仁は溜め息をついた。そうか、あいつはやっぱり悪役好きかと思った。
何故やっぱりかというと、彼の母親がそういうヒトだった。悪に美学を感じるというか、自分の欲望の為に潔く行動する辺りに魅力を感じるらしい。そのくせ、大好きなのは祐介君よとか平然という女であった。わけが解らなくなるので、智仁は深く考えるのを止めたのである。
「パパ。」
「う、わ?!春樹?!」
「遅いから迎えに来たよ、パパ。夕飯食べに行くんでしょう?」
「もうそんな時間?!ごめん、春樹。パパ着替えてくるから!」
美貌のヒーローも形無しである。収録用衣装だった祐介は、バタバタと衣装室へと向かっていった。既に着替えていた智仁はやれやれと肩を竦めて煙草を銜える。春樹が、じっと智仁を見上げた。にこやかな笑顔がそこにある。
「お前、いい加減その悪人好き止めてやれば?」
「だって、今時正義のヒーローなんて流行らないよ?」
「流行ってるから。でなきゃ番組打ち切りだろうが。」
「それはパパ達の顔が良いから。」
「…………。」
嫌な小学生だ。そんなことを想いながら、智仁は煙を吐き出した。どうでも良いが、あの祐介に育てられている割に言動がきつい。かわいげがないというべきだろうか。まぁいいけれどと智仁は思う。今更なので、気にしないことにした。
「だって、正義の味方が助けてくれるなら、神様がいるなら、どうしてママは病気で死んだのって事になるでしょう?」
「…………春樹。」
「だから、正義の味方嫌い。」
「…………そういう現実問題を、役をやってる人間に重ねてやるな。」
「重ねてないよ。だってパパは、僕だけのヒーローだから。」
これは秘密だよと笑って、春樹は戻ってきた祐介に駆け寄っていく。その笑顔を見て、智仁はなんだと思った。結局、春樹は父親のことは好きなのだ。多分、父親が演じる役の全ても。時折無意識に台詞を繰り返している時があるから。
自分に降り懸かった不幸を思うと、純粋に正義を信じられない。そんなご都合主義の世界などないと、知ってしまったから。そのくせ、笑い出したくなるほど父親が大好きなのだ。だから、こうやって、じゃれついている。擦れ違っているように見えて、それなりに近い親子だ。
「…………だったら、初めから俺を巻き込むなよな。」
しみじみと呟く彼の声は、幸い誰にも聞こえなかった……。
FIN