カミサマの子供達
ファンタジー。天使。双子と兄貴分。ギャグ。
空の果て、天界に住まう、これは天使達の物語…………。
木漏れ日の差し込む大樹の下に、真白いテーブルの前に腰掛ける少年がいる。テーブルと同じデザインの白い椅子に座る少年は、分厚い本を読んでいた。吹き抜ける風に揺れる短い金髪に、眼鏡の奥で知性を称える緑の双眸。抜けるような白い肌に、白と緑を基調とした衣装を纏う彼の背には、何処までも鮮やかな純白の翼が広がっていた。
少年の名前は、リオン。天界でも有名な双子天使の兄である。風の属性を持ち、癒しの天使として知られる少年である。外見年齢は十代の半ばであるが、既に気の遠くなる程の年月を生きている。天使というのは、そういうモノだ。歳を重ねたモノでも、20代の後半ぐらいまで。若いと認識される年齢で成長が止まり、老化は訪れない。
それでも死は存在する。魂の力とでも言うべきエーギルを消耗する事によって、天使達は緩やかに死へと歩み続けている。しかしそれでも、彼等の長い寿命は人間の比ではなかった。
視界の片隅で爆炎が上がる。けれどリオンは気にせず、静かに本のページを捲っていた。この少年はひどく図太い神経をしていた。その理由は、彼がこの騒動の原因が誰であるのかを知っているからだ。
不意に、リオンの視界に影が差した。白い翼を広げた天使が一人、リオンを見下ろしている。白と赤を基調とした戦闘服を着た少年だ。長い金髪を首の後ろで結わえているのが、獣の尾のように見えるが、健康的に焼けた肌よりも、整った顔立ちよりも、その髪よりも、真っ直ぐといるように全てを見据える赤い瞳が印象的だ。
「また派手にやったのかな、ミオン?」
「別に言う程派手じゃないさ。あの辺り一角が、少し燃えただけだぜ?」
「少し、ねぇ……?」
本を閉じたリオンが、炎属性の双子の弟を見て小さく呟く。彼が視線を向けた先には、焦土と化した一帯があった。その周辺には、傷を負っている天使達や、その治療に勤しんでいる天使達がいる。ミオンの配下である戦の天使達である。
「相変わらず乱暴な訓練の仕方だなぁ……。」
「失礼なヤツだな。俺は限りなく実戦に近い訓練をしてるだけだぞ?」
「まったく、君ってヤツは……。……おや、レジエル。どうしたんだい?」
「久しぶりだね、リオン、ミオン。あ、ミオン、これおみやげ。」
ニッコリ笑って二人の前に姿を現したのは、腰まで伸びた長い金髪に、穏やかな青の双眸をした一人の青年天使だった。二十歳前後の外見をした青年は、にこやかに笑ったままミオンにそれを差し出した。可愛らしくラッピングされた箱の中身は、お菓子類だと推測できる。それを見て、ミオンの表情が嬉しそうに輝いた。
「土産か?!」
「そう。ちょっと地上まで降りてきたから。評判のケーキ屋さんで買ってきたから、美味しいと思うよ。」
「サンキューvレジエル、俺お前のそういうところ大好きだぜ!」
リオンの向かい側に座ったミオンが、箱を空けてケーキを取り出して、幼い子供のように喜びながら食べ始める。天才と名高い、常勝を誇る戦の天使とは思えない姿だが、これもまた、ミオンの素顔なのである。
不意に、リオンの双眸が細くなる。眼鏡をゆっくりと外した少年は、傍らの青年を見上げた。水の属性に連なる青年天使を、リオンは敬愛している。だがしかし同時に彼は、目の前の先輩を疎んじてもいた。理由は、ただ一つ。
「またミオンを餌付けするつもりか、レジエル?」
「相変わらず、眼鏡を外すとガラが悪くなるな、リオン?」
「質問に答えろと俺は言っているんだが?」
「一人称も僕から俺に変わるしなぁ……。」
「レジエル?」
にっこり。微笑みながら、リオンは掌に風の力を集中させていた。本来は癒しの力である風は、凝縮させれば刃にもなる。その事を、目の前の水の天使は知っている。守護の結界を司る水の天使は、その結界すら壊す風の恐ろしさを、確かに知っているのだ。
「いい加減にしたらどうだ、リオン?お前のそのブラコン、やばいぞ。」
「やばくて結構。ミオンは俺のだ。」
「…………お前らの属性が異なってて良かったと思うよ。」
「それは俺も思ってる。この力のお陰で、ミオンの怪我を治してやれるからな。」
「何でお前、そこまでミオンに拘るんだ?」
「そういう風に生み出した創造神に聞いてくれ。」
「………………ご立派。」
キッパリ言い切ったリオンの発言に、レジエルは肩を竦めた。お前はやっぱりお前でしかないんだなと、呆れたように彼は呟く。人界で人間の守護につくのを役目としている天使は、久しぶりに逢ったのに何も変わっていない双子を見て、疲れたように、けれど少しばかり嬉しそうに笑うのだった。
そんな兄と先輩の遣り取りを聞いていないのか、ミオンは一人美味しそうにケーキを平らげていた。ガラの悪いこの炎属性の天使は、実は甘いモノと可愛いモノが大好きだった。彼の部屋には、レジエルの土産であるぬいぐるみが山と積まれているのである。
「まぁ、近々悪魔軍との戦いがあるらしいから、ミオンの護衛は任せろ。」
「……何故、お前に委ねなくてはならない?」
「癒しの天使であるお前は後方支援だろう?結界作りが得意の俺は、前線で防御に勤しむ役割。」
「…………。」
「殺したいという眼でヒトを睨むな、リオン。俺はお前の味方だろう?」
「ミオンを餌付けしないのならな。」
「土産を持って帰ってきて何で怒られないといけないんだ……。」
がっくりと肩を落として、レジエルはひょいっと取り出したキーホルダーをリオンに渡す。小さな水晶が付けられている。淡い緑と、鮮やかな赤と。リオンとミオンの瞳の色と同じ、綺麗な色の水晶だった。
「…………土産、か?」
「お前が喜ぶだろうと思ってな。」
「…………俺は餌付けされないぞ。」
「……だから、餌付けじゃないって…………。」
ぼそりと呟かれたリオンの発言に、レジエルは肩を落とした。それでも、その顔に浮かぶのは微苦笑だった。穏やかで、優しくて、何処かそれが当たり前だと受け入れているような。そんな、微笑みだった。
カミサマの子供達は、今日も仲良く平穏です。
FIN