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妖夢幻

和モノです。少女と天狗と妖刀。


 其は妖刀・虚空こくう。持ちて舞うは、少女。守護するは、誇り高き天狗。




 何時の世であっただろうか。其は、ヒトと妖が共存していた時代。昼と夜とで世界の主権を、ヒトと妖が分かつし時代。ヒトが妖に怯え、妖がヒトを喰らった時代。

 何時の頃からか、妖刀が存在した。何時の頃からか、妖を切る刀があった。何時の頃からか、それを持つ者がいた。何時の頃からか、妖退治を生業とする者がいた。


 少女もまた、そうであった。


 名を、紗那しゃな。長い黒髪を男のように頭上で束ね、裾の短い着物を纏った少女。ザックリと切り込みを入れられた着物は動きやすく、その下には布を巻いたすらりとした足が覗いていた。

 夜。妖が歩き回る時間。紗那は、腰に帯びた妖刀の柄に手をかけて、橋のたもとに佇んでいた。水の側には、妖が住まう。その事を、彼女は知っていた。

 歩いてくる人間を観察し、襲われる事がないように見詰める。幸い今日はまだ、誰一人として襲われてはいない。この橋に巣くう妖は、まだ退治してはいなかった。退治したところで、新たな妖が住み着くだけであるが。


——…………紗那。

「解っている、羅刹らせつ。今日はまだ動いてはいないだけだ。」

——違う。虚空が騒いでいる。抑えきれておらぬぞ?

「……ッ。…………解った。」


 耳元で囁きかける異形の声に、紗那は小さく頷いた。腰に帯びた妖刀は、生きている。妖の血肉を喰らい、それを糧に強くなる。未だに紗那が慣れぬのは、虚空が生きていると認識する事だ。

 紗那に囁きかけたのは、一匹の異形だ。ヒトではない。だが、妖でもない。その中間に位置するモノとでもいうべきなのだろうか。人身を取った天狗が、そこにいる。普通のモノには見えるはずがないが。

 紗那に守護を約束した、天狗。群れから離れ、異端となる事を望んだ男。紗那が妖刀使いであると解っても。その妖刀が妖を喰らうと知っても。紗那から離れてはいかないのだ。



 他の誰が離れても、羅刹だけは離れない。



 ふと、視界を掠めた黒い影。それに気づき、紗那は立ち上がる。橋の中央に、青年が一人。商人のような服装をしている。不用心にも、たった一人で灯も差さずに歩いているのだ。

 馬鹿な、と紗那が呟く。愚かな、と羅刹が嘲る。それに答えるように、虚空が鳴く。軋んだ金属の音がして、飢えたように鳴くのだ。その鳴き声を聞いて、紗那は溜め息をついた。

 青年の姿に誘われるように、妖が現れる。美しい、女の姿をして。青白い肌の、月のような女。美しいが、冷たい印象の拭えぬ女が、水浸しの状態で佇む。それを見て、青年が息を呑んだ。

 美貌に圧倒されたのか。それとも、その異質さに気づいたのか。とにかく、青年が動けなくなったのであろう。それを見て取り、紗那が地を蹴る。紗那に気づいた妖が、睨むように視線を向けた。

 振り下ろされる、虚空の刃。受け止めるのは、大量の水。被害を受けぬようにと、羅刹が青年を結界に包み込む。紗那を見詰め、少しばかり心配そうに目を細めた。だがしかし、それは紗那には見えない。

 紗那の斬り返した刃が、妖を切り捨てた。鈍い音がして、虚空が赤い輝きを放つ。その光に吸い込まれるように、妖の肉体が消えていく。虚空が妖を喰らっているのだ。


「……な、な……。」

「怪我は?」

「…………あ、ありませんが……。…………貴方は?!」

「妖退治を生業とするモノ。……陽が沈んでより後は、一人で出歩かぬが宜しかろう。」


 紗那の言葉に、青年はコクコクと頷いた。その後、転がるように駆けていく。ふと、紗那は足元を見た。今だ、死にきれぬ妖がいた。

 女の顔が、歪む。何故と、低い声が呻いた。それを、紗那は聞かぬフリをする。聞こえていないふりをする。


——……おのれ……、……おのれ、……魔物の子よ……ッ。我等妖よりも、……貴様の、ほ、う……が…………。

「…………虚空、食い尽くせ。」


 冷ややかな言葉だった。それに応えるように、虚空が輝く。喜びの思念が伝わる。虚空は、嬉しそうに妖の血肉を喰らっていた。

 紗那は、ふと掌を見る。いったい、何時になれば終わるのかと。妖は、退治してもまた生まれ出でる。ヒトがいる限り、妖もまた消えぬのだ。

 それが解っていても、妖退治を続けてきた。妖刀・虚空を受け継ぐモノとして。何時しか、血にまみれた両腕を抱えて。何時しか、ヒトの中では生きれぬ己を支えて。

 虚空。最強の名を持つ、妖刀。それを扱えるモノは、そうはいない。故に、紗那は妖刀使いになった。ただ一人、父の血を引く娘として。


「……羅刹。」

——……如何した?

「……私は、ヒトであるのか?」

——……紗那……。

「何時しか、私もお前と同じ異形になったのやもしれぬ。もはや、どのような視線を受けても何も感じぬ。何も覚えぬ。」


 そう呟きながら、紗那は俯く。その頬を、一筋に涙が流れた。紗那自身が気づかぬ、涙が。



 妖を切る刀。それを持つのは、哀しき少女。



FIN

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