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003

 翌日。トルトは旅の必需品を求めて、町の大通りを歩いていた。

 町の規模と比べると、なかなか活気があると言えるだろう。町を東西に横切るそれは、近場の大都市ディヴィンから続く道の一部でもあり、町の住民か否かは問わず、様々な人が利用しやすい地理にある。そのため、トルトたちが泊まっていた宿屋をはじめとして、建物であったり出店であったりと、複数の店が軒を連ね、小規模な町ながらここだけは多くの人が集まる、という風になっているのだ。田舎の農村で暮らしている者がこの光景を見たら、違う世界を見ている気分になるかもしれない。

 しかし、トルトは都市出身である。この程度の人混みは大したことがない。巨体に似合わずスイスイと人の間をすり抜け、目的の店を労せず自分のペースで回っていた。今も、野宿が続くこのあたりでは欠かせない携帯寝具を安値で購入し、ホクホク顔で店から出たところである。

「これで荷袋に感知の魔道具、綱に火打ち石……」

 トルトは、人混みに気を使いつつ、これまでに購入したものを確認する。普通、加護継承試練の旅に出る者は、援助の一環としてあらかじめ旅支度がされているものである。自力でここまですることになったのは俺のような間抜けくらいだろう、とトルトは内心苦笑した。とはいえ、これまで続けてきた旅で、なにが必要だったかはしっかりと経験している。特に苦労することもなく、トルトは着実に旅の支度を整えていた。幸い、なにがあってもいいようにと、資金だけは多めに持たされていたため、お金が足りずに買えない、という事態は避けられた。

 ウィスは、はじめこそはトルトに付き従っていたが、テキパキと買い物をこなすトルトを見て、「私がいなくても大丈夫そうですね」とかなんとかいいながら、フラリとどこかへいってしまった。ちゃんと買うべきものを買えるのか心配されていたのかもしれない。世渡り下手な坊ちゃんとでも思われたのなら、癪である。

「……で、携帯寝具と。ふぅ、あと買うのは食料かねぇ。どうせなら肉がいいが」

 しかし、予定外の出費で少なくなってしまった資金を有効に使うためには、食料に保存のきかない肉を選択するのはよくないと言える。パンを主にし、肉は贅沢、それも乾燥させてあるものにしぼった方がいいだろう。

 トルトは道具屋のあたりを後にし、食品を主に扱う店が揃うところまで歩いていた。料理の素材として野菜を見て回る夫人や、トルト同様に旅の食料を求める若者など、やはり人が多い。

「はぁー……出店も多いけど、こりゃ道を歩きながらどこで買うか決めるのは難儀しそうだな」

 店はほとんど人によって塞がれており、とても外から品物を見ることはできない。じっくり見て回ることはせず、適当に安そうなところで買おうとしていたトルトだったが、これではどこが安いかすら分からないと困った。参ったなぁ、とトルトが頭を無造作に掻いたときだった。

「――してください!」

「――だよ! 考えなおして――」

 何やら、口論の音が聞こえてきた。おや、と思ったトルトがそちらの方を振り向くと、町の南の出口へつながっている道との交差場所あたりで、少女が男性に引き止められているようだ。周囲の人は、なんだなんだ、と遠巻きにしてその様子を眺めていた。

 面倒ごとの予感がした。とはいえ、見てしまったからには放っておける性分でもない。トルトは器用に荷物をぶつけないようにしながら人混みをすり抜け、2人に近づいた。意識もそちらに向けているので、会話の内容がはっきり伝わってきた。

「お願いだから行かせて! 早くしないと、おじいちゃんが!」

「それでも、外に出るのは無茶だって! おじいちゃんだって、すぐ帰るって話なんだろう!?」

 少女の剣幕は激しくなり、引き止めている男性も必死になっている。どちらも、好奇の目で見られていることには気づいていなさそうだ。

「おーい、道のド真ん中でなにやってんだー」

 トルトはそこに割って入った。念のため、少女が向かおうとしていた南側に回りこんだ上での行動である。そうでもしないと、男性が動きをとめた隙をついてでも、南へ駆け出しそうだったからだ。

 その位置に滑り込むように現れたトルトを見ると、少女は一瞬怯んだ。トルトとの体格差は歴然である。それほど大きい男が、突如道をふさいだという格好だ。少女の気が多少なりとも削がれたのを見て、男性は助かったという顔をしていた。

 少女は、典型的な田舎者、といった感じの素朴な顔つきであった。が、黒い長髪が妙に合っていて、可憐だと思わせるものがあった。体格からして、14、5才くらいに見える。

「……どいてください」

 キッと、少女は睨みつけてきた。事情はよく分からないが、大男が立ちふさがった程度では諦めきれないのだろう。やれやれ、とトルトは頭をわしゃわしゃと掻いてから、なだめるように言った。

「おちつけって。そこの兄さんがとめるってこたぁ、余程危ないとこにいこうとしてんだろ? あんたがいって、無事で済むのか?」

「!? そ、そんなの!」

 トルトの言葉に、少女は怒ったらしい。力任せに、トルトに向かって突撃してきた。が、ヒョロりとした体格の少女の体当たりには、いくら力が込められていようと迫力がなかった。それを、トルトは真正面から受け止めてみせた。予想通り、大した衝撃ではない。

「っ! な、なんで……」

 少女は反動で大きくよろけてから、自分の体当たりを受けてもビクともしていないトルトを見て、愕然とする。周囲の人の反応の薄さから見ても、少女がトルトを突き動かせないのは誰の目から見ても明らかだったようだ。トルトは身をかがませて、少女の肩にポンと手を置いた。

「ほら、人間ひとり吹き飛ばせないでどうする。そんなんじゃあ、外に出たってそこらの犬っころに食われるのがオチだぜ」

 だから馬鹿なことはよせ、と言って、トルトは少女の肩を優しく叩いた。

 トルトの乱入で、口論していた2人の毒気は抜かれた。静かになったことで興味を失ったのか、通行人たちは町の流れを作りに戻っていった。

「誰だか知らないけど、引き止めてくれてありがとう」

 男性が、トルトに対して頭を下げた。少女は、完全に力が抜けてしまったらしく、座り込んでいる。

「いや、礼には及ばねぇさ。ところで、なんだってこんなことに?」

 トルトの問いに、男性は首を振った。よく分からないのだという。

「おや、薬屋で見かける女の子、と思って見ていたんだけど、なんだか思いつめたような顔をして町の南に行こうとしてて、それで慌ててとめただけだから。僕に分かるのは、彼女のおじいちゃんが書置きだけ残していなくなった、ってことだけで、それもあの子の言葉を聞いて推測しただけだし、なんとも」

 男性いわく、町の南側は危険なダンゲロ山に通じているだけであり、町の人間は寄り付かないのだという。そんなところにかよわい少女がいこうとしていたら、確かに詳しい事情が分からなくともとめるだろう。現に、トルトも町の南にダンゲロ山があるということを知っていたので、少女をとめる方に回ったのだ。

 しかし、普通は寄り付かないようなところに少女がいこうとしたということは、裏を返せば余程のことがあったと言えるだろう。話を聞き、可能であれば事態の解決に尽力したい、とトルトは考えた。

「部外者が出過ぎた真似を、と思うかもしれんが、そこの嬢ちゃんに話を聞いてもいいか? これでも神官と関わりのある者だ、修行中の身だが力になれるかもしれない」

 トルトがそう言うと、男性は驚愕の表情をした。

「なんと、そうでしたか……分かりました。私なんぞではとてもこの子の力になれそうにない。どうか、代わりにお願いします」

 露骨に態度が変わり、恭しく頭を下げた男性を見て、トルトは苦笑した。神官と関わりがある、というのは、神官から後援を受けている神官候補、に等しい。男性の態度の変化は当然なのだが、やはり、他人から持ち上げられるのは慣れない。彼がこれまで旅してきた中でも、試練の旅をしている神官見習いだと知ると、途端に彼への接し方が変わるという体験は幾度もしてきた。が、トルトはそういう堅苦しいことが苦手だった。

 男性は「では」と言って立ち去ったので、そこまで少女とは親しくないのだろう。自分で引き受けておいてなんだが、なにも分からない状態で放り出されてしまったぞ、とトルトは思った。肝心の少女はうつむいており、トルトの方を見ようともしない。

「……なぁ、嬢ちゃん」

 トルトは、再度かがんで少女と目線の高さを合わせた。

「なんか困ったことがあるってんなら、人に頼ることも覚えるべきだぞ? 話なら俺が聞くよ。ここで話すのが嫌だってんなら、場所を変えたっていい」

 少女から話が聞けないことには、何もできない。トルトは、少女の機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選んだ。

「……あの」

 ぽつり、と少女がこぼした。顔はうつむいたままだ。

「ん?」

 なんでもないように、トルトは聞き返す。それからしばらく、少女が喋るまで辛抱強く待った。

「……神官様っていうのは、本当?」

 ややあって、少女が聞いてきた。また様付けか、とトルトは内心あきれすら覚えていたが、それは出さない。

「見習いだけどな」

 嘘は吐けない。トルトは自分を正直者だと思っているし、こんなところで見栄を張って「そうだ」と言ったところで、まだ正規の神官ではないという事実は変わらないのだ。それでは、むなしくなるだけだ。

 それを聞いた少女は、しばらく何も言わずにいた。が、突然顔を上げ、トルトにひしっとしがみつくと、

「お願い、おじいちゃんを助けて!」

 と、必死な形相で言った。急で、唐突なその行動に、トルトは目を丸くするばかりであった。





 人の往来があるところで長々と立ち話をするわけにもいかないと思ったトルトは、とりあえず少女を連れて宿屋へ向かった。はぐれてしまわないように注意は払っているが、少女は特に離れるようなそぶりも見せず、黙ってついてきていた。ただ、少し不服そうである。

「……っと、ここだここ。よし、入るぞ」

 宿屋の前でトルトは一旦立ち止まり、少女をうながす。こくり、と少女がうなずいたのを見て、トルトは扉を開いた。

「おーい、親父ー。席借りるぜー」

 中に足を踏み入れるなりトルトは言って、どこか適当な場所に座ろうと視線を巡らした。が、そこに思わぬ先客の姿を見つけた。

「……あれ、ウィス? お前戻ってたのか」

 そのウィスは、訝しげな顔でトルトが連れてきた少女を一瞥し、トルトに視線を戻して口を開いた。

「妙に早いと思ったら……なんです、金が不足して人攫いにでもなりましたか」

「ばっ、ちっげぇよ! ……ったく、なんでそうなる」

 悪態をつき、わしゃわしゃと頭を掻きながら、トルトはウィスの隣の机へ向かった。

「おや、違うのですか」

「意外そうな顔しやがって。まぁ、大通りでちょっとな」

 椅子に腰掛けつつ、トルトはウィスにそれだけを伝えた。経緯を詳しく話すと長くなる。そこまで説明しなくてもいいだろう、という判断だ。

 少女は、トルトと親しげに話すウィスを見て、不思議そうな顔をした。

「神官様、この人は?」

「だからまだ神官じゃねぇんだが……おいウィス、何笑ってやがる」

 ウィスは、手で口元を抑えて肩を震わせていた。おかしくてたまらない、というのを必死に隠そうとしているようだ。

「っくく、トルトが神官様……ふっ……」

「……まぁ、こんなんでも俺の命の恩人だ」

 笑われた仕返しにと、トルトは精一杯の皮肉を込めて返した。

「ちょっ、なんですかその言い草」

 ウィスがトルトに文句を言おうとしたとき、少女がウィスを無視する形で割って入った。

「命の恩人、ですか?」

「あー……いろいろあったんだ。長くなるからまた今度な」

 トルト自身の自尊心にも関わるため、適当にはぐらかした。少女は、それ以上は追及しようとしなかった。

 ウィスに対する疑問が解決したからか、トルトがなにか言う前に、少女はトルトの向かいに座った。そのまま話を始めそうな勢いだったのだが、トルトは「まぁ待て」と手で制止し、やってきた従業員に飲み物を持ってきてくれるよう頼んだ。

 従業員が一礼し、カウンターの方に戻っていったのを見て、トルトは切り出した。

「んで、じいさんを助けてほしいって話だが……なにがあったんだ?」

 それを聞くと、じれったそうにしていた少女は待ちかねたという風に話しはじめた。

「いつも一緒に暮らしてるおじいちゃんが、最近いなくなったんです。3日待っても帰ってこないから、なにがあったんだろうって心配して。それで、町の人におじいちゃんを見なかったかって聞いたら、南のほうにいったのを見たって人がいて」

「南? それって、まさか」

「はい。もしかしてダンゲロ山にいったんじゃないか、って、その人は言ってました」

 なんということか。ダンゲロ山といえば、力の試練の場とされるほど危険な場所だ。トルトは頭を抱えた。そんなところに老人がいくというのか? 

「ダンゲロ山って、相当危険なんじゃないのか?」

 念のため、と思いトルトは聞いた。

「そうって話は、よく聞きます。おじいちゃんも、普段は絶対に行こうとしなかったですし……それが急に、なんで……」

 少女は、困惑気味に言った。彼女自身も、なぜ祖父がダンゲロ山に向かったのかが分からず、それでなおさら心配になっているのかもしれない。

 とはいえ、ダンゲロ山はトルトが元々訪れようとしていた場所だ。少女の祖父を探すついでで、試練をこなせば問題あるまい。ちょうどいいって言い方は問題かもしれないが、まぁそういうとこだな。少女の、通りで見かけたときの必死そうな顔と、今の困り果てて祖父のことが心底心配そうな顔とを見て、トルトは決心した。

「なぁウィス、山での用事が一個増えたところで何も問題ないよな?」

 トルトがそう言いながら隣の机でのんびりしていたウィスの方を見ると、ウィスは空になった透明な杯を片手に、顔をしかめているところだった。

「……一応話は聞いてましたけどね。余計なことに首をつっこまなくてもとは思いますが……」

 そこまで言ってから、ウィスは覚悟を決めたようだ。

「ま、私も聞いてしまったからには、そのおじいさんをお助けせねば男が廃る、というやつですかね」

 ウィスはトルトたちの方に顔を向けると、不敵な笑みを浮かべてみせた。が、その顔を見て、少女は若干顔をひきつらせていた。

「……」

「思いっきり引かれてんぞ」

「こんなはずでは……」

 トルトがウィスの肩に手を置くと、ウィスはがっくりとうなだれた。トルトの手が自然に届いたあたり、ウィスはさり気なく席をずらし、トルトたちの近くまで来てしっかり話を聞いていた、ということなのだが、そういう細やかな気遣いを少女に説明しても彼の名誉は挽回できるかどうか、とトルトは内心首をひねった。

 面倒だしいいか、と結論づけ、トルトはひとりでうんうん唸っているウィスを放置し、少女に向き直った。

「ま、そういうわけで、俺らがあんたのじいさんを探してきてやるよ」

 それを聞くと、少女はぱぁっと目を輝かせた。が、すぐに目を伏せ、それから心配そうにたずねた。

「でも、迷惑なんじゃ……」

「大丈夫だ。元々、俺はダンゲロ山に用事があってここまで来たわけだしな」

 そう言って、トルトはニカッと笑ってみせた。それを見た少女は、はっと目を見開いたあと、すぐにうつむいて、小さくつぶやくような声を出した。

「……ありがとう、ございます。神官様」

「? おう、礼を言うのはまだ早いぜ。俺らがしっかりじいさんを連れて帰ってくるまでとっとけ」

 急にしおらしくなった少女に多少の疑問を覚えたトルトだったが、こういうのは深く考えても分かるはずないと、気にしないことにした。

「あぁ、そうだ。じいさんの名前を教えてくれないか? 探すときに名前がわからねぇと不便だ。あと、できれば嬢ちゃんの……」

 ここまで言いかけて、そういえばちゃんとした自己紹介はまだしてなかったな、とトルトは気づいた。途中で言葉をとめたトルトを、少女は不思議そうな顔をして見ていた。

「あの……?」

「……名前を聞く前に、こっちが名乗るのが先だな。俺はトルト、知っての通り神官目指して修行中だ。気軽にトルトって呼んでくれてかまわねぇぜ」

「はい、神官様」

「おい聞けよ、つか俺はまだ神官じゃねぇって」

 でぇいめんどくさい、とトルトは片手で頭をわしゃわしゃと掻きむしった。いくら訂正しようと思っても、少女は聞いてはくれなさそうだ。それでは時間の無駄だと、ひとまず諦めることにした。

「はぁ。こっちは学者のウィスだ」

「ウィスドム・オウルと申します、お嬢さん」

 いつの間に立ち直っていたのか、ウィスは椅子に座りながらも、礼儀正しくお辞儀してみせた。

「はい、ウィス、さん」

「……」

 なぜだ、なぜウィスは名前で呼ぶ。トルトが怒りを堪えているのを知ってか、ウィスはニコニコと勝ち誇ったかのような顔をしていた。なんだこいつ。恩人じゃなかったらとっくに殴ってるぞ。

 しかし、こんなところで怒りを爆発させている場合ではない。トルトは気を取り直して、少女に目で問う。

「えっと、私はエルトゥネって言います。エル、とか、薬屋の女の子、って言ってくれれば、町の人には通じるはずです。おじいちゃんは、ワッリって人です」

「エルに、ワッリね。分かった。ワッリじいさんのことは、俺らに任せろ」

 そう言って、トルトは自分の胸をドン、と叩いた。

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