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雨の日模様  作者: 結衣
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第3話

「よっ、桜井」

「あ、えっと……阿部君だよね」

 ある日のこと。二時限目の講義を終え学食の前に到着した瑞希の前に、購買のお弁当らしきものを持った竜二が声をかけてきた。前回同様の人当たりのいい笑みを向けてくる。

「そ。桜井も今から飯?」

「うん」

「俺等もう席とってんだけど、桜井も来るか? 今日も混んでるぞ」

 竜二に言われ学食内部を窺えば、多くの学生で賑わっている。席を探すのは大変そうだ。

「……いいの?」

「ああ。桜井さえよければ」

「他のお友達は大丈夫?」

「あー、友達って言っても和彦くらいだし。大丈夫だろ」

 大きなあくびをしてから、「早く行こうぜ」と竜二は促した。その後を瑞希もついていく。入り口から離れた奥、壁際にある四人がけのテーブル。そこに和彦は座っていた。時折あくびをし、退屈そうにしている。

 竜二は当たり前のように和彦の隣に座る。ついてきたものの本当にいいのかと瑞希はためらうが、「早く座れよ」と竜二が笑顔で誘う。

 瑞希は「おじゃましまーす」と小声で呟くと、竜二の正面にちょこんと座った。

 和彦はこちらを見る。なんでいるんだ、という眼差しを向けてきたが、すぐに彼女から目線を外す。

 そして彼は再びあくびをした。

「おはよう。ずいぶん眠そうだけど、大丈夫?」

 和彦に質問した瑞希だが、彼は興味なさそうに無視をする。

 その代わりに口を開いたのは竜二だ。

「課題やってたんだよ。今日締めきりでさ、一週間以内にやれって。量かなり多いの。岩崎って鬼畜だよな。どーせ和彦も課題で眠いんだろ?」

 竜二の言葉に和彦は不機嫌そうな顔をしただけだ。その表情のままコンビニのサンドイッチにかじりつく。

 そしてぽつりと呟いた。

「どうせ今日もぼろくそ言われるんだろうな」

「お前は前例があるからな。ああ、こわ!」

 竜二は苦笑すると、大げさに震えてみせた。

「そんな怖いの? その、岩崎先生って人」

 二人があからさまに暗いのを見て、瑞希は首を傾げる。

「いっつも上から目線で、あら探しばっかするようなやつ。和彦、この前ゼミでぼろくそに言われてたよ」

「そ、そうなんだ……お疲れ様」

「正直俺、あいつ苦手なんだよな」

 竜二は頭をかきながら言う。その隣で和彦は「関わりたくない」とぽつりとこぼした。

「私も苦手な先生はいるけど、二人も大変そうだね。それでもそのゼミにいるってことは、ゼミの内容の問題?」

「俺はそうだけど……こいつは定員オーバーのせい」

「ああ。ほんと運がなかった」

「雨宮先生希望だったもんな、お前」

「一番マシだったってだけだ」

「……雨宮先生って?」

 二人だけで会話する竜二と和彦に、瑞希は聞いてみた。竜二が当たり前のように答える。

「和彦が希望してたゼミの先生。経済学部の間じゃ結構評判いいんだけど……ああ、桜井文学部だもんな」

「……うん、文学部」

「雨宮って説明わかりやすいし、穏やかな性格なんだよ。でも岩崎って上から目線っていうか。なーんかとっつきにくいんだよな」

「知識を自慢したいだけだろ。性格悪い」

「俺もあいつは苦手だな」

 雨宮という先生も岩崎という先生も、瑞希の記憶にはない。話の流れからどちらも経済学部の先生だということはわかるが、それだけだ。

 共通の知識も話題もなく、瑞希は二人の会話を聞くことしかできない。

 竜二が発言し、時々和彦が相槌を打つ。それを瑞希は静かに聞く。

 そんな時間がしばらく続いた後、和彦はぼんやり窓に視線を移した。

「今日も雨、降るかな」

 その言葉に瑞希も窓の外に意識を向ける。空は灰色の雲に覆われているものの、まだ雨は降っていない。降水確率は高かったので、これから降るかもしれない。

「そうだ、明日提出の英語、もうやった? 私他の講義が忙しくてなかなか終わらないんだ」

 瑞希はふと思い出した英語の講義--和彦との共通の話題だ--を利用し、和彦に声をかける。

「……やってない」

「そっか。お互い頑張ろうね」

 瑞希が小さく笑うが、和彦は笑うどころか何も言わなかった。ただ窓の外を見つめ、時々「雨降るかな」と呟くだけだ。

 瑞希はお弁当を取り出し、蓋を開けた。手作りの卵焼きを口にする。考え事をしていたせいで少し失敗したそれは、少し苦かった。水で口直しをし、小さく息を吐く。

 少しして瑞希は和彦の側に本が置かれているのに気がついた。

 厚みはそれほどない文庫本で、ブックカバーはついていない。表紙は淡い水色で、雨の降る光景が描かれている。

 そして『雨の日に出会った二人』というタイトルも見えた。

「雨の日に出会った二人……」

「ん、なんか言ったか?」

 瑞希が思わずタイトルを口にすると、竜二が瑞希に視線を向ける。

「その本、昔読んだなって思って」

「和彦が読んでるやつ? 俺読んだことないんだけど、どんな話なんだ?」

「雨の日に主人公が男の人と会って仲良くなるっていう恋愛もの。読んでた時、すごくどきどきした。近藤くんは途中まで読んでどう思った?」

 瑞希はチャンスだとばかりに和彦に話題をふる。しかし反応は、

「……別になんとも」

 瑞希の顔を見ることさえせず、ぼそっと答えるだけだった。

「そっか」

 瑞希はそこで口を閉ざしてしまう。和彦はそっけない。竜二はそんな彼の態度に呆れたようにしている。

(『雨の日に出会った二人』……同じ本読んでるんだし、何か話せないかな)

 この本の内容はそれなりに覚えていた。主人公の男女の関係にドキドキしたこと。雨の描写がキレイだったこと。雨というモチーフを魅力的に活かした作品であったこと。

 瑞希は考える。何か彼と話せそうなことはないか。

「へー、今度映画になんのかコレ」

 いつの間にかスマートホンを取り出し何やら操作していた竜二が、関心したように声を出した。

「この本の題名で検索してみたんだけどさ、これ映画化するらしいぞ」

 竜二は言いながら画面を瑞希に見せた。そこには公式サイトらしきものが映っており、『雨の日に出会った二人』の文字があった。

「2週間後の土曜日公開か。そうだ、今度一緒に行かないか?」

「興味はあるけど……阿部君、興味あるの? 恋愛ものだよ?」

 正直こういった話に興味があるのは女ばかりだと思っていた瑞希は意外そうにした。恋愛どころか男の友人すらいなかったというのもあるかもしれないが、男がどういうものを好むのかはよくわからないのだ。

「あんま見ないけど……」

 あまり見ないという発言に瑞希は納得する。

「たまにはこういうのもいいかなって」

 まだ少ししか話したことはない相手だが、なんとなく竜二は派手なアクションものの話のほうが好きな印象を受ける。実際のところは分からないが、少なくとも恋愛を好んで見るタイプには思えない。

 だからこそそんな相手に恋愛ものの映画に誘われるとは思わず、驚くしかない。

「……行くって私と阿部君の二人で?」

 瑞希が確認するように問う。映画自体は興味があるものの、行くと即答する気にはなれなかった。しかしもし和彦も一緒だというならば、考えてもいいかもしれないと少しばかり考えたのも事実だ。

(近藤君は興味ないのかな)

 瑞希はこっそり和彦に視線を向けた。それに気がついたのか元々そのつもりだったのかは分からないが、竜二は隣の和彦も誘う。

「和彦もどうだ?」

「……なんか言ったか?」

「またぼーっとして。映画。その本、今度映画になるんだよ」

 竜二は呆れた様子を見せたまま、彼の本を指さした。そしてスマホの画面も見せつける。

「えっとね、今度やるから阿部君見に行きたいんだって。それで近藤君もどうかなって」

 自分が、とは言えず、瑞希は竜二の名前を口にする。彼の反応を窺うように黙っていると、和彦は本をじっと見つめた。その後窓の外に意識を移し、ぽつりと答えた。

「……考えとく」

「え? ……あ、うん。そうだね。課題とかやることとかあるもんね。今すぐ答えるのも難しいだろうし、少し様子見だね」

 瑞希は耳を疑った。相手の言葉を認識するのに時間がかかり、ぽかんとしてしまう。その後慌てて我に返り、平静を装うものの、内心は胸がどきどきしていた。

(考えとくって言われた。社交辞令? でもそういうの言いそうにないし、本心かな?)

 和彦の思いがどこにあるのか探りたいが、言葉が見つからない。じっと見つめる勇気もなく、瑞希はすぐ顔を逸らした。弁当のおかずに箸をつける。冷凍食品のかぼちゃコロッケは、ほんのり甘かった。

「いつもなら断るのに、珍しいな。何かあったのか?」

 竜二が驚いたように口を開く。

「ただの気まぐれだ」

「……雨、だからか?」

 和彦は何も言わない。竜二は言葉を続ける。瑞希は竜二の言葉を待つ。

「お前さ、いつの頃からか雨を気にするようになったよな。雨が降るときは嬉しそうで、晴れの日は雨を待ってさ。その本だって『雨の日に出会った二人』だ。他にも雨がでてくる話、読んでたよな。『雨降る日』とか。あと雨が大好きな人が出てくる話とか。あれ、なんて話だっけ」

「……『幸福の雨粒』」

「ああ。そんな名前だったかもな。とにかくお前は雨にこだわるようになった。それって高校の時からだよな。なんかあったのか?」

「別に」

「あの頃から、お前、何か変だぞ」

「気のせいだろ」

「いや、変だ」

 和彦が若干苛立ったように否定するが、竜二は全く納得しない。

「ぼーっとすることが増えたし、人付き合いも悪くなった。前はそんなんじゃなかったのに。なあ、本当に何があったんだ? 何があって、そうなったんだ?」

 竜二は真剣な眼差しで詰問する。和彦は「何もない」と主張し、目を合わせようとしない。

 二人の間の空気がなんだかピリピリしているように感じ、瑞希は怖くなる。ここにいていいのだろうか。自分は部外者なのではないか。そんな考えで頭がいっぱいになり、食事どころではない。

 このままじゃいけない気がする、そう思うがどうすればいいのだろうか。二人には自分の知らない共通の過去がある。そのため何も知らない自分が何かを言うべきではない、と瑞希はためらってしまう。

 二人から意識をそらすように中身の残ったお弁当の蓋を閉め、袋に包んでカバンにしまう。カバンの中に入っていた丸いものが目に入る。それは少女にもらったキレイなアメだった。

(そうだ……!)

 瑞希はアメを適当に掴み、二人に差し出した。


読んでいただきありがとうございました。

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