悪の心に身を委ねても
花には様々な種類がある。
単純に植物としての品種はさることながら、表現する場合においても色んな使い方がある。
例えば、受験。
合格通知を『桜咲く』と表現するのは、桜が咲く季節に歓迎されているような、そんな感覚を覚える。
例えば、女性。
あまりにも美しすぎたり、お金持ちのお嬢様だったりすると、女性に対して男は『高嶺の花』なんて表現をする。
意味合いとしては雲の上の存在と似ているが、花を使っているのは対象が女性だからこそだろう。
例えば、今、俺の目の前で堂々と咲き誇っている花火。
中身はただの火薬なのに、職人の手によって配合されることで色とりどりの花を咲かせる。
最近ではアニメのキャラクターの形をした花火が打ち上げられたりするし、その可能性は無限大だ。
そしてもっともポピュラーなものと言えば、やはり感情である。
特に恋愛感情は、恋心が芽生えるとも言う。
花どころか種から始まっているが、恋心が次第に大きくなる様と植物の成長はとても似通っているので違和感がない。
ご丁寧に、恋が『実る』なんて表現まである。
考えた人は凄いと思うよ。
ただ。
どの花にも共通して言えるのは、咲くとは限らないということだ。
更に、咲いたとしても実がなるとは限らない。
俺の恋心が、正にそうだった。
確かに恋心は花開いたが、実らなかった。
それが現実だ。
実らなかった花は、涸れ落ちるしかない訳で。
「そう考えると、この花火は俺への当てつけなのか? そうなのか? ああん!?」
「おにーちゃん……花火に喧嘩売ってどうするのよ」
「そうですよ。せっかくアジトが元通りになって、何の不安も残すことなく夏休み最終日を迎えたというのに」
「きれーだなー……」
なんでお祭り最終日、夏休み最終日に小学生三人と花火を見てるのかって?
傷心の俺を、汀子達が慰めがてら誘いに来たんだよ。
というかまず、なんで傷心してるのかを説明しないとか。
昨日、防犯ブザーが鳴り響いてしばらくして、例の女性警察官がどこからともなくやって来た。
そのときには俺もズボンを履いてたんだけどさ。
タイミング悪く謝罪を終えた男子一同がアジトから出て来ちゃったのよ。
フルチンのまま。
あいつ等……汀子に履けって言われたのに、結局履かずに戻ってきやがった。
確かに俺はそのまま行けと言ったけども!
遠足じゃないんだから帰りは普通に履いてこいよ。
で。
フルチンの男子一同を見た女性警察官は、当然の如く俺を疑った。
いや、犯人は間違いなく俺だよ?
でも問題はその動機。
あの女性警察官は、こともあろうに俺がセクハラ目的でズボンを下ろして回ったと勘違いしやがったんだ……!!
有り得る。
有り得るだろうよ。
そういう事例もあるんだろうさ。
けどそれ、どんだけ小さい可能性だよ!!
高校生の男が、小学生男子のズボンをセクハラ目的で脱がすなんて疑うよりも、確認すべきべき事項があるだろ!?
その後、問答無用で俺は交番に連れて行かれた。
女性警察官のマジな顔を見て、流石の遊音も罪悪感を抱いたのか一緒に付いてきてくれた。
汀子、繭、ミラクルも一緒にな。
男子達には徹夜で作業を命じたので置いてきた。
遊音は甘く見てたんだ。
この女性警察官を。
この手の疑いを掛けられるのが二度目の俺は、遊音達が何を言っても信じてもらえなかった。
むしろ汀子達まで共犯にされかける始末だ。
事態を重く見た遊音は、最終手段に打って出た。
「おにいさんはこの人が好きなので、そんなことはあり得ません!! 証拠もあります!!」
と繭を指さして言って、俺の恥ずかしい台詞をスマホで再生したんだ。
パァン! と風船が割れるような感覚だったよ。
こんな……こんな気持ちの伝わり方ってあるかよ……。
俺は放心状態のまま頷くしかなかった。
その反応でようやく遅すぎる理解を示してくれた女性警察官は、簡単に俺を解放してくれた。
夜の交番前に放っぽり出された俺達は、しばらくその場で硬直していた。
怖かった。
ただただ繭を、繭の反応を見るのが怖かった。
でも、どんな形であれ伝わってしまったのだから、答えを聞くしかない。
俺は親に貰った勇気という名の下に繭に視線を向けた。
返ってきた答えは、『いつも通りの表情』だった。
そう、まるで補聴器を付けていなかったからよく聞こえなかった、とでも言わんばかりの、『不自然ないつも通り』だった。
補聴器の音は聞こえていた。
聞こえていないはずがない。
ってことは、あれだ。
断りたいけど、何だかんだで虎間さんにはお世話になったから断りづらいし……よし、ここは聞こえない振りでやり過ごそう! 的な、繭なりの超遠回しなごめんなさい。
悟った瞬間、俺は四人を置いてその場から逃げ出した。
帰って枕を濡らしつつ、泣き疲れて眠った。
本当なら、男子達の作業が滞りなく進んでいるか確認するつもりだったのに、夜が明けても太陽が照りつけても辺りが宵闇に包まれても俺はソファーから起きなかった。
そんなときに汀子達が訪ねてきて……現在に至る。
絶好の花火スポットがあるって言われてやってきたのが、まさか公園のジャングルジムの天辺とはね。
アジトの仕上がりも見られたから、良かったと言えば良かった。
俺の代わりに汀子達が見ていてくれたらしく、男子達は今、全員が家で熟睡中とのこと。
本当に徹夜でやったんだなあいつ等。
ちょっと感動したよ。
お金とかお小遣いかき集めたんだろうし、ちょっと工面してやろうかな。
ってそこで甘くしたら駄目か。
「ね~おにーちゃ~ん。今度デートしよ?」
繭にその気がないと知るや、汀子は急激に馴れ馴れしくなった。
小学生とデートなんてできるかっての。
別に遊びに連れて行くのは構わないけど、デートって言葉を使われると途端に拒絶反応が出る。
「五年……いや、それだと俺が二十歳越えてるから駄目だな。十年後なら良いぞ」
「長っ! 遠っ! お兄ちゃん代わりになってくれるんじゃなかったの!? お姉ちゃんにふられたからって、あの話なかったことにする気!?」
「そんなつもりはないよ。いつでも頼ってくれて構わないし、甘えるのだって許容する。でもデートは絶対にしない! 第一に、俺はまだふられた訳じゃない! ふられた、訳じゃないんだ……」
言ってて段々悲しくなる。
ふられた訳じゃないし、望みが絶たれたわけでもないのは確かなんだけど、心の底からその可能性を信じられないのは他でもない俺だ。
だからといって、じゃあ次の恋、なんて気持ちにはなれないんだ。
本当に好きだから。
諦めるくらいならいっそのこと人の道を外れる方が――
「……そうだよ。繭と付き合うなんて、簡単じゃないか」
「お、おにーちゃん?」
「なんか悪役っぽい顔してる!」
「ついにダークサイドに墜ちてしまったのですか?」
「俺は汀子のせいで彼女を失った。この話を繭にすれば、俺の言うことを聞くしかないじゃないか! なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ!!」
「はぁ!? そ、そんなことさせないから! 実の妹の前で何堂々と脅迫宣言してるのよ!?」
「お前が言うな! 元はと言えばお前のせいで俺は彼女を失ったんだぞ!?」
「それは反省してるけど! だからってそんな形で付き合っても上手くいくわけ」
「そうと決まれば今すぐ繭に電話だ!」
「本気なの!? ちょっと、二人も止めてよっ」
「これはこれで面白くなりそう」
「冤罪のおにーさん、格好いい……」
「繭の電話番号は~っと」
ふんふん~と鼻歌交じりに携帯を弄る。
決してミラクルに影響されたわけではないが、こんな形での恋の終わりは絶対に納得がいかない。
だったら、どんな手を使ってでも繭を手に入れてみせる!
例え――悪の心に身を委ねてでも!!
「あ、もしもし繭?」
「ストーップ!!」
すんでのところで汀子に携帯を奪われ、通話ボタンを押されてしまった。
「なんだよ」
「……分かった。おにーちゃんが遊音の言う通りダークサイドに墜ちたなら、アタシだって手段は選ばないわよ」
「へっ! 録音データがなくなった今、汀子なんて怖くも何ともないね!」
悪役と言うより雑魚キャラのような口調で言い返す。
遊音にも録音データは握られているが、幸い遊音はお得意の傍観者の立場で事態を見守ってくれている。
ある意味、これほど心強い味方はいない。
「おにーちゃん……子供を舐めないでよね」
「何?」
汀子はスマホを取り出し、その液晶画面を俺の眼前に突き付けた。
こんなもん、今更何の役にも立たんぞ。
汀子に続けて遊音にまで危険な台詞を録音されてから、俺は人一倍言葉に気を付けてきた。
こいつ等の挙動にもだ。
いつ忍ばせてあるスマホを操作するか分からないからな。
俺が余裕で返すと、汀子はスマホを俺に向けたまま親指で真ん中辺りをタッチした。
すると、
『俺は汀子のことが好きだ』
………………………………………、
「何故だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「ふっ。勝った」
「ふざけんな! お前、あのとき消したじゃねーか!!」
「落ち着いて下さい、おにいさん」
「これが落ち着いていられるか!!」
消えたと思った究極の弱みがここに来て完全に復活したんだぞ!?
しかも俺は汀子が録音データを消した瞬間を目にしてる。
消えたデータを復元するとか、プロの仕事だろ!
「冷静に考えれば、子供でも分かる簡単なトリックです。ミラクルにも分かるくらいの」
「うんうん」
「み、ミラクルまで?」
今の小学生はそこまでハイテクノロジーを使いこなしているのか……。
「コピーしておいただけじゃないのー? てー子」
「正解!」
「……、オラァ!!」
「きゃあ!」
今度は上手くいった。
汀子のスマホを奪い取ったぜ!!
「返してよ!」
「全部消したら返すって……あー! タッチ操作うざ!」
なんでわざわざ指紋が付く仕様にするんだよ。
操作自体は慣れるだろうけど、メールも打ちにくい。
俺はガラケーで充分だ。
「もう! 変なところ触らないで!」
「邪魔をするな! ここがジャングルジムの天辺だと言うことを忘れてはいけない!!」
汀子のくすぐり攻撃を耐えつつ、どうにかスマホを操作する。
試行錯誤の末、何とかコピーされた俺の録音データを消去することができた。
聞いて驚け。
汀子の奴、十個もコピーしてやがった!
「ほらよ! 返してやるぜ」
「……」
汀子はスマホを受け取ると、必死に液晶画面をタッチしだした。
俺のせいで何か設定が変わってないかをチェックしているのだろうか。
「すっかり悪人に成り果てましたね」
「なんか安い悪役に見えてきたなぁ」
「何とでも言え! さて、これで心置きなく繭に……、ってあれ? 電話中だ」
「あ、もしもしお姉ちゃん?」
「お前かよ!!」
なんて早業だ。
この一瞬で繭に電話を掛けるとは。
しかし、別に俺としては電話に拘る必要はない。
メールで伝えることだってできるんだから。
「うん、そう。アタシのパソコン立ち上げてみて」
この小学生、自前のパソコンまで持ってるのかよ。
どこまで甘いんだよ転寝家母!!
苦労してる繭にもっと色々してあげておくれよ!
「分かった。代わるね。はい、おにーちゃん。お姉ちゃんが話したいって」
「え」
どういう風の吹き回し……というか、繭が俺と話したいだって?
まさか、やっぱり直接引導を渡すべきとか思い直したんじゃ!?
恐る恐る汀子のスマホに耳を当てる。
「も、もひもひ」
『虎間さん、聞いても良い?』
「な、何でしょう」
『汀子のパソコンを立ち上げたら、「俺は汀子のことが好きだ」っていう台詞が虎間さんの声で聞こえてきたの。どうしてか分かる?』
「……OH」
もう訳が分からない。
なんで? どうして?
消したと思って安心して、復活したから消したんだ。
一、二分前のことですよ。
それがなんで汀子のパソコンから?
「子供を舐めないでって言ったよね? アタシ」
「一体……何をしたんだ……」
「コピーした録音データをパソコンに転送。そしてその音声データをパソコンの起動時の音声に設定したの」
パソコンなら俺も持ってる。
設定を弄ったりしたことはないが、起動音というのは立ち上げるときに毎回鳴るお馴染みの音だ。
あれを俺の台詞に変えた……だと……!?
「つまり、立ち上げる度におにいさんから告白される、と。成る程成る程」
「あはは! 分かり易ーい」
「こ、細かいことは良いの!」
俺が絶望している間も、繭との電話は繫がっている。
『虎間さん?』
「……はい」
『一度、じっくり話し合う必要があると思う。この後うちに来てくれる?』
「…………はい」
『じゃあ、また後で』
感情のこもっていない、冷たい声を最後に通話は切れた。
俺の怒りの矛先は、目の前の小学生に向かう。
「て、汀子てめぇ……!!」
「おにーちゃんが最低なやり方でお姉ちゃんと付き合おうとしたからでしょ!?」
「ぐっ」
「これに懲りたら、二度と脅迫して女の子と付き合おうなんてことは考えないように。分かった!?」
「う、うぅ……!!」
何も言えない。
言い返せない。
子供相手に、高校一年生の俺が何の反論もできない。
小学五年生の男子十数人を相手にした俺が!
たった一人の女の子に!
……それも当然か。
今度ばかりは、子供の言っていることが正しいのだから。
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
やっぱり俺は子供が――、嫌いだ!!
最後まで読んでくれた方は本当にありがとう。
今読むととても恥ずかしい、数年前に書いた一人称作品。
話自体は好きなのですが、三人称の作品を続けて書いた後だったせいで物凄く苦労した記憶があります。
それでも敢えてほとんど手を加えずに投稿しました。
小学生の女の子を題材にするのって本当に難しい……。
自分は子供が苦手で、そこから生まれた作品なんですが、そんな大人が魅力的な小学生の女の子を描写できる訳ない!
と物凄く苦労した覚えがあります。
一人でも可愛いと思ってくれた方がいたら幸いです……。
それでは、また次の作品で。