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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第五話 子供相手、だからこそ
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「さあ、転寝さん。協力してあの高校生を」

「呼んだか?」

「「!!」」


 俺は堂々と男子達の檻をかき分けて汀子とケイスケ君に近付いた。

 俺の登場に何より驚いていたのは周囲を取り囲む男子達で、より一層どよめきが増した。

 皆一様に、悪巧みを親に見つかったときのように青ざめている。


「おにーちゃん……来ちゃったんだ」

「悪戯が過ぎたな、ケイスケ君」

「――っ」


 ケイスケ君は奈落の底から怨みをぶつけるような瞳で俺を睨み付けてきた。

 わざと上から目線で言ったのだからこの反応は想定内だけど、やっぱり怖いものは怖いな。

 一年前の一部の記憶が鮮明に蘇る。

 ケイスケ君の本心が分かっている今なら……うん、何とか耐えられそうだ。


「そんなに睨んでも、君の望むものは手に入らないぞ」

「……は? 何のことですか?」

「本人を前にしてそれを言うのは本来マナー違反だけど……君の場合、そんな気を遣う必要はないもんな。分かった、ハッキリ言ってやるよ」


 俺はゆっくりと汀子に視線を移して、

「ケイスケ君。君は汀子が好きなのさ」

「……」

「は、はぁ!? アタシ、ふられたんだけど! おにーちゃんに褒められたオデコをアピールして、キッパリごめんって言われたんだけど!」

「最初は、それこそ何とも思ってなかったんだろうな。でもふった後に俺と汀子が一緒にいるところを見かけて、凄く嫌な気分になった。好きになったのはそのときかな?」


 直接問いかけてみるが、ケイスケ君は目を伏せてしまってピクリとも動かない。

 図星を突かれて何も言えないのか。

 それとも今ようやく自分の気持ちに気付いたのか。

 或いは……まだ何かを企んでるのか。


「待っておにーちゃん。アタシがふられたのは……まあ分かったけど。本当にケイスケ君がアタシのこと好きなら、色々おかしくない? アジトのこととか、今の状況とか」

「男ってのは好きな女の子をつい苛めてしまうものなんだよ。ケイスケ君の場合、それが異常に歪んでいて、尚且つ度が過ぎてたんだ。で、それが通用しないと分かったケイスケ君は、俺さえ居なくなれば全て上手くいくとふんだ」

「……馬鹿じゃないの?」

「っ」


 あ。

 今ケイスケ君怯んだぞ。

 もしかしなくても、今なら説得できるんじゃないか?


「ケイスケ君、ちゃんと誠意を見せ」

「大体、女の子苛めて気を引くとかいつの時代の小学生よ。というか、むしろ良かったかも。数で圧倒しないと好きな女の子と話もできないなんて、アタシが好きになったケイスケ君は幻だったみたいね。これ以上付きまとわれるのも気持ち悪いし、この際ハッキリ言うけど。もう無理だからね、付き合うの」

「お前ちょっと黙ってくれ!!」


 この阿保!

 ここぞとばかりに攻勢に出やがって!!

 こういう子は追い詰められると何をするか分からないんだぞ!


「ふ、ふふ、ふ」

「け、ケイスケ君?」

「はは、は、はははは、ははははははは!!」


 ほらぁ! 壊れちゃったじゃん!!

 これじゃもう、説得なんて――


「うっ!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

俺は地面に座り込んでいて、正面には両手を前に出したケイスケ君が息を荒くして立っている。

 つ、突き飛ばされた?


「もう関係ない」

「え?」

「転寝さんのことはもう関係ありません。僕はあなたを――殺す!!」

「……いやいや」


 呆れながら俺は立ち上がった。

 テレビや漫画の見過ぎだろ。

 まあ、気軽に殺すとか言えるのは子供の特権か。


「何か勘違いしてませんか? 僕は物理的に殺すだなんて考えてませんよ」

「社会的に殺すってこと?」

「はい」

「ここには汀子がいるんだぞ」

「それが何か?」

「君が……いや、ここにいる男子全員が防犯ブザーを鳴らしたところで、汀子という証人がいる以上効果は薄い」


 元々あの悪戯は、女の子が年上の男に向けて行うからこそ効果を発揮する。

 ケイスケ君達も子供であることに違いはないが、この場合に重要視されるのは年齢ではなく性別だ。

 残念ながら、世間は男よりも女を信用する。

 それは子供とて同じである。


「防犯ブザー? そんなものを使う必要はありませんよ。あなたはこれから、本当に罪を犯すんですから」

「どういう意――!?」


 ヒュッと音を立てて、ケイスケ君の右拳が俺の耳元を通り過ぎた。

 咄嗟に顔を逸らしたお陰で何とか躱すことができたが、動かなかったら鼻っ柱を打ち抜かれていた。

 子供とは思えない、卒倒してしまいそうな程に力のこもった一撃だ。


「……今度は暴力か」

「お、おにーちゃん大丈夫!?」

「汀子。お前はアジトの中に入ってろ」

「へ? な、なんで」

「良いから、早く!」


 戸惑う汀子の肩をガッシリと掴み、強引に押し込んで梯子に掴ませる。

 汀子が力尽くで這い出ようとしたので、俺は鋼鉄の扉を閉めるという強引な手段に打って出た。


『ちょ、おにーちゃん!?』


 あーあー。

 何も聞こえない。何も聞こえない。

 気を取り直して、静観してくれていたケイスケ君と向き合う。


「良かったんですか? これだと、転寝さんは証人として機能しませんよ」

「俺が罪を犯すなら、証人はこの場に居る男子だけで充分だろ?」


 ざっと周囲を見渡す。

 誰一人としてケイスケ君の行動に賛同していない。

 完全に置いてけぼりだ。

 トイレで密談していた二人と同様に、最初から乗り気じゃなかったみたいだな。

 汀子との話に加えて俺に殴りかかったことで、彼等の不信感は益々増大している。

 こんな状態で、皆が皆ケイスケ君の味方につくだなんて本当に思っているのだろうか。


「さ、教えてくれよ。俺が何をするって?」

「――ふ!!」

「おっと」


 またしても真正面から飛んできた右拳。

 先程は予想外だったので反射神経でどうにかするしかなかったが、一度暴力を奮う姿を見れば話は変わってくる。

 俺は容易に右手でケイスケ君の手首を掴んだ。


「大方、俺と殴り合いをしようって魂胆だろ。違うか?」


 小学生と高校生がそんな喧嘩をすれば、勝敗に関係なく悪いのは高校生になる。

 つまり俺が手を出したら負けだ。

 逃げるか、一方的に殴られるかしか選択肢がない。

 以前の俺なら、だ。

 冷静に考えれば、小学生一人相手ならどうにでもなることじゃないか。

 テレビでピックアップされるようなスーパー小学生でもなければ、手を出さずに圧倒することだって不可能じゃない。


「死ね!!」


 ケイスケ君は右手首を掴まれたまま、器用に左足で前蹴りを放ってきた。

 一歩間違えば股間にクリーンヒットしかねない危険な攻撃だが、脛の辺りに当たるよう左拳を置いてこれまた簡単に防ぐことができた。

 向こうは勝手に蹴って勝手に痛がっているだけなので俺に罪はない。


「どうした。その程度か」

「くっ――」


 苦々しそうに俺を睨む瞳には、まだまだ負の感情が込められている。

 ケイスケ君に負けを認めさせるには、ただ喧嘩で圧倒しても意味が無い。

 ケイスケ君だって男の子だ。

 故に、男のプライドをへし折ってやる必要がある。

 そのためにわざわざ挑発しているのだけど……あまり効果が出てないな。

 もっと別の方向から攻撃しないと駄目か?


「ふ、ふふふ。確かに、僕一人じゃ高校生相手には敵わない。手を出させることもできない。でも、相手が男子全員だとしたらどうですか?」


 ケイスケ君の言葉に、周囲で傍観していた男子達は全員が身を強張らせた。「あれに参加しろって? 無茶言うなよ……」そんな心の中の台詞が聞こえてくるようだった。


「君はやり過ぎたんだよ」

「だからこそ、不安も増大している」

「……!」


 俺が、何処かにいるはずのトイレにいた二人に声を掛けようとするよりも少し早く、ケイスケ君の甲高い声が男子全員に届いた。



「みんな! この人をどうにかしないと、僕達の今までの悪戯は全てバラされる! そうなったらどうなるか、分かるだろう!? もうこうするしかないんだ! みんなで殴りかかれば、この人は手を出さざるを得ない! そうなればもう、バラされたとしても誰もこの人を信用しない! 地下で聞いてる転寝さん一人が庇ったところでそれは同じだ!!」



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