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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第一話 子供がやるとただの悪戯になる不条理
3/33

 警戒音が鳴り響いてから、こうして交番に連れてこられるまで。

 俺の思考は過去にタイムスリップしていた。

 あのときはどうやって切り抜けたか。

 あのときはどうやって身の潔白を証明したか。

 しかしトラウマとなっているのは小学生に叫ばれた直後であって、その後のことはほとんど覚えていない。せいぜい、一切信じてもらえなかったことぐらいだ。

 必死に記憶をたぐり寄せている俺の焦りを余所に、いよいよ質問という名の尋問が始まった。

 質素なデスクを挟んで正面に座っている女性警察官が、ゆっくりと口を開く。


「名前と年齢は?」

虎間勇気とらまゆうき。十六です」

「高校一年生?」

「はい」

「住所は?」

「……」


 この質問には答えようがなかった。

 俺の住所はもう、母さんと一緒ではなく親戚のお姉さんの家になっている。

 しかも、まだ顔も合わせていない人の家だ。

 来て早々警察の厄介になった、なんて土産話を持っていくわけにはいかない。

 第一、俺は何もしてないんだ。

 何もしていない以上、こちらのプライベートな情報をペラペラと喋るわけにはいかない。

 警察なんて信じるな。


「言えません」

「家族に知られたくないのは分かるけど、必要なことなの」

「違う! ……俺は何もしていないし、家族を呼ぶ必要なんてないと言ってるんです。呼ぶなら防犯ブザーを鳴らした子供とその家族、それに友達を呼んで下さい」


 そうだ。

 一年前とは状況が違う。

 今回はツインテールの女の子が独断でやったことであって、そこに計画性はない。

 おかっぱ頭の女の子だって隠れはしたものの、積極的に俺の罪を煽ったりはしなかった。

 勿論、嘘の証言をされるってことも有り得るけど。


「身の潔白を証明できるの?」

「証明なんてできませんよ。子供は平気で嘘を吐きますから。悪戯感覚で、簡単に人の人生をぶち壊すこともできる。どうせあんた達も、俺の言葉より女の子の言い分を信じるんでしょう? 子供達の親や友達はこぞってこう言うんだ。『あいつはそんなことしない』『うちの子はそんなことをする子じゃない』って」

「君はもしかして……以前にも同じような経験が?」


「えぇ。お陰で俺の両親は離婚しました。事情があって元々そこまで仲の良い夫婦ではなかったんですけど、きっかけになったのは確実です。人間不信になるには充分な経験でしたよ。警察が『味方が多い方』を選んだのだって原因の一つだった」

「そのときはどうやって切り抜けたの?」

「切り抜けたんじゃないです。俺を嵌めたクソガキ共は常習犯だった。たまたま俺のときにそれが発覚して、助かっただけです。俺の前にやられたサラリーマンの人は、職を失ったと聞いてます」

「……私の先輩の言葉だけど。そういうことをする子供には何かしらの理由がある。怒るんじゃなくて、真摯に話を聞いてあげれば心を開いてくれるって」


 知った風な口聞きやがって。

 大人には……ましてや女には絶対に分からない。

 犯罪者予備軍のレッテルを貼られることと、それを周りに知られること。

 それがどれだけの恐怖か理解できるはずがない。


「そんな風に、子供だからって甘やかしてるからつけ上がるんだろ!! 何でそんな簡単なことが分からないんだよ!? 子供はもう、大人が味方してくれることを頭で理解してるんだ!! 仮に悪戯がバレたとしても、大して大事にならないって分かってるんだ……!」

「……少し、頭を冷やしなさい」

「――っ」


 悲しむような、哀れむような――そんな表情を浮かべて女性警察官は部屋を後にした。

 外から鍵をかける音が、空しく俺の耳に届く。

 俺はほんの数十分前に、子供に対する態度を改めようと決心したばかりだ。

 その決心は、荒れ果てた俺の心の中に、平穏な町並みを築き上げるくらいの無理難題だった。

 それでも、子供の純粋な善意を信じて確実に心は変わり始めていたんだ。

 それが一瞬にして全て吹き飛んだ。

 突如発生した疑念という名の竜巻が、俺の心を再び真っさらな荒れ地に戻してしまった。


「あのクソガキ……」


 一年前、中学三年生だった俺を嵌めた女の子と、先程の女の子とが重なる。

 色んな子供がいるにしても、こうも外れクジばかり引くのはおかしくないか? 一年前だって、たまたま俺が公園を通りかかったから引っ掛かった。

 今回も同じだ。

 たまたま見知らぬ小学生と縁があって、神社に案内してもらって、その小学生の恋愛事情を知って、ふられた腹いせに防犯ブザーだ。


 ……ん?


 違うな。

 似ているようで、一年前とは少し違う。

 正確にはふられたのかどうかまではハッキリしない。

 けどふられた腹いせが俺に向かったのは、そこに理由があるからじゃないか?


「……おでこ」


 おでこがコンプレックスだという情報は、おかっぱ頭の友達から聞いた。

 俺の一言でコンプレックスを自信に変えて、敢えておでこを出して告白して。

 それでふられたのだとしたら。

 俺のせいでふられたと考えてもおかしくない。

 おかしくないぞ!?


「なんてこった」


 俺は両手で顔を覆って天を仰いだ。

 いや、でも……おでこを見せて告白しろ、とか言ったのならまだしも、おでこが可愛いとしか言ってないんだ。

 それで全て俺のせいにするのは無理がある。

 その報復に防犯ブザーを鳴らして犯罪者に仕立て上げるなんてことも、度が過ぎてる。

 だけど。


「だー!! もう、最悪だ……。少なからず俺に原因があるのも事実じゃないか」


 本当に、ただの悪戯で犯罪者にされそうになったのなら、それこそ一年前のように子供を忌み嫌えばいい。

 小学校を見ただけで舌打ちするレベルでだ。

 今回はそうじゃない。

 子供だからって何でもかんでも許されるケースとは違う。

 二割でも一割でも俺に非があるのなら、謝らないといけないのは俺の方だ。

 だって俺は大人で、あの子は子供なんだから。

 それこそが真の『大人の対応』だ。

 世間一般的には子供の俺が、大人の対応を実践するってのもおかしな話だけど。


「さて……どうやって身の潔白を証明しようかな」


 俺は敢えて扉の外に聞こえるような声で独り言を呟いた。

 この場で俺ができることは限られている。

 この交番は小さくて、入るときに見た限りではここが唯一の部屋だ。

 一応、天井近くには小さな窓もある。

 机に椅子を乗せて足場にすれば簡単に手が届く。

 でも今回の場合、俺は名前も顔も知られている。

 痴漢の冤罪と違って、逃げることが最善の選択肢にはならない。

 匿ってもらう当てもないし。

 となると、あのツインテールの子が良心の呵責に耐えかねて、悪戯だったと自白してくれるのを待つしかないが……それも現状では期待できない。

 何故なら、こういった悪戯を経験したことがないであろうあの子には、『嘘がばれたら怒られる』という恐怖が常に付きまとっている。

 自ら交番に足を運ぶとは思えないのだ。

 かといってこのままバレずに済んで恐怖心が薄れると、常習犯になる恐れもある。

 この件を綺麗に片付けるには、俺の方から謝って、向こうにも謝らさせるしかない。

 道案内を買って出たときの善意が本心なら、きっと分かってくれる。


「もう二時か」


 机の上に置いてある小さなデジタル時計で時刻を確認する。

 携帯電話を没収されてしまったので、時間を確認するにはこのデジタル時計を見るしかない。

 ちなみに携帯電話の中身は何を見られても良いようにしてある。

 これは一年前のトラウマに関係なく、携帯電話を買ったときからの癖だ。

 大体、見られて困るようなデータが入ったものを常に携帯なんてしたくない。

 幸い住所も入れていないし、母さんの番号は下の名前で登録してある。

 あの女性警察官も、子供の悪戯の可能性がある段階で片っ端から電話をかけたりはしない……と思う。


「お腹減ったなー」


 朝ご飯を駅の立ち食い蕎麦で済ませてからは、何も口にしていない。

 暑さとストレスのせいで余計に空腹だった。

 試しに、複数置いてある事務机の引き出しを拝見させてもらうも、食べられそうな物は何も見つからなかった。

 この交番に勤めている警察官の、秘密のお菓子でもないかと考えたのだが。


「誰か助けてくれぇ~……」


 力無く机に突っ伏し、頬を擦りつける。

 ああ、冷たくて気持ちいい……。


 音がしたのはそのときだった。

 ガチャ、と。


 明らかに鍵を開ける音。そして部屋に勢いよく飛び込んできたのは――

 サイドテールをサクランボのヘアピンで留めた、快活な小学生だった。


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