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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第五話 子供相手、だからこそ
29/33

 この度、俺はミラクルを再評価することになった。

 バイキングのような形式で屋台を一通り回った俺達は、とりあえず座れる場所を探して夕飯を取っている最中なんだけど。

 こいつ等、言うことが酷かったんだよ。

 こいつ等っていうか、汀子と遊音。

 例を挙げると。


 金魚すくいを見て、

「助けてあげたいけど、アタシ達には無理……ごめんね」

「せめて祈りを捧げる……」


 射的の景品を見て、

「あ、リサイクルショップ」

「大きめの景品は中身が重りだったりすることもあるとか」


 ヨーヨー釣りを見て、

「こんなのにお金払うとか馬鹿げてるわね」

「流すなら素麺が良かった。お腹の減り具合的に」


 お面を見て、

「著作権とかどうなってるのかな、これ」

「……欲しいと思う? つまり、大して利益は発生しない」


 チョコバナナを見て、

「絶対食べないから。その手には乗らないから」

「輪切りにしてお箸で食べるという手も」


 俺の大好きな型抜きを見て、

「存在意義が分からない」

「同意」


 こんなですよ。

 そりゃ小学校高学年ともなれば、無邪気にはしゃぐ方がおかしい。

 でもこいつ等、明らかに余計な知識を身に付けてるせいでお祭りを楽しめてないよな。

 対して、ミラクルは子供だった。

 純粋に子供だった。

 汀子と遊音の反応を見て溜息ばかり吐いてた俺と繭を、その純真さでとても和やかな気持ちにさせてくれた。

 悪に憧れる思考は危険だけど、こんな子供らしい姿を見ていると逆に安心する。

 きっとミラクルは、これから変わっていくんだ。


 そのミラクルはというと、ご両親を見かけたとかでそっちに行ってしまった。

 挨拶した方が良かったのか、それとも余計な心配を掛けずに済んで良かったのか……俺に判断は付かない。

 後で合流するって言ってたけど、何かと忙しないよなミラクルって。

 落ち着きがないのも子供の証か。


「はい、おにーちゃん。あーん」

「こんな所だけ子供なんだよな……あむ」


 差し出された爪楊枝をパクリと咥える。

 刺さっていたのは、少し冷めて食べやすくなったたこ焼きだ。

 上げるって言うから期待してたんだけど、まさか『食べさせてあげる』って意味だったとは。

 俺のお金で買ったのに何故こんな辱めを!!


「兄妹っぽくなってきましたよ。良かったね、てー子」

「えへへ。そう?」

「そうかなぁ……」


 あーん、なんて今日日カップルだってやらないぞ。

 どうも上手いこと乗せられてる感がヒシヒシと。

 おまけに、繭が不機嫌になってるのも悲しい。

 こちらは妹を取られてしまったという嫉妬心と、俺に対する対抗心だ。

 てっきり繭は、俺と汀子が仲良くなることを喜んでくれるものかと思ってたけど、仲が良すぎるのは気が気じゃないらしい。

 俺の呼び方が『おにーさん』から『おにーちゃん』に変わったのだって、ついさっき繭が「私はお姉ちゃんなのに虎間さんはおにーさんなの?」って聞いたからなのに。


 俺が鈍いだけってオチならなぁ。

 残念ながら、先程耳元で『汀子はまだ小学生だから』とか囁かれた。

 何? 繭の目には、俺が汀子を狙っているように映ってるの?

 だとしたら汀子とのコミュニケーションの取り方を考え直す必要があるぞ。

 子供から信頼を得ていれば、過剰なスキンシップだってただの愛情表現になる。

 だからこれからは子供と真剣に向き合うことで、真っ向から世間の目と戦えばいい。

 もはや俺にとって、ロリコンだ何だと揶揄されることは大した脅威ではなくなった。


 ところが例外もある。

 繭だ。

 繭だけにはそんな目で見られたくない。

 真っ直ぐな目で俺を見て欲しい。

 そのためにはやっぱり告白かな。

 ……駄目だ。今はそこまで考えられるほど心に余裕がない!

 俺が難しい顔で懊悩していると、頬に鋭い痛みが走った。


「ってぇ!! 爪楊枝を刺すな!」

「おにーちゃんが無視するからでしょ。はいこれ」

 渡されたのはたこ焼きの残りだ。


「え、もう良いのか? 食べさせるの」

「飽きちゃった」


 こ、この野郎が……!!

 一回で飽きるなら最初から全部俺に渡せよ!

 そのたった一回のあーんで繭からの信頼度はがた落ちしたんだぞ!!

 たこ焼き――というか俺自体に飽きた様子の汀子は、隣に座っている繭に腕を絡めて甘えだした。繭も幸せそうだ。

 あれ。

 もしかして、繭の嫉妬心を見抜いての行動だったりする?

 ……やるじゃねーか。


「では私が代役を」


 俺にベッタリだった汀子が離れたのを見計らって、黙々とイカ焼きを食べていた遊音が寄り添ってきた。


「いい!!」

「……そんなに嫌がらなくても。てー子は特別ですか」

「恥ずかしいだけだっての」


 遊音だけに聞こえるよう、小声で伝える。

 本当に、汀子だけを特別だなんて考えてない。

 強いて言うなら、俺の心を変えてくれた繭、汀子、遊音、ミラクルの四人は全員が特別だ。


「他人の目が気になるのなら、こっそりとどうですか?」

「秘密の関係みたいで余計に怪しいわ!」

「気にしすぎなのは変わらないですね」

「あーん、は気にするだろ普通……」


 他人の目というか、繭の目があるしな。

 ここで遊音にあーんなんてしたら、汀子のことも本気で!? とか思われかねないもん。


「このスマホが目に入らぬかー」

「そこまでしてあーんがしたいのか――ってこのくだり、前にもやったぞ」

「今度は最大音量で再生します」

「分かったよ! ったく、何を張り合ってるんだか」


 阿保らしく口を開けて待っていると、何故か遊音も目を瞑って口を開けてきた。


「逆!?」

「同じことをしてもらってもつまらないでしょう」

「そんなもんかね……。ほら、たこ焼き」

「あー……む」

「……、」


 なんだろ。

 いけないことをしてしまったような、妙な罪悪感が……。


「冷めてまふね。おかわり」

「嫌だ……これ以上罪を重くしたくない!」

 残りのたこ焼きを遊音に託し、俺は立ち上がった。


「ちょっとお花を摘みに行ってくる」

「乙女ですか……」

「あ! おにーちゃん何処行くのよ」

「化粧直しに」

「乙女!?」

「繭、二人を頼む」

「行ってらっしゃい」


 新妻に送ってもらう旦那さんの気分を味わいつつ、俺は三人と別れて簡易トイレへと向かった。

 当然、俺の目的は用を足すことだけじゃない。

 ケイスケ君について、俺は一つの確信を持っていた。

 盗撮した身体測定の映像を女子全員にお披露目するという、ケイスケ君の気の触れた行動。

 これはスリルを楽しむという行動原理からかけ離れている。

 ケイスケ君にはもう一つの楽しみがあるんだ。


 それは――反応を見ること。


 盗撮した映像を見せて、女子がどんな顔をするか見たかった。

 今回の、汀子達女子の大切なアジトにした非道な行いも全く同じだ。

 つまり自分で直接反応を見ることで、初めてケイスケ君の欲求は満たされる。

 結果は真逆だけど、彼女の誕生日にサプライズをして、驚く顔を見たいって感覚に近いかもしれない。

 ケイスケ君の本当の目的。

 それは、直接自分の手で汀子を公園に連れて行って、アジトの惨状を見せつけることだったんだ。

 だとすれば、必ず汀子に接触しようとする。

 そこが狙い目。


「とはいえ、接触してからじゃ遅いんだよな……」


 目を細めて周囲に気を配りながら境内を進む。

 遊音から聞いた盗撮の件からも分かる通り、ケイスケ君は男子を総括しているリーダー的な存在だ。

 メインイベントのために、他の男子をお祭りに送り込んでるとふんだんだけど、そう簡単に尻尾は見せないか。

 ついこの前までテントが張られていた広場を通り抜けると、ようやくトイレが見つかった。

 清潔感のあるとても綺麗なトイレだ。


「良かった、空いてるな」


 遠くから来る人は少ないだろうし、皆事前にトイレは済ませておくんだろうな。

 使うのは子供くらいか。

 男子トイレの方に足を踏み入れると、やはり中には誰もいなかった。

 速やかに用を足して出ようとしたが、


『じゃあ、この後……』

「!」


 男性用小便器の後ろに並んでいる、四つの洋式便器の個室。

 その一つから話し声が聞こえてきた。

 それも、声変わりしていないような、高音且つ男の声だ。

 よく見ればそこだけ扉が閉まっている。

 俺はすかさず隣の個室に入り、そっと扉を閉めて鍵を掛けた。

 耳をすますと、先程よりもハッキリと声を聞き取ることができた。


『アイツ、本当に来んの?』

『そりゃ来るだろ。直接呼び出すって言ってたし』

『……はぁ。どうせなら、びびって逃げてくれる方が有り難いんだけどな』

『だな。盗撮のときも一線越えてたし』

「……、」


 中にいるのは男の子二人。

 それだけならまだ汀子と同じ学年、クラスなのか断定はできないが、会話内容からしてケイスケ君の知り合いであることは明白だ。


『父ちゃんから借りてたカメラを壊されたときはカッとなっちまったけど。アイツに女子の秘密基地の有様を見せられて、正直血の気が引いた』

『俺も。あれを女子が知ったらどうなるんだよ……絶対に男子全員でやったと思われる』

『ちくしょう。盗撮だって、俺達は別に手伝ってないのにな』

「!!」


 手伝っていない?

 じゃあ盗撮の件は勿論、汀子達のアジトを荒らしたのもケイスケ君一人だったのか。


『うぅ……俺、好きな子いたのに。卒業までに告白できるかなぁ』

『告白自体はできるだろ。結果は目に見えてるけど』

『だよなぁ。転寝は女子のリーダーだし、怒らせたら女子全員を敵にするようなもんだ。いや、もう嫌われてるのは分かってるけどさ』

『……時間的にそろそろ行かないと。どうする?』

『どうするったって、行くしかないだろ。俺達だけ行かなかったら裏切り者扱いされる』


 パキポキ、と変な音がした。

 長い間しゃがんでいたせいで、立ち上がったときに膝がなったんだ。

 千載一遇のチャンス――逃さないぞ。


「ストップ」

『『!?』』

「そのままで聞け。俺は訳あってお前等の事情を知っている。……安心しろ。別にお前等のことを周りに話したりはしない。いくつか質問するから、それに答えてくれればいい」

『『は、はい』』

「身体測定の盗撮。これはケイスケ君の単独犯か?」

『……そ、そうです』

『俺達は何もしてないんだ!!』

「知っていて黙っていたのにか? カメラを提供したのにか?」


『う……』

『そ、それは』

「元凶は間違いなくケイスケ君なんだろうが、君達が協力したことは紛れもない事実だ。そうだな?」

『『……はい』』

「次の質問。他の男子も、君達と同じように後悔してると思うか?」

『……多分』

『女子の秘密基地を見せられたとき、俺達以外の奴もみんな引いてたから』

「そうか」


 ずっと腑に落ちなかったんだ。

 俺もそうだったけど、小学生に限らず男なら女子全体を敵に回すような行為は絶対にできない。

 女子ってのは集まると巨大な権力になるからな。

 下手に反抗しても、男子は白状だからすぐに裏切って女子の味方につく。

 そうなればあっという間に四面楚歌だ。

 汀子のクラスの男子は女子と同じように結束しているみたいだが、その発端となった事件は全面的に男子側が悪いんだ。

 罪悪感を感じている男子も多いだろう。

 ケイスケ君がやり過ぎれば、簡単にその結束は崩れてしまう。

 ケイスケ君を含めた男子一同は、汀子達のアジトがどれだけ大切で不可侵の領域かを深く理解しているはずだ。

 その上で、考えてみてほしい。

『あれ』は明らかにやり過ぎじゃないか?

 既に男子達の心は揺れ動いているんじゃないか?


「……最後の質問だ。この後汀子を呼び出すみたいだが、その場所は公園だな?」

『はい』

『滅茶苦茶にした秘密基地を見せて、登ってきたところを男子全員で囲むっていう計画で』

「おい……何するつもりだよ」

『特に何かをするという訳ではないんです。圧倒的な力の差を見せつけるとかなんとか』

『女子のリーダーを立ち直れないほど追い込めば男子の勝ち。そう言われて乗せられて』


 つくづく子供の考えじゃないな。

 ま、流石のケイスケ君も、俺がここまで介入してるとは考えてないはず。

 今から公園に行けば間に合う。


「正直に答えてくれたお前等に敬意を表して、一つ約束する」

『『え?』』

「謝罪の場を作ってやる。そこでどうするかは……自分で決めろ」


 芝居めいた台詞を言い残して、俺は一足先にトイレから出て人混みに紛れた。


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