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五分ほど硬直したまま動けずにいた俺達は、遊音の一言で一先ず落ち着いて話すことにした。
いつまでも汀子を放ってはおけないが、今はミラクルに任せよう。
「落ち着きましたか? 二人共」
「繭は落ち着いてたよ。熱くなってたのは俺一人だ……情けない」
「ううん、私は嬉しかった。虎間さんがいなかったらもっと辛かったから」
「それにしたって、他人様の妹をあんな風に……うぅ」
「おにいさん、知っていたんですね。繭さんのこと」
意外そうな顔で遊音が言う。
遊音は俺の事情を知らないから、あそこまで憤る理由も分かっていない。
単に道徳的な意味合いで俺が怒ったのだと考えてるはずだ。
「……ああ。ちょっと前にな」
「てー子は、本心で言ったんじゃないと思います」
「分かってるよ」
ただカッとなって言ってしまっただけなのは。
でもな。
カッとなって人を殺してしまったら、取り返しが付かないだろ。
同じなんだよ。カッとなって相手を傷付けてしまうことは。
その傷が容易に治癒できる程度のものなら良いけど、汀子の言い放った言葉は一生ものの傷を残しかねなかった。
「時々、繭さんの話をするんです。お姉ちゃんは本当に世話が掛かるって。凄く、楽しそうに言うんです」
「汀子が……」
「よく突っ込まずにいられるな。『世話されてるのはどっちだ』って」
「お姉ちゃんはアタシが居ないと駄目――心の何処かで、そんな風に考えていたんだと思います。でも」
「「?」」
不自然に途切れた遊音の声に疑問符を浮かべる俺と遊音。
「おにいさん。以前私が話したことを覚えてますか? てー子の新しい弱みの話です」
「あ、ああ……そういえば、そんなこと言ってたな」
確か、繭と連絡先の交換をした直後だったか。
小学生三人組が開いた、俺の恋路に関する作戦会議なるものの後に遊音から聞いたんだ。
結局その弱みとやらは教えてもらえなかったけど。
「あれはてー子が、おにいさんのことを本当の兄のように思い始めていることだったんですよ」
「お、俺が兄ぃ!?」
信じられないぞ。
子供に対して一方的に敵意を抱いてる俺が、汀子から慕われるなんてことが有り得るのか?
「てー子は、お姉さんに続いてお兄さんまでできて、それはそれは浮かれていました。ところがあのとき、おにいさんの気持ちに感づいてそれどころではなくなった」
ちょ、待っ!
「ここ最近のてー子には、二つの想いがありました。できたばかりのお兄ちゃんを失ってしまうかもしれないという想いと、大切なお姉ちゃんを取られてしまうかもしれないという想いが」
「……、」
「さっきのてー子の言葉は、その二つの想いに対する答えでもあるんです」
「自分の代わりに……ってことか」
あの汀子がそこまで考えていたなんて。
俺を兄のように慕っているという話は未だ半信半疑だけど、汀子は汀子なりに葛藤していたんだ。
俺の恋を応援するって話も、そりゃ簡単に承諾できるわけがない。
汀子にとってはどちらに転んでも同じだったんだ。
俺が繭にふられてしまうと、妹のように接してもらえなくなるかもしれない。
かといって上手くいったらいったで、繭にとっての自分の立場が危うくなってしまう。
考えた末の答えが、自分も恋を成就させて、姉を俺に任せることだった。
そんなときに都合良く舞い込んできたケイスケ君からの誘い。
勿論単純に嬉しい気持ちもあったんだろうけど……ここまで周りに反対されても頑なだったのは、ひとえに俺と繭を想ってのことだった。
「……探さないと」
俺は立ち上がった。
ミラクルにだけ任せてはおけない。
今の汀子がケイスケ君から優しい言葉を掛けられたら、きっと簡単に受け入れてしまう。
「待って下さい」
「遊音も行くか?」
「えぇ。ですが、その前に確かめさせて下さい」
「?」
「『ミソペディア』のおにいさん。あなたはどうしててー子を探しに行くんですか? てー子の言っていた通り、ただの点数稼ぎですか?」
「……点数稼ぎ、か」
汀子に言われたとき、正直胸に突き刺さったよ。
口実がないと、子供一人の心配すら俺はできないのかってな。
繭の妹だからとか関係無しに心配して当たり前の状況で、繭のためと言いつつ自分のことを考えていた。
汀子を利用して、繭の好感度を上げようって魂胆だ。
ミソペディアとか関係ない。
これじゃ、ただの嫌な奴だ。
子供が大嫌いだからって、子供を利用していいことにはならないってのに。
「そうだな。今までの俺の汀子に対する行動は、全部点数稼ぎだったのかもしれない。『ミソペディア』なのも変わってない」
俺は子供が大嫌いだけど。
この町に来て出会った三人以外とは、未だに見かけただけで道を譲るくらい毛嫌いしているけど。
なら、子供から見た俺はどうなんだ?
子供から愛されるような、尊敬されるような大人なのか?
自分の利益だけを考えて、子供を利用しようとした俺が?
……そんなわけあるかよ。
今の俺は、普段見下しているようなクズ大人ですらない。
俺はまだ子供だ。
世間一般的に子供なんじゃない。
体だけ大人になって、頭の中は子供のまま。
俺の子供嫌いは、子供が子供を嫌ってるだけのただの『喧嘩』だったんだ。
どうすればいい。
俺の子供嫌いは筋金入りだ。
保育園に何十年と監禁されたって、絶対に直ることのない程深く深く心に刻まれてる。
堂々と『ミソペディア』だと公言して生きていくために、俺はどうしたらいい?
……簡単じゃないか。
「今の俺は、ただ汀子が心配なだけだ。それじゃ駄目か?」
大人になれ。
見せかけだけの大人じゃない。
子供に対して誇れる、本物の大人になれ。
ミラクルと本気で遊んだときのように、子供に対して真剣になれ。
子供にいちゃもん付けるのはそれからだ。
「いいえ。充分です」
「私も、行く」
「よし! 汀子の行きそうな所を、手当たり次第に当たろう!!」
今日、俺は一つの答えを導き出した。
でもそれを果たすには、まだまだ俺の負った傷が深すぎる。
だから、まずは真剣に汀子と向き合おう。
格好いい大人になるための――最初の一歩として。