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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第五話 子供相手、だからこそ
24/33

「どう? おにーさん。この浴衣!」

「……」


 困った。

 実に困った。

 三人は浴衣を着ている。

 汀子は赤、遊音は青、ミラクルは黒をそれぞれ基調とした、本格的ではないにせよキチンと着付けまでしてある気合いの入った浴衣だ。

 男ならこんなとき、手放しで褒めるべきなのは分かっている。

 相手が子供であれば、浴衣に限らず褒めちぎるのが大人の対応って奴だ。

 料理は味覚次第だけど、ファッションセンスには明確な答えなんて存在しないから嘘とばれにくいしな。

 ついさっきまでパジャマ姿だった俺にファッションセンスなんて皆無だが、こういう場合は是が非でも感想を述べなければならない。


 ただなぁ……。

 可愛いとか、綺麗とか、似合ってるとか。

 目の前の――特に、真ん中にいる汀子にこんな褒め言葉が通用するだろうか。


「三人とも似合ってるよ」

「はぁ? 何その台本通りの台詞。もっと具体的に褒めてよ」


 ほらね。

 どうすりゃ良いねん。


「い、色が……合ってる」

「それだけ?」


 汀子はいつもより少しだけ高くなった背丈を目一杯伸ばし、瞳で問い詰めてくる。

 これってさ。

 出題者が自由に回答を変えられる理不尽なクイズみたいなもんだよな。

 Aって答えたらBが答えで、Bって答えたらAが答えになる的な。

 つまり一生正解なんて出ない訳だ。

 ただでさえ俺は、ある一つの事実が納得できなくて機嫌が悪いというのに。

 真に俺が褒めるべき相手は、他にいるだろ?

 転寝汀子――浴衣。

 丘葉遊音――浴衣。

 夢路奇跡――浴衣。


 転寝繭――私服。

 ……なんで繭は浴衣着てないんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!


 というわけで、汀子と違って俺のテンションは急激にダウンし、出て来た言葉も皮肉たっぷりの最低なものだった。


「馬子にも衣装だな」

「何ですって!?」

「む……意味知ってるのか」

「馬鹿にしないで! 孫が着る衣装はどんな服でも似合う……つまりお祖父ちゃんお祖母ちゃん的な考えで、何でもかんでも褒めるときに使うことわざでしょ!」


 よくできたオリジナルの解釈だな!

 本当の意味を教えたら教えたでどうせ怒られるから言わないけど。

 意味を知っているであろう遊音も、隣でほくそ笑むばかりで訂正しようとしないし。

 さて。

 これで汀子のテンションアップの要因に、『浴衣を着る』が追加された。

 俺に見せつけて褒めてもらう、まで含んでも良い。

 とにかく、浴衣のような滅多に着られない服を着るときはテンションが上がるものだ。女の子なら尚更だろう。

 しかし、繭はこれが原因とは考えていない。

 汀子が一人で着付けをしたとは思えないから、浴衣を着て出かけたことは知っていたはずだから。

 俺が玄関の扉の鍵を閉めようとして脱ぎ捨てられた靴を跨ぐと、ジッと足下を凝視していたミラクルが急に声を上げた。


「あ! 見たことあると思ったら……この靴、てー子のおねーさんのだ」

「へ?」


 それを知った汀子は下駄のまま家に上がり込み、リビングでくつろいでいる繭の姿を確認し、再び戻ってきて俺の胸ぐらを締めてきた。


「ぐええっ」

「なに勝手に人の姉家に連れ込んで――!!」

「お、落ち着けって。俺だって急な訪問に慌てたんだ」

「どうだか!」


 大股開きで汀子はリビングの方に戻っていく。

 事実確認も含めて、汀子の怒りの矛先は繭に向かったようだ。


「それで、おにいさん。汀子のことで気になっているというのは、やたらとデレデレしている件ですか?」

「デレデレ? 繭はニヤニヤって言ってたけど」

「あははっ。無理ない無理ない」

「ミラクルも知ってるのか」

「一応、私達には友達としての立場がありますから、何でもかんでもペラペラと喋るわけにはいきません。おにいさんはどの辺まで把握しているのですか?」

「繭から聞いた情報を元にした推測だけど……ケイスケ君からお祭りを一緒に見て回ろう的な誘いの電話があったんじゃないか?」


「ほえー……」

「……驚きました」

「当たってたか」

「はい。私達は、さっきまでお祭りの下見に行ってたんです」

「つまりデートコースの下見か……益々違和感あるな」

「なんでー?」

「惚れた方が負けってんなら仕方ないけどさ。汀子が下手に出るのは納得がいかなくて」

「それについては私も同感です。ケイスケ君は一度汀子をふっている訳ですからね」

「あ、そっか」


 その件については俺に責任がないとも言えないんだよな。

 おでこをさらしたくらいで告白の返事が変わるとは思えないけどさ。

 ここに来て心変わりしたんだろうか。

 俺はやっぱり、ケイスケ君の異様な視線と、謎の行動が気になる。

 この際聞いてしまうか。


「ケイスケ君ってのはどんな男の子なんだ?」

「心配ですか? てー子のこと」

「いや、別に。ただ繭が心配してるからさ」

「……ケイスケ君は、私の知る限りでは最低の男子です」

「ヤな奴だよ!」

「え?」


 意外だった。

 汀子が好きな相手なら、それなりに遊音とミラクルからの評判も上々なのかとばかり思っていた。

 しかもこの言い方だと、単に男子と女子の仲が悪いからって訳でもなさそうだ。


「最低と評するからには、具体的なエピソードでもあるのか?」

「沢山ありますけど、一番酷いのは男子と女子の軋轢を作った事件ですね」

 遊音は苦虫を噛み潰したような表情で語り始めた。


「元々、一部を除けば男子は男子、女子は女子と話すのが普通で、男女で話すのは班別行動くらいだったんです。でも、五年最初の身体測定の日を境に絶縁状態になってしまって」

「身体測定……」


 まだ俺は女子の言い分しか聞いてないからハッキリとは言えない。

 でも男子が一方的に悪くて、身体測定時に男女の軋轢を生む行為となると――


「覗きか?」

「はい」


 ちょっと信じられないな。

 俺が小学生のときは、そういう性的な視線って週刊誌のグラビアアイドルとかに向けられてた。

 ペタンコの同級生の裸なんて見たいとは思わなかったぞ。

 勿論発育が良い子もいたけど、テレビに出てるアイドルとかと比べたらどう考えても見劣りするだろ。

 最近はネットさえ繋げればもっととんでもないものが見られるし、尚更リスクを冒す意味がない。


「でもただの覗きではなくて、隠しカメラを使った盗撮だったんです」

「……マジかよ。そういうのを操れる子供がいてもおかしくはないけど、まず買えないんじゃないか? 値段的に」

「そこまで本格的なものではなくて、小型のデジタルビデオカメラを保健室に仕掛けてあったんです。何台か」

「大掛かりだな。遊音達がそれを知ってるってことは、盗撮は未遂に終わったのか?」

「いいえ。バッチリ録られていました。体重測定のところだけですが」


 そりゃまた最悪な場面を録られたもんだ。

 体重を量っていたのなら極めて裸に近い姿だろうし。

 数字まで撮影されてたら殺意を抱いてもおかしくない。


「あれは恥ずかしかった!」

「見栄を張ってブラを着けていたのが幸いでした」

「……ちょっと待て。お前等、それ自分で見たのか? 録られた映像」



「はい。何せ『男子達に上映会と称して見せられた』んですから」



「な!?」


 え? え? ちょ、え?

 それは……常軌を逸してないか?

 矛先が同学年の女子相手だっただけで、俺が一年前に体験した悪夢と大差ないぞ。

 悪戯と言うにはあまりにも悪質だ。


「しかも、その隠し撮りを指揮した『ケイスケ君』は、呆然とする私達女子一同に向かってこう言ったんです。『リスクをありがとう』、と」

「な、何じゃそりゃ」

「つまり私達の裸を見るのが目的ではなく、バレるかバレないか……そのリスクを楽しむためだけに盗撮を行ったんです。それが嬉しくて楽しくて、誰かに伝えたかった。その結果が上映会です」


 俺はしゃがみ込んで顔を両手で覆った。

 認識が甘かった。

 まさかここまでトチ狂った男の子だとは。


「お前等、その映像はどうしたんだ。ちゃんと処分したのか?」

「女子の中で一番腕っ節の強いリカちゃんが、カメラを全て破壊しました。カメラ自体借り物だったり誕生日に買って貰ったものだったりしたみたいで、男子達もそれで怒って……今のような状態です」

 リカちゃんグッジョブ。


「それは完全に男子が悪いな。汀子が虫を見るような目で男子を悪く言ってた理由がよく分かったよ。……でもちょっと待て。そんなクズ男子筆頭のケイスケ君に、なんで汀子が惚れてるんだ」

「顔です」

「格好いいからなー」

「確かにアイドルっぽい顔ではあったけど……中身は変態じゃん。顔が良いとそこまで許容されるのかよ」

「それが当たり前みたいに言わないで下さい。汀子だけですから」


 正しく、恋は盲目って奴か。

 繭が心配するほどテンションMAXになってるんだ。

 周りが何を言っても、ケイスケ君への想いはきっと変わらない。

 この話を、汀子の恋心を伏せて繭に伝えるのは無理がある。

 下手をすれば教育委員会が動きかねない大事件まで出て来たし……本当にどうしよう。

 汀子のためを考えたら全部話すべきだ。

 繭には聞く権利がある。

 でもそのためには、せっかく証拠が消えた大事件をわざわざ蒸し返すことにもなるわけで。


「お姉ちゃんには関係ないでしょ!?」

「!?」


 突如として汀子の大声が聞こえてきた。

 あまりの剣幕にただ事ではないと察した俺達は、一目散にリビングへと駆け込んだ。

 繭は相変わらず冷静な態度のままソファーに座っているが、汀子は今にも掴みかからんとばかりに歯を剥き出しにしている。


「ど、どうしたんだよ」

「おにーさんは黙ってて!」


 一先ず汀子の両肩を掴んでその場に座らせようとしたが、風呂上がりの犬のように体を震わされて振り払われてしまった。


「どうせおにーさんはお姉ちゃんの味方するんでしょ!?」

「それは喧嘩の内容次第だ。……さっきの話の続き?」


 俺の言葉を聞いて、繭は静かに頷いた。

 俺が遊音達と話してる間に、繭自ら汀子に問いただしたのかだろうか。


「お姉ちゃんが、ケイスケ君のこと何も知らない癖に悪く言ったの!」

「何も知らない……ね」


 全て知ってる上で惚れてる汀子がどうかしてると思うのだが、好みは人それぞれだからなぁ……。


「実はさ。この前俺の家で留守番してもらったとき、ケイスケ君が門前にいたんだよ」

「えっ?」

「チラチラ敷地内を覗き込んでてさ……ハッキリ言って怪しかった。姉として、繭が心配するのは無理もないと思うぞ」

「それってアタシを探してたのかな!?」

「いや、そんなことよりも繭の気持ちを」

「やっぱり、急にあんな電話くれたのもちゃんと理由があったんだ!」

「人の話を聞け!!」


 ストーカーまがいのことをされてなんで元気になってんだよ。

 普通逆だろ。

 好きな人に尾行なんてされてたら気持ちが冷めるって。

 繭は益々心配そうに汀子を見つめている。

 盗撮の件は流石に聞いてないようだ。

 知っていたら見つめるだけでは収まらない。


「何よおにーさん。せっかく人が盛り上がってるのに水を差さないで。それとも何? ヤキモチやいてたり?」

「あのな……繭に心配掛けてるんだから、ちゃんと安心させてあげないと駄目だろ?」

「……仕方ないなぁ」


 汀子は渋々ながらもカーペットの上に女座りした。

 傍に転がっていたクッションを拾って胸に抱いて、幸せそうに微笑んでいる。

 こんな顔をされるとさっきの遊音の話を忘れてしまいそうになるが、惑わされては駄目だ。

 遊音とミラクルが汀子の隣に寄り添い、俺は繭の隣に座って三人と向き合う。

 一見すると二対三。

 しかし、心情的には一対四。


「それで、お姉ちゃんは何が聞きたいの?」

「電話で何を話したの?」

「……エヘヘ」

「ニヤついてないで早く言えって」

「お祭りに誘われたの! ケイスケ君に!」

「それで快諾したと」

「うん!」


「喜んでるとこ悪いけど、おかしくないかそれ。一度ふられてるんだろ?」

「だから何? 告白されてから気になりだすことだってあるでしょ」

「それにしたって、ケイスケ君の方から汀子を呼び出すってのは無神経すぎないか? その辺、汀子は何とも思わないのかよ」

「そ、それはそうかもしれないけど! おにーさんには関係ないでしょ!?」


 またそれか。

 俺との関係は確かに薄いけども。

 繭、遊音、ミラクルが何も言わずに俺に任せてくれているのは、下手にケイスケ君を悪く言って汀子との仲に亀裂が走ることを恐れているからだ。

 ここは一番関係の薄い俺が率先して一歩踏み込むべき。


「あのケイスケ君って子さ。ちょっと危ない気がするんだ」

「はぁ!?」

 思った通りの反応だ。


「俺が一年前に色々あったってことは話したよな?」

「……うん」

「ケイスケ君は、そのときに俺を嵌めやがったクソガキ共と同じ目をしてたんだよ」

「そ、そんなの……勘違いでしょ。面と向かって話したりしてないんだし」

「そんなこともないんだ、これが。『たかまさ』で遊んでたときもケイスケ君は来てたから。異常な程睨まれて正直ゾッとした。俺が話しかけたら舌打ちしていなくなったけど」

「そんな何の根拠もない理由で、アタシの好きな人を危ないって言うの?」

「何の根拠もって……」


 汀子の言う通り、俺の話は不明瞭で汀子を納得させるには足りない。

 でも汀子は盗撮された被害者の中の一人なんだ。

 俺の話と加われば、少しは警戒心を抱くはず。


「小学生の恋路を邪魔しようとしてるおにーさんの方がよっぽど危険よ!!」

「うっ」


 返す言葉もない。

 くそっ……駄目か? 恋ってのは、ここまで目を眩ませるものなのか。

 恋愛は自由であるべきだけど、今回ばかりは放っておけない。

 遊音が心配してる。

 ミラクルが心配してる。

 そして何より、繭が心配してるんだ。


「……俺が心配なんだって」

「嘘吐き! アタシに取り入って、お姉ちゃんと仲良くなりたいだけの癖に!!」

「!!」

「え……?」


 汀子は決定的なことを言って家を出ようとしたが、俺はなんとかその手を掴むことに成功した。


「おにーさん、しつこすぎ!」

「お前の言うことはもっともだ。でも、一度冷静になって考えてくれ!」

「~~~~っ、もう!! 録音データ消すから、これ以上邪魔しないで!」

「そんな話今はどうでも――よくはないけど!」

「ほら! これで良いでしょ。ちゃんと消したから!」


 汀子が俺の鼻先に突き付けたスマホのディスプレイには、確かに消去のメッセージが表示されている。これで俺に弱みはなくなった。


「俺のことよりも、繭のことを考えろよ!」

「あー、あー、はい、はい。分かりました、分かりましたよ!」


 ようやく納得してくれたのかと思いきや、汀子は肩をすくめてこんなことを言った。



「いい加減、耳の遠いお姉ちゃんの世話とか疲れたし。おにーさんにその役目譲ってあげる。それで満足でしょ」



「お前!!!!!!」


 俺は汀子の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


『疲れた』


 それは昔の俺が母さんに向かって言い放った、最低最悪の一言。

 いくら小学生でも、女の子でも、繭の妹でも……許せなかった。


「く、苦しっ」

「子供だからって何でも許されると思ってんのか!? その言葉は二度と口にするな!!」

「お、おにいさん落ち着いて下さい!」

「そうだよ! てー子が死んじゃうよ!」

「いいや駄目だ! こればっかりは許せない。許しちゃいけない!!」


 俺がその言葉を口にしたとき、それを咎める者は何処にもいなかった。

 だから母さんは悲しげに「ごめんね」と言うしかなかった。

 母さんのあんな顔を見て初めて過ちに気付くことになった。

 一生背負うことになる罪悪感を、みすみす汀子に味わわせてたまるか!!


「お前はそんなんじゃないだろ!? 言って良いことと悪いことの区別くらい付くだろ!?」

「っ」


 涙を浮かべて俺を睨む汀子。

 俺はそれでも離すつもりはなかった。

 だが。


「虎間さん、私は大丈夫だから」

「!」

「離してあげて」

「……っ」

「お願い」


 繭の手が俺の二の腕に添えられる。

 たったそれだけで、俺の手に込められていた揺るぎない力は溶けるように消えていった。

 その隙を突いて、汀子はパコパコと音を立てながら外に飛び出してしまった。


「てー子!」


 ミラクルが慌てて後を追ったが、俺、繭、遊音の三人は立ち尽くしたまま動くことができなかった。


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