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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第五話 子供相手、だからこそ
23/33

 八月の三十日。

 お祭り当日だというのに、俺はすっかり定着したソファーという名の寝床の上でおねむだった。

 時刻はお昼過ぎ。きっと今頃、御輿を担いだ大人達が町中を闊歩しているのだろうが、今の俺には休息が必要だった。

 昨日行われた同じ曲をずっと聴かされる地獄のコンサートによって、俺の耳はとてつもなく疲労していたのだ。

 テレビも付けていない無音の空間にいても、ボンヤリと幻聴が聞こえてくるくらいに。

 御輿が気にならないわけじゃないよ。

 でも結局御輿作りには関われなかったし、担ぐ役はモジャモジャおじさんを筆頭とした力自慢の大人達。俺の出る幕はない。

 そうそう、俺と同年代の男女を初日以来全く見てないことが気になって、地獄のコンサートの後逃げるように神社に向かったんだ。

 そしたら、高校生以上はお祭り二日目に打ち上げられる花火作りを手伝っているらしい。

 勿論火薬の配合などはやらせてもらえないので、主に裏方の仕事みたいだけど。

 なんでも、夏休み最後に行われる学校行事のようなものなんだとか。

 ってな訳で、俺がお祭りに参加するのは今日の夜と明日の夜だけ。

 今は寝ていても全く問題ないのだが、インターホンの音で状況は一変した。

 意識だけ起きているような状態でヨロヨロとカメラの映像を覗くと、


「繭!?」


 な、何故? 何? どうして?

 お祭りの誘いに来たってことはまずない。

 自信満々に言うことではないけど、ない。

 そもそも繭は自分から男を誘うタイプじゃない! と思う。

 いや、仮にそうだとしてもだ。

 こんな真っ昼間から神社に赴いてもお店は開いていないんだから、時間的にもおかしいって。

 とにかく対応しないと。


「も、もひもひ」

「――ふふっ」

 笑われた!


「ま、待ってて」


 過剰に心を踊らせながら鍵を開ける。

 こうやって二人きりで話すのは実質初だ。

 転寝家で話したときは二階に汀子達が居た。

 今回は俺の家(仮)なんだから緊張もするって。


「いらっしゃい」

「お邪魔します。迷惑だった?」

「そんなわけないって」

「本当に?」

「本当!」


 好きな女の子が訪ねてきて嬉しくないわけがない。

 それが予期せぬ来客でもだ。

 しかし繭は俺の頭を半眼でジッと見つめ、ボソッと呟いた。


「寝癖……」

「あっ」


 そういえば、今日は鏡に向かってすらいないぞ。

 顔も洗ってないし歯も磨いてない……服もパジャマじゃねーか!!

 繭が寝癖だけ指摘したのは優しさだったのか……!!


「しばらく時間を下さい!! リビングでくつろいでて!」


 俺は深々と頭を下げて洗面所に駆け込んだ。

 気合いの入れた私服に、髪型のセット、顔も洗って髭も剃って……眉毛の手入れも……肌荒れは大丈夫かな?





 突然好きな男が訪ねてきて、必死になって部屋を片付けてる女の子。

 それが冷静になってからの自己評価だった。

 顔を洗って意識を覚醒させた俺は、あまり待たせるのもまずいと気付き、歯磨き、髪のセット、着替えを済ませ、最低限の身嗜みを整えた。

 掛かった時間――およそ十分。

 顔を洗ったはずの俺の額には、何故か汗が滲んでいた。


「お待たせっ」

「お疲れ様」


 ソファーに姿勢良く座った繭は、特に怒った様子も見受けられない。

 なんて寛大なんだ。

 どこぞの女の子は、彼氏の携帯に知らない女が出ただけで、事実確認もせずに着信拒否だってのに。


「本当にごめん。まさか繭が家に来るなんて思ってもみなくて」

「そんなに意外? 汀子は来てるのに」

「汀子はその、ほら。何してもおかしくないってイメージが定着しちゃってさ」

「ごめんなさい……」

「いや、もう怒ってないから! ……?」

 なんか、さっきから変な音が鳴ったり止んだり――


「……繭、気にしなくて良いよ」

「なんのこと?」

「補聴器。音が嫌いだって俺が言ったからだろ。俺が喋る度に電源を切り替えてるのは」

「……うん」

「こういう話は、極力触れないのがお互いにとって一番良いってのは分かってるんだけどさ。単純に面倒臭いでしょ」

「ちょっと」


「俺が嫌いって言ってたのは、理解してなかったからだ。母さんが周りの声を、俺の声を聞き取るために仕方なく鳴らしてたんだって分かってからは、嫌なんて微塵も感じなくなった。それは今も同じだよ」

「そう」

「それに、咄嗟に言った言葉が聞き取れなかったりすると……後悔するかもしれないし」

「?」


 告白とかね。

 聞かない方が良かったってオチも有り得るけど。


「ま、まあそれはいいや。話逸らしちゃった俺が言うのはおかしいかもだけど、話戻して良い?」

「私が来ることが、そんなに意外?」

「そう、そこ。繭なら、少なくともアポ無しで来ることはないと思うんだよね。なのにこうやって目の前に繭がいるのは……何か、冷静でいられないような出来事があったんじゃないかな」

「びっくり。大当たり」


 やっぱりな!

 何か理由でもない限り、繭が俺に会いに来るなんて有り得ない。

 そんな夢のような話があるわけがない!

 ははははは!

 ……はぁ。


「実は、昨日から汀子がおかしくて」

「汀子が?」

「凄く元気なの」

「それって……普通なんじゃ?」


 汀子に子供らしい天真爛漫な元気さなんてものは皆無だが、遊音や繭に比べればずっと表情豊かだし、感情を表に出している。

 改めて元気だなんて感想を抱くのはちょっと違和感を感じる。

 一応、昨日からってんなら心当たりはあるけど。


「いつもより五割増しくらいで元気なの」

「やたらとテンション高いとか?」

「そんな感じ」

「それは遠足の前の日的な感覚じゃないかな。お祭りを前にしてワクワクが抑えられないというか」

「でも去年も一昨年もこんなことなかった。虎間さんと一緒に回る約束でもしてるのかと思って聞いてみたけど、『おにーさんが居ようと居まいと関係ない』って言ってたし」


 繭……それはわざわざ俺に言うことなのか?

 別に汀子からどう思われていようと知ったこっちゃないが、わざわざ聞かされるのは気分が悪いよ。

 ま、汀子の不気味なテンションアップについては俺の見解で間違っていないだろう。


「今年は色々重なったからね」

「?」

「大量に溜まってた夏休みの宿題が終わって、遊音が苦戦してたリコーダーの課題も上手くいきそうで……今日のお祭りだ。心配事が何もないから、そりゃテンション上がるって」

「そう、なのかな」

「あれ……これで解決だと思ったけど。まだ腑に落ちない?」


「虎間さんの言ったことも、確かにあると思う。でももっと大きな何かがありそうで」

「ふむ。その心は?」

「昨日の夜、汀子は電話で誰かと話してたの。それで通話が切れた途端、気持ち悪いくらいにニヤニヤし出して」

「ニヤニヤか」


 普段傍にいる繭が『気持ち悪い』と称するほどのニヤニヤ。

 電話の後すぐにそのニヤニヤが始まったのなら、十中八九その電話の内容に理由がある。

 もしくは、電話相手そのものがテンションを上げる要因となっている可能性もあるか。

 突然繭から着信が入ったら、俺だってニヤニヤせざるを得ないもん。

 ……あっ。

 いるじゃん。

 汀子がニヤニヤするであろう電話相手が。


「ケイスケ君からの電話かも」

「それって、この前この家を覗いてた……。どうして尾行するような男の子からの電話で汀子のテンションが上がるの?」

「え、えっと」


 どうしよう。

 仮にこの場で経緯を話しても、繭なら俺から聞いたと汀子に言ったりはしない。

 でも今まで知らなかった繭が突然そんなことを言い出したら、必然的に俺が喋ったと伝えるようなものだ。

 いやいや、待て待て。

 今重要なのは、俺の保身じゃない。

 他人の好きな人を簡単に口外することを、是とするかどうかだ。


「言えないこと、なの?」

「その……とても言いにくい。でもだからって繭に嘘を吐いて誤魔化したりすることも俺にはできない。と、とにかく、その辺をオブラートに包んで話を進めたい!」

「……分かった。汀子はケイスケ君からの電話でテンションが上がる。その理由はもう聞かない」

「う、うん」


 そこまで聞いたら普通分かりますよね。

 見たところ、気付いていて俺に合わせてるって感じでもないし、単に恋愛沙汰に疎いのか。

 俺にとっては有り難い。

 じっくり腰を据えてこの恋に臨めるってことだから。


「気になるのは電話内容だな。現状、汀子から電話を掛けた訳じゃないのはほぼ確定的だから、掛けてきたのはケイスケ君だと思うけど」

「どうして確定的?」

「そ、それもできれば聞かないでもらえると」

「……」


 繭は眉間にしわを寄せて押し黙ってしまった。

 納得いってない……完全に納得がいってない顔だ……。

 確定的って言ってしまうのは多少大げさだったか。

 でも告白してふられてる状態から電話を掛けるなんてことはしないと思う。

 汀子はその辺のプライド高そうだし。


「単純にケイスケ君から電話が掛かってきたからテンションが上がっていたのか、それとも汀子が喜ぶような話をケイスケ君がしたのか」


 後者であれば、『明日のお祭り一緒に回らない?』的な話だとしっくり来る。

 俺だったら、ふっておいて何をいけしゃあしゃあと、とは思うけど。


「そういえば今、汀子はどうしてるの? 例によって遊音達と一緒?」

「うん。三人一緒に、私が出かける二時間前くらいに出かけたから」


 俺にした悪戯の件も最初に話したのは遊音達だったみたいだし、もしかしたら何か知ってるかもしれない。

 それを話してくれるかどうかは……五分五分ってとこか。


「知り合ったばかりの俺や普段一緒に居る繭よりも、遊音達の方が汀子としては話しやすいはずだし、何か知らないか聞いてみようか。繭はどっちかの連絡先知ってる?」

「ううん、知らない。虎間さんは?」


 意地でも登録すまいとしていた遊音の番号は、今なお着信履歴に残っている。

 遊音にまで脅迫されて完全に消すタイミングを失ってしまっただけなのだが、結果的にそれが役に立つなんてな。

 番号だけ表示されているディスプレイを見て嘆息しつつも、電話を掛けてみる。

 よく考えたら俺から電話するのはこれが初か?

 機会もなかったし。

 ――って何を小学生相手に緊張してるんだ俺は。


「……あ、もしもし遊音か?」

『私の番号に掛けたのですから、私以外に繫がる訳がないでしょう』

「可能性というのは恐ろしいもんでな。赤の他人の女子小学生が勝手に電話に出ることも有り得るんだよ」

『そういえばそうでしたね。それで、何の用ですか? おにいさんから電話が掛かってくるのは初めてなので、若干緊張しています』

「嘘吐け。実は用があるのは繭なんだ」


『……手が早いですね』

「電話越しでも分かるくらいに蔑むことないだろ!? そんなんじゃなくて、汀子のことで相談されたんだよ。昨日から様子がおかしいってさ。何か心当たりないか?」

『成る程。それはタイムリーでした』

「どういう意味だ?」


 そう俺が聞き返した瞬間、インターホンが鳴った。

 慌てて玄関まで走ってドアを開けると、そこには浴衣姿の遊音とミラクル、それに――汀子本人が立っていた。


「こういう意味です」


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