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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第四話 転校するから夏休みの宿題がなかったなんて言えない
22/33

 それから二日後の真昼。

 お祭りを明日に控えた今日、俺は遊音達に呼び出されていた。

 場所は公園の地下に作られたメルヘンなアジトだ。

 空は見渡す限りの青空なので入り口を閉める必要はないが、俺はしっかりと閉めたことを確認してからアジトへと下りた。

 奥の空間には、三人の小学生が緊張の面持ちで正座している。

 ピンクのカーペットが敷かれているとはいえ、決して座り心地が良いわけではないのに。

 そんな彼女達の態度からは、今までにない真剣さが伝わってくる。


「練習、この二日間は見てやれなかったけど」


 ちゃんとやってたのか? とは聞かなかった。

 緊張していた三人の顔が、急に自信に満ちた顔に変わったからだ。


「我等の真の力を見て、吠え面を掻くが良いわ!」

「本当は昨日の時点で満足してたのよ。でも遊音がアジトでリハーサルしたいって言うから、今日は朝早くから練習漬け」

「結局、二人には迷惑を掛けてしまいましたが……聴いてくれますか? おにいさん」

「勿論」

「では、これを」

「……スマホ?」

「電源が切れていることを確認して下さい」

「成る程」


 手品の前口上みたいだが、これは俺の録音データを使わずに吹くという意思表明だ。

 俺が遊音のスマホを受け取ると同時に、三人が視線を交わし合う。

 アイコンタクトだけで意思の疎通が可能になるほど練習していたのか、と驚いたが、感心するのはまだ早い。

 大きく息を吸って、三人がソプラノリコーダーに口を付ける。

 目を瞑って俺も耳を傾ける。


 直後に聞こえてきた――音楽。


 例えるならそれは、月明かりが照らす真夜中の森林に、深々と響き渡る動物達の鳴き声。

 オーケストラのような厚みこそないが、繊細なソプラノリコーダーの三重奏は俺の心を確かに奮わせている。

  この地下空間が音を反響させて、コンサートホールの役割を果たしているのも大きいだろう。

 そして、何よりも。

 危惧していた遊音の『遅れ』こそが、三人の演奏を素晴らしいものに変えた要因となっていた。

 遊音自身は何一つ変わっていない。

 本来なら全音符のところを、八分音符くらいの間を残して次に進んでしまう。

 ところが、汀子とミラクルがその都度驚異的な反応速度で遊音に合わせるため、演奏中にコロコロとテンポが変わるのだ。


 サビに近付くにつれ、徐々に速く――アッチェレランド。

 サビが終盤に入ると、徐々に遅く――リタルダンド。


 要所要所に感情がこもっているかの如く、ほんの少しだけ速くなったり遅くなったり。

 それぞれピウ・モッソ、メノ・モッソ。

 そんな滅多に使われないような音楽用語が、結果的に彼女達のアレンジとなって自然に付け加えられている。

 本来指揮者のさじ加減で行われるものを、たった三人の小学生がやってのけている。


 圧巻だった。

 三人の演奏が終わるまで、俺は息つく暇もないまま聴かせられたよ。


「ど、どうだった? ちょっと緩急付けすぎかなって気もするけど……」

「冤罪のおにーさんの感想を聞かせて?」

「そうだな……」


 遊音に視線を向けると、気まずそうに俯いてしまった。

 やはり、二人に頼りっきりの進歩では手放しに喜ぶことはできないのかもしれない。

 それでも、これが最高の結末であることは間違いない。

 一人一人に役割があって、今回はたまたま遊音よりも汀子とミラクルの役割が重かっただけの話だ。


 思い出して欲しい。

 三人が突然俺の家にやって来たときのことを。

 遊音が無償で夏休みの宿題を提供したことを。

 持ちつ持たれつ。

 苦手分野で足を引っ張っても、得意分野でフォローすれば良い。

 だから、俺の感想はこの一言に尽きる。



「最高のチームワークだったよ」



「――はい!!」

「「いぇーい!」」


 満面の笑みを見せてくれた遊音に、ハイタッチを交わす汀子とミラクル。

 三人の喜び様を見て、俺はようやく気付いた。

『俺』にとって、これは本番だったんだ。

 だって学校で行う本当の本番では、俺は聴くことができないから。

 彼女達が設けてくれた、俺のためだけの舞台。


「大げさな奴ら……」


 照れ臭くなった俺は、無邪気な三人の姿から視線を逸らさずにいられなかった。

 一瞬、もはや子供嫌いなんて言えないな、とまで思ったよ。

 でもその後、調子に乗った三人に延々と演奏を聴かされる羽目になり、俺の機嫌はどんどん悪くなっていったのだった。


 蛇足極まりねぇ!!


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