7
「ご飯できた」
曲が終わったタイミングを見計らって、繭が俺達を呼びに来た。
三人の演奏を聴くのはこれで丁度十回目。
キリも良いし潮時かな。
「ご飯にしようか」
「わーい!」
「そうね。一先ず休憩しよっか」
「……」
「遊音……」
うん。
なんていうか、その。
滅茶苦茶でした。
第一小節の終わりから早速遊音がずれて、そこからなし崩し的にバラバラになってしまう。
遅れが顕著になると、遊音は再び持ち直すために一度吹くのをやめる。
その都度音が途切れて二重奏になり、またすぐにずれて――の繰り返しだ。
遊音が原因で合ってないのは明らかだけど、納得いかないな。
昨日一人で吹いていたときは何の問題もなかったのに。
合わせた途端に何故こうも他の音に惑わされるんだ。
「玄関先で聴かせようとしてたのは自信の表れじゃなかったのか?」
「早く聴かせたかったんです。全然上手くいかないことを知ってもらうために」
「……確かにこのまま合わせるだけじゃ駄目なのは理解したよ」
後は合わせて練習すれば大丈夫、なんてことを言ったのは俺だ。
「ギャー!! 麻婆茄子ギャー!!」
テーブルに向かった遊音の叫びが聞こえてきた。
あまり待たせてせっかくの繭の料理を冷ませてしまってはいけない。
話すだけなら食べながらでもできるし、俺達も食卓に着こう。
マナー的には良くないけど。
「ご飯食べながら対策を練ろうか。繭もいるけど、平気?」
「はい……」
魂が抜けたように返事をした遊音は、こころなしか朝会ったときよりも頬がこけた気がする。
汀子やミラクルと違ってあまり活動的でない遊音がこんな状態だと、健康に難があるようにすら見えてくる。
「だ、大丈夫だって。俺を信じろ、な?」
項垂れたまま動かない遊音を強引に立たせ、背中を押して食卓に着かせる。
夕飯のメニューは白米と麻婆茄子……のみ。
麻婆茄子以外に食べるおかずがないが、量が半端じゃないので物足りなさは感じない。
麻婆茄子が好きな人には最高の夕飯だろう。
ただ、なんとしても食べさせてやる的なこの強制感はどうかと思う。
汀子、青ざめてるよ。
しかも汀子の左隣には繭が座っている。
右隣にはミラクルがいるものの、おかずが麻婆茄子しかない以上、友達に食べて貰うといったこともし辛い。
で、俺は汀子の正面に座っているんだけど。
「……」
そんな、助けを求めるような視線を送らないでくれ。
繭が睨みをきかせている状況下では手の出しようがない。
せめて心の準備をするための時間を作ってやるか。
俺は麻婆茄子に舌鼓を打ちながら話を切り出した。
「なあ遊音。昨日俺と練習してたときは普通に吹けてたよな?」
「もはや普通に吹けるという感覚が分かりません……」
「ほ、ほら。俺の録音データと合わせてたとき」
「あれはもう役に立ちません」
「へ? なんでだよ」
「あ、アタシ達ずっとそれで練習してたのよ!」
汀子がミラクルの方に椅子を近づけつつ割り込んできた。
「遊音はあれを聞きながらだと、ほとんど完璧だったんだぞ?」
「本番じゃ使えないしアタシは反対だったんだけど、遊音があまりにも自信たっぷりに言うからさ。練習には良いかなって」
「全然……モグモグ……駄目だった……モグモグ……ゴクン。んだよ~」
「遊音はどうして上手くいかないのか分かるか?」
俺の質問に力無く首を振る遊音。
何でだろう。
三人であの録音データに合わせて吹いたのなら、俺と二人で練習してたときと条件は全く同じなのに。
……いや、違うぞ。
汀子とミラクルの音が混ざる。
俺が吹いたのは遊音のパートだ。
汀子とミラクルはそれぞれ別のパートなので、二人が加わったらそちらに惑わされてしまってもおかしくない。
ようは、俺の音だけ聞ければ良いんだ。
「何か、思いついた?」
汀子を威圧していた繭も話に加わってきた。
この様子だと遊音の事情は大方把握しているようだ。
「あー、うん。確実に上手くいく方法を思いついたけど」
「「本当!?」」
「二人共、あまり期待しないで。おにいさんは『けど』って言った」
うーむ……気持ちが冷めてる分冷静だな遊音は。
「確実に上手くいく方法があるのは本当だよ。ただ、本番じゃ使えないな」
「どんな方法ですか」
「遊音は他の音を聞くと惑わされてしまう。だから俺の録音データだけを聴けるように、服の中にスマホを忍ばせておいて、髪で隠したイヤホンで聴く」
「本番で使う気満々じゃない!」
「まあ、最後の手段だな」
「私は賛成だよ!」
「……できれば避けたいです」
遊音は気が乗らないらしい。
ズルするのは嫌か。
でも遊音の努力を知ってる担任の先生ならバレても何も言わないと思うし、念頭に置いておこう。
遊音だって二人に迷惑を掛けるよりはこちらの手段を選びたいはず。
「汀子、もうご馳走様?」
「と、突然話を戻さないで!」
「一口も食べてないから」
「仕方ないじゃん! 茄子嫌いなのにおかずが茄子だけなんだから!!」
「ははは……」
白米だけバクバク食べられる人もいるけど、やっぱり何かと一緒に食べたいよな。
その何かが自分の嫌いな食べ物しかなかったら、必然的に箸は止まる。
「そこ、笑うな!!」
「観念して食べたらどうだ? 絶品だぞ」
「おにーさんはお姉ちゃんの料理なら何だって美味しいって言う癖に!」
「そ、そんなことないって」
俺は彼女の手料理全てを手放しに褒めるようなタイプじゃない。
まずいものはまずいと言う。
この麻婆茄子は本当に美味しいんだ。
「そもそも、繭が麻婆茄子を作ったのは汀子のためなんだぞ?」
「嫌がらせよ!」
「似て非なる愛情だって。な?」
「うん。汀子に合わせて作った」
「好物で私に合わせるなら分かるけど、なんでわざわざ嫌いなもので合わせるの!?」
「そこに汀子が居るから」
「お、お姉ちゃんがボケた!?」
意外だ。
汀子の言い分が正論過ぎるからおちゃらけたのかな?
沢山人が居るのに、それでも汀子に合わせて料理を作るってところに俺は愛情を感じるけど。この幸せ者め。
……汀子に、合わせて?
「あっ」
「「「「?」」」」
「遊音が二人に合わせるんじゃなくて、二人が遊音に合わせてみたらどうだ?」