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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第四話 転校するから夏休みの宿題がなかったなんて言えない
20/33

『お姉ちゃんが待ってるからさっさと帰ってきなさい』


 そんな謎のメールが俺の下に届いたのは、買い物を済ませて家に帰る途中だった。

 文面からして送信者が汀子なのは明らかだが、何故俺のアドレスを知ってるんだ?

 遊音の仕業ですよね分かります。

 丸一日留守番を頼んでいたのだから、そりゃあストレスも溜まってるだろうさ。

 でも嘘はいかんぞ。


「どうしたの?」

「あ、うん。汀子ちゃんから」

 繭は俺の隣を歩いているってのに。


「汀子?」

「早く帰って来いって催促」

「また妹が迷惑を……。見せて」

「え!? それはちょっと、困る」

「どうして?」

「いくら姉妹でも、勝手にメールを見せたりするのはマナー違反だからね」

「どうしても?」

「どうしても」

「……分かった」


 繭が食い下がってきたのは、やっぱり妹のことだからかな。

 しかし、いくら食い下がられてもこのメールは絶対に見せられない。

 お姉ちゃんが待ってるからさっさと帰ってこい――これじゃ、繭が家に居ることが俺にとってのご褒美みたいじゃないか。

 いやその通りなんだけども。


「夕飯、麻婆茄子で良かった?」

「家庭料理が食べられるなら何でも嬉しいよ。汀子ちゃんは平気なの? 茄子、ピーマン、セロリ、ゴーヤ辺りって子供は苦手でしょ」

「うん、苦手。だから食べさせる」

「……お気の毒に」


 ちょっと汀子に同情してしまうな。

 嫌いな料理をわざわざ作って食べさせなくても。

 夕飯、辛そうだったら手伝ってやるか。

 繭と並んで歩いてデート気分を満喫していると、残念ながら家の周囲を覆っている石垣が見えてきてしまった。

 そうだ、このまま家の周りを一周してみるのも悪くない。

 とか馬鹿なことを考えていたら、門前に人影を見つけた。

 最初は汀子達が待ち構えているのかとも思ったが、よく見るとそのシルエットには覚えがあった。


「繭、ストップ。ちょっとこっちに」

「え?」


 俺は繭の手を引いて横道に逸れた。

 そして電信柱の影に隠れて、角から様子を窺う。


「やっぱりケイスケ君だ」

「誰?」

「汀子ちゃんが好きな――じゃなくて、汀子ちゃんのクラスメイト? だと思う」

「ふーん……」


 危ない危ない。

 おいそれと好きな異性を教えてしまうのは良くない。


「一体何やってるんだ……?」

「知り合いじゃないの?」

「この前汀子ちゃんに教えてもらっただけで、直接面識は……なくはないんだけど、ないに等しい程度の関係」


 気持ち悪いくらいに睨まれて、舌打ちされた。

 あの出来事だけで面識があるとは言いたくない。


「少なくとも、家を訪ねるような間柄じゃない。勿論、住所も教えてない」

「気付かないうちに尾行されてた?」

「有り得るけど、あの様子じゃ尾行相手は汀子ちゃん達の方かも」

「え」

「この前公園で『たかまさ』したときにも、外から様子を窺ってたからさ。あのときは俺を見てたんだと思ったけど、あそこには汀子ちゃん達もいたし」


 またお喋りな女性警察官の仕業だったりしてな。

 俺のトラウマを聞いても尚子供に対して無防備だったから、有り得なくはない。

 まあ遊音はミラクルの友達だし、教えてしまっても仕方なかったか。

 ……それって、ケイスケ君が友達ですって言えば教えちゃうってことじゃね?


「あ、危ない子なの?」

「そんなに心配しなくても」


 子供が残酷なことを誰よりも知ってる俺としては、心配してしかるべきだと思う。

 ただ、現時点で繭は相当心配してる。

 これ以上煽る必要はない。


「このままにしておいて、良いの?」

「うーん……」


 この状況で話しかけてもきっとケイスケ君は逃げてしまう。

 あの呪い殺すような視線を浴びてからというものの、どうしても悪印象しかないんだよな。

 これが、そうだな。

 クラスの男女が犬猿の仲故に自分の気持ちに正直になれなくて、それでも想い人を目で追いかけてしまって――なんて話だったら少しは同情する。

 小学生の精一杯の悲恋だ。


「こっちに気付かれたくないだろうし、グルッと回って裏から入ろうか。確か小さい入り口があったから」

「うん」


 足音で悟られないよう、俺達は揃って忍び足で塀伝いを進む。

 ケイスケ君が後ろから付いてきていないか確認しつつ歩いたけど、敷地内に入るまで見つかることはなかった。


「どうやって家の中に入るの? 玄関を通ったらどのみちあの子に見つかっちゃう」

「あ」


 考えてなかった!

 しかも裏庭から現れたら、気付かれないように入ったことまでケイスケ君に伝わってしまうじゃないか。


「……汀子ちゃん達に一役買って貰おう」


 俺は汀子から送られてきたメールのアドレスを使い、そのまま返信した。

 見た瞬間に汀子が飛び出してくるような内容のメールを。

 すると。


「この変態! お姉ちゃんに何する気よ!?」


 メールを送ってから汀子が飛び出してくるまでの時間、およそ二秒。

 あまりの唐突さに、顔を覗かせていたケイスケ君も脱兎の如く逃げていったよ。


「今の内だ」


 歯を剥き出しにしてキョロキョロと辺りを見回している汀子に、そっと背後から繭が忍び寄る。

 俺としては汀子を華麗にスルーして家の中に入りたかったのだが、繭は無表情ながらも妹を驚かせたい悪戯心を匂わせている。

 ここは任せよう。


「何処に隠れてんのよ……っ」

「わ」

「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 耳を劈くような悲鳴が辺り一帯に木霊する。

 その音量は、日も暮れる時間だというのに懸命に鳴いていたセミすらも黙らせる程だ。


「阿保! もう少し考えて悲鳴を上げろ!!」

「む、むむ無茶言わないでよ! ……っておにーさん! さっきのメール何!?」

「ただいま~」

「無視して行くな!!」


 うるさい汀子を置いて家に入ると、玄関先でミラクルと遊音が正座していた。

 二人は共にソプラノリコーダーを両手で持っている。

 口を付ければすぐに吹ける体勢だ。


「おかえりなさい」

「冤罪のおにーさん、おか~」

「……ここで練習してたのか?」

「違います。そろそろ帰ってくる頃かと思って、移動していただけです」

「へぇ……」


 ソプラノリコーダーを持って、ね。

 俺が帰ってきたらすぐに聴かせたいくらいに上達したってことか。

 これは成果を聴くのが楽しみだな。


「だから無視すんなって!」

「ぐ!?」


 満足げに二人を見ていると、後ろから蹴りを入れられた。

 回し蹴りではなく、足の裏で押すような蹴り。ソバット。

 自然と俺の体は正座している小学生二人の方に向かって倒れ――


「てたまるか!!」


 汀子が座っていたであろう二人の間の空白に手をついて、どうにかやり過ごせた。

 そう簡単にセクハラ認定されてたまるかっての!


「チッ」

「お前今舌打ちしたな!? わざとかよ!」

「汀子、謝って」

「お、お姉ちゃん」


 ヌゥッと現れた繭に窘められ、途端にしぼんでいく汀子。

 姉は強し。


「……ごめんなさい」

「よしよし。汀子ちゃんは謝れる良い子だな」


 繭の手前、いつもより十割増しで優しくする。

 ついでに頭も撫でてやる。


「おええええ!!」

「な、なんて反応しやがる!」

「気色悪い気持ち悪いおぞましい! いい加減、お姉ちゃんの前だからって言葉遣い変えるのやめて! 何よ汀子ちゃんって!!」

「え、そんなにおかしいことか? それ」


 友達の家族を前にしたら、いつもは呼び捨てでも君付けで呼んだりする。

 それは別にいい顔をしたいからではない。礼儀だからだ。

 まあ、タメ口が当たり前の小学生に礼儀を説いたところで無駄だな。


「とにかく! お姉ちゃんがいる前でもいつも通りに呼ぶこと。分かった!?」

「と言ってもな。自分の身内が呼び捨てにされてるところなんて、繭もあんまり見たくないだろ?」

「気にしない」

「なら良いけどさ」

「おにいさん。ここに座って下さい」

「あ、ああ……いや、リビングで聴くよ。こんな硬い床の上で吹くよりはマシだろ」

「じゃあ、私は夕飯の支度してくる。台所、借りるね」

「頼むよ」


 持っていた買い物袋を渡すと、繭はいそいそと台所の方に消えていった。

 メニューが気になるのか、ミラクルも繭に付いていく。

 またエプロン姿を拝みたいところだが、流石に自重しよう。

 今日一日の努力の成果を見てあげないと。

 リビングに移動する途中、


「随分と良い雰囲気になりましたね。私の作戦が功を奏したようで何よりです」


 などと遊音が勘違い発言をしてきた。

 作戦って、あれか? 裸を見られたから強く印象に残る云々の。

 結果はどうあれ、あの悪戯がきっかけで繭のことを深く知れたのは確か……か。

 繭が抱えているハンディキャップを、俺はずっと知らずにいたかもしれない。

 もっと最悪な形で気付かされていた可能性だってある。

 ……チッ。


「礼は言っておくよ。ありがとな」

「どういたしまして。私も、代わりと言ってはなんですが今日の成果を見せます」

「そっちは純粋に楽しみだ」


 上着を脱いでソファーに座ろうとすると、汀子に腕を引っ張られて強引に立たされた。


「観客席はそっち!」

 汀子の人差し指が指し示した場所は、カーペットの上。


「……いや、勘弁してくれよ」

「ソファーの方が吹きやすいの!」

「位置的にまずいんだって」

「はあ?」


 カーペットに座ると、自然とソファーに座る人の股ぐらを覗くような形になってしまうんだ。角度的に。

 気付かない振りをしていても絶対に後で言われるんだから、事前に伝えておく方が利口だろう。


「おにいさんが立てば良いのでは?」

「……そういえばそうですね」


 唯一俺の言っている意味が分かっていた遊音が最高のアドバイスをくれた。

 遅れてやって来たミラクルが加わって、目の前のソファーには左から順に汀子、遊音、ミラクルが揃った。

 遊音に言われて承諾しちゃったけど、立ったまま聴くってのは感じ悪いな。

 三人を見下してるような気分だ。


「せーの、で行くからね」

「うん」

「おっけー!」

「おにーさん、準備良い?」

「ああ」


 俺に確認を取った汀子は、すぐに「せーの!」と続けた。

 三人が同時にソプラノリコーダーに口を付ける。

 ここまではプロのダンスユニットのように動きが揃っていた。

 ここからだ。

 最初の音がピタリと重なる。

 汀子がメロディーラインを吹き、ミラクルがハモり、遊音が単純なメロディで音に厚みを持たせる。

 そして――



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