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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第一話 子供がやるとただの悪戯になる不条理
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 とはいえ事態は深刻だ。

 母さんからは、現地に着きさえすれば後はどうとでもなる、と大変お気楽なことを言われていた。

 町の住人は皆優しいので、分からなくても道を尋ねれば良いと。

 自分で言うのも何だが、俺はそれなりに気さくな性格をしている。

 子供を除けば、誰とでもコミュニケーションを取れる自信がある。

 けど流石に、誰もいないのは想定外だった。

 下町といっても、俺が歩いているのは至って普通の住宅街だ。

 それなのに、来る途中で見かけたのは三羽の烏と野良猫一匹のみ。

 集団神隠しにでもあったのか、とついSF的期待を寄せてしまうほどに違和感のある光景。


 そんな中でようやく見つけた人間なのだ。

 迷わず声を掛けたいところだが、相手が子供ということもあって、俺の腰は思いっきり引けている。

 周囲には誰も見当たらない。

 というか、見当たるならそっちに声を掛ける。

 見るからに小学生、それも高学年らしき体躯。

 更に、女の子。

 絶対に道を尋ねてはいけない人物の条件を複数満たしている。

 唯一の救いは、対象が三人組であることだ。

 声を掛けられる側の心情としては、一人でいるときとそうでないときでは安心感がまるで違う。

 友達と一緒なら、『真っ先に防犯ブザーを握り締める』といった行動には出にくい。


 彼女達は目の前にある曲がり角を曲がって見える、電信柱の傍にいる。

 地べたに座り込んでいる子もいたので、恐らくまだいるはずだ。

 俺は尾行中の探偵の如く、顔を半分だけ出して彼女達の様子を窺った。

 女の子は三人とも何故か緑のジャージ姿だが、それぞれが個性ある特徴を持っていた。

 一人は黒のおかっぱ頭の、素朴な雰囲気を纏った子だ。

 ランドセルを椅子代わりにして一心不乱に打ち込んでいるのは、俺も持っている携帯ゲーム機。余程集中しているらしく、他の二人と一切絡んでいない。

 次に目に付くのは、耳が隠れるくらいの短髪にピョンと跳ねたサイドテールをサクランボのヘアピンで留めた元気そうな女の子だった。

 時折飛び跳ねたり、おかっぱ頭の子にちょっかいをかけたりと忙しなく動いている。

 最後の一人は、髪を赤黒く染めたツインテールの女の子。

 他の二人の間で腕を組んで仁王立ちしている彼女は、恐らくリーダー格だろう。三人の中で、というよりはクラスを牛耳っているビジョンすら見える。大人のことを屁とも思っちゃいない感じだ。


 判断を誤ってはいけない。

 こうして、遠目から小学生の様子を窺っているだけでギリギリなのだ。

 このまま当てもなくゴーストタウンを彷徨い続けるか。

 勇気を持って道を尋ねてみるか。

 二つに一つ。


 そのとき――俺の頭の中にある光景が浮かんだ。


 それは、防犯ブザーを鳴らされた直後、あっという間に街の住人に囲まれて警察署に連行される悲しい悲しい自分の姿。

 空恐ろしい未来を想像してしまった俺は、やむなくやっと見つけた人間から目を逸らし、踵を返した。

「本当に良いのか?」と最後まで自問自答したが、結局俺は目を背けた。

 小学生に出会ったんだから、大人にだってきっと出会える。

 そう前向きに思考を切り替えたのだが、


「おにーさんもサボり?」

「……!?」


 誰もいなかったはずの背後から、唐突に声が掛かった。

 大失態だ。

 聞こえない振りをして何食わぬ顔で前に進めば良かったのに、まさかの展開に体が反応してしまった。

 足を止めてしまった以上、振りかえるしかない。

 俺はゆっくりと後ろを向き、三人組の中心にいる女の子の額に視線を合わせた。


「何か用かな」

「だから聞いたじゃんサボりかって。その年で耳遠いの? 耳鼻科行って来たら?」

「……、」


 なんで明らかに年上の相手に初対面でタメ口なんだよしかも余計な一言まで付け加えやがってふざけんな!

 とは言えない。

 この場に俺の友達がいたとしても、『大人げない』という都合の良い言葉で簡単に説き伏せられてしまう。

 ここは冷静に、このクソガキの言っていることを分析しよう。


 おにーさん『も』サボり? と言っている以上、この子達もサボっていることになるが、今は夏休みで学校もない。

 別の『何か』があって、この子達はそれをサボっているんだ。

 そしてその『何か』とは、俺くらいの歳の男を含んだ他の大人達も参加するもので、子供はジャージを着用することを義務づけられているに違いない。

 真昼の住宅街に人通りが全く無かったのにも、こういった理由があったのだ。

 ランドセルは鞄代わりだろうか。

 服がジャージじゃお洒落する意義も薄れるもんな。


「ねぇちょっと。聞いてる?」

「うるせークソガキ黙ってろ」

「はぁ!?」

「――あっ。ち、違うそうじゃなくて……俺、この町に来たばかりで。親戚の家が分からなくて、道に迷ってただけなんだ。サボりとか言われても何のことだか」


 俺は慌てて取り繕った。

 他のことで頭が一杯だと、つい地が出てしまうのが俺の悪い癖だ。

 子供が大嫌いと言っても、積極的に嫌われに行く程俺はひねくれていない。

 子供に対しては『不干渉』こそが俺のモットーである。


「ふぅん……。今は大人も子供もお祭りの準備で神社に行ってるわよ。案内してあげよっか? アタシ達が」

「……えっと」


 断りたい。

 どうにかして子供と話しているこの状況から脱したい。

 大人も集まっている神社に案内してもらえるなら、そこで道を尋ねることもできるし、もしかしたら俺の面倒を見てくれるお姉さんにも会えるかもしれない。

 一見、良いことずくめだ。


 でも考えてみて欲しい。

 この女の子が、素直に俺を案内してくれる保証が一体何処にある?

 よしんば神社まで案内してくれたとしても、大人達の目の前で防犯ブザーを鳴らされたら?

 今度こそ俺の人生は終わりじゃないか。


「せっかくだけど」

「何遠慮してんの。道分かんないんでしょ?」

「それはまあ、そうなんだけど」

「じゃあ断る理由無いじゃん。アタシ達もそろそろ行こうと思ってたとこだし」


 そう言ってその子は、他の二人を率いてスタスタと歩いて行ってしまった。

 彼女達の行動には強引さがない。

 別に、無理に俺を連れて行く気は無いようだ。


「……」


 去年のことがあってから、極力俺は子供から目を背けてきた。

 子供についてこんな風に考えるのは本当に久し振りで、俺の目が曇っていると言われたら否定はできない。

 だから同じように、ただの善意である可能性だって否定できないんだ。

 もう一度信じてみよう。

 そう心に誓って彼女達の後を追う。

 子供の傍を歩くには微妙な距離感が命取りとなりかねないため、早足で彼女達に追いつき、隣に並んだ。


「なんだ。結局来たんじゃん」

「お言葉に甘えてみようかと」


 今気付いたのだが、先程から喋っているのはツインテールの女の子だけだ。

 後の二人は興味無さそうにしていて、全く俺に干渉しようとしない。

 願ってもない反応だった。

 俺が通ってきた道を引き返し、途中の横道を入って進んでいくと、遠くに赤い鳥居が見えてくる。

 こんな細道からしか行けないのか? と不審に思ったが、歩いている内にその疑問は解消された。

 鳥居の前を車が横切ったのだ。

 つまり神社自体はもっと大きな歩道に隣接していて、このルートは地元民ならではの近道みたいなもの。

 今歩いている細道ですら所々に分かれ道があって、何処に通じているか分かったものじゃない。

 この住宅街、土地勘のないよそ者の俺には難易度が高すぎる。


「迷うわけだよ」

「この辺入り組んでるからね。子供の頃は遊び場として最高だったんだけど」


 まだ子供じゃねーか、と突っ込むのを我慢する。

 冷静に考えると世間一般的には俺も子供だ。

 同時に、子供に対しての言葉遣いが心の中ですら悪くなることに自己嫌悪する。

 子供だって人それぞれだ。

 子供と言うだけで悪態を吐いていたらキリが無いし、差別と何ら変わりない。

 大きく溜息を吐きながら歩いていると、元気な女の子が全速力で前を走り抜け、瞬く間に見えなくなってしまった。

 すぐに隣から声が掛かる。


「着いたよ」

「……凄い人だな」


 鳥居をくぐった先には、見渡す限りの人、人、人。

 所々に俺と同年代と思われる少年少女もいる。

 夏休みが明けたら学校も変わるので、できれば今の内にコミュニケーションを取っておきたいところだが……。


「いた? 親戚の人」

「んー……」


 俺はポケットから親戚のお姉さんの写真を取り出した。

 会ったこともない人なのでどういう親戚なのかは知らない。

 当然、顔も写真頼りというわけだ。

 写真の裏には住所が明記されているが、生憎番地だけでは辿り着けそうもない。

 軽く境内を見渡してみるが、こうも人だかりがあると見つけようがない。

 仮にここにいるのだとしても、移動しているとなると探しだすのは非常に困難だ。


「写真見せて。探すの手伝ったげる」

「いや、それはちょっと」

「何でよ!?」

「そこまでしてもらいたくないっていうか……あんまり関わらない方が良いというか。お互いのためにもさ」

「……ねぇ。さっきから、何処見て喋ってんの?」

「!?」


 な、なんてことだ。

 セクハラと因縁を付けられないために、わざわざ額に視線を合わせて会話をしていたのに。

 これでもまだ気にくわないのかよ。

 この小学生、何処まで気を遣わせれば気が済むんだ。


「お、おでこ」

「へ?」

「おでこが……か、可愛いくて」

「……、」


 ツインテールの女の子は顔を引きつらせて、おでこを両手で押さえながら後ずさった。

 そんなに引かなくてもよくない?

 誤魔化しのチョイスを間違えたか。


「小学生のおでこを可愛いとか……おにーさんってそういう性癖の人?」

「ちげーよ! 断じて!!」


 くそが……!

 子供の方がすぐこういう勘違いするから大人が生きづらいんじゃないか。

 まあその原因を作ったのは大人なんだけどさ。


「そっか……可愛いんだ……」


 おでこを隠していた女の子は、何故か突然前髪をかき分けて、ちょっとしか見えなかったおでこを剥き出しにした。


「?」

「――あ! ごめん、ちょっと私、行ってくる!」


 ツインテールの女の子はとんでもないスピードで神社の奥にある屋台の方に走っていってしまった。

 向かった先には、アイドルのような顔立ちの男の子がいる。

 ははーん……そういうことか。


「気になりますか?」

「え? いや」


 ひたすら携帯ゲーム機を弄っていたおかっぱ頭の女の子が、急に俺に向かって口を開いた。

 液晶画面から全く目を逸らさずに発せられた声は、気になりますか? という言葉に反してとても無機質だ。


「気になるっていうか、見れば分かるしな。惚れてるんだろ」

「お察しの通りです。……気になりませんか?」

「全く」


 相手が年上で、犯罪の匂いがするような恋愛だったら、流石に赤の他人の俺でも気にはなる。

 けど小学生同士の恋愛なら珍しくもなんともない。

 俺の小学生時代でさえバレンタインのチョコの受け渡しくらい普通にあったし、付き合っている同級生もいた。

 俺が視線を移そうとすると、おかっぱ頭の女の子は携帯ゲーム機をパタンとたたんで、


「あの子、前髪で強引に隠していたでしょう。おでこを」

「そうなのか? 言われてみれば……違和感あった、かも?」

 といっても、言われないと気付かない程度の違和感だ。


「ん。強引に隠してるってことは?」

「はい。おでこがコンプレックスなんです。おにいさんに褒められたのが余程嬉しかったみたいですね。わざわざおでこをさらけ出して会いに行きましたし」


 もう一度ツインテールの女の子に視線を移す。

 彼女は特におでこを隠す様子も無く、堂々と想い人と向かい合っていた。

 成る程……あんな苦し紛れに絞り出したお世辞でも、それなりに嬉しかったのか。

 名前も知らない少女の恋などどうでも良かったが、俺は心の中で一言だけ呟いた。

 頑張れ、と。

 するとそれに反応したかのように、ツインテールの女の子はこちらを振り向いた。

 なんだなんだ? まさかテレパシーって奴か? 双子にはそんな力があるって聞いたことがあるけど、あったばかりの赤の他人と? 有り得ないだろ。

 その証拠に、見ろよあの顔を。

 心の中で頑張れと言った俺とは対照的に、親の敵を見るような目付きで睨んでるじゃないか……って、何でこっちに歩いてくるんだ?


「雲行きが怪しくなりましたね」


 いそいそと携帯ゲーム機をランドセルの中にしまったおかっぱ頭の女の子が、徐々に俺と距離を取り始める。

 終いには人混みに紛れて見えなくなってしまった。

 一人になった俺の下に、ツインテールの女の子が近付いてくる。


 目尻に、涙を浮かべて。


 え? まさかふられたのか?

 というか、この短時間で告白したのか!?


「ど、どうしたんだ?」

「――っ」


 俺の目の前で足を止めた彼女は、胸を張って大きく息を吸い込んだ。

 大声で八つ当たりでもする気か――。

 そう思った俺の視界に、彼女の手が映った。

 手に何かを握っている。


 それは丸い形をしていて。

 中央に大きなスイッチがついていて。



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――!!!!!!!!!!」



 けたたましい警戒音と、少女の悲鳴。

 それらは境内にいる大人ほぼ全てを呼ぶに足る騒がしさで、俺はあっという間に取り囲まれてしまった。

 一人が俺に飛びかかって、地面に抑え付けた。

 それが合図とばかりに数人の大人がよってたかって俺の手足を拘束する。

 結局俺は為す術無く近くの交番に連れて行かれたのだった。


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