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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第四話 転校するから夏休みの宿題がなかったなんて言えない
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「あ……」

「――ってあぁ!?」


 突然の再開に驚いた俺は、抱えていた木材を足に落としてしまった。

 おおおおおお……右足の小指にジャストミート……!! スニーカーサンダルなんて履いてくるんじゃなかった!

 抑えていた手を離すと、出血までしていた。

 直撃した木材の切り口が所々尖っていたため、見事に刺さってしまったらしい。

 これは繭に見せられない!

 すぐさま傷口を隠す。


「……大丈夫?」

「大丈夫! 平気!」

「本当に?」


 繭はジッと俺の足を凝視している。

 まるで傷口を見せるのを待っているかのようだ。


「そ、それより! 久し振りだね。元気してた?」

「……」


 って何普通に挨拶してんだよ俺!!

 普通に話しかけられる状態じゃなかったから今の今まで音信不通だったんじゃないか!

 咄嗟に右足の上に左足を乗せ、頭を下げた。


「その! こ、この前のこと、ごめん! もう一度直接会って謝りたかったんだけど、結局あれ以来会う機会もなくて……。何度も謝るのは逆効果とも思って、連絡もし辛くて!」

「ううん。あれは汀子が悪いから」

「いや、それはそうなんだけど……って、え? 知ってたの?」

「後になって汀子が白状した」

「……後になって?」


 ちょっと待てよ。

 なんかおかしくないか?

 あのとき、汀子達は水音まで演技して風呂に入ってると見せかけて、脱衣所に隠れていた。

 で、その脱衣所から大声で俺に助けを求める演技をし続けた。

 その間、繭はずっとシャワーを浴びていたんだよな。

 ……なんで汀子達の悪戯に気付かなかったんだ?



「私、生まれつき耳が遠いの」



「――っ」

「これ……補聴器」


 眉は髪に隠れていた左耳を晒すと、大きめのイヤホンのような機械を見せてくれた。


「お風呂入るときは外してるから、気付けなかった。ごめんなさい」

「ち、違う!! 悪いのは俺だ! 繭は何も悪くない! 頼むから、そんな申し訳なさそうな顔しないでくれ……」

「……ありがとう」


 繭は苦しそうに笑顔を見せてくれた。

 くそ……罪悪感で心臓が張り裂けそうだ。

 繭と初めて会った時の耳鳴りのような音……あれは補聴器の音だったんだ。

 シャンプーハットだって、耳に水が入らないようにするために着けているのかもしれない。

 それを俺は面白おかしく……!!

 知ってたのに。

 こういう事情を抱えている人を、俺は誰よりも知っていたのに……!!


「ごめん、本当に……」

「え? ど、どうして虎間さんが泣くの」


 傷付いているのは繭なのに、俺の涙は止まらなかった。

 もう絶対に迷惑を掛けない。

 もう絶対に悲しませない。

 あのときそう誓ったのに、相手を変えてまた同じような思いをさせてしまうなんて。

 自分が不甲斐なさ過ぎて、悔しかった。


「母さんも同じなんだ。繭と」


「!」

「小さい頃……俺が本当に子供の頃。俺は補聴器の音が嫌いでさ。母さんもそれを知ってて、傍に居るときは極力着けないようにしてくれてたんだ。それなのに俺は、いくら声を掛けても気付いてもらえないことに苛立って……最低なことを言った。子供だったって理由だけじゃ許されないくらいに、酷いことを」

「……」

 似たような経験があるのか、繭は少しだけ悲しそうな顔をした。


「そのときの母さんの顔が忘れられなくて……罪滅ぼしじゃないけど、気兼ねなく補聴器を付けられるように、できるだけ音を抑えられる補聴器を買ったんだ。中学生でもできるバイトを続けて。凄く喜んでくれて、その笑顔を見て……誓った。母さんに限らず、二度とあんな風に誰かを傷付けたりしないって」

「立派、だと思う」

「でも……俺はまた、繭に」

「大丈夫。私は虎間さんのお母さんほど傷付いてないから。それよりも」

「……?」

「今はこっちの手当が先」

 繭が指さしたのは、左足を乗せて傷口を隠している、右足の小指。


「テントの中に救急箱あるから、入って」

「わ、分かった」


 急に夢から覚めたような感覚と共に、俺は急激に気恥ずかしくなった。

 慌てて二の腕で涙を拭き取り、テントに入る。


「いやぁ、青春だねぇ」

「……、」


 そうだこの人が居たんだった……!!

 テントの目の前で過去話なんてするもんじゃないな。全部聞かれてたのか。

 折り畳まれていたパイプ椅子に座り、繭のされるがまま傷の手当てをしてもらう。

 場所が場所だけに、臭くないかな? などと心配してしまったが、セーフだったようだ。

 朝お風呂に入ってきて良かった。


「傷、深かった。力仕事はしない方が良いかも」

「力仕事はしません」

「ちょ、君!?」


 ごめんねモジャモジャおじさん。

 繭にこんな顔されて言われたら、力仕事なんてできませんよ。


「おじさん。虎間さんには私の手伝いをしてもらうのはどうですか」

「あんなことがあったばかりでそっちに協力してもらうのはどうかと思って言わなかったんだが……仕方ないか。すまんね」

「は、はあ」


 なんだ? 何を渋ってるんだ。

 あんなことって……何か曰く付きの?

 まあどんな仕事であれ、繭と一緒にやれるならなんてことはない。


「じゃ、行こう。一人で歩ける?」

「へ、平気」


 一瞬、肩を貸してもらう誘惑に負けそうになったが、流石に大げさだ。

 それに今日のエピソードはその内汀子にも伝わりそうだし、それでセクハラだ何だと騒がれるのは困る。

 二人が姉妹であることを忘れてはならない。

 繭に連れられて向かった先は――拝殿。

 お賽銭箱が置いてある……早い話が外だ。

 そこに、大勢の子供達が集まっていた。赤ちゃんを抱いた女性までいる。


「大人はみんな手伝いに来てるから、一時的にここを託児所にしてるの。本職の保母さんもいるんだけど、手が足りなくて」

「な、ナルホドネー」


 モジャモジャおじさんが気を遣っていたのはこういうことね。

 確かに子供と接しなければならないこの仕事は、気が滅入って立ちくらみを引き起こしそうな程辛い。

 ところがどっこい。

 俺が特別苦手なのは小学校高学年くらいの子供であって、それ以下であればそこまでの拒絶反応は起きない。

 おまけに本職の保母さんもいて、繭だっている。

 まだ若干の後ろめたさはあるものの、好きな人と親交を深められるのであれば子供の世話くらいなんてことはない。


「虎間さんには、子供達が勝手に何処かに行ってしまわないよう、見張ってもらいたいの」

「見張り? 繭は?」

「私は遊び相手と、これから昼食の準備」


 繭はそう言うとすぐに居なくなってしまった。

 残ったのは子供をあやしている妙齢の保母さん達と――俺一人。


「やってやるよこんちくしょう!」

「静かにして下さい! 今せっかく寝付いたところなのに!」

「……ごめんなさい」


 大人しく見張り番に徹するとしよう。

 それにしても。

 汀子の悪戯と、一年前のトラウマ。

 繭の病と、母さんの病。

 ここまでリンクしてるのって、何か運命的なものを感じるよな。

 運命なんて曖昧なものに頼るつもりはないけど、何となくこの姉妹とはこれからも色々あるような気がしてならなかった。


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