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そんなわけで翌日。
当たり前のように訪ねてきた三人に留守番を頼んだ俺は、お祭りの準備の手伝いをするために神社へとやって来ていた。
汀子も遊音もミラクルも相当ごねたよ。
まあ、知り合ったばかりの小学生三人に留守を任せる俺も俺だよな。
少し後悔してる。
汀子と遊音に至ってはまたしてもスマホ片手に迫られたが、三人だけで練習することの重要性を力説してどうにか納得してもらった。
昨日の午後の練習を聴いた限りでは本当に後少しだったし、上手くいくことを祈ろう。
遊音個人の実力についても、二人に聴かせて恥ずかしくないくらいには上達したから安心だ。
正直、あんな単純なアドバイスで良くなるとは思わなかった。
俺って最初のアドバイスとお手本以外、ほとんど何もしてないのに。
多分、遊音の練習を阻害していたのはプレッシャーだったんだろうな。それを俺に話したことで、少しだけ心に余裕ができた。
そう信じよう。
でないと……昨日一日がまるで無駄になってしまう!
でもって、現在に戻る。
「モジャモジャのおじさん、ね」
まずは汀子達の御輿作りを取り仕切っている人物に話を通さないといけない。
その特徴としてあげられたのがモジャモジャだったのだが、果たしてこれだけで見つけられるのだろうか。
汀子曰く気の良いおっさんらしいが、俺は内心ピクピクだった。
町の住人とは未だにわだかまりがある。
最近こそ外出するようになったものの、周りからの視線は確かに感じるんだ。
本当に誤解は解けているのかと不安になる。
上手いこと逃げおおせたと考えている人だっているかもしれない。
そんなネガティブ思考を巡らせていると、どこからともなく線香の香りが漂ってきた。
香りの元を辿って屋台が出そろい始めた神社を歩くと、いくつかのテントが張られた広場に出た。
「この匂いは虫除けか」
一番近くにあったテントに人影が見えたのでこっそり覗いてみる。
目に入ったのは、豪華な装飾が施された御輿――ではなく、それを守るようにして立っているクマのような人間。
「む? 誰かね君は」
「あ、えっと……汀子――転寝さんの代わりに手伝いに来たんですが、モジャモジャのおじさんというのはもしかして?」
「はっはっは! 如何にも、私のことだ」
「は、ははは」
カウボーイハットに葉巻、汀子の言っていた通りのモジャモジャ髭。
首から上は西部劇に出て来そうな装いだが、着ている服は何故か可愛らしい動物のキャラクターがプリントされたTシャツだった。
「しかし、君の顔は初めて見るな。御輿作りが強制参加でないのは確かだが、今までに一度も参加していないというのは流石にどうかと思うぞ……?」
うおぅ……急に威圧感が……。
「あの、噂とかで聞いてませんかね。俺、この町に来たばかりで、お祭りの準備とかそういうの全然知らなくて」
「ああ! あの大捕物の!」
「そ、それは! 大捕物は大捕物でも、完全に誤解というか子供に嵌められたというか!」
「安心したまえ。その辺は繭ちゃんから聞いているよ」
「え? そ、それっていつの話ですか」
「んー……確か、二週間……いや、もう少し前だったか」
俺がこの町に来たばかりってことは言わずに、誤解だけ解いてくれたのかな。
繭と音信不通になる前みたいだし、妹の悪戯を噂で聞いてすぐ、迷惑を掛けた人に謝って回ったのかもしれない。
だとしたら納得だ。
俺が腰を据えて繭と話したのはその後だったから。
「一応、礼を言っておくといい」
「それは勿論です。けど、自分はまだ『疑ってごめん』の一言すら誰からも貰っていないのですが?」
「む……そうなのか」
ちょっと意地悪な言い方だったかな。
この人は多分、取り押さえられたときにいなかったはずだ。
こんな風貌の人がいたのなら印象に残っているだろうし。
「皆話しかけづらいのかもしれないな。ほら、君はただでさえこの町の住人に顔が知られていないからね」
「そんなの俺だって同じですよ。普通、そこは大人が折れるものでは?」
「返す言葉もない……」
シュンとされてしまった。
見た目と違って打たれ弱い人だ。
「で、できればその、君の方から声を掛けてあげてくれないか。今日は一緒に作業するんだし、良い機会だろう?」
だから、なんで俺の方から折れないといけないんだよ。
子供相手ならまだしも、大人相手に俺が折れるのは納得がいかない。
溜息を吐きつつ振りかえると、外からテントの中を覗いていた何人かの大人が、揃って顔を引っ込めた。
……俺は絶対にこんな大人にはならん!
確かめもせずに俺を犯罪者扱いしたのにもかかわらず、謝罪の一言すら寄こさない。
そんな奴らは大人じゃない。子供だ。
相手が子供なら、『大人の対応』の出番じゃないか。
よし。
「あの、隠れてないで出て来てもらえませんか?」
俺の声を聞いた男性一人が、重い足取りでテントの中に入ってくる。
するとまるで蟻の行列のようにゾロゾロと他の大人が集まってきた。
大体、二十数人くらいだ。
ってかこんなに隠れてたのかよ!! 「お前、先に行けよ」「いや、お前行けよ」みたいな会話を繰り広げてたんじゃあるまいな……それって完全に、怒って教室を出て行った先生に謝りに行くシチュエーションと同レベルじゃん。
これだけ大人が集まって誰一人口を開こうとしない。
チラリとモジャモジャのおじさんに視線を送ると素早く目を逸らされた。
あんた、最初の威勢は何処に行ったんだ。
「俺、もう気にしてないんで。そんな風によそよそしくするの止めてもらえませんか」
「あ、ああ、分かった! 済まなかった!」
「本当にごめんなさいね!」
「疑って悪かったよ」
きっかけを与えてやると、我先にと謝罪の言葉が飛んできた。
結局、この人達は謝罪よりも罪悪感を払拭する方が大事なんだ。
その証拠に、全員が全員清々しい顔をして去って行く。
この町でやっていけるのかな俺……。
「よし! これでわだかまりはなくなったな!!」
「……そういうことにしておくしかありませんね」
「では早速手伝って貰うとしようか。君、手先は器用かね?」
「作業内容によります。何でもかんでも器用にこなせるとは思えないので」
「ふむ……もっともだな。なら力仕事はどうだ?」
「小学生三人よりは力になれるかと」
「良い返事だ。君には、余った木材を鳥居の外に停めてあるトラックに運んでもらおうか」
「ここに置いてあるやつですか?」
両脇には中途半端に切り分けられた木材が乱雑に積み重ねられている。
が、見た感じでは、俺一人で運んだとしてもそれほど時間は掛からなそうだ。
「他のテントに置いてある物もだよ。去年までは祭りが終わった後に総出で片付けていたんだが、今年からは御輿を作る過程で片付けることになってね」
「何でまた急に」
「昔から言われていたんだが……ここの宮司さんが五月蠅くてな。後片付けが遅いと」
確かに、祭りの後の片付けってのは総じてやる気が起きないものだ。
俺も中学の文化祭で同じような経験がある。
準備なら泊まり込んででもやるのに、いざ終わってしまうとどうでもよくなっちゃうんだよな。
お化け屋敷のセットの名残が一週間くらい残っていたこともあったっけ。
「準備段階では特に何も言ってこないんだがなぁ」
「ウキウキしてるからじゃないですか? 祭りが終わると、寂しさと同時に冷静さも取り戻す。冷静になって辺りを見渡せば、余った木材が散乱している光景が目に入る」
「成る程」
「じゃあ、俺は木材を運んできます」
「ああ。よろしく頼むよ」
とりあえず持てるだけの木材を抱え、名も知らぬモジャモジャおじさんに別れを告げた俺は、軽く周囲を見渡して鳥居の方に向かおうとした。
そこで――繭とバッタリ出くわした。