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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第四話 転校するから夏休みの宿題がなかったなんて言えない
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 三人の小学生が俺の家(仮)にズカズカと上がり込む。

 真面目に勉強してくるというアピールなのか、全員が比較的大人しい服装だった。

 色合い的に見ても、汗で透けてしまう云々はブラフだったことが分かる。

 つくづく振り回されてるな俺……。


「何このダンボールの山! 少しは片付けなさいよね」

「ああ……分かってるんだけどな。やむにやまれぬ事情があって絶賛放置中」


 汀子が言っているダンボール箱の山というのは、順次送ってもらう予定だった俺の荷物だ。

 何の手違いか、一斉に一昨日届いてしまった。

 中身は新しい学校の制服や教材、普段着、後はゲームや本といった嗜好品の類いで、携帯電話と違って見られたら困る物もそれなりに入っている。

 だからこそ放置したくないんだけど、この家の家具は全て使われていて俺の私物をしまうスペースがない。

 タンスも女性ものの衣類で埋まってしまっている。

 家を自由に使うとは言っても、家主の衣服を漁ってまで整理整頓したいとは思わない。


「ふーん……開けて見ても良い?」

「良い訳ねぇだろ!! ここに来た目的、もう忘れたのかよ……」

「それならそうと、もてなしの準備をしなさいよ。クーラーも効いてないし~」

「ごめん、ぶっ飛ばして良い?」

「ぼ、暴力反対!」


 俺がちょっと――いやかなり本気で脅すと、汀子はすごすごとリビングに退散した。

 えーっと?

 クーラー入れて、お茶とお菓子を用意して。

 ……おつまみ系しかないな。

 他には、何人かで勉強できる机がいるか。


「……、だぁー!!」


台所に行って色々漁っている内に、段々と今の状況に疑問を持ち始めた俺は、自分の顔を両手で思い切りはたいた。

 なんで押しかけられた側の俺が色々としてやらないといかんのだ! 


「おい、良い机ないからこっちのテーブルを使え!」

「へ? わ、分かった」

「それと、これお菓子! 飲み物は冷蔵庫に入ってるから好きなものを飲め。後、クーラーは設定温度二十六度で入れといたから! これで文句無いだろ!?」

「おお~。これって、至れり尽くせりっていうんだよね?」

「ツンデレの鑑ですね」

「さっさと机に向かえ! 宿題をやれ!」


 やけくそである。

 三人はいそいそと座って大量のプリント類を開き始めた。

 算数の問題集みたいだが、一向にペンが進む気配はない。

 こういうときは分かる問題だけ先に終わらせてしまうのが定石だけど、あろうことか汀子とミラクルは何も書かないまま二枚目のプリントにシフトした。

 この間、十分も経っていない。


「いや、やれよ! 算数の問題を黙読だけで終わらせるな!!」

「アタシ達だけでやれるなら、わざわざおにーさんの所なんて来てないって」

「全部分からないから、全部飛ばすしかない! そして、全部やってもらうしかない! 名付けて、他人任せ宿題丸写し作戦!!」

「それはもういい!」


 この子達、本当に分からないから宿題も後手後手に回ってしまったのか。

 参ったな……分からないところを逐一教えていたら日が暮れてしまうぞ。


「……遊音?」

「何か?」


 ふと遊音に目を向けてみると、一切プリントを開かずに二人の手こずりっぷりを傍観していた。

 やっぱり遊音は終わっているみたいだ。


「遊音は何しに来たんだ?」

「もう少し本人達に頑張ってもらう予定だったんですが……この様子だと時間の無駄になりそうですし、仕方ありませんね」


 遊音はランドセルから、汀子達が悪戦苦闘しているプリントを取り出して二人に広げて見せた。

 汀子がペラペラとプリントを捲ると、全ての欄が埋まっていて思わず感嘆の声が漏れる。


「え? もしかして、ゆーねが見せてくれるってこと?」

「ほえ? 良いの?」

「うん。丸写ししても絶対に見つかるから、一ページに付き半分くらいは空欄のままにしておいてね」

「わ、分かった!」

「了解だよ!」


 活き活きしてるなぁ。

 夏休みの貴重な時間を潰して、真面目に宿題をこなしている生徒も居るだろうに。

 でもこれなら先生に見つかるどころか怪しまれることもなさそうだ。

 二人が一問も分からないのなら、何処をどう間違ったところで関係ない。

 空欄が多いというのも、この子達なりの努力と見られる。

 ……担任の先生ごめんなさい。


「これでおにいさんの手を煩わせることはありません」

「それは分かったよ。で、もう一度聞くけど遊音は何しに来たんだ。お前が宿題を見せてやるなら、この家に来る必要は無い。百歩譲って丸写しさせる現場を見られたくないって理由なら分からんでもないけどさ」

「私は私で、宿題が残っているのです」

「こっちの二人は終わってるのに、遊音だけ終わってないってことか?」

「はい」

「ははは。そんなこと、地球が真っ二つに割れるよりも有り得ないって」

 俺は肩をすくませておどけて見せた。


「ちょっとそれどういう意味!?」

「――ぬあ!? シャーペンを振り回すな! わ、分かったって。それで、その宿題ってのは何なんだ? 自由研究か?」

「なんで自由研究なのよ!」


 遊音が手こずりそうな夏休みの宿題なんて、それくらいしか思いつかない。

 俺は読書感想文とかに悪戦苦闘した経験があるけど、遊音のそんな姿は想像できないんだよな。

 何でもそつなくこなしそうだ。


「正解は、音楽です」

「……音楽に宿題なんてあんの?」

「あるのよ。リコーダーの課題がね」

「私達三人は、一人一人が別々のパートを担当してるんだよ!」

「へぇ」


 俺は学校があまり好きではないが、唯一楽しみな授業がある。

 それが音楽の授業だ。

 担当の先生が美人だったのと、ピアノを習っていたこともあって成績が良かったのだ。

 そんな音楽の宿題なら、むしろ率先してやりたい。


「遊音はリコーダー、苦手なのか?」

「……はい。音楽自体、あまり」

「遊音は音痴だからね」

「そんなことないよ! 先生も、『丘葉さんの歌は前衛的ね』って褒めてたんだよ?」

「ひ、筆記テストの方は常に満点です」

「先生の気持ちが凄い分かる」


 音痴が直らないから、せめて筆記テストでは完璧な成績を修める。

 努力でどうにもならない分も真っ当な成績を付けなければならない立場としては、是が非でも遊音を認めてあげたいのだろう。

 

「リコーダーが苦手ってのは、音感とかリズム感の問題? 楽譜は読めるのか?」

「読めます。記号は全て暗記してます」

「そ、それは凄いな」


 ピアノ習ってた俺でも、楽譜の細部に記載されている用語全ては理解してなかったぞ。


「遊音のパートだけ滅茶苦茶難しいとか、そんなんじゃないんだな?」

「なんでアタシ達の方を見て言うのよ!! 押しつけたとでも思ってるの!?」

「お前の俺に対する行動を考えると、なくはないかなと」

「おにーさんは敵だけど遊音は友達なんだから、扱いに差があるのは当たり前でしょ。遊音が音楽苦手なの知ってて、一番難しいパートを任せる訳ないじゃない。遊音のパートは一番簡単よ。伸ばしばっかりだし」

「……伸ばしばっかりか」

「何度か合わせて吹いたけど、綺麗に揃うのは出だしだけ」

「吹いてる内にずれてしまうと。うーん……」


 人数が多いと多少ずれても自然に合うものだけど、たった三人、しかもパートが単純とくれば、一人がずれると全体が乱れかねない。

 間違った本人は『自分のせい』であることがハッキリ分かるため、余計にプレッシャーが掛かり、また失敗する負の連鎖だ。


「問題はそれだけか?」

「どういう意味、ですか?」

「合う合わないの問題は、何度も何度も合わせて練習するしかないと思う。宿題ってからには発表するんだろ? 先生の前で」

「はい」

「ならやっぱり、発表するときと同じ感覚で練習するのが一番良いよ」


 一応、リズム感を鍛えるのに効果的なメトロノームがダンボール箱に入ってたりするのだが、メトロノームのリズムにだけ乗れるようになっても意味が無い。

 それに、合わないってだけなら一番重要なのはチームワークだ。


「でも遊音ちゃん、リコーダー自体も全然吹けてないんだよ?」

「そうね。ピューピュー鳴るもんね」

「それは個人練習が必要です」


 俺の宣告とも言うべき呟きに、遊音は肩を落として落ち込んでしまった。

 普段あまり感情を見せない遊音がこの体たらく。

 相当参ってるようだ。

 ……やれやれ。

 自力で他の宿題を終わらせて、それを丸写しさせてまで俺に教えを請いに来たんだ。

 友達の中で自分だけが足を引っ張るのは……辛いもんな。


「分かった。それじゃ、練習してみるか。リコーダーは持ってきてるんだよな?」

「は、はい」

「ここじゃ気が散るだろうし、二階に行こう」

「ちょっと! 何小学生と二人きりになろうとしてるのよ!?」

「……さっきから思ってたんだけどさ。お前等、丸写しするだけなのに全くペンが進んでないよな。気が散るって言ったのは主にお前等のためなんだが」

「だ、だって」


「だっても何もないだろ。試しに一問でも真面目に解こうとしてみろよ。遊音がどれだけ頑張って宿題を終わらせたのか分かるぞ」

「……自分だって扱いの差、ある癖に……」

「なんだよ」

「なんでもない! ミラクル、さっさと終わらせるわよ!!」

「勿論だよ!」


 どうにか二人を真面目に机に向かわせ(丸写しな時点で真面目ではないが)、俺と遊音は一階を後にした。


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