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「い、一体どうやってこの家を調べたんだ……?」
インターホンのカメラに映っている顔ぶれを見て、俺は恐れおののいた。
夏休みも終盤となった八月の二十六日。
ここ数日の俺は、この町の地理を把握するために毎日外出していた。
年季の入った駄菓子屋を見つけたのは昨日のことだ。
今日もまた新たな発見を求めて朝早くから出かける予定だったのだが……俺の家(仮)の門前には、もはやお馴染みとなりつつある仲良し小学生三人組が、ランドセルを背負って訪ねてきていた。
時刻は八時過ぎ。
出かけようとしていたとはいえ、少し前まで堕落した生活を送っていた俺が居留守を使うには無理のある時間帯だ。
それに、遊音は俺の携帯番号を知っている。
わざわざ家まで押しかけたのだから、このまま黙っていても直接呼び出されるだけだろう。
……いや、普通は連絡が先だと思うけども。
「あいつ等を邪険にすると、それだけ繭の心証も悪くなりそうなんだよな……」
既に悪いって? それでも、更に悪くするよりはマシだ。
仕方ない。
俺は嘆息してインターホンから声を掛けた。
「どちら様ですかー」
『あ!! やっぱりおにーさん居るじゃん!』
『冤罪のおにーさーん! 今こそ真の力を見せてあげるよ!』
『おにいさん……居留守を使うつもりでしたね』
「そ、そんなことは、ないぞ」
『まーそのときは勝手に上がらせてもらったけど』
「上がるつもりなのかよ……。大体お前等、何しに来たんだ? というか、どうやってこの家を突き止めた」
『交番のおねーさんに聞いたんだよ~』
気の抜けたミラクルの声を聞いて、俺は壁を殴った。
よりによってなんで警察官が他人のプライベート情報をすんなり教えてんだ。
『それで、実は宿題をやりに来まして』
『お願い手伝って!』
『ふふふ……名付けて、他人任せ宿題丸写し作戦! 私の発案だよっ』
「余計なこと思いついてんじゃねぇ!」
今のミラクルは悪の味方でもなんでもない。
ただ楽をしたいだけのグータラ小学生だ。
夏休みの宿題が終わってないのはまあ、定番だし別に責めるつもりもないけど……全部丸写しは駄目だろ。
それに、この作業はとんでもない重労働でもある。
俺が宿題をやってやるのは簡単だ。
中三の学年ランキングで真ん中くらいの成績だった俺でも、小学五年生の宿題ならどの科目も難なくこなせる。
問題なのは、この子達の成績を知らないこと。
丸写しをする場合、担任教師にバレないように工夫を凝らす必要がある。
どんな問題で間違えるのか、誤字脱字、ケアレスミス……そういった間違いを随所に忍ばせなければならない。
ところが俺はこの子達の成績を全く知らない。
対して、この子達の宿題を見るであろう担任教師の場合。
小学校は全教科を担任教師が一人で担う。
四ヶ月近く経った今なら、生徒一人一人の癖を知りつくしているに違いない。
つまりどうやってもバレてしまうんだ。
夏休みの宿題を終わらせることができなかったのと、赤の他人に宿題をやってもらって提出してバレるのとでは、後者の方がきっと叱られる。
この際、それはそれで良い気もするけどな。
お灸を据える意味も兼ねて。
『駄目ですか? 今日は宿題に集中するために、お祭りの準備を休ませてもらっているのですが』
「外堀だけ先に埋めやがって……」
お祭りは八月の三十日、三十一日に行われる。
ここ数日の外出で神社にも何度か顔を出したけど、どうも準備というのは御輿の作成のことを言うらしい。
いくつかのチームに分かれて、それぞれが毎年手作りの御輿を作って町を闊歩するんだとか。
屋台の準備は二の次というのだから、俺としては正直ガッカリだ。
実際に担ぐのは大人の役目で、子供は作る工程に協力すれば後は普通にお祭りを楽しめるので、あまり気にする必要はないのかもしれないが。
その一方で準備に人手がいるのも事実らしく、子供三人がいなくなるのは結構なマイナスだ。
真面目に宿題をやるという名目で休んだのなら、やらない訳にはいかない。
にしたってなぁ……。
「頭の良い遊音なら分かるだろ? 俺が全部やっても意味が無いってこと。説教とかじゃなくて、結果どうなるかって意味でさ」
『はい。なにも、全ておにいさんにやらせるつもりはありません』
『『えぇ!?』』
汀子とミラクルのこの驚き様。
もしかして、宿題終わってないのは二人だけ?
考えてみれば、遊音が今の今まで夏休みの宿題に手を付けていなかったというのはおかしな話だ。初日に全部終わらせてしまうようなタイプだろうし。
「そうなると遊音には別の……?」
『その辺については、できればクーラーの効いた部屋で話したいのですが。それとも、汗で服が透けてしまった小学生をお望みですか?』
『そ、そういう目的で時間稼ぎを……!?』
『冤罪のおにーさんが、犯罪のおにーさんになっちゃうよ!』
「頼むからそういう発言は控えてくれ!! 今のご時世はお前等が思っている以上に腐ってるんだ! 鍵開けるからさっさと上がって下さいお願いします!」
そこから三人を招き入れるのに十秒と掛からなかったのは言うまでもない。