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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第三話 子供の遊び
14/33

 ミラクルが飛び降りた瞬間、情けなくも俺は目を瞑った。

 手を伸ばせば届きそうな距離まで近付いていたが、下手に掴んで体勢を崩されては元も子もない。

 手の出しようがなかった。

 薄目を開けて地面を見ると、そこにはぐったりと倒れ込んでいるミラクルの姿が。

 汀子と遊音もこちらに向かって走ってきている。


「ミラクル! しっかりしろ!」

「何やってるのよ!」

「……平気? 怪我は?」

「あーもう! 普段ならこんな無茶絶対しないのに。おにーさんのせいだからね!!」

「分かってるよ! ちょっと黙っててくれ!!」


 ミラクルはピクリとも動かないが、目立った外傷は特に見当たらない。

 勿論服の中までは確かめていないので何とも言えないが……。


「おかしいですね。上手く着地したように見えたんですが」

「え、そうなのか?」

「でも急に倒れたのも見たもん!」


 一度上手く着地したのに、倒れた?

 いや……着地して『から』、倒れた?

 まさか……確実に俺を出し抜くために、怪我を負った振りをした?

 ところが汀子と遊音がルールを破ってブランコから出てしまったため、起きるに起きられなくなって――


「……汀子、遊音。二人でミラクルをくすぐってやれ」

「へ? な、なんで」

「分かりました」


 俺の言う通りにミラクルの体をくすぐり始めた遊音を見て、汀子も渋々といった様子で続く。

 脇の下、お腹、太もも辺りを入念にくすぐられ、ミラクルはピクピクと震えだした。


「ミラクル、あんた……」

「やっぱりですか」


 くすぐりに参加するわけにもいかない俺は、ミラクルの手を掴んで起き上がらせようとした。

 最初こそ抵抗していたミラクルも(抵抗している時点でバレバレなのだが)、ようやく観念して起き上がる。


「うぅ。どうして来ちゃうのさぁ……」

「どうしてもこうしても、心配だったからに決まってるでしょ!?」

「友人として当たり前の行動です」

「ミラクル。ここは謝るべきところだぞ」

「……ごめんなさい」


 ミラクルは口を尖らせながらも素直に謝った。

 友達を心配させてしまったことに責任は感じているらしい。

 こうやって素直になれるのは、子供にしては珍しいと思う。


「で、どうする? 今タッチしちゃったけど」

「――あ! だ、駄目駄目! こんな終わり方認めないよ!!」

「後味悪いし、俺も仕切り直したいけど……」

「もうすぐ、五時半」

「今の時点でお姉ちゃん達が来てないの、ラッキーだよ」

「いつ来てもおかしくない、か」

「冤罪のおにーさん、お願い!」


 ……ずっとスルーしてたけど、この呼び方はどうなんだ? 放置して良いのだろうか。

 まあ、冤罪という言葉を連呼してくれるのは有り難かったりする。


「じゃあ短期決戦で決着を付けるのはどうだ?」

「どんな!?」

「そうだな……ルールはそのままで、俺とミラクルがブランコから同じだけ距離を取って、同時に走る。汀子と遊音にタッチできたらミラクルの勝ち。俺がミラクルにタッチできたら俺の勝ち。時間は切迫してるし、ミラクルが逃げるのは無しな」

「それじゃすぐにおにーさんがタッチできるじゃん!」

「だから、ブランコを中心としてお互いが反対方向に距離を取るのでは?」

「ああ。それなりの距離を取ると片方は公園から出ちゃうけど、今回は特別ってことで」

「よーし、それでいこう! ほら、二人共ブランコに戻って」


 ミラクルに背中をグイグイ押され、汀子と遊音はブランコに押し込まれる形で再び囚われの身となった。

 ミラクルが足を引きずって歩いていることに俺が気付いたのは、その少し前だった。

 ブランコに居る二人に聞こえないよう、小声でミラクルに話しかける。


「お前、その足……」

「情けは無用!」

「……敵に情けをかけるのは正義の味方っぽいと思うけど」

「ヒーローものは、情けをかけることなんてないもん!」


 言われてみれば確かに。

 確実に敵を殺して終わるパターンばかりな気がする。

 ヒーローって結構えげつないんだな……。

 俺の抱く正義の味方のイメージって、どちらかというと特撮ものじゃなくてアニメなのかも。

 同じ敵が懲りずに何度も襲ってくるパターンもあれば、新しい敵がどんどん出て来て、その都度殺してしまうパターンもある。

 ミラクルが崇拝しているのは後者の悪役なんだ。


「全力で走れるのか?」

「平気だよ!」

「話変わるけど、ミラクルって陸上部に入ってたりするか? 将来アスリートを目指してるとか、本気で何かスポーツやってたりする?」

「なんにも!」

「そうか」


 なら良いって訳じゃないけど、少なくとも小学生が平静を装える程度の痛みであれば、悪化しても後遺症が残ったりはしないはず。

 何よりも、この子は決着を付けたがっているんだ。

 ミラクルが望む形で、この『たかまさ』を終わらせてやる。

 冤罪を証明してくれたミラクルへの、せめてもの恩返しだ。


「スタートの合図はどうするの?」

「そうだな……」


 何か……双方にとって分かり易いものはないか。

 五時前だったら曲が良い合図になったのに。

 辺りを見回しても、踏み荒らされた地面ばかりが目に入って別段役に立ちそうなものは――あったよ。

 足下に落ちていた、片手で隠せるほどの小石を拾い上げる。


「この石にしよう」

「?」

「汀子!」

 すくい上げるような投げ方で汀子に小石をパスする。


「な、何?」

「空に向かってその石を投げるんだ。で、落ちた瞬間がスタート。フライングしたら一発で反則負け。判定は遊音がしてくれ」

「不公平になっても良いのですか?」

「ならないさ。俺もミラクルも、ズルして勝つ意味が無いからな」

「そうそう、その通り! だからゆーねも私を贔屓とかしちゃ駄目だよ!」

「……ふふ。分かった」


 この勝負は、さっきまで行っていたミラクルを楽しませるための遊びの延長だ。

 遊音だってそれは理解してる。

 無粋な横やりは入れないだろう。

 大切なのは、ミラクルが気持ち良く敗北すること。


「準備ができたら、ミラクルはジャングルジムまで離れてくれ。俺も公園を出て、同じくらい離れるから」

「おっけー! 冤罪のおにーさん、少しくらいならおまけしても良いよ? 距離」

「それはこっちの台詞だ」


 その靴、おまけにその足でまともに勝負ができるのか? と心の中で呟く。

 するとミラクルは口角を釣り上げて、徐に靴を脱ぎだした。

 革靴で走るよりは裸足で走る方が速い、ということなのだろうが……。


「ミラクル、それだと余計に負担が」

「大丈夫なのっ」


 ふんぞり返ってのっしのっしとミラクルは歩いて行く。

 ……本当に大丈夫かな。

 裸足で走るのは怪我した足に負担が掛かるだけでなく、ガラスが刺さったりして危ないのだが……ってそんな心配してどうする。

 今は勝負に集中しないと。


 この勝負、ただでさえ俺が不利だってのに。


 同じ距離を取るとは言ったけど、それはあくまでブランコからの距離。

 ただの徒競走なら平等でも、この勝負はタッチするかしないかだ。

 ミラクルはブランコに乗っている二人に触れれば勝ち。当然二人は助けを求めるべく手を差し伸べることができるが、俺はブランコの向こう側に居るミラクルに触れなければならないのだ。


「これで勝てれば……文句無しだ」


 俺もブランコから離れ、公園の外に出てある程度の距離を取る。

 ジャングルジムとブランコ。

 二つの遊具の間を、俺は散々往復した。大体の距離は把握している。

 歩道に出て、電信柱を越えた辺りがベストだろう。

 両手で大きな輪を作って汀子に合図すると、


「おにーさんの準備は完了っぽいー! ミラクルはー!?」

「いーつーでもー!!」

「じゃあ、投げるわよ!」


 汀子は、ブランコの入り口と屋根の間から身を乗り出して空を見た。

 成る程……屋根の上に落とすつもりなのか。

 普通に地面に向けて投げてもらう予定だったけど、これならスタート音がより分かり易い。遊音の入れ知恵かな。

 身を屈めて汀子の右手を注視する。

 投げるのに失敗しても、石が落ちた時点でスタートになるので、汀子の一挙手一投足が見逃せない。

 ミラクルも考えは同じらしく、遠目からでも分かるくらいに汀子を凝視していた。


「せー……の!!」


 石は投げられた。

 ブランコの屋根の真上に向かってグングン上昇していく小石は、やがて空中でピタリと止まって重力に引き寄せられる。


 そして――カァン!! という金属音と共に勝負は始まった。


 俺のスタートダッシュは完璧。

 しかし、それはミラクルも同じだった。

 先程までの追いかけっことは違って、本気の徒競走ならまだこちらに分があると俺は思っていた。

 ミラクルの怪我で、その思いは更に強くなった。

 ところが、向こうから迫ってくるミラクルのスピードは俺に全く引けを取らない。

 こっちが半分ほど距離を縮めた辺りで、汀子と遊音がミラクルに向かって手を伸ばした。

 すかさずミラクルも手を伸ばす。

 これで両者の距離は一気に縮まった。


「……っ」


 間に合わない。

 俺が手を伸ばしても、ブランコの向こう側にいるミラクルにはどうやっても届かない。

 だが。

 ここに来て俺は、ある秘策を思いついた。

 それは、道を阻んでいるのがブランコであることを最大限利用した、少々強引な手段。

 これを赤の他人に見られたら速攻で現行犯逮捕だ。

 それでも、最善を尽くさずにこの勝負を終わらせることはできない。

 思いついてしまった俺が悪いんだ。

 第一、迷っている時間は無い!!


「うおおおおおおおおりゃあああああああああああああああ!!」


 ミラクルの手が、汀子と遊音の手に触れる直前。

 全速力で近付いていた俺は、渾身の力で『ブランコの側面に回し蹴り』を放った。

 金属でできたゴンドラ型のブランコへの回し蹴りは想像以上に痛かったが、俺の思惑通りにブランコは真横に向かって揺れ動いた。

 その結果、後少しで届いていたミラクルの手は、汀子達の手に触れることなく空を切った。

 ミラクルも全力で走っているので、当然急には止まれない。

 その先に待っているのが、例え俺だとしても。


「お――おのれぇぇぇぇぇぇ!!」


 ブランコは横に逸れ、虚空となった空間に俺とミラクルが交差する。

 俺はミラクルを抱きかかえるような形で、そのまま向こう側の地面にダイブした。

 直後に、俺達のいた空間にブランコが戻ってくる。


「ふぅー……。大丈夫か? ミラクル」

「……」


 ミラクルはピクリとも動かない。

 その代わり、俺の胸の中で息も絶え絶えにこう呟いた。



「む、無念……ガクッ」



「ワンパターンな奴め」


 これだけやって無念なのか、と脱力してしまった俺だが、心は満足していた。

 ミラクルの清々しい顔を見れば、この散り様が上出来だったことが分かるから。


 さて。

 いつまでもミラクルに構ってはいられない。

 俺はミラクルをゆっくりと地面に降ろし、心を落ち着かせるために深呼吸してブランコの方を振り向いた。

 そこには、恨みがましく俺を見つめる、先程まで『ブランコの中にいた』二人の小学生の姿が。


「とりあえず、ごめんなさい」


 虎間勇気、高一。

 俺はこのとき、初めて心の底から小学生に頭を下げたのだった。


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