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子供嫌いの無意識矯正  作者: 襟端俊一
第三話 子供の遊び
13/33

 動悸を落ち着かせるために、俺は膝を押さえてゆっくりと呼吸した。

 膝からは情けなくも血が滲み出ている。

 先程盛大にすっ転んだときに擦り剥いてしまったのが原因だ。

 公園の地面には、至る所に戦いの爪痕が残されていた。

 一日経てば消えてしまう足跡も、何度も公園中を走り回ったお陰で色濃く残っている。

 急な方向転換などで深く掘られたような跡もあった。

 木陰に生えた雑草は、そのほとんどが横倒しになっている。

 ゴンドラ型のブランコには、汀子と遊音の二人。

 残すところ、後一人。

 しかし。


「あ……」


 五時を告げる音楽が聞こえてきたのと同時に、『時間切れ』が俺の脳裏をよぎる。

 延長時間は繭と、遊音、ミラクルの姉がどれだけ心配性かにもよるが、早ければ四、五分で迎えが来る可能性だってある。

 しかも、だ。

 高校生が一人居れば、大人の役回りは当然俺に回ってくるわけで。

 一緒になって遊んでいたと知られれば、子供達の門限破りは全て俺のせいにされる。

 親の監督不行届って奴だ。

 俺は親じゃないけど、最低限の大人の責任がある。

 これ以上繭との関係がこじれるのは勘弁だし、何とかしたい。


「もう少しなのに……!」


 俺の恨みがましい視線の先には、一人の少女が立っている。

 散々俺をかき乱した挙げ句、最終的にはコンクリートマウンテンという名の厄介な砦を拠点として、ずっと俺から逃げおおせている――ミラクルこと、夢路奇跡だ。

 コンクリートマウンテンの周囲を俺の動きに合わせてグルグル回るもんだから、ちっとも距離が縮まらない。

 俺とブランコの距離よりも、ミラクルとブランコの距離が近くなると、一気に走られて二人を解放されてしまう。

 一回、コンクリートマウンテンを真っ直ぐ登って捕まえようとしたんだけど、素早く回り込まれて全ておじゃんになってたりする。一時間前くらいだったかな。


「そろそろおにいさんの体力も限界なのでは?」

「いい加減諦めたら~?」

「うるさいぞ、そこの負け犬共」


 などと虚勢を張ってはみたものの、正直お手上げ状態だ。

 最初こそ、一対一になりさえすれば楽勝と思ってた。

 だってミラクルだもん。

 同級生の友達にいいように踊らされるミラクルだもん。

 ところが、俺がいくら策を練ってもミラクルには通じなかった。

 あいつは一対一になってから、ずっと俺しか見てないんだ。

 他のことには一切惑わされずに俺を見据えている。


 俺が勝つには、もう正面から追いかけっこするくらいしか道が残されていない。

 一か八かになるためできれば避けたかったが、もう五時を回っているんだ。

 正義の味方の戦い方――正々堂々を発動するのは今この時を以て他にない。

 俺は見た目だけでも格好付けようと、クラウチングスタートの構えを取った。

 思い切り踏み込んで、一気にミラクルまでの距離を縮めるために。

 それを見た瞬間、遠くにいるミラクルもまた、いつでも逃げられる体勢を取った。


 間髪入れずに俺はスタートを切る。

 が、ミラクルは俺のスタートよりも早く走り出していた。

 向かう先はジャングルジムだ。

 このまま馬鹿正直に追いかけると、ミラクルはそのまま直角にカーブして、公衆トイレでまた直角にカーブする。

 一周回って辿り着くのは、汀子と遊音がいるブランコだ。

 つーかミラクル、足速ぇよ!! 短距離だと負けるかも……なんて小学生だ。

 これは……すぐには捕まえられない。

 正々堂々とは言っても、やっぱりそれなりの駆け引きが必要だな。

 俺は馬鹿正直に真っ直ぐ追うのを諦めて、公園の中央地下深くにあるメルヘンアジトの上を突っ切る形で回り込んだ。

 それを横目で確認したのか、ミラクルはジャングルジムに入って動きを止める。

 俺が頑なにジャングルジムを避けていたのを学習したようだ。


 このまま籠城を続けられると最悪の形で決着が付く。

 きっとミラクルは俺を誘ってるんだろうけど……誘いに乗っては駄目だ。

 逆にこっちがミラクルを誘い出すしかない。

 よし……一時的にブランコまでの道を空けよう。

 今なら行ける、とミラクルが確信したときが勝負だ。

 ミラクルと視線を合わせつつ横に歩いて、トイレの裏まで移動する。

 これでミラクルの視界からは俺が消えたはず。

 こっちの視界ギリギリまでは忍び足で近付いてくるだろうから、走り出した瞬間を狙えばいい。

 神経を研ぎ澄ませて、ミラクルの気配を察知しようとした――そのとき。



 背後から、強烈に粘っこい視線を感じた。



 例えるならそれは、漫画なんかで見るような『殺気』に近い。

 俺は以前にもこの視線を感じたことがある。

 堪らず振り向くと、見覚えのある少年が公園の外側から俺を睨み付けていた。

 あ……この子、確か汀子をふった男の子じゃないか。

 確か、ケイスケ君だっけ。

 あんなとこに隠れて何やってるんだ?

 こんなとき、一昔前なら「君も一緒に遊ぶ?」なんて言葉が自然と出て来たかもしれない。

 だがあっちは俺を全く知らない。

 迂闊に声を掛けるのは気が引ける。

 でもここまで凝視されると無視もできない。

 俺は恐る恐るケイスケ君に近付いて、無難な一言を口にした。


「俺に何か用かな?」

「……チッ」


 ケイスケ君は豪快に舌打ちして去ってしまった。

 同じ小学生でも、女子よりかは男子の方が可愛げがあると思ってたんだけど。

 全然そんなことなかったわ!

 汀子はあんなのの何処に惚れたんだろう。

 繭に恋心を抱いている俺としては、その妹である汀子の恋愛も応援したいところなのに。

 にしてもあの目……一年前のクソガキ共と同じに見えたのは気のせいだろうか。

 俺を取り囲んだ奴らの、『狩る者の視線』。

 まあ、女の子ならまだしも男の子にあの手の悪戯は難しいし、気にしすぎかな。

 男子と女子の軋轢のせいで汀子をふったんだとしたら、汀子と仲良く遊んでいるように見える俺は、ケイスケ君に怨まれても不思議じゃない。

 自業自得と分かっていても割り切れないのが子供だ。


 ――って、今はケイスケ君に構っている場合じゃなかった。

 気を取り直して俺はミラクルの気配を察知すべく持ち場に着いた。

 どんな小さい音でも逃さない。

 臨戦態勢で待っていると、



「わーっはっはっはっはっは!」



「!?」


 何故か空の方から笑い声が聞こえてきた。

 まさか……ジャングルジムの天辺まで登ったのか!? 何のために――


「!」


 ミラクルの企みに気付いた俺は、すぐにジャングルジムとブランコの直線上に顔を出した。

 この状況でそんな重労働をする理由は一つしかない。

 時間稼ぎだ。


「……やっぱりか」

「わーっはっはっはっはっは! 我にひれ伏せぇ――――!!」


 ミラクルはジャングルジムの天辺で、何の命綱も付けずに仁王立ちしていた。

 いや、命綱なんてあるわけないけど。

 あんな鉄パイプくらいの細い棒の上に立たれると危なっかし過ぎる。

 見てるこっちが怖いぞ。

 アスレチックとかでよく見かける、「危ないから止めなさい」「全然平気だよ!」のような会話を繰り広げる親子の気持ちが痛いほどに分かったよ。


「むぅ……」


 どうしよ、これ。

 登って捕まえるのは現実的じゃない。

 疲れるからって意味じゃなくて、ジャングルジムの上で追いかけっこは危なすぎる。

 特に子供は、そういうとき大抵足を踏み外すしな。

 ジャングルジムってのは、天辺から落ちたらピンポン球みたいに体を打ち付けて大怪我を負いかねない危険な遊具でもあるんだ。

 だから最近の公園には設置してないことも多いし、あったとしても安全のために相当変わった形をしていたりする。

 残念ながら、目の前にあるジャングルジムはもっともポピュラーなものだ。

 下りてもらうしかないが、果たして素直に応じるかどうか。


「ミラクル。そこは危ないから、地上で決着を付けないか?」

「『たかまさ』で高いところに登って何が悪い!」

「ぬぐ! ミラクルに正論を言われるとは」


 そうだよな。

 高所に登ってやり過ごすってのは当たり前の戦法だ。

 十秒制限がある高鬼は、あまり高いところに登れない。

 もしかしてこれって、子供の安全を考えたルールなのかも。


「でもさ、ミラクル。お姉さん達が迎えに来るのをただ待つだけってのは卑怯だと思うんだけど?」

「悪が卑怯で何が悪い!」

「ぐふぅっ……ま、またしても」


 このまま終わるのは駄目だ。

 ミラクルは、こんな状況でも打破してくれると信じてる。

 そして最高の形で遊びを終えることを期待してる。

 俺はその期待に応えてやりたい。


「そっちがその気なら――行ってやるよ!!」

「にゃにぃ!?」

「とっくに十秒経ってるからな。これなら文句無いだろ!?」


 俺は破れかぶれでジャングルジムまで走り、鉄の棒に手を掛けた。

 ジャングルジムの内部を追いかけっこするのは、俺の体格の都合上きついと言わざるを得ないが、外側に立っているのであれば話は別だ。

 こっちはタッチするだけで良いのだから。


「お、おのれぇ~……っ」


 ミラクルは目に見えて慌て始めた。

 それでいて少し嬉しそうだ。


「お、おい。頼むから、動くならスローで!」

「情けは無用!」

「いや情けとかじゃねーから!!」


 ただでさえ不安定な足場なのに、ミラクルは手を離したまま綱渡りのようにジャングルジムを歩き回る。

 俺は付いていくのがやっとだが、そんなことよりもミラクルの足下を見て自分の不甲斐なさにショックを受けていた。

 こいつ――何で革靴なんて履いてんだ!? 今までこれで走ってたのかよ!

 そしてスニーカーの俺は……革靴で走る小学生に負けていたのか……。


「隙を見せたな!」

「!?」


 顔を上げると、ミラクルが今正にジャングルジムの天辺から飛び降りようとしているところだった。

 ミラクルの視線の先には、汀子と遊音の二人を閉じ込めているブランコがある。

 確かに上手いことその位置から着地できれば、俺が飛び降りたとしてもすぐには追いつけない。

 だけど。


「いくらなんでもそこから飛ぶのは無謀だって!」

「……、」


 ヒュー、という効果音が聞こえてきそうな高さに臆したのか、ミラクルはゆっくりと一段下に下りて再び飛び降りる体勢を取った。


「そこでも危ねぇよ!!」

「とぉ――――――――――!!!!!!」

「馬鹿っ――」


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