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八月二十日。
思いがけない形で一人暮らしをする羽目になってから一週間が経過した。
住めば都と言うし、一週間も経てば新たな環境にも慣れるだろうと高を括っていた俺だったけど、残念ながら居心地は悪いままだ。
仕方ないと思うんだよね。
親戚って言っても会ったこともないんじゃ赤の他人の家だもん。
どの部屋をどの程度自由に使って良いのか分からないから、ずっとリビングで寝てるし。
唯一の進歩と言えば、食洗機の使い方を理解したことくらいか。
一週間の間、俺はひたすら食っちゃ寝していた。
外出したのは、夏休み明けに通う学校を確認しに行ったときだけである。
高一の夏休みがそんなんで良いのか? という突っ込みはやめてくれ。
自覚はある。
一応、お祭りの準備を手伝おうともしたんだ。
母親が仕事で忙しい転寝家ですら交代で参加してる行事だしな。
この町の住人として生活する以上は協力するべきだ。
でも……その転寝家の二人と顔を合わせるのが怖くて、結局参加してない。
そもそもどういう風に参加すればいいんだよ。
何度も言うけど、誤解が解けたとは言え未だに話しかけづらいのは変わってないんだ。
町の住人とのコミュニケーションに自信を持っていた俺はもういない。
「今日もまた、食べて寝るだけの一日を過ごしますかね~」
悲しすぎる独り言を呟いた俺は、寝間着のままソファーに腰を下ろした。
二階にあった布団を乗せているので、ここに座ると自然と体が横になってしまう。
続けざまに襲ってくるのは睡魔だ。
既に朝食と昼食を終えているので、この時間に寝るのは正に昼寝と言えよう。
問題なのは、ずぼらな俺の生活を窘める存在がいないってことだな。
こんなとき、繭が一緒に住んでいたらちゃんと叱ってくれそうだ。
ああ……そんな夢を見るのも悪くないな……。
妄想を夢に引き継がせようと、懸命に繭のことを考える。
イメージが固まったところで、俺の携帯が鳴った。
「あーもう! バッドタイミング過ぎる」
携帯電話を開いてディスプレイを確認すると、番号だけが表示されていた。
登録されていれば名前が表示されるので、知らない人からの電話ということになる。
非通知でもないし、単に間違え電話か?
それとも前の学校の友達が番号を変えたとかかね。
とりあえず出てみよう。
「はい」
『あ、良かったです。出てくれましたね』
「えー……と。どちら様ですか?」
『丘葉遊音です』
「………………………………………………何故俺の番号を知っている」
『この前、繭さんの携帯を拝借したときに』
遊音は特に悪びれることなく、サラッと犯罪スレスレの行動を明かした。
この子、将来彼氏の携帯とか普通に見る子になりそうだな。
プライバシーも何もあったもんじゃない。
『ちなみに、覗き魔とかセクハラ男といった名前ではなく、普通にフルネームで登録してあったのでご安心を』
「余計な心配をありがとうよ! で? 何の用だ」
『実は、私達の遊びに付き合って欲しいんです』
「遊びぃ……?」
私達と言っているからには、遊音以外の小学生が何人かいるのは間違いないし、全員が女子なのも想像が付く。
遊びについても、一体どんなことをやらされるのやら。
ただでさえクラスの女子総出でメルヘンアジトを作るような子達だ。
『まだミソペディアは直ってませんか? 繭さんのお陰で、その辺のわだかまりは解消されつつあると思っていたのですが』
「それは……その通りだよ。でもお前達三人に対してだけだぞ。不特定多数の小学生を前にするのはまだまだ抵抗がある」
『人数のことでしたら、いつもの三人ですが』
「……お前等って、本当に他の女子と仲良いの?」
『良いですよ? ただ、その中にもいくつかの仲良しグループがありますから』
「成る程なー」
『あの、参加ということでよろしいですか?』
うーむ。
適当に話を逸らして誤魔化す作戦は通じないか。
「分かったよ。どうせ暇してたところだし。……あ、そうだ。一週間前のことで気になってたことがあるんだけど、聞いて良いか?」
『あのときの礼ならいりませんよ』
「俺が礼言うとこなんてあったか!?」
『繭さんの心には、「あの人には裸を見られた」と確かに刻まれたはずです。これは相手を印象づける上で大きなポイントかと』
「加算されたのはトラウマポイントだろ! はぁ……もういい、疑問は解けたから」
中立の立場を重んじる遊音が、繭にも不快な思いをさせかねない悪戯に協力的だったのが不可解だったんだけど、聞いた限りではあれも恋の応援の一貫なのか。
「それで、俺は何処に行けば? 都会に繰り出すのか?」
『いえ、アジトのある公園に来て下さい』
「……りょーかい」
本当にこの町の小学生達は変わってる。
無駄にけばい化粧をして、ブランド物で身を固めているような子供達とは雲泥の差だ。
俺は持ってきていた服の中から動きやすいものをいくつかチョイスして、眠気を覚ますためにシャワーを浴びることにした。
遊びというからには、きっと体力が必要になるだろうから。