黒い小石と白い小石
私はひとを待っていた。
足元には白い小石と黒い小石が転がっている。
暇だ。まだあいつはこないのか。
私はおもむろにジャケットの内ポケットからライターを取りだしタバコに灯をともす。
有害な煙が綺麗なオレンジ色の空へと昇っていく。
それをみながら私は煙を吹く。
手に持った煙草を足元へと棄て、踏み潰す。
――コロリコロリ――
私の近くにあった黒い小石が南の方へ二回転がった。
それをみて少しの不機嫌と不安感を覚える。いや、気にしてはならない。気にしてはならない。自分にそう言い聞かせ、黒い小石から遠ざかるように歩き始めた。
すると、驚いたことに黒い小石は一定の距離を保ちながら滑るように移動している。気づけば白い小石も先ほどの距離と変わらずついてきていた。
不思議な石だ。走ったら振りきれるのだろうか。だがさすがに私は人が往来する道で走るような愚行は犯さない。
この不思議だが不吉な石が早く自分から遠ざかってくれることを願いながら歩いているとポツン、と一人でたっている男の子がいた。泣きそうな顔をしながら辺りを見渡している。
私は少し早足になって子供の元へ歩き、かがみこんでどうしたの、と聞いた。
「あのね、おじさん。お母さんがいないの」
子供は泣きそうな声でそういった。
大丈夫、大丈夫だからね。
私はそういいながら子供の頭を優しく撫でた。
そうすると子供の涙が少し引っ込んだようにように見えた。
前方から声がし、子供が振り向く。
子供は目を輝かせ、女性がこちらへとお礼を言ってきた。
どうやら母親に出会えたようだ。
母親はこちらに会釈をしながら、子供は手を振りながら家路へと進む。
「おじさん、ありがとう」
見れば白い小石が北へと二回転がっていた。
私は笑顔で手を振り返したあと背を向け、再び歩き始めた。
オレンジの空が黒へと代わり始めたころジャケットのポケットから振動がしたのを感じとる。
携帯を取りだし音の原因であるメールをみる。
思わず舌打ちしたくなる内容だった。
私は乱暴に携帯をポケットに押し込む。
私は気を晴らそうと騒々しい近くの酒場へと入った。
ビールのジョッキを傾け、ぐびり、ぐびりと飲み干す。
一杯、二杯と手が止まらす飲み続ける。
私の顔は赤くなり深酒しすぎたようだと自分でも気づき始めた。
その時何者かの脚が私の座っていた椅子へと当たって椅子が私は思いきりこけてしまった。
私は酔った頭で犯人を見つける。
若い男だった。
その男は謝ろうともせずこちら見てをただへらへらと笑っている。
私は思わずカッとなりつい先ほどまで
酒を飲んでいたジョッキを手に持ち若い男の頭へと殴り付けた。
若い男がパタリと倒れる、ピクリとも動かない。
私は不味いのでは、と慌てて辺りを見渡した。
相変わらず酒場は騒がしく誰も気づいていないようだ。
救急車を呼んだ方がいいのかもしれない。
その考えと同時に悪魔の囁きが聞こえる。
だがそうした場合犯人が私だとばれてしまうこのままそしらぬかおで出ていけば誰にも気づかれやしない。
いまにして思えばなぜそんな行動をしてしまったのだろうか。
私は悪魔の囁きに導かれるままに倒れている若い男を跨ぎ酒場をあとにした。
外は寒く、街灯が道を照らしていた。
ふと黒い小石と白い小石は何処だろう、と探してみると黒い小石が私から大分遠いところにあるのを見つけた。
そしてさらに私は見る。
夜の暗闇とは違う黒い影が黒い小石を呑み込もうとしていた。
それをみた瞬間直感的にあれは不味い、と思いその黒い影から逃げるために私は走り出した。だがそれは黒い小石や白い小石と同じように距離を保ったまま引き離すことができない。
脇目も降らず急ぐ私は虫を踏み潰す。
――コロリ――
母親と手を繋いでいる男の子にぶつかる。
――コロリ――
だめだ、だめだ、だめだ。
黒い影の方へと黒い小石が転がっていく。
走っても走っても逃げ切れない。
私はどうしようもない恐怖から狂気に支配され、人々に害を与えながら走り続ける。
そうして半刻ほど刻がたち黒い影が私の黒い小石を呑み込んだ。
それを最期に私の意識は暗転し、心臓の鼓動が止まった。
――――元が善人であろうが悪人であろうが人は悪へと傾き易く、また善へと傾き難い。たとえ不機嫌であろうが、理不尽であろうが、狂気であろうが。どんな原因、状況であろうと悪行を為せばそれは裁かれる。言い訳など通用しない、それがこの世の中だからだ。こうして我々の黒い小石は転がっていくのだろう。嗚呼、だが願わくば、白い小石が転がり続けた結末を見てみたいものだ――――