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第88首 袖に宿る月
あかつきの なみだばかりを かたみにて わかるるそでに したうつきかげ
夜が明ける。
彼女との別れの時だ。
離れたくなくて、思わず流してしまった涙。
昨夜を思い出すよすがとして、他にあげられる物もない。
思いを振り切るように、彼女の家を出る。
見上げると、有明の月。
ぼくが歩くと、きらりと袖がきらめいた。
月光が、涙を拭ったぼくの袖を慕っているかのようだ。
【ちょこっと古語解説】
○あかつき……夜明け前。
○袖……和歌で「袖」ときたら、涙を連想すること。涙を袖で拭うのである。
○月かげ……月の光のこと。
あかつきの涙ばかりを形見にてわかるる袖にしたう月かげ(続後撰和歌集)




