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S.O.F.  作者: tetsu
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A Critical Phase -Ⅲ-








A Critical Phase -Ⅲ-










ルビアの都市をぐるりと覆う城塞の北門に集まったアヤと“ウィザード”の姿を見たシロは、「……本当にするんですか?」と気乗りしない声を向けた。


「“ヴァンパイア”の決定だ。確かに実力を確かめる必要はある」

「それなら、決闘方式の模擬戦闘でも……」


結局、シロの《ヴァンパイアズ》への加入は、その実力を判断してから、という事になった。

決定そのものには、不服はないが、その方法には異議を差し挟まなくならなかったが、“ウィザード”の抑揚のない反論が返ってくる。


「今いるメンバーでは、君の模擬戦闘に適している人間がいない。俺や“ヴァンパイア”では、余りに君に分が悪すぎるし、“ヴァルキリー”は君を加えたがっている」

「タクミさん!」


少し頬に赤みが挿しているように見えたのは、大分西に傾いた夕日のせいだろうか。


「“バーサーカー”や“ゴーレム”は、決闘方式に向いていないスキル構成だからな。そうなると、外のモンスターで実力を測るのが適当だろう」


決定は覆らない、と言葉の裏に思惟を載せた“ウィザード”の様子にシロは頷くより他になかった。

侵攻戦、防衛戦という超大規模イベントが《SOF》の目玉だが、通常のRPGのようにモンスターが出現する通常のフィールドは存在するし、固有のイベントというのも存在する。

だが、最も大きな理由は、通常フィールドに出るという事は、都市内において絶対であるシステム保護がなくなる。つまり、アヤの命を狙う連中に付け入る隙を与える事になる。

現状、それは断固として避けなければならない事態である事に、「でも……!」と抗弁の口を開くが。


「それとも何か問題でもあるのか?」


妖艶ささえ感じる紫苑の瞳に見竦められ、シロは続きの言葉を吐く事が出来なかった。

もしかしたら、“ウィザード”が“膿”なのかも知れない、とシロは酷くすんなり思う事が出来た。

シロは、《SOF》内の誰が“膿”なのかを知らない。アヤの身柄を拘束し、シロを通じて湯島や柴崎に脅しを掛けるには、またとない機会だ。

そんな事態をわざわざ自分の方から招く必要はない。


「大丈夫です。私もサポートしますから」


シロを安心させるようにふわりと微笑むアヤの気遣いが、逆に痛かった。その気遣いに泥を塗らなければならない。苛む良心を何とか抑え込み、シロは、「――僕と“ウィザード”さんだけじゃ、いけませんか?」と喉から声を絞り出した。


「……シロ、さん?」


顔を見なくても分かる。傷付き、揺れるその声音にシロは、心を押し殺して、何とか能面を維持したまま、アヤには意識を向けず、“ウィザード”の顔だけを注視した。


「――ダメだ。“ヴァンパイア”から君が今言った事を提案した場合は、ギルド加入は認められないと言われている」


“ウィザード”の言葉に軽く頭が酩酊した。

“ヴァンパイア”も“膿”の一人――なのか。

もしかしたら、《ヴァンパイアズ》という組織そのものが“膿”で構成されているのかも知れない。だとしたら、“膿”はかなり以前からアヤに目を付けていた事になる。

だが、あり得る話なのか。

フレンドリストに相互登録しているから、アヤが数ヶ月以上前に《ヴァンパイアズ》に加入しているのは明らかだ。しかし、公費横領疑惑で、アヤが脅迫の為に目を付けられたのは、ここ数日の内だと言う。

状況がちぐはぐ過ぎる。気のせい、なのか。


是とも否とも答えられない逡巡が頭を駆け巡り、シロは迷った。

アヤの身の安全を第一に考えるならば、《ヴァンパイアズ》への加入を反故にしてでも、彼女を都市外へ連れ出すべきではない。

だが、そうなれば、三日後の防衛戦イベント時には、後手に回らざるを得なくなる。

“ウィザード”の提案に乗って、アヤと一緒に都市外に出れば、最前線とは言え、通常のモンスター程度ならば問題はないだろう。だが、“ウィザード”が“膿”に繋がっていた場合、迎えるのは最悪の結末だ。間違いなく、トッププレイヤーの一人である“ウィザード”一人でも分が悪いだけではなく、ここにいない《ヴァンパイアズ》のメンバーが罠を張っている可能性も十分にある。


選択の余地はない。

そう決断したシロは、その場からくるりと背を向けた。


「シロさん?」

「――だったら、この話はなかった事にして下さい。お騒がせしてすみませんでした」

「逃げるのか……とんだ負け犬だな」


辛辣な“ウィザード”の言葉だったが、シロの口元には笑みが零れた。

そう、僕は、“負け犬”――。


「負け犬なんかじゃありません!」


アヤの鋭い声が背中を叩き、シロは思わず振り向いてしまっていた。柳眉を寄せて、似合わない眉間に皺を作っているアヤの見た事のない表情に面食らう。

表情は余り変えない“ウィザード”にしても、珍しく動揺の気配が見える事からも、彼女が声を荒げるのは、余程の事なのだろう。

痛みを堪えるように俯いたアヤは、「負け犬なんかじゃ……ありません」とまるで、自分に言い聞かせるように呟いていた。


「――分かった。この話はなしだ。“ヴァンパイア”には、そう伝える。それでいいな?」

「……はい」


頷いたシロの方は見ずに、まだ納得出来ていない様子のアヤの頭にふわりと手を置く“ウィザード”。


「日が暮れるまでには、帰って来い」

「はい、すみません、タクミさん」

「いい、気にするな」


そう呟いた“ウィザード”の目元が微かに微笑み、アヤの方も朱色に染め上げっている頬で彼に頭を撫でられるのを喜んでいるように見えたシロは、その余りに絵になる光景に心が軋んだ音を確かに聞いた。

物語で出てくる騎士とお姫様というのは、こういう事を言うんだろうな、と自らの無様さすら霞むようなその光景が眩しくて、見ていたくはないはずなのに、目が離せなかった。

“ウィザード”の手が離れ、街の中心部へと歩いていく彼を見送るアヤの姿は、まるで物語の乙女のように思えた。

旅立つ主人公を見送るヒロインとその傍に佇む意気地なしの負け犬一匹、という構図が酷く滑稽に思えて、シロは自嘲の笑みを浮かべていると。


「……そんなに私は、信用出来ませんか?」


違う、と。君を守る為なんだ、と。

そう言えたら、どんなに楽だろう、と思いながらも、だけど、それを嘘で認める声を言う事すら出来なかった。

彼女を守れるなら、彼女に嫌われても構わない――そう思えるだけの勇気も持ち得ない“負け犬”がシロという人間なのだから。


「ごめん。僕が……弱虫で、“負け犬”だから……」

「シロさん」


結局は、意気地のない抗弁しか出て来ない口を閉じさせるようにアヤの強い声が胸に突き刺さる。顔を上げたシロは、黄昏を受けて常よりも燃えるような薄紅色の流れる髪の中に愚直な程、真っ直ぐに自分を見詰める彼女の瞳と正対させられた。


「ソロで今までやって来たシロさんが、弱虫だとは思いません。街から出れない事やそれを話して頂けない事も何か理由があると思いますから、それを尋ねるような事もしません。でも、自分を“負け犬”と言うのだけは、止めて下さい……お願いします」


名門女子中学に在籍している――とは、湯島の情報から聞いた話だったが、それも容易に信じさせる程、聡明に過ぎる彼女の言葉にシロは、絶句した。

否、それ以上に何故、こんな自分にそれ程までに。まるでアヤ自身が傷付いているような顔をするのだろう、とその疑問で胸が溢れ、シロは思わず、「……どうして君は、そこまで僕なんかに……」と呟いてしまっていた。

決して、尋ねた訳ではなく、殆ど独白のような小さな言葉だったのに、それをアヤは聞いていたのだろう。照れ臭さを隠すような、それでどこか物憂げで一抹の寂しさを浮かべて微笑んだ彼女は、「……怒らないで下さいね」と前置きしてから、話し始めた。


「……似てるんです。“シロ”に……“シロ”と呼んでいた痩せた白い野良犬に」


憂いを帯びたアヤの面差しを美しいと感じてしまう自分の感性は、救いようのない下衆なのだろうとシロは思った。胸の前で組んでいる両の手が微かに震えているように見え、それがぎゅっと音がなる程強く握られたかと思うと、憂いを隠すように彼女は微笑んだ。


「すみません。こんな話をしても、失礼なだけですよね」


首を横に振るしか出来なかったシロは、その彼女の言葉で何故、あれ程までに自分に良くしてくれたのかを理解した。

きっと、シロの何かが彼女の知っている“シロ”に似ていたからなのだろう。その納得は、そんな偶然でもなければ、自分のような人間が彼女に気に掛けて貰えるはずなんてないのだ、という惨めな納得となって胸に収まった。


報われたいと願う事そのものが叶わない望みなのだ。

罪を犯して、この《SOF》に逃げ出して来たその時から――否、それ以前から僕は、“負け犬”なんだ。ただ、地獄を這い摺り回って、いずれ野垂れ死ぬのが運命だとしても、その時までは、初めて見えた光に向かって地べたを這い蹲って進みたい――例え、その光が結城誠司には、向けられなくても。

脳裏に過ぎった“ウィザード”の微笑みや、白い小さな犬の姿に苦笑を浮かべながら、シロは、「――今日はごめん」と口を開いた。


「今度の防衛戦イベントは、頑張ろう」



――例え、君が見ているのが、他の誰かだったとしても。


――君をこのデスゲームから救う事も出来ないだろうけど。


――それでも、僕が死ぬその瞬間まで、君を守らせて。



「はい、もちろん――」


微笑もうとしたアヤが不自然に言葉を途切れさせた事にシロは眉を顰めた。

まるでアヤの時だけが止まったように全く動かない事にシロの背筋を悪寒が走り抜ける。

瞬間、アヤの容姿を形成しているアバターにノイズのようなものが走ったのを見たシロは、思わずアヤの名前を叫んで駆け出していた。

しかし、シロが触れる前にアヤのアバターに走ったノイズは大きくなり、まるでHPバーが消滅した際のエフェクト効果のようにアヤを形作っていたポリゴンが煌びやかな粒子になって弾けた。

アヤを形成していたポリゴンの残滓だけは何とか掴めたものの、それすら一瞬のうちに掌から掻き消えてしまった。


先程まで、微笑んで目の前にいたアヤが影も形もなく、目の前から忽然と消えてしまった事にその場に膝を折って蹲りたい衝動をどうにか奥歯を噛んで堪えたシロは、震える手でクイックモーションを行い、ステータス画面を開いた。

逸る気持ちをどうにか抑え、フレンドリストを表示したシロは、そこに《Aya》の文字がある事を確認して、「……やっぱりか」と呟いた。


都市内は、侵攻戦、防衛戦と言った大規模イベントや決闘方式の完全決着モードを除いて、システム的に保護されている為、プレイヤーが死亡する事は有り得なし、もし万が一、アヤが死亡していたのなら、フレンドリストから名前が消滅しているはずである。

《ゲート》以外でも任意で都市等へ転移可能なアイテムも《SOF》には存在しているが、アヤがそれを使った様子は前後の脈絡から考えても有り得ない上に、エフェクトそのものが異なる為、論外だ。


ならば、考えられるのは、《SOF》内部の問題ではなく、《SOF》外部の問題しか有り得ない。

恐らく、サーバーとの回線の途絶が原因だろうと考えたシロは、その状況の不味さに舌打ちを零した。


万が一のケースを考慮して、シロはアヤとは異なる通信回線を経由して、《SOF》にダイブしている。

だが、アヤが用いていた光ファイバーケーブルが断線したのが、事故ではなく、“膿”の工作だとしたなら、シロが用いている無線LAN回線もいつ電波妨害によって不通になるか、分かったものじゃない。


いつものように周りを気にしている余裕はない。

周囲に視線を走らせ、近くにプレイヤーがいない事を確認したシロは、急いで、フレンドリストを閉じ、ステータス画面のログアウト表示――《SOF》プレイヤーの中で唯一、シロのステータス画面にのみ残っている――をタップした。








next




最後の部分を一部変更させて頂きました。

次回更新は、再来週の三連休以降になると思います。

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