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初夢

作者: 阿波野治

実際に見た夢を小説にしてみました。

 一人で台所に立って、料理を作ろうとしている。

 テーブルの上に、料理のテキストのとあるページが開かれている。そこに写真つきでレシピの載っている、「なんとかの炒め煮」という名前の料理を、私はこれから作るらしい。写真に大きく写った、底の浅い白色の皿には、挽肉のような茶色い粒に、茄子が角切りにされたらしき黒い物体、そして茄子と同じサイズにカットされたパプリカと思われる赤い食材が、それぞれ無数に漂っている。そしてそれらの隙間には、透明なスープが満ち満ちている。豆腐の入っていない麻婆豆腐、といった料理に見受けられた。


 テキストの左隣に、半球を扁平に押し潰したような形をした、口が黄色く縁取られたボウルが置いてある。私はいつの間にか手にしていた、粗みじん切りにされた筍を、その中に入れた。計量スプーンの大さじにして三杯ほどの量である。作ろうとしている料理には挽肉と茄子とパプリカしか使われていなようなのに、なぜ筍を入れるのか、自分でもよく分からなかった。

 これに続いて、炊き上がった白米を、筍に覆い被せるようにボウルに敷き詰めていく。たちまち容器の四分の三ほどが埋まった。そこへさらに、計量カップに入った薄茶色の液体を次々に注いでいく。その液体からニオイは感じられないが、色合いから判じて、恐らく醤油だと思われる。


 レシピ通り、計量カップ六杯分の液体を注ぎ入れると、ボウルの中の有り様は茶色い粥のようになった。醤油が、白米と筍に下味をつける役割を果たしていると仮定した場合、これでは些か分量が多すぎるように思う。

 怪訝に思ってテキストを見返すと、どこがどういう風に、といった詳しいことは一切分からなかったが、どうやら「なんとかの炒め煮」の作り方を明確に錯誤していたらしいことが分かった。

 現在のボウルの中の状態を見る限り、「なんとかの炒め煮」を作り直すのであれば、一からやり直すしかないのは明々白々だった。

 白米は、炊けたものがまだある。しかし、筍がもうなかったはずだ。


 私は、婆やを呼び出し、筍を買ってくるよう言付けた。婆やは返事をしなかったが、姿が見えなくなった点から判断するに、彼女は用件を理解し、その約束を果たすべく行動に移ってくれたらしい。


 台所に突っ立ったまま、依頼した食材が到着するのを黙して待った。


 体感的にはかなりの時間が流れ去ったと思われるのに、婆やは一向に帰ってこない。開かれた窓から顔を覗かせて、自宅の前を走る道を暫時注視したが、婆やの姿どころか、通行人の影さえ過ぎらなかった。

 どうしてそう感じるのかは分からないが、あと三十分が経過する前に、なにがなんでも料理を作り終えなければならないような気がしてならない。早く料理を作り直しにかかりたいのだが、肝要の婆やは未だに戻ってこない。気持ちが苛立っているのが自覚された。


 ――と、その瞬間、場面が突如として切り替わり、私は畳敷きの和室に座っていた。仄暗い、茶の間を思わせる一室で、室内に家具などは一切置かれていないようだった。

 室内には、私の他に六・七人の男がいた。男たちは、部屋いっぱいに一個の輪を形作るように胡座をかき、みな内側を向いている。私はその輪からやや外れた場所に、男たちの方を向いて、彼らと同様に脚を組んで座っているらしい。

 男たちの顔立ちは明瞭には分からない。ただ、誰も彼も見知らぬ人相で、年齢は私より一回り以上上のように見受けられる。気軽な調子で仲間たちと談笑を交わしているようだが、話の内容は漠として聴き取れなかった。


 ふと気がつくと、私は組んだ脚の上に、新聞を広げている。室内にいる男たちもみな、同じように新聞を手にしているらしい。

 新聞に視線を落とすと、紙面全体に大きな写真が縦に四列、横に二列という編隊を組んで、合計八葉載っており、一葉につき一人の男の、胸から上の姿が写っていた。写真の下には、写真の人物の氏名と、プロフィールらしき文章が添えられている。

 写真の男たちはみな、正面を向き、真面目な顔をしている。着用している衣服は、どうやらスーツらしい。男たちの顔も、そこから推察される年齢もまちまちのようだが、全員中年以上のように見受けられた。


 八枚の写真の右下に、見知った顔を見つけた。眼鏡をかけた、どことなく油断ならない印象を受けるその中老の男は、民主党所属の仙谷由人衆議院議員その人に相違なかった。

 仙谷氏の写真が記載されている意味を相対的に知るために、私は氏以外の写真の人物の名前を一つ一つ目で追った。彼ら一人一人の名前を認識したわけではないが、氏を除く七人の中に、私が知っている人物の名前がないのは確からしかった。ただ一人、「伊福部」という名前の男性がいることはこの目で確認したが、私の記憶にない人物であるには変わりなかった。


「まだいたのか、仙谷由人も」


 輪の中の誰かが声を発した。その声にはさり気ない優越と嘲笑の響きが感じられた。七人の中の誰が言ったのかは判然としなかったが、私に近い場所に座っている男が呟いたように思われた。

 仙谷氏の名前が口にされたので、釣り込まれるように氏の写真に視線を戻していた。氏の写真の下のプロフィール欄に、たった一言、「五億円」と書かれている。なにを指して「五億円」なのかの説明は一切なかったが、これは仙谷氏が持つ資産の総額を表しているに違いない、と私は直覚した。自身に対する不信任案が可決され、半ば罷免される恰好で大臣の職を失ったとはいえ、一時期は「影の総理大臣」とまで呼ばれた氏は、客観的に見れば有能な政治家であるに違いないのだから、それだけの資産を所持していたとしてもなんらおかしくはない、とも考えた。


「腐っても仙谷だな」


 また男の声がした。先程喋った男が言ったのか、それとも別の男が口にしたのか、その判別はつかなかった。

 仙谷氏の資産らしき金額の多さに着目し、その数字が政治家としての氏の能力を表しているに違いない、などと考えていた折に、大臣の椅子を追われた立場ではあるが、豊富な資産を所持している事実こそが氏の有能さを示している、という意味にもとれる言葉を男が口にしたものだから、まるで自分自身がたった今思い浮かべた考えを代弁されたような錯覚を覚えて、私は妙な心持ちになった。

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