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8 剣の目覚め

 砂だ。砂がザラザラと落ちていく。

 スカルの思考は停止した。ただ茫然とこの状況を見下ろすばかりだ。


「魔物は、死ななきゃ」


 少女のささやき声。再び聞こえた”魔物”という言葉と共に、剣の嵐が体を突き上げた。


 ドドド! ドドドド!


 刺突の一つ一つが容易く命に届きうる。さらにそれが一呼吸の間に百に届きそうなほど。あまりの衝撃だった。スカルの両足が地面を離れていく。


「アイリスちゃん!!」

「お姉ちゃん、だまって」


 悲痛な叫びも届かない。

 

 ドドドド! ドドドドド!


 まるでそれが一本の剣から繰り出されているとは思えないほどだった。しかし、そのおかげでスカルは正気を取りもどした。

 まず感じたのは驚愕と疑問、次に焦燥と恐怖。なぜバレた? それよりも、なんだ、この少女は。本当に何者なんだ! 人間、しかも子どもとは思えないほどの力と素早さ、狡猾さ。この()こそ魔物なんじゃないのか!?


 スカルはどんどん高く昇っていく体を何とかしようとした。幸運だったのは、彼の体を覆っていた布たちが最期の最後まで力を発揮しようとしていたことである。砂が零れ落ちても重力によって服が垂れ下がり、何とか人の形を保ってくれている。突き刺され、破れても、体の芯までは何とか隠してくれている。ただ、それも長くはもたない。すぐにでもこの状況から逃れなくては!


 スカルの視界に入る少女の顔。彼女は不思議そうな顔をしていた。それもそうだろう。いくら突こうとも血が出ず、しかもどんどん肉の感触が無くなっていくのだから。まるで空気を突きさしているように感じるはずだ。なぜならスカルは、骸骨(スケルトン)なのだから。


 そうだ。彼は骸骨。骨の間に隙間はたくさんある。そこで剣を受けてしまえば……?

 人間としての体裁を気にしなくてもいいのであれば、いくらでもやりようはある。スカルは突き上げられた勢いを利用し、体をなるべく傾けた。


 スルッ。


 一突き。命を軽々しく奪う剣の一撃が、土のいなくなった肋骨の間をすり抜けた。


「あれっ?」


 少女の口から疑問符が飛び出た。

 

――悪いな、才能の原石よ!


 スカルはまさに自由落下した。刃を骨で囲い、身動きを取れなくする。まるで人型の鞘だ。しかし、それは明確な攻撃の意思を持っていた。

 剣の先端がテントを張った緑色の服を破くと同時に、スカルは肘を立てる。そして、少女の首を思い切り殴りつけた。少女が倒れる。スカルは体制を崩し、一度は少女の上に落ちた。だが、すぐさま起き上がり、彼女を抑えつけ制圧しようと試みた。しかし、それと同時に視界に映ったその姿。女だ。鎖の女が手を向けていた。


「それ以上は、ダメ」


 鎖が矢のように飛んでくる。マズい! あれは天敵だ!

 効果が薄いとはいえ、一瞬でも体のコントロールを奪われる。そうなったが最後、今度は木っ端みじんに切り刻まれるはずだ。少女の動きを止められないのは惜しいが……避けるしかない!


「ぐぅっ!」


 スカルは咄嗟に横に転がり、骨の鞘から剣を解放した。対象を失った魔法の鎖が壁に突き刺さり、消えていく。

 自由となった少女が体を起こす。焦った様子はない。汗ひとつ流さず、表情も仮面をかぶったかのようにそのままだ。対してスカルは息を荒げていた。肺はすでにないはずなのに。人間であった時の悪癖だ。強烈な焦りを感じると、つい呼吸が早くなり、肩を上下に揺らしてしまう。


 少女が立ち上がる。スカルも合わせて立ち上がる。


――さて、どうするか。


 どうしようもない。スカルは理解していた。冷静を装っていても、心の中にある二つの本能がこの状況を恐れていた。一つは魔物に堕ちてから獲得した、より強い生への執着。彼は言う。


『アイツには逆立ちしても勝てない。さっさと逃げろ』


 スカルはそれに大賛成だった。しかし、もう一つの本能――かつてより存在していた勇者としての本能――がそれを強く否定した。


『あの少女からはどうあがいても逃げ切れないぞ』


 スカルはそれにも大賛成だった。ならば、どうすればいい。どうもできるはずがないのだ。

 しかし、ここで黙って死を待つ気もさらさらない。勝てずに、逃げれもしない。この状況に活路はない。今の彼の実力だけでは。


 突然だった。スカルが諦念にも似た感情を思い浮かべたその時、”欲望の剣”が青く光りはじめた。


――なんだ?


 唐突に頭の中に閃いた”ある記憶”。それはスカルが体験したことのない記憶だった。


◇◇◇◇

 

 これは、どこかの街、大通りか? 真昼間だ。街をたくさんの人間が練り歩いている。しかし、何をしようとしている? ”俺”はただ歩き、道端の小さな出店から店頭に置かれていた果物を手に取って……そのまま歩き去った。だが、なんだ。”俺”に手はあったか?


 次の記憶だ。湯気が立ち上っている。これは、風呂場、大浴場か? しかも、ここは女性の……。

 ”俺”は男だ。それは変わりない。だが、”体”はどこだ? 見えないぞ。いくら見下ろしても、”俺”の体はどこにも――透明?


◇◇◇◇


 次の瞬間、スカルは見えなくなった。

 少女に貫かれ、切り裂かれた服をぬぎ捨てる。ボロボロになった鎖帷子を破り捨て、真っ裸の骨の体を見せつけた。だが、そこに彼の姿はない。服と言う輪郭がなくなり、透明になったのだ。


「へ?」


 少女がまたしても疑問符を口にする。彼女は突然、スカルの姿を見失ったかのようだった。急に部屋中をクルクルと見渡し始める。はじめて彼女の焦る姿を見ることができた。

 それは女も同じだった。彼女は少女ほど肝が据わっていないようだ。


「どこに行ったの!」


 そう叫びながら両手に鎖を纏わせ、あちこちに体を振っている。

 しめた! これは明らかなる僥倖である。あれが何なのかは分からない。外殻(にくたい)を作る時に湧いたものと同じものだろうか。しかし、それを考えている暇はない。今はただ、早く逃げなければ!


 彼は同じく透明になった”欲望の剣”を抱えたまま、扉を蹴破って外に飛びだした。

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