7 衝突
いきなり斬りかかってきて何を言っているんだ、この子は。
スカルは目の前のひ弱そうに見えた少女に対して、真っ当な意見を思い浮かべた。と言うよりも、スカルはむしろ巻き込まれた側だ。女を怖がらせたのも不可抗力だし、なによりその女こそが仕掛けてきたではないか。なのにいきなり襲いかかられ、「死んでください」とは……。スカルは少女に一つ物申したかったが、口を開く前に阻まれた。
「……フッ!」
少女の小さな口から吐き出された鋭い吐息。それと共にやってきたのは一閃だ。
後ろに引かれた剣から放たれた一撃。まるで突風のような勢いで飛びこまれたスカルは反応するのがやっとだった。彼はまともに打ち合うことを諦め、受けに徹した。剣を縦に構え、少女の横薙ぎを堅固に受け止める。
ギィン! 鋭い音の中に、まるで大岩をぶつけ合ったかのような重たい音が混ざる。
――お、重い!
スカルは少女の剣を受けきったのはいいが、有り余る衝撃によろけてしまった。ブーツのゴム底は襲いかかる摩擦に耐えきれず、後ろにずり下がりながらキィーッという耳障りな音を鳴らす。二つの切っ先が弾き、離れた。
少女はスカルとは正反対になんとも無かった。またしても自信がなさそうな顔で地面に降りたつ。腕は細い。まるで小枝のようだ。しかし、あの腕でここまでの力とは……驚きだ。
少女は今にも泣きだしそうな目をしながらも、不思議そうな顔をしている。自らの大鷲の剣を見つめ、首を傾げた。まるで、今までこの初撃に耐えられた人間がいなかったかのように。「なぜ受けとめられた? なんであの男は倒れてないんだ?」、と言わんばかりに。
対してスカル。彼は元勇者としてある程度の自信を持っていたが、それがガラガラと崩れ落ちる音を感じた。不意をつかれたとはいえ、ここまで押されるとは。才能とは恐ろしいものだ。しかし……ああ。
おそらく、彼にまだ表情筋が備わっていたのならこの状況に渋い顔をしていただろう。なぜなら、目下の少女は疑問を振り払ったかのように気弱な顔を取り戻していたのだから。それだけならまだいい。彼女はすでに、先ほどの強烈なる突進の構えを取っていた。体を半身にずらし、足を大きく前後に広げている。剣はまるで居合のように腰に備え、今にも斬りかかってきそうだ。
――勘弁してくれ。
スカルはすでに限界であった。と言うのも、先の攻撃で体から砂が零れそうだったし、土でコーティングしていた両腕の骨もたったの一撃でヒビが入ってしまったのだ。もう一度まともにかち合えば、腕の骨は砕け、砂が全身から零れ落ちる。骨は時間があれば治せるが体はそうもいかないし、なにより戦う腕が無くなってしまえば大問題だ。このどうしようもない殺意を抱いた少女から逃げきるのは至難の技である。
スカルは思った。一体、この子こそ何者なんだ、と。
その時だった。
「すすす、ストーップ! 二人ともストーップ!!」
女が慌てて間に入った。二人に向けて両手を広げ、まるで戦うなら先に斬り殺せとでも言っているかのように。目を力強くつぶって、床に顔を向けている。もちろん、剣を掲げた二人に、彼女を斬る意志はなかった。
少女が先に剣を下げた。スカルは、いつ少女からの不意打ちが襲ってくるか分からなかったので、少し遅れて剣を下げた。
「ちょっと、アイリスちゃん! なにやってンすか! お客さん! この人、ただのお客さん!」
先ほどまでの気の抜けた姿からは考えられないほどの声量だった。焦りに焦り、顔からは滝のように汗が噴き出している。
「え、そうなんですか……?」
「そっ! この人、ムカンケイ! 無関係だから!」
「でも、ネアお姉ちゃんを怖がらせて……」
「あれは事故だから! というより、アタシから仕掛けちゃったというか……」
ごにょごにょごにょ。女の語尾が自信なさげに縮んでいく。バツが悪そうにうつむく女。彼女は少女とはまた違ったしょぼくれた瞳、だが何か強烈な意思を伝えようとするように、ある意味強い眼光でスカルを見つめた。
「あ、ああ。確かにあれは事故だった。だが、俺もこんな格好だ。この店員が怪しむのも無理はない。しかしだな、こんな見てくれでも怪しい者ではないぞ。君たちの言う”追っ手”という奴では……」
そう口走った時だった。ピンッ。空気が変わった気がした。まるで部屋中に突然ピアノ線が張り巡らされたかのような。
再び現れる殺気。スカルは背筋に感じた冷たい後悔に引っ張られ、つい少女に目を向けた。彼女はやはり目を伏せていたが、その奥にはドス黒い煌めきが現れていた。
――しまった。この言葉は言わない方が良かったか。
下ろした剣に若干の力をこめる。
「なんでお兄さんが知ってるんですか……?」
「いや、それは……」
「ネアお姉ちゃん。やっぱりこの人殺した方がいいです。それに私思うんですけど……この人、ホントにヒトですか?」
スカルの背筋がビクリと震える。しかし、女は必死になだめようとしていた。
「な、なに言ってるンすか、アイリスちゃん! 殺すのはノー! ぜったいダメ! 怪しい感じはあるけど、ただの一般人だから! それに、あのことだってアタシがつい口走っただけで!」
「そ、そうだ。俺もつい聞こえてしまったのだ。おそらく、体質的に彼女の魔法が効きにくいのだろう。人かどうか怪しむのも無理はない。なんせ、かなり特殊な肉体だからな」
だが少女は依然、彼を怪しんだ。首を傾げながらゆっくりと近づいてくる。剣は下げたままだ。斬りかかってくるような気配は感じないものの、物騒なことには変わりない。スカルは無意識に後ずさりした。なにか不味い気がする。スカルは少女の目を見てそう思った。
何も見ることが出来ていないかのように思える自信なさげな瞳であるが、出会った時から感じていた違和感。まるで体の芯まで透けて見えているかのような、すべてを見透かされているような……彼女の瞳を見ていると心の奥にしまっていた罪悪感が湧いてくる。薄汚い欲望、無感情に人を殺めてしまったこと、そして勇気を用いて戦うはずの勇者が”呪い”に力を求めてしまったこと。そのすべてが土で覆い隠した本体と共に陽の下に引っ張り出されるかのように感じてしまうのだ。
彼は内に湧き上がる本能に呼ばれ「来ないでくれ」と口にしかけた。だが、間一髪でそれを飲みこむ。これを言ってしまえば、さらに怪しまれることは間違いない。今、彼女にさらなる敵対意識を持たれてしまってはマズいのだ。
少女が歩み寄ってくる。片手に持ち変えた剣の先でカラカラと床を傷つけながら。
すでに距離は一メートル、いや数十センチ、数センチ。肉体と外殻を突き合わせ、互いに不安そうな目で見つめ合う。少女は空いた片手をするすると伸ばし始めた。スカルの震える体。少女の物とは思えないほどに汚れた手のひらで触ろうとする。
――頼む。頼むから、触るのだけは……。
スカルは戦々恐々としていた。今、この状況。過度な緊張により魔力コントロールが乱れ、先の攻撃のせいで体内を支えていた魔力の根が壊れている。本来ならば、突き飛ばされるぐらいの衝撃までなら耐えられる体だが、羽のようなタッチで崩れ落ちるほどにまで脆弱になってしまった。拒絶し、剣を振るうことはできただろう。だが、それは自殺行為に他ならない。ならばどうする。答えは簡単だ。彼女に賭けるしかない。彼女が何かしらで気が変わり、触りもせずに踵を返すしか道はない。
か細い道だ。まるで突風吹き荒れる渓谷を一本のクモの糸を伝って渡り切るかのような、もはや賭けとも言えない勝負である。しかし、それに縋るしかない。今、スカルは魔王の軍勢を相手取った時よりもはるか上の緊張を味わっていた。
だが、微かな光明。運はスカルに味方した。
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。少女の上がる手のひら。それはスカルの体、剣に触れようとするものではなかった。
手を差しのべている。目を伏しながら、恥ずかしそうに。これは、握手を求めているのか?
少女が言った。
「殺そうとしてごめんなさい」
スカルはその言葉を聞いた途端、膝から崩れ落ちそうになった。通った。か細い穴を、確率を通し切った。
全身をギチギチに縛っていた糸がプツリと切れる感じがする。緊張がどっと解け、吹き出すことのないはずの汗が溢れるのを感じた。彼はこの状況を信じ切れなかった。これは夢ではないのか? それとも、本当は斬られていて、これは死ぬ直前に見る幻覚なのではないかと。自分の体と差し出された少女の手を交互に何度も見つめる。ああ、これは現実だ。やはり、俺は助かった。
スカルは解放された気のままに大きく深呼吸した。乱れていた魔力コントロールが元に戻る。ヒビの入った全身の骨が治っていき、肉体の維持も元通りだ。脆弱な体はどこかへいなくなり、勇者スカルが戻ってきた。
彼は少女の差しのべられた手を見つめると、同じように手を伸ばした。二人の手のひらが合わさる。
「いや、こちらこそ怪しまれる真似をしてすまなかった。彼女を怖がらせるつもりはさらさら無かったんだよ。許してほしい」
ぎゅっと握りしめる。肉と土が優しく噛み合わさり、軽く上下に揺れ動いた。揺れ動き、軽く引っ張られ――あ?
ドスッ。
スカルの体は引っ張られた。下に引かれ、体は前に倒れる。
まるでそこに初めから存在していたかのように立てられた刃。それはスカルの体を貫いていた。
「魔物」
小さく聞こえた声。耳元からささやかれた少女の言葉。
それと同時にスカルは、全身から大量の砂が零れ落ちるのを感じた。




