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5 仮面屋

「おい、あれ……」

「ええ。何かしら、あの人」

「あんなに顔を覆って、ちゃんと前見えてんのか?」

「なんかすごく怪しいんですけど。そ、それに」

「ああ。あいつ――」


『腕が』


 スカルは街に繰り出していた。と言っても、欲望の坩堝(ダンジョン)跡地の近くに人里と言えるものはなかったため、三日ほど歩き続け、やっとのことでたどり着いた。幸いだったのは、この体になったことで空腹や疲れといった人間の体に備わったストッパーが外れたことだ。お陰で通常なら一週間ほど休み休み進まなければならなかった所を、こんな短期間で到着できた。


 長い距離を歩いた甲斐があったというものだ。王都やそれに追随する大都市ではなかったが、それでも田舎にしては人が多い。これなら”目的”、その準備は出来そうだ。


 街のメインストリートであるレンガ造りの大通りは人でごった返しており、商いも繁盛しているように見える。出店が立ち並び、商人たちの声があちこちから聞こえてきた。行商人の馬車とも時々すれ違い、スカルは「いい時代になったものだ」と思った。人々の表情は朗らかで、笑顔が絶えない。声に覇気があり、魔王が生きていた時とは大違いだ。しかし、やはりスカルの心に浮かぶモヤモヤ。彼が切望した”平和”とはこのことだったのか? もたらした人間は? 崇拝される人間は? いいや、これは我儘だ。スカルはかぶりを振り、もう叶わないはずの夢を振りはらった。


 街を歩き、道を変えるごとに思う。すれ違う個性的な面々。これなら自分の恰好は目立たないのでは、と。

 それでも、やはり彼の恰好は目に付くようだ。外気は確かに寒さが残っている。しかし、とんでもなく厚着をする必要もないほどで、さらに彼は珍しいことに顔全体に(マント)を巻いていた。顔が見えないだけならいざ知らず、このように不思議な格好をしているのでは不気味がられるのも無理はない。そして何より通行人たちの目を引くもの。それはダルダルスカスカになった右の袖だった。


 傍から見たスカルの恰好は、顔を隠し、過去に何かしらで片腕になってしまった大柄の不審者である。スカル自身もそう見られることを覚悟していた。これは苦肉の策だったのだ。

 

 服を身につけ、いざ人里に降りようと思った頃である。彼はふと疑問に思った。右手に握った剣、これをどうするべきだろう、と。


 普通に考えれば剣は鞘に納めるべきである。抜き身のまま人間たちの前に現れてしまっては、気狂いの大量殺人鬼が山から下りてきたとしか思われないだろう。そうだ。ちょうど、あの二人の冒険者たちも鞘を身につけていた。それに納めればいいだけの話だ。しかし違和感を覚える。果たして、この剣を”手放して”しまってもいいのだろうか。


 その疑念が頭蓋骨の内に浮かんだ瞬間、彼の背骨に悪寒が走った。なにか根源的な恐怖が待っているように感じたのだ。生前から受け継がれた生きるための本能、それが剣を手放すことを拒否したのである。思い返せば、彼は剣を手に握ったまま服を着ていた。柔らかい生地が破けないようにそぉっと。その時はなんら不思議には思わなかったが、彼は無意識に気づいていた。この剣を一度でも放した瞬間に、今の”自分”は終わってしまうと。


 ならば、どうしたか。彼は剣を握り続けていた。左足のズボンの内を鞘代わりにして、そこに差し込んでいたのである。

 最初は歩きづらいことこの上なかったが、三日間もそれで歩き続けていたのだ。無理にでも慣れる。


 剣を出すときは確かに苦労するだろう。つっかえるし、服を切り裂いて、鎖帷子でなるべくは隠したものの、土でコーティングされた身体を見せつけなければならない。しかし、魔王が討伐され争いも鳴りを潜めた現代であれば、そうそう剣を取り出すこともないであろう。それに、きっと周りからは奇異の目で見られるだろうが、もし物好きな奴に聞かれたらこう答えればいい。


『俺も魔王と戦った。これはその時にできた傷なんだ』


 嘘はついていないのだから。

 

 だが、それでもこの不審さを際立たせるマフラーはどうにかしなくてはならない。せめて多少は違和感のないものを身につけなければ。

 

 少し進んだところに看板があった。どうやら路地裏にこじんまりとした店があるらしい。暗い道だ。赤いレンガの壁にカラフルなガラス細工をこしらえた木の扉が備わっている。ドアを開くと、内側にかかっていた呼び鈴が鳴った。


「もし。そこのひと。よければ、そこに掛けてある仮面を買わせてはくれないだろうか」


 店内はガラガラだった。客の一人もおらず、店員らしき者も一人だけ。しかも、店内奥のカウンターにいるわけでもなく、店の中央に佇んだ丸テーブルに両足をかけ、器用に傾けてバランスを取り、椅子に横たわっている。天井を向いた顔には雑誌がかかっており、吊り下がったパンプキンのような暗めの電灯の光を遮っている。


 見たところ、その店員は女のようだった。スラっとした痩せ型だ。表面に小さなスパイクがついた黒いブーツ、同じく黒いが鏡のように光沢のあるパンツ。胸元にパンクな模様が入った黄色のシャツ、その上にデニムジャケットを羽織っている。だらんと下がる髪の毛は先端が木目の床につきそうなほどの長さであり、色は黒と金のアンブレラカラー。まるで虎を見ているような色合いだった。


 しかし、女は反応を見せなかった。ベルの音は大きい。声もちゃんと出したはずだ。だが、女は動こうとしない。

 もしや死んでいるのではないかとも思ったが、よく見るとほんのり前後に揺れている。寝ているのか起きているのかはっきりとしない。スカルはもう一度呼びかけてみた。


「もし。仮面を買いに来たのだが」


 近づいて声を発する。やはり反応はない。スカルは落胆した。どうやらこの店はハズレのようだ。

 なるべくてっとり早く済ませたかったのだが仕方がない。表通りに戻って別の店を探そう。そう思い、踵を返そうとした。


「ああ、いらっしゃい。なにをお探し?」


 女が起きた。若々しく美しい面立ちだったが、それにしてもこの店を象徴するようなアングラさだった。黒を基調としたメイクにピアスが多数。耳はモーニングスターを思わせるぐらいにとげとげしいピアスが多数刺さっており、下唇だけでなく、鼻にもいくつかの銀色のリングが入っている。しかし、スカルはその突飛なスタイルにも動じず、淡々と要望を伝えた。


「顔を覆えるほどの仮面が欲しい。いくらだ」


 店の奥にあるカウンター。その壁には百を超える種類のマスクが掛けられている。舞踏会に用いられるような取っ手のついた眼鏡のような仮面に、口もとだけを覆うようなもの。奇術師が使うような涙が描かれたものに、誰が着けるのか分からない恐怖を煽るような異形の面。数え上げればきりがないほどだったが、見ているだけで満足するようなラインナップであった。

 女は「あいあい」と気の抜けた返事をする。まだ眠たいのだろう。重そうなまぶたを擦り、背伸びをしながらカウンターに入っていった。


「好きなの選んで」


 スカルもまた女の後ろについていくようにカウンターの前に立った。

 彼に特筆するような趣味はなかった。体を失う前は戦いがすべての人生だったし、衣服に気を回す暇も余裕も気もなかった。今、この時でさえもその”癖”は抜けないようだ。確かに奇抜なものがたくさんあり、目を引くようなものも色々あったが、正直どれでもいい。だが、用途を考えるとどれも向いていない。ただ顔を隠せればいいし、逆に目立ちすぎるのも良くないのだ。そう考えると、やはりこの店はハズレに思えてしまう。どれもこれもが個性的すぎる。

 スカルは決めあぐねていた。仮面の隅から隅に目を通し、それをなんども繰り返す。ついに彼は唸り声を上げ始めた。


「お客さん、迷ってるの?」


 見かねた女が声をかけてくる。


「ああ。出来るだけ目立たない物を探しているのだが」

「そうなんだ。てっきり、私は目立ちたがり屋さんだと思ってたよ。そんな変なカッコしてる人あんまり見ないし、こんな季節だから。ハロウィンなんて年の真裏だよ? なのにこんな店に来ちゃうなんて、単なる変人さんだとしか思えないよ。なんでそんなので顔隠してるの? 趣味?」

「いいや、魔王と戦った時の古傷でな。顔中に火傷が……」

「あ、そゆ感じ。なら興味ないや。どれでもいいんじゃない? 目立ちそうって言ったって、別にどうこう言われる訳じゃないんだし。後ろ指刺されようが、こっちが気にしなければいいだけなんだから」


 ぶっきらぼうに拍車がかかったようだ。女は背を向け、カウンターに体を預けた。


「そういう時は直感に任せるといいよ。てきとーに目に留まったものにすればいい。たぶん、それが今のお客さんが欲しい物だから」


 ”てきとー”に選べ。ブティック勤めが聞いたらひっくり返ってしまうだろう。客が迷っているならば、それに合った物を選ぶべきではないのだろうか。

 しかし、スカルはそんなことを考えつつも、彼女の言うことにしっくりときてしまった。もう一度、仮面の群れを見渡してみる。今度は人目(ようと)を気にせず、頭を空っぽにさせ、”てきとー”に。すると、一つの仮面に目が留まった。


「あれをくれないか」


 スカルはそれを指さしてみる。その仮面は”まっさら”だった。

 目も口も穴が開いておらず、まるで面の形を掘って白く塗っただけのような物である。だが、スカルはなぜかそれに目を惹かれてしまった。


「どれ?」


 女が背中越しにちらりとスカルの指を見る。その刺された先に目を向けると、「ああー」と腑抜けた声を出した。


「いくらだ」


 金はある。あの冒険者二人から剥ぎ取れるものはすべて剥ぎ取っておいた。彼らはかなり稼いでいたようだ。仮面一つなど買うに容易い。スカルはズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 しかし、その時だった。

 

 ドスッ! ジャララ……。


「……な、に?」

 

 胸に何かが刺さったような感触。スカルは突然動かなくなった体と、不自然に感じた肉の痛みに下を向いた。


「く、鎖……?」

「残念だけど、それは売れないんだ」


 こちらを向いた女の手。その指から伸びた銀色の鎖がスカルの左胸を貫いていた。

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