4 光の下への帰還
一体、なにが起こった。骨の輪から見えた景色は赤い水たまりであった。
今しがたまで彼を嘲笑っていた二人組の冒険者は土の地面の上に伸しており、一人は前身を空に向け、一人は腹ばいになっていた。抵抗もしたのだろう。金髪男の握っていたロングソードが真っ二つに折れている。
スカルは、現状を速やかに理解した。人を殺した。はじめてのことだ。
だが、不思議と実感は湧かなかった。手に感覚がない。肉を叩き切ったような感触を思い出せない。それに、彼は特段取り乱しもしなかった。なぜか、人を殺すことが当たり前のように感じてしまったのだ。地面に落ちた二つの肉塊を見ても、まるでそこら中に転がる石ころのように思えてしまう。
スカルは歩きはじめた。体の動かし方が分かった気がする。右手に握った”欲望の剣”が薄光りした。
まるでどこかから糸を垂らされていたかのような不器用な動きはすでに消え去り、彼はまさに人間よろしく手を出し、足を出した。地面に転がる”石ころ”から布を剥ぎ取る。気に入ったのは、茶髪男が着ていた緑色の上着だ。流石にTシャツであるとむき出しの骨が丸見えであり、人里に降りた時に目立つことこの上ないだろう。
やはり肉がないからか、服はぶかぶかだった。一カ月食事にありつけていない痩せ細った浮浪者でも、こうはならないだろう。本来肉に吊り下がるはずだった肉は、より直接的な棒に引っかかり、まるでハンガーにかけられたかのようになっている。ズボンも履いてみたが、ベルトの穴が合わなかった。それもそのはずだ。今の彼には締め付けるべきものなど何もなく、あえて言うなら細々とした背骨だけだったのだから。だが、やはりこれではおかしい。なるべく疑われないようにしなくては。
彼は声を出すときに使った”魔力で仮想の肉を作り出す方法”を試してみた。体全体に肉をイメージ。より明確に作るため、”生前”の自分の体を思い返してみる。
戦闘に最適化された体だ。贅肉を最大限に絞るが、逆三角形の形にまではしない。寸胴のようにぎっしりと肉を詰め込み、力めば岩場のようなこぶが露わになる。しかし、四肢は熊のように肥大していて、丸太と見まごうほどの太さ。イメージを固めていく。青い魔力の霧が服の間を這いまわり、弛んだ布が膨らみはじめた。だが、それは失敗に終わった。辛うじて肉の膨らみは再現できたようだが、すぐに崩れ去ってしまったのだ。
なぜだろう。スカルは考えた。
声を出してみた時のことを思い出してみる。そして、再び声帯を再現した。
「あっ、あー」
声が出る。人間だった時の声だ。太く、低い。
だが、今回は声を出すことが目的ではない。脆弱性のチェックをしなければ。
スカルは首元にまとわりついた青い魔力の粒たちを骨の手で払ってみた。やはりだ。魔力の霧は霧散し、空気中に消え去った。これは外からの衝撃にあまりにも弱い。
もう一度形成してみる。そして、今度は完全に再現することはなく、喉元に手が入るほどの隙間を作った。肋骨の上から声帯に手を入れてみる。ツンツン、コンコン。指でいくつか軽い衝撃を与えてみた。
――思った通りだ。
スカルは心の中でほくそ笑んだ。声帯はおそらく、”見せかけの容器”のようなものなのだ。
声を出すために作ったからだろう。内側は空気の通り道の役割を果たすため、硬度を持って作られている。だが、本質はただの魔力の粒子の集合体だ。外から軽く小突くだけで崩壊する。肉体を作ろうとしても粒子たちが服の重さに耐えきれず、作ったそばから消えていくのだ。
ならば、どうする。スカルはすぐに思いついた。
幸い、外はまだ暗い。夜明けまで、まだまだ時間はある。スカルは血のついた服の洗濯も兼ねて、洞窟の外に出ていった。
近くにあった川。そこで上着、下着、ズボン、マント、手袋、ブーツを念入りに洗う。赤色が混じるだけで違和感が出るし、血の匂いが残っては大変だ。
洗い終わったら、いったん近くの木に干す。そして、仕上げだ。彼は考えあげた思考を行動に移してみた。
先ほどの失敗も兼ねて肉をもう一度形成してみる。試しにもう一度手で払いのけてみると、やはり霧散した。ならば。スカルは地面を見つめた。
土を掘る。握った剣で地面を掻く。気がつけば、人が数人埋まるほどの深さになった。軽い砂が山のように積みあがっている。スカルは流れない汗を拭うように、骨の腕で頭蓋骨を撫でた。
外殻を再度作ってみる。形成が終わると、彼は積みあがった砂の山をその中に詰めこみ始めた。重なっていく砂の中に、さらにイメージ。外殻から体内へ、まるで木の根を張るように。砂と根を組み合わせ、より硬度に。
さっきまで軽かった体がどんどん重たくなっていく。しかし、彼はそれに一縷の懐かしさを覚えた。人だった頃の感覚が蘇ってくる。この肉の重み、仮にそれがそこら中に落ちている砂であっても、確かにこれは自分の体だ。
水が粗方落ちたブーツを履く。冒険者たちから剥いだ鎖帷子を装着し、その上に服を着る。フードを被り、ズボンを履く。ベルトを巻き、バックルにピンをはめ込む。手袋もはめるが、マントは羽織らない。顔を完全に隠すため、ぐるぐると頭に巻く。すると、ちょうど日が昇ってきた。
スカルにとって、これは挑戦でもあった。体を焼いた憎き黒い太陽、そして、それを思い出させる忌々しい赤い太陽。その反逆をここに宣言するのだ。
朝焼けだ。陽の光が差し込んでくる。布にくるまれたスカルの体を光が突き刺した。
だが、それは阻まれた。剥ぎ取った鎧が彼を守ったのである。
十年ぶりの太陽。陽の当たる場所への帰還。スカルは声帯を作るのも忘れ、マントで作ったマフラーの中で雄たけびをあげた。




