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14 追っ手のミラン

「ほら、見てみろこれ」


 魔王軍残党の一人、リザードのミランは屋根の上でたわむれていた。街が動きはじめている中で大胆不敵に人の死体を使って遊んでいる。かれはリザード種族がゆえの堅牢な緑色の鱗と筋肉質な肉体をもつ無骨な見た目をしていたが、その能力は異質だった。死体を操る”ネクロマンス”。自身で殺した相手を凌辱することが、かれの生きがいだった。

 血だらけになった男――戦いに身を置かない一般人――のうなだれた体を、両手から出た紫色の魔力の糸で操る。両手を差しだし、「子供がいる、子供がいるんだ」とわめきちらし、地面を這いつくばって逃げようとする姿。それは男の死ぬ直前、かれがどうやって命を奪われたのかを再現した動きだった。


「たすけてー、たすけてー」


 男の口の動きにあわせて、ミランが棒読みで声をだす。それを見て大笑いするのが、同じく屋根の上に登っていた魔物二人だった。ゴブリンのアッスとハーピーのチャミー。両方とも緑の体色をしている。三人はチームグリーンと呼ばれる偵察部隊だった。


「そんで子供はどうしたのかい? まさかそのままだってことはないだろう?」


 ハーピーのチャミーの紫色に塗られた口が鋭利に動く。ミランは思わず思いだし笑いをしてしまった。なんせ、あまりにも滑稽で、それでいてとても好みな景色だったのだから。


「ああ、そんなはずはないだろ。そのあとな、こいつの家に行ったんだ。皮が垂れてるだろ? そう、いったん剥いだんだよ」

「へえ、それを被っていったんですかい?」


 三下のような口調で喋るのが、ゴブリンのアッスだ。


「もちのろんよ。それでな、”帰ったぞー”って、言ってやったんだ。こいつの喋り方をまねしてな。するとよ、”おかえりー”ってよ、呑気にな。いまからおまえらを殺すってのに」


 ミランは笑いを抑えるのに必死だった。鋭い爪の生えた手で口をふさぐものの、クククとつい声が出てしまう。


「で、そこからは?」

「やってやったさ。先に子供だ。子供を殺してよ、そいつを操って母親を殺させるんだ。そのときの母親の顔ときたらよお……きたらよお」


 ミランは思いだしていた。血だらけになり、はらわたを床に垂らす娘の姿、すでに死んでいるはずなのに片手にナイフを持ち、ゆっくりと近づく姿。それを見る母親。腰をぬかしていた。口をあんぐりと開け、目を見ひらき、体中のありとあらゆる穴から水がふきだしている。「やめて、やめて」と懇願していたが、すでにリビングデッドと化した娘には届かない。なんどか刺され、それでも無抵抗を続けるのかと思いきや、ついに母親は金切り声をあげながら、自らの娘を殴りはじめた。ミランは思った。これでこそ、これでこそ人間だ! 自らの命、死にたくないという欲望、それをおびやかされれば、実の子供であろうとも暴力を振るい、すでに失くした命をさらに奪おうとする。ああ、楽しい。ああ、楽しい!

 それを事細かく二人に伝えると、アッスとチャミーも腹を抱えて笑いはじめた。

 

 あらかた死体で遊び終わり、笑いつかれた三人。ほっと一息ついていたところだった。

 

「おっ。出てきたよ」


 チャミーの声に振り向くように、ミランとアッスが屋根の縁から下を覗く。そこは路地裏。開かれた扉にはガラス細工が施してあった。

 ローブを着こんだ大人と子供。まるで誰かから隠れるように周囲を細かく見渡し、コソコソと動いている。アッスがいった。


「あのデカブツ、情報にありました?」


 アッスは小物だった。それを象徴するのが小人のような身長であり、小枝のように細い手足であり、それを繋ぎとめる卵のような腹である。そしてなにより声が高い。まるでチョークボードを爪でひっかいたように甲高い。こざかしく、プライドもなく、あさましい。だが、リーダーであるミランはそれをとにかく気に入っていた。それでこそ魔物らしいと。


「いいや、おれも初めて見た。もしやあいつか? あの娘とやりあったっていうのは」

「かもしれないね。アタイのもらった情報、魔力がぶつかった跡を見にいってみたけど、確かにすさまじかったよ。あれほどの戦闘はここ数年は起こっていないからね。あの体の大きさ、出しているオーラからすると妥当かもしれない」


 チャミーは気高い女である。まさにアッスと対をなすかのように。バチバチに化粧をほどこした鋭い目。羽の一本一本まで毎日のケアを忘れず、まるで丁寧に磨きあげられた大理石のように光り輝いている。


「どうしやす、ミランの兄ぃ」

「隙をついてあの娘を攫うプランだけど、やれるのかい?」

 

 屋根の縁から隠れ、アッスとチャミーはミランの顔をのぞきこんだ。

 ミランは考えるまでもなかった。


「やれるだろう。おれらなら」


◇◇◇◇


 チームグリーンは隠密行動が得意なチームだった。元が自然色であるため森での擬態が得意なほか、衣服を奪い、人に扮することにも長けていた。ひとえにミランのネクロマンスによる人間への理解の深さによるところである。人の立ち姿、歩き方、細やかな所作に至るまで、かれらはすべてを完璧にコピーしていた。

 目標である魔王の娘とその隣で歩く大男はすぐ前にいた。警戒心が強いのはわかっている。ついていくだけでピリピリとした空気が伝わってくる。だが、それでも気づかれることはない。チームグリーンの面々はぶかぶかの服でその身体的特徴を隠していた。しかし、かれらの姿はまるで人間の家族。死体から剝ぎとった皮膚でマスクを作り、チャミーによる特殊メイクで人の顔を再現している。人間に近いアッスに至ってはマスクを被る必要すらなく、ただ肌の色をクリーム色に仕立て、子供っぽい服を着せればもはや、やんちゃ坊主にしか見えなかった。


「ぱぱー、今日はどこいくの?」


 甲高い不快な声も、子どもと思えば不自然でもない。アッスの演技にミランは吹きだしそうになりながらも答えた。


「今日はね、お父さんたちの仕事を見せてあげようと思うんだ。なあ、母さん」

「ええ、そうよ。もしかしたら、あなたにも手伝ってもらうかもしれないわね」

「えっ、いいの!? ぼくもやりたーい!」


 三人で手をつなぎ合い、人を数人隔てながらついていく。目標はあたりを細かく見回しているものの、一向に気がつく様子を見せない。

 馬鹿か、こいつらは。ミランはあざけった。そして、かれ率いるチームグリーンの優秀さにも、より誇らしく感じた。どこからどう見ても一般人だ。時々、店の窓なんかにかれらの姿が映ることがある。アッスとチャミーの二人は特に気にすることはないが、ミランだけはそれをより注視していた。どこかに違和感がないか、かれ自身が襲いたくなる恰好ができているかと。

 完璧だった。弱々しく、平和で、幸せそう。穏やかな表情、争いとは無縁の立ち振る舞いが出来ている。もし、近くで喧嘩でも起こったのなら、止めにはいるでもなく、意気揚々と参戦するでもなく、見物するわけでもなく、ただ冷ややかな目をして遠くに去っていく。そんな雰囲気を醸しだしながら歩けている。ミランは所々で見つける鏡やガラスがどんどん好きになっていた。


 果たして、前を歩く魔王の娘とその護衛は、どこに向かっているのだろう。演技を崩さないまま、そう考える。順当に考えるのなら買いだしだろう。しかし、どこか違って見えた。歩きながら放つ意気揚々とした感じ。今まで隠れ潜んでいたとは思えないほどにワクワクとした感じ。警戒しつつも足取りは軽く、まるでハイキングにでも出かけるかのような。

 それを後押しするように、かれらは街の中心から離れはじめていた。ミランは推測した。もしやこいつら、街を出る気じゃあるまいな。


 アッスとチャミーに目くばせをする。二人もそう勘づいているようだ。だが、かれらはそれぞれ違う目つきをしていた。

 アッスは楽観的だった。もし街を出てくれるのなら、願ったり叶ったりだ。この窮屈な変装をすぐにやめ、背後から一気に襲いかかれる。単純明快、殺ることしか考えていない。対して、チャミー。彼女は、これはちょっとマズいぞと、不安そうな目つきをしている。それもそのはず。ミランも同様の考えだった。


 人が少なくなるのは、メリットでもありデメリットでもあった。アッスの考えるように襲いやすくはなるが、逆にその前に気づかれる可能性も格段にあがる。いかに変装をうまくやっていようが、ここまでずっとついてくるのは不自然に違いない。街の中心部であったならば人も多く、そこまでの違和感も覚えられないが、人が少なくなったのなら話は別だ。不意打ちがあまり意味をなさないのなら、作戦の難易度もあがる。大男の方はどうにでもなるが、あの少女だけはどうにもならない。魔王の遺骸から作り出した”力の抑制剤”。不意をついてそれを投与できればいいが、抵抗する暇を与えてしまえば、命がいくらあっても足りないだろう。


 そんな不安をよそに、前を歩く目標はどんどん街の外、森に近づいていった。ミランの内によぎる不安。もしや、気づかれているのではないか? もしや、森に誘導されているのではないか?

 人気のない場所にわざと誘いこみ、そこで一網打尽にするつもりではないだろうか。いいや、考えすぎだ。あいつらに後ろを振り向く素振りはなかった。気づけるはずがない。あいつら以外に、だれか協力者がいて、どこか遠くで監視でもしていない限りは。そんなことがあり得るか? 今まで隠れ潜んでいたあいつらが? 魔王の娘だなんて明かしたら、それこそ一巻の終わりのはずだ。協力者などいるわけもない。

 ミランはそう自分に言い聞かせながら、もう一度あらわれたなんの変哲もない家のガラスで自身の体を見つめた。どこも、なにもおかしくはない。普通の人間、三人家族。クリーム色のコートで緑色の体色をすべて隠し、剥いだ皮膚の上から黒髪のウィッグを被って普通の優しい父親を演じている。チャミーは元は白色の髪色を隠し、ブラウンのウィッグを身につけ、同じくミランと同じようなコートを着ていた。アッスはまるでピエロのように首元が膨らんだ服を身につけている。大丈夫だ、大丈夫。気づかれることは絶対にない。


 家々が少なくなり、かわりに緑が増えた。草と土がブロックの地面を侵食しはじめ、木々が見えてくる。建物はレンガ造りから丸太小屋になりはじめ、動物の声が徐々に聞こえはじめた。まだ真昼間であったはずなのに、あれほど多かった人通りはなくなり、ついにはチームグリーンと魔王の娘とその護衛だけになった。

 チームグリーンの三人は、一様に固唾をのんだ。かれらの脳内にあるのは、この状況、どうやって魔王の娘に抑制剤を打つかということだけである。注射器に入った紫色の毒々しい液体だ。この中で一番すばしっこく、かつ、こういう時だけ頭の切れるアッスが、腰の後ろに隠し持っている。すでに準備は万端だ。子供のふりをしたアッスは森に入ってからというもの、せわしなく尻を掻く素振りをしていた。ズボンの後ろに差しこんだ注射器をいつでも取り出せるように。ミランとチャミーもいつでも服を破いて戦闘できるよう、心がけている。前のあいつらが止まったら仕掛けよう。それぞれが同じ考えを持っていた。すると、待ち望んでいた瞬間がやってきた。


「そろそろ休憩しよっか」


 声がした。止まる。奴らが止まる。攻撃の瞬間だ。待ち望んでいた。やはり、おれたちは魔物。血を見るのが大好きな生き物。変装など、まどろっこしいことはもうやめだ! アッスが飛びかかる。魔王の娘、かれと身長の変わらない少女に向かって飛びかかる。ミランとチャミー、二人は大男だ。いっせいに服と被った皮を破き、爪を立てて襲いかかる。いや、待て。大男だと? さっきの声、やけに高かったぞ? ……女の声?


 ミランの脚はすでに地面を離れていた。大男の着ていたローブ、そのフードが剥がれ落ちる。黒と金が混ざった色、虎のような頭髪。女だ。男じゃない。しかも、ローブの中から突然聞こえた音。カラララ。大量の仮面が地面に落ちた。

 あっ! しまったあ!


 ミランが女の元にたどり着く瞬間だった。背中に妙な感触を覚えた。鋭く、熱い。しかし、冷たい。剣が突きたてられた。だが、妙に思ったのはそのことではない。匂いだ。不思議な匂いがした。同族?


「がはあっ!」


 鱗に囲まれた口から紫色の血が飛びだした。心臓を一突きだ。濁り、薄れゆく視界。隣を見れば、チャミーの濃ゆい化粧で彩られた派手な顔面が転がっている。遠くを見ると、アッスが腹部から両断されていた。

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