13 わがまま
「俺は魔王がどうやって死んだのか知りたい。どこを殴られ、どこを斬られ、どこを刺され、どう息絶えたのか知りたい。奴がどう苦しみ、死に際に何を吐いたのか。それがどれほどみっともないものだったのか、滑稽なものだったのか知りたいのだ」
スカルの前にいる二人、ネアとアイリスは彼の答えにぽかんと口を開けていた。それも仕方ない。まるで子供の願いだ。自分の憎む相手がどう苦しんだか、それを知りたいがためにわざわざ旅をする。しかも、命がかかった約束を反故にするような無茶を言っている。特に、ネアに至っては不快に思えて仕方がないだろう。危険極まりない”追っ手”から隠れもせず、いつアイリスに魔の手が忍び寄るか分からない。そんな冒険を許せるはずがないのだ。それも、こんなたわいもない理由で。
「ふざけてます?」
当然の返答だった。
「本気だ」
「理由を教えてください」
「俺は、勇者だった。魔王を倒すため、数多の冒険をした。多くの魔物を倒し、倒し、倒し……そして、敗れた。魔王にはたどり着けなかった。俺は失敗作だ。君は知っているだろう。俺の心を覗いたのだからな」
ネアは気まずそうにうつむくばかりだ。
「そうだ。俺は人々を助けるためにやっていたわけではない。復讐のため、そして――」
ふと、視線に気がつく。アイリスが見ている。さっきまで下を向いていたアイリスが。吐き出そうとした言葉が喉の奥に引っ込んでいくのを感じた。これは、見栄なのか? いまだに見呉を気にしているのか? スカルは奥に詰まった言葉を次々に湧いてくる怒りや恥辱の感情と共に吐いて捨てようとした。だが、出てこなかった。あんぐりと口を開け、体の底から湧き上がる空気がせき止まるのを感じる。スカルはごまかすように咳ばらいした。
「ごほっ! アイリス。俺も君と同じだった。故郷を焼かれ、親、友、初恋の相手、すべてを焼かれ、殺された。魔物たちが憎くて仕方なかった。そしてなにより、それを束ねる魔王を殺したくてたまらなかった。だが、俺はたどり着けず、代わりに南の勇者とやらが魔王を倒した。その無念。俺自身が剣を突き立てたかった気持ちは今でも変わらない。しかし、そう思い続けてもしょうがないのだ。だからこそ、それを振り払うためにも会ってみたい。真の強者、南の勇者に」
これは自身に対する言い聞かせでもある。が、スカルはそのことに気が付けていなかった。
ネアはやはり納得できていないようだった。腕を組み、言葉の意味は理解しているようだが、それでも独りよがりであることには変わりない、と。
「で、アイリスちゃんはどうなりますか?」
「連れていく」
「……はあ」
彼女の口から出た特大のため息。失望とあきらめがこれでもかとこもっていた。
「分かっていますよね、”元”勇者さま。アタシはこれでも、あなたのことを信用していたつもりです。あなたはちゃんと約束を守る人だと。でも、あなたの”わがまま”からは、それが一切感じられない。一体、どういうつもりですか?」
「心配しなくとも、約束は守る。それと逆に聞くが、ずっとここに居続けるつもりか?」
「そっ、それは……」
ネアの表情がひきつった。
「いずれ、ここから去る時は来ると思います。でも、それでも新しいところに隠れて……」
「隠れてどうする。ずっと隠れ、逃げ続けるだけか? 影の生活をこの子に送らせ続けるつもりか?」
「ぐっ……! それでも、奴らに捕まるよりかは……」
「本当にそうか? この子がやりたいことは無視して?」
これはいじわるな質問だった。彼自身も、そしておそらくネアでさえ、アイリスの夢である魔物の駆逐は叶わないと分かっている。だが、それを真っ向から否定する訳にもいかない。それが長年付き添ってきた身内ならなおさらだ。当然、ネアは押し黙るしかなかった。彼女は苦し紛れに自身の従妹に目を向ける。
「あっ、ア――」
「君はどう思う。アイリス」
主導権を握らせる訳にはいかなかった。彼女には恩義がある。一度は魔に堕ちかけていたのを救ってくれた。だが、それとこれとは話が別だ。彼はもとより”南の勇者に会う”という目的、そのついででこの街に寄った。そして想定外の戦い、そしてさらなる想定外な荷物を背負わされようとしている。それなら、こちらの頼みの一つも聞いてもらいたいというものだ。それだけは譲れない。
アイリスは特段悩む様子を見せなかった。それどころか、前のめりに答えた。
「ネアお姉ちゃん、ごめんなさい。私、お兄さんの旅についていきたいです」
「……へ?」
ネアの顔色が青くなっていく。
「私……二人の言ってること分かんないです。ここに居続けるか、お兄さんについていくか。なんか、私、かやのそとっていうか。それでも、どちらかを選ぶとするなら、お兄さんと一緒に南の国ってところに行ってみたい。魔物を殺すとかそういうのじゃなくて、ただ行ってみたいんです」
彼女はまだ子供だ。悲惨な運命に巻き込まれながらも、未だ12歳の少女。こんな小さな店が世界のすべてだとすると、あまりにも悲しすぎる。冒険に焦がれてもいいではないか。スカルは戦いに身をささげた自らの少年時代を思い返し、そう感じた。彼女がそう選択してくれるのなら、せめて彼女が戦いに苦しむことがないようにしよう。スカルが盾となり剣となるのだ。こんな年端もいかない女の子に、これ以上剣を握らせてはならない。いかに強大な力を持っているとしてもだ。
おそらく、それはネアも同じだろう。彼女は隠れることでそうさせようとしている。アイリスに戦いという選択肢を排除させようとしている。だが、それは彼女自身を縛ってしまうことに他ならない。その狭間で今、彼女は揺れ動いているのだ。
ネアは椅子に座ったアイリスの前で屈んだ。少女の両肩に手を置き、目を見て話す。今度はアイリスも彼女の眼をしっかりと見つめていた。
「……アイリスちゃん。これだけは聞いてほしいの」
うなづくアイリス。ネアは大きく深呼吸をすると口を開いた。
「アタシはやっぱり、あなたを危険な目に合わせたくない。家族だから。まだ子供だから。もしスカルさんについていったら、”追っ手”たちはより厳しくあなたを追うと思う。アタシはそれが、すごく”嫌”。隠れ潜んでいようと、あなたが無事なら、何事もないのなら、アタシはとても”幸せ”なの」
ネアの目が少しずつ赤らんでいく。彼女自身も分かっているはずだ。それがただ、自分のためであることに。エゴに巻き込んでしまっているということに。しかし、吐き出すことを止められない。本音は、決壊したが最後、すべて流し終えるまで終わらないのだ。アイリスもそれをただ聞いていた。うなづきこそなかったが、目と目を合わせて心の奥から声に耳を傾けている。
ネアはアイリスの純真無垢な瞳を見つめると、ぎゅっと口をつぐんだ。そして、意を決したようだ。彼女は掴んでいたアイリスの肩をより強く握りしめると、力強く言い放った。
「わかりました。一緒に行きなさい」




