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11 幻影

――幻影(ファントム)


 それが夢の正体だった。スカルは剣を振りはらう直前で硬直した少女の後ろに立っていた。

 相も変わらず肩を揺らしている。魔物となって疲れは知らないはずなのに、なぜか息苦しい。人間の時の悪癖がまた出た。こうなると動きが鈍くなる。どうにかしなくては……。


 幻影(ファントム)、奇術師ハムラー。これは奥の手だった。

 元は自らの手品を完璧なものにしたいと願った奇術師が編み出した単なる催眠術だった。しかし、”欲望の剣”により力が増幅され、ついには魔王をも想起させるほどに強力な戦士を一時停止させるほどの術にまで成長した。それをスカルは自らの体にインプットしたのだ。命を断ち切るほどの攻撃を受ける直前に発動するように、と。


 スカルは、目の前の少女が見ている幻影(ゆめ)を知らない。ただ、何か心の奥に刻まれた物が現れるということは確信していた。術者と被術者、その両方の心を合わせ、より強固なトラウマを築き上げる。”欲望の剣”は、ただの手品をそう磨き上げたのである。


――できれば、これを使いたくはなかった。


 これに手を出すこと。それは実質的な敗北だ。今、”欲望の剣”から引き出せる記憶――常人の数倍をも誇る手札――をもってしても、彼女には勝てなかった。それほどまでに実力が乖離していたのだ。彼は背中を向けながらピクリとも動かない少女を見下ろし、ただこう思った。「勝ちたかった」、と。


 スカルは剣を振り上げる。殺したくはない。できることならやりたくはない。しかし、やらねば。

 ここで見逃せば、彼女は幻影から覚め、また追ってくるだろう。今後どれだけ手札を増やそうとも、彼女に勝てるビジョンが思い浮かばない。それどころか、容易く蹂躙される予感しかしない。南の勇者に会うという目的を達するためにも、彼女は邪魔だ。


『そうだ。殺せ』


 彼女は、強すぎる。


『邪魔者は消せ』


 彼女の斬りかかる時の目。それは――


『憎き魔王の目だ』


 魔王は、


『仇』


 魔王は、


『死ななければならない』


 誰が殺す?


『お前だ』


 誰が勇者だ?


『お前しかいない』


 そうだ。俺こそが!


――勇者!!


「待って!!」


 声がした。スカルが剣を振り下ろそうとしたその時だ。森の奥から叫び声が聞こえた。

 軽い足音。土と草を踏み走る音。月光に照らされて見えた姿。それは、あの仮面屋の女だった。


 スカルの手が止まる。女は森から出ると、息を荒げて立ち止まった。スカルの剣が振り下ろされないのを見ると安心したようにため息をつき、膝に両手をついて息を整える。


「はぁ、はぁ……。待って……、その子だけは」


 ある程度呼吸が落ち着いたのか、疲れにふらつきながらも近づいてくる。だが、スカルはあくまでも剣を下さなかった。すでに剣先は少女の首元すれすれ。いつでもその細く柔く白い首を断ち切れるほどの距離である。


「なんだ」


 スカルは冷たく言い放った。


「なぜ止める。勝敗は決した。俺にはこの子を殺す権利がある。その力も、状況も整っている。邪魔をするなら、まずはお前から斬るぞ」


 そうだ。彼女は殺さねばならない。殺さなければ殺される。しかも、今の今まで何度も命を奪われそうになった。それが廻ってきただけだ。この子が本気で殺しにかかってきたのだから、こちらにだってその権利はあるはずだ。剣を握るスカルの手に力がこもる。しかし、女は歩みを止めなかった。むしろ大股で力強く近づいてくる。


「うそつき!」


 女の口から押し付けられた言葉。スカルの体はびくりと揺れた。

 彼女は近づきながら続ける。


「アタシ、あなたと出会って全然時間経ってないけど、分かる。あなたの心を覗いたから。あなた、そんな人じゃない!」


 一歩一歩、地面を踏みしめる。


「あなたは自分の危険も顧みずに、みんなを助けようとした! いつでも逃げることが出来たのに、必死に魔王に立ち向かった!」


 スカルは少女の首から剣を離し始めた。刃をプルプルと震わせながら。しかし、その切っ先は無力であるはずの女に向かった。


「くっ、来るんじゃない!」

「怖かったはずなのに、勇気を出して幹部に挑み、敗れても屈しなかった! 弱い人たちのために! みんなを守るために! たとえ魔物であっても命を奪ったことを後悔していた! そして、痛いはずなのに、満身創痍のはずなのに、あなたはあのダンジョンに――」

「だまれ! それ以上、言うな!」


 すべてが仮初め。すべてが嘘。欺瞞に満ちた人生。魔物を倒したこと、魔王に挑んだこと、人々を助けたこと、さらなる力を求めたこと。もし、それらがすべて”自分のため”であるならば? スカルは恐怖した。どこかに浮かぶその疑問に。それを突き付けられることに。

 この女だってそうだ。騙されている。(にく)自分(スカル)に。彼の体を支えている内側(ほね)のことを知らない。仮に心を覗いたとしても、それが美化され、飾り付けられたものならどうだろう。どす黒い欲望を知らないのならどうだろう。なんせ、彼女は心の奥底まで見ていないのだから。


 スカルは叫んだ。「来るな、来るな!」と、必死に。何度も何度も。だが、女は近づいてきた。彼の言葉を無視しているのか? ただ、少女を助けるために? 否。彼女はスカルさえも救おうとしていた。

 気がつくと、手を握られていた。剣は下され、黒手袋越しに握られているのが分かる。触覚(はだ)はすべて剥がれているというのに、女の体温が分かった。今まで感じてきた鉄の冷たさとは違う。人の温もり。鼓動。ただ手を握られているだけなのに、全身を包みこんでくるような。


 女は言った。


「あなたがどう思っていても、やったことは変わらない。あなたがどれだけ自分を否定しようと、みんなを守ろうとした……いいえ、守ってきたことは変わらない。それだけは分かって」


 顔を覆ったマフラーの下。すでに分泌する器官などないのに、涙があふれた。

 しかし、彼の握る”欲望の剣”。それを離すことはできなかった。

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