10 夢
「お兄さん、弱いね」
被ったローブを掴みあげられ、途切れた背中から土がこぼれる。だが、スカルは無抵抗だった。がくりとうなだれ、意識を失っていたのだ。
剣は辛うじて握っていたが、それも時間の問題。手を離すのが先か、とどめを刺されるのが先か。少女の漆黒の眼光が、あまりにも軽いローブの内側に突き刺さった。
少女は淡々としていた。一度は追い詰められていたにも関わらず、息ひとつ乱れていない。まるで魔物を殺したことが、殺せたことが当たり前のようだった。黒く淀んだ瞳の奥に、青く見えた悲しみの瞳。それは強者ゆえの孤独なのだろうか。勝利に喜ぶことなく、昂るわけでもなく、ただただ退屈さが滲みだしている。
「ほんと、なに考えてたんだろ」
言葉を失くした骸を前に少女は思いを馳せた。仲間を呼ぶことは容易かっただろうし、準備の時間だってたくさんあった。なのに罠ひとつ用意せず、ただ自分の身だけで挑んできた。勝てるとでも思っていたのだろうか。いいや、剣を合わせた時に感じた。この魔物はわりかし強い。相手の実力を推し量るぐらいの力はあっただろう。ならば、こんな無謀な戦いに喜び勇むことはなかったはずだ。
少女は考える。この魔物はよっぽど”戦士”のようだ。正々堂々と戦うことを生業とし、決して驕らず、敗北をも受け入れる。力こそ弱いけれど、心の強さでいったら上を行っている。
「お兄さん、ごめんね」
彼女は魔物に対して、生まれて初めて敬意を抱いた。片手でローブを掴みながら、もう一方の手で大鷲の剣を掲げる。切っ先を向け、とどめを刺す。ずる賢い魔物のくせに正々堂々と戦った彼に対するせめてもの礼儀だ。この一刀で楽に逝かせてあげよう。あなたはよく頑張った、と。そうして剣を振り上げる――その時だった。
「すまない。俺は、そこまでの男じゃないんだ」
突然、声がした。少女は沈黙していたはずの半身に驚愕の目を向けた。
いったいどこから? さっき切り裂いた魔物の上半身から? いいや、違う。この声は……後ろからだ!
少女の額に汗が浮かぶ。顔は一気に青ざめ、体が強ばった。
彼女の全身を包む初めての感情。恐怖。後ろを振り向けない。というより、すでに体が行動を起こしている。剣を振りかぶり、彼女自身が掴みあげた魔物の上半身を叩き切る。それがすでにプログラムされ、その通りにしか動けない。意志に反している。ダメだと言っているのに、体が言うことを聞かない!
どうして! どうして体が勝手に動くの!
少女は動き続ける体に困惑を強く突きつけながら剣を振り下ろした。だが、その時だ。剣はローブを切り裂いた。しかし、少女の瞳に映った魔物の姿。それはまさに地獄だった。
「……ヒッ」
呼吸が逆流する。叩き切った緑色の布から現れたのは骸骨だった。それだけならまだいい。ただのスケルトンなど、彼女にとっては恐れる対象ではないのだ。しかし、それは増殖し始めた。叩き割られた骸骨の頭が分裂し、二つの頭。さらに割かれ、四つ、八つ、十六。腕が生え、四、八、十六、三二。それらは際限なく増え続けていった。しかも瞬く間にである。
増え続ける骸骨は視界を覆うばかりではなく、周囲をも取り囲んだ。地面は白く染まり、空は夜の暗さをより暗黒に塗りつぶす。血の水流が足に憑りつき、まるで何かに掴まれているようだ。少女は呆然とするしかなかった。この広がる光景、死者の墓標、そして遠くに浮かぶ漆黒の太陽。
「なに、これ……」
少女は言葉を失った。だが、彼女は見つけた。見つけてしまった。罪人の国、そこに眠る一体の骸骨を。
それは白色の外殻の上に、彼女と同じ金髪を生やしていた。
『ドウシテ……』
死体の山の下部に埋まっていた一体は、這いずるように抜け出した。骨の塔に手をかけ、赤い海を掻く様にゆっくりと向かってくる。一つの栓が抜けたからか、死体の山が鳴動する。ゴゴゴ、ゴゴゴ……。骸骨たちが、新たな仲間を歓迎しようとしているのだ。
少女は声に出さないまでも拒絶した。近づいてくるそれから離れようと足を引こうとする。だが、赤い海から伸びる白骨の手が彼女の細い足首を強く掴んでいた。逃げられない。向かってくる。
金髪を生やした骸骨はどこかひょろりとしていた。骨の姿になろうともどこか柔らかく、どこか艶めかしい。骨盤が広く、頭蓋骨は小さかった。カタカタと顎が揺れる。ガラガラとした声がする。
『ドウシテ……!』
「こっ、こないで……」
拒絶。少女の顔から血の気が引いていく。
『ドウシテッ!!』
「こないでよっ!」
足を掴む骨たちの手を振りはらおうとするが、駄目だった。逆に力が強まり、まるで万力のようである。
女の骸骨が迫りくる。手足を広げ、まるで四本足の動物のように。カラカラ、カサカサ。
近づくにつれ、速度が上がる。カサカサカサッ!
動くたびに赤い湖の水が跳ねた。ドチャドチャドチャ!
そして開かれる骸骨の口。その咆哮。それは地獄を震えさせた。
『ドウシテワタシヲコロシタノォォォォ!!』
「こないでよおお!!」
少女は剣を振り上げた。




