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中編

 目を開けると懐かしさを感じた。ここは、俺が過去に使っていた研究室だ。あの頃のままの部屋は、俺が過去に戻ってきたことを意識させた。


 「おや、感慨にふけっている場合かね?」

 「時の使者…。貴様もいたのか。」

 「勿論。他人を過去に送るのは初めてでね。不安でついてきたのさ。」

 「………そうか。」


 俺が過去に戻ってすべきことはただ一つ。使者の使命を変えることだ。元々彼らに課した使命は人間を襲うこと。

 しかし、過去に戻り使者を造る時代に戻ったのならまだ間に合う。


 「あぁ。なるべく急いでおくれ。ずっと過去にいれるわけじゃないんだ。時が過ぎれば元の時間に戻らなくてはならない。」

 「………分かった。」


 記憶の操作は上書き出来ない。つまり、俺の知識を入れた人間達を戻すことは出来ない。

 可能なのは使命を与えることだけだ。そのことに安堵する自分へ、嫌悪感を覚えた。


 「聞け。貴様らの使命は人を助けること、だ。」

 ただひとこと、目を覚ましてぼんやりしている人間へ宣言する。


 「おっと、時間みたいだ。さぁ帰ろうか。」


 時の使者の言う通りに、俺は再び暗黒の球体へと吸い込まれる。


 次に目を覚ましたの喧騒の聞こえる部屋の中だった。ここは何処かと確認する前に、思考が止まった。

 「目、覚めた。おはよう。」


 俺の前にいるのは誰であろう、リィーだった。


 「リ、リィー!おれ、俺は…!」

 「っ!?」

 「ちょっとちょっと旅の方!リィーちゃんびっくりしてるじゃないですか!」


 部屋の扉を開けて、一人の少女がやって来る。彼女は確か、リィーと共に住むと言っていた少女だろうか。


 「すまないねぇ。彼、彼女を知り合いの誰かと間違えたみたいだ。」

 「そう、なんだ。………大丈夫?うなされてたけど。」

 「あ、あぁ。平気だ。」

 ベッドの横には時の使者もいた。そして、彼の言葉で気付く。過去を変えたことで、リィーは俺のことを知ることはなくなったのだ。


 「世話になったな。お代は…」

 「隣の人から貰ったよ。」

 「あぁ、君の金を出しといた。」

 「そうか。」

 ちゃっかりしている時の使者と共に、俺は部屋を出た。ここはどうやら宿だったようだ。

 それにしても、外が賑やかだ。リィーがいるということはあの寂れた集落なのだろうが。


 そう思って外に出ると驚く。なんと、考えられないほど人がごった返しているのだ。


 「こ、これは…?」

 「お祭りがあるの。皆で踊るんだ。」

 「そうなんです!リィーちゃん発案なんですよ!お陰で村も賑やかなって!」

 「…………そうか。良かったな。それじゃあ俺はこれで。」

 「うん。じゃあね。」


 リィー達に背を向けて俺は村を出ようとする。

 「おや?祭りには参加しないのかい?」

 「あぁ。…………したかったか?」

 「否定すれば嘘になるが、まぁ構わないよ。私達にはやることがあるしね。」

 

 村を出て、道なりを歩く。使者の使命を変えたからか、とてつもなく平和だ。モンスターがそこらを歩くことはなく、村人が助けを求めていることもない。


 「それで、時の使者。やることとは?」

 「うーん、時の使者って何だか長ったらしくないかい?」

 「それじゃあどう呼べば良いか教えてくれ。」

 「そうだねぇ、時の使者だからトキナなんてどうだい?」

 「で、トキナ。やることとは何だ?」

 「反応が薄いねぇ。まぁ良いけれど。あ、やることだね。簡単だよ。今に見てると良い。」

 「?」


 トキナはそう言うと虚空を眺める。いや、ただの虚空ではない。黒い斑点のようなものが散らばる空間だ。

 それが何なのか、問う前に斑点は繋がり一つの球体になる。


 そこから手が這い出る。それは生者のものではない。明らかに命を終えたもの、死者のものであった。


 「………あれは、何だ。」

 「あれは歪みだよ。過去を変えたことによって、私達はズレをどうにか清算しなくちゃならない。」

 「それが、形になって襲ってくるのか。」

 「その通りさ。私達がアレに負ければ歪みは今を飲み込み、元の悲惨な世界に逆戻りというわけだ。」

 「…………そうか。」

 「おや、緊張しているのかい?負けるかもしれない、なんて。」

 「まさか。俺はこの世で最も強い。それはいつだろうと変わらない。」

 「ははっ!そうだね!そうこなくちゃだ。」


 トキナと会話を終えて、俺は剣を抜く。黒い球体からは山程の動く死体。それと、見知った人間が現れる。

 「リィー…、」

 「言っておくけれどあれは彼女自身じゃない。」

 「あぁ。だろうな。」


 気を引き締めて、動く死体を斬り伏せる。それらは山のようになるかと思われたが、そうはならなかった。

 動かなくなったかと思えば塵のように自壊し、何もなかったかのように消え去ったのだ。


 それを見届け、俺はリィーへ剣を向ける。彼女へ剣を向けるのはこれが初めてではない。だからといって、軽々しく出来るわけではないが。

 それでも、この世界の彼女が幸せであるためにも、俺はリィーの首をはねて四肢を切断して、動かないように処理をする。


 「は、はぁ、はぁ、」

 「お疲れ様。まっ、これで終いじゃないからね。始めようか。私達の歪みを直す旅を。」


 こうして俺はトキナと旅を始めた。


 トキナ曰く歪みの発生源には法則があるらしい。リィーの件から考えるに、使者の近くに現れると踏んだ俺達は使者を探すことにした。


 「うーん。色んな話が聞けるところでもあれば良いんだけどねぇ。」

 「思い当たる節はある。が、俺は行けない。代わりに行ってくれるか。」

 「?別に良いけど…。」


 ナレザの提案通り、トキナはリィーの居る村の酒場に行った。どうやら、ここならば沢山の話を聞けるそう。

 「全く。ナレザは行かないのかい…。」

 一人で呟きながら酒場の扉を開く。


 「いらっしゃい!こりゃあ若いお客さんだ!」

 「あはは、それはどうも。オススメの酒を1杯くれるかな?」

 「あいよー!ウチのオススメはおっきいのだ!少し待っててくれ!」

 パワフル店主に迎えられて、トキナは店内のカウンターに座る。確かに、ここでは色んな話が耳に入る。

 家庭内の与太話、陰謀めいた話、流行の服。その中で、興味深い話が耳に入った。


 「聞いたか。あそこの花畑。」

 「おう聞いたぜ。坊主が来てから珍しいのがわんさか生えるようになったんだろ?」

 「そうそう。ウチの嫁さん学者でね。最近はその花畑に付きっきりさ。」

 「ははぁ〜。旦那より花とは寂しいなぁ。」


 トキナの記憶では植物を操る使者が居た。もしや、彼がその花畑に居るのかもしれない。

 良い情報を得れたと満足気にしていると店主が店の奥から出てきた。


 「お待たせ!おっきいの一つとツマミだ!」

 「ありがとう。……………む、美味しいねこれ。」

 「おぉ!この味が分かるとは、坊っちゃん苦労してるねぇ…」

 「はははっ。でも、若い頃の苦労は悪いものじゃないって聞くよ。」

 「だな。でも、追い詰めすぎんのも良くない。だから、疲れ切った時はまた酒場に来てくれよ!」

 「そうするよ。ご馳走様。これ、お代だ。」

 「おぅ!………ん?坊っちゃん、金多いぞ!」

 「あぁ、それは私の友人からさ。今日は来れなかったからね。」

 

 酒を味わったトキナはナレザと合流した。そして、先程聞いた花畑の話を伝えた。

 「花畑…確か、茨の使者がいたな。」

 「茨の…よし。それじゃあ行こうか。」

 「あぁ。………トキナ、酔ってないか?」

 「はははっ!思いの外あそこの酒は美味しくてねぇ!」

 「そうか…。今なら、俺も飲めるだろうか………。」

 「どうかしたかい?」

 「いや。」

 ナレザははぐらかしてトキナと共に件の花畑へ向かった。


 俺とトキナがやって来たのは一面鮮やかな花だらけの場所だ。俺は記憶の使者として様々なものを見てきた自負があるが、ここにある花は俺の予想を超えていた。

 

 「見てくれナレザ!あの花、噴水のように水を噴き出すみたいだ!」

 「本当だ…。凄いな。」

 これを茨の使者がやっているとしたら、感嘆しか湧いてこない。そして、同時にこれ程の才を人を襲うことへ強要してしまったことを惜しく思う。


 しみじみと花を眺めていると怒鳴り声が聞こえた。


 「僕、言ったよね!?この辺りでは火の取り扱いに気を付けろって!」

 

 この声は聞き覚えがあった。俺はトキナと共に声の発生源へ向かう。すると、そこでは一人の少年とガラの悪い青年が向かい合っていた。

 「ちっ。うっせぇちびだな。この花が、何だって?」

 

 青年は悪態をつきながら近くの植物を乱暴につかんで引っ張る。花は力に抗えず、無造作にちぎられてしまう。


 「っ!お前…。」

 「どうしたちびすけ。睨んでも花は戻らねぇよ?」

 「…………ううん。戻るよ。」

 「あ?何言って、うわぁっ!?」


 青年に千切られた花は突然蠢き、その腕へと巻き付く。音がなるほど巻き付くので、青年の顔は青くなる。

 このままでは絞め殺されるのではないか、と。そんな恐怖に包まれた時、花は力を緩めて青年を突き飛ばした。


 「はぁ。これに懲りたら、僕の花畑に乱暴しないでよね。」

 「わ、分かった。もうしねぇ!これからは1日に100回でも200回でも水やりしにくる!」

 「水はあげればいいもんじゃないの!そんなにあげたら枯れちゃうだろ!」

 「す、すまねぇ!て、適度に、水やりを、するから、」

 「うん。それでお願いね!」

 

 一部始終を見た俺は自然と笑みをこぼしていたのに気付いた。この笑みがなんと身勝手なことなのかは、理解していたが、それでも茨の使者の姿を見れて良かったとも思った。


 「あれ?君達、観光客?」

 「………あぁ。俺はナレザ。こっちはトキナだ。」

 「僕はラートよろしくね。観光なら火の取り扱いには気を付けてね。皆が燃えちゃうからさ。」

 「あぁ。分かった。」


 皆、と言ってラートは花を見る。慈しみを持ったその瞳は、前の世界では考えられないぐらい優しさに満ちていた。

 俺達はラートと別れて花畑周辺を探索する。恐らく、この辺りで歪みが発生するはずだ。


 「ナレザ。やって来たようだ。」

 トキナの目線の先には、黒い斑点が球体へと変化しようとしていた。剣を抜き、構える。

 すると球体からは棘のある植物が勢いよく這い出てきた。咄嗟に俺は空中へと避難する。


 しかし、蔓はねちっこく俺を追う。それが空中であろうと変わりなく。


 「は、はぁ、はぁ。」

 妙な倦怠感に襲われながらも応戦する。が、空は本来人間のいる場ではない。自由のきかない空中で、蔓は手足を掴み、拘束する。


 「ナレザっ!くっ、かくなる上は…。」

 トキナが俺を呼ぶ。それと同時に何かをしようとするが、乱入する人物を見て手を止めた。


 「なんのモンスターか知らないけど、僕の花畑で暴れないでよね!」


 やって来たのはラートであった。彼は俺をみると、此方へ手をかざす。その行為に首を傾げた瞬間、視界が真っ暗になる。

 俺が大きな花に包まれたと気付いたのはしばらく経ってからだった。

 

 花の中はやや暗くとも温かく、謎の倦怠感も和らぐようだ。


 「ごめんね、僕の花畑でこんな事が起きるなんて。君達は逃げなよ。」


 花から出た俺にラートは言う。だが、俺がここで逃げるわけには行かない。


 「悪いがそうもいかない。」

 「?なんで?僕を助ける理由があるの?」

 「………………………あぁ。俺は、人助けをするために旅をしているんだ。」

 どの口で人助けなんて言っているんだ。そう思って、拳を握りしめる。


 「人助け…。へぇシンパシーを感じるよ。それじゃあ協力頼もうかな!」

 そう言ってラートは手のひらを蔓と黒い球体へ向ける。すると落ちた花弁や葉が激しい風に乗って蔓の方へ襲いかかった。


 勢いの良い植物に阻まれて蔓の棘は落ち、動きは鈍る。


 「トドメは任せたよ!」

 「あぁ!」

 ラートの声に合わせて、俺は蔓を切り裂く。その後ろに控えていた別の世界の茨の使者もまた斬る。


 「ふぅ。助かったよ。ナレザさん。」

 「終わったかい?私、もうでてきて構わないかな?」

 「トキナさん、いったい何処にいたの?」

 「いやぁ隠れていたんだ。何せ私は戦う力がないからね。」

 トキナの言うことは嘘ではないのだろう。恐らく彼が戦おうとすると未来や過去から何かを持ってくる形になるはず。

 そうすると歪みが発生するだろう。今の彼は、そんな方法をとるとは思えなかった。


 「あれ?もう行くの?」

 「あぁ。」

 「そっか。僕の花畑にいつでもおいでよ!君達の人助けが上手くいくことを願ってるから!」

 ラートの善意からの言葉が俺の胸を刺す。身勝手な俺と比べて、彼はこんなにも眩しい。


 「さぁ行こうかナレザ。」

 「そうだな。」


 俺はトキナと並んで次の使者を目指す。

 

 「リィー、ラートと来たら次は愛の使者あたりか…。」

 「何か順番があるのかい?」

 「あぁ。俺が戦った使者の順だ。といっても逆だがな。」

 「へぇ。愛の使者ねぇ。いったい何処にいるのやら。」

 道を歩きながら俺はトキナと話す。ラートは茨の使者ということで花畑に居たが、愛の使者が何処にいるのかは全く見当がつかない。


 「考えても仕方がない。何処か適当な町に入ろうじゃないか。」

 「そうだな。」

 トキナの提案通り、近くの町に入ることにした。ここで何かめぼしい情報が得られると良いが。


 俺の考えは甘かったらしい。愛の使者らしき情報は一つも入ってくることはなかった。昼食をとりつつ、つい溜息が出てしまう。


 「おやおやナレザ。溜息はいけない。幸運が逃げてしまうからねぇ。」

 「すぅ。」

 「…………吸えば良いってものでもないよ。」

 冷静なトキナの突っ込みを受けつつ、俺は注文の為に店員を待つ。ここのメニュー名はやたら長い。


 俺が注文したいのは『今日の私の気まぐれおまかせランチ〜存分に味わってくれたまえ〜』。トキナが注文したいのは『おかわりせずにいられるだろうか。いいや、いられない。私の特製プレート』だそうだ。


 店員がやって来る。

 「お待たせ致しました。ご注文をお伺いします。」

 「えーと、私は『おかわりせずにいられるだろうか。いいや、いられない。私の特製プレート』をお願いするよ。」

 「俺はこのおまかせランチだ。」

 「はい。特製プレート1点とおまかせランチ1点ですね。少々お待ちくださいませ。」


 注文を受けた店員は俺達の座るテーブルから離れていった。トキナは何か言いたげに俺を見つめる。

 「私、しっかりメニュー名を言ったんだけれど…。」

 「特製プレート呼びだったな。」

 「………これじゃあ恥をかいたみたいじゃないか……。せめて君も全て読み上げて注文してくれればよかったのに…。」

 「流石にあの長さは躊躇う。」

 「そうかい…。」


 そんなことを言っていると、俺達が注文したメニューがやって来る。名前は兎も角、見た目は良い。

 フォークを手に取り、煮込まれた肉を口へ運ぶ。柔らかいそれは、食感だけでなく味も確かだった。欠点といえばやはり名前ぐらいだ。


 「………おい、トキナ。俺の皿に野菜を移すな。」

 「いやぁ、君、野菜すきだろう?」

 「別に好きではないが。」

 「またまた。遠慮せず食べると良い。」

 「おい、やめろ。」

 結局、俺は押しつけられた野菜を平らげた。トキナは何故かデザートまで注文しようとしていた。

 そこまで食べるのならば野菜も食べて欲しかったのだが。


 昼食を終えた俺達は町を出て、別の町を訪れていた。ここでも、収穫らしい収穫は得られそうもない、そんな気がする。

 「…………トキナ。貴様、やけに上機嫌だな。」

 「そうかい?」

 「あぁ。愛の使者が見つからないというのにな。」

 「はははっ。いやぁ、こうやってご飯を食べて町をぶらつくのは、友人らしいだろう?」

 「友人…。」

 「そう!私の憧れの一つでもあってね。」

 「そうか。」


 浮足だつトキナは、建物の曲がり角で人とぶつかってしまう。


 「す、すまない。前を確認していなかったみたいだ…。」

 「うぅ…。痛かったわ…。貴方、誰にぶつかったか分かっているんでしょうね!?」

 「申し訳ない。何処か折ったりしてしまったかな。」


 トキナは倒れた女性に手を差し伸べる。俺はそこへ視線を移すと、思わぬ収穫に嬉しくなった。

 地べたに座り込む女性こそ探していた愛の使者なのだ。トキナもそれに気付いたのか、俺へ目配せをした。


 彼女がここにいるということは歪みも近くで発生するはずだ。


 「もう!どこも折ってはいないわよ。」

 「シィフ様〜!大丈夫ですか!?この野郎、何処に目つけてんだ!」

 「そうだそうだ!ここが誰の町だと思ってる!?」

 騒ぎを聞きつけたのか、あっという間に人が集まってくる。人々は老若男女問わず、数多くいた。

 共通点は見られないが、全員この町の住民なのだろうか。


 「えーっと、私達、旅の者でね。この町のことをよく知らないんだ。」

 「はぁ〜。仕方ない。なら教えてやらァ!この町はここにいる御方、シィフ様が統べる町!」

 「町民の皆を愛するシィフ様に怪我なんてあればこの町人全員が、黙っちゃいないよ!」

 「怪我はないわ。私の美しい体にも傷一つ付いてないもの。落ち着きなさい。」


 熱を帯びていく町民にシィフは落ち着くように言う。なるほど、確かにこれは愛の使者だ。


 「それより、この町をよく知らないと言ったわね?宿はもう決まったかしら。特別にこの町とっておきの宿へ招待するけれど。」

 「良いのかい?丁度どうするか考えていたところさ。」

 「そう。それは良かったわ。なら、日が暮れたらここに来ることね。後悔はさせないわ。」


 シィフは地図を渡して町民と共に去っていった。何だか台風のような女性だ。


 俺達は日が暮れるとシィフに渡された地図の場所へと向かった。そこは宿というにはかなり豪華で荘厳な所であった。

 表現としては城の方が適切な気がする。


 「あらいらっしゃい。昼間はごめんなさいね。それじゃあここでゆっくりなさい。」


 シィフは慌ただしげにそそくさと去っていった。何か用事があったのだろう。俺達は案内された部屋へと入る。

 中はやはり広く、2人では勿体なく感じるほどだ。


 「ここは随分広いねぇ。そうだ。この宿の中をもう少し探索しないかい。」

 「わかった。」

 トキナと共に俺は広い廊下へ出る。踏み心地のよい深紅の絨毯の上を歩いていると話し声が聞こえた。


 「…………それで、あの黒いのはまだ町の近くにあるのね。」

 「はい。そこからモンスターが出たという情報も…。」

 「………分かったわ。私がもう一度確認に行くわ。」

 「シィフ様、危険です…!」

 「だからこそよ。そのままにしておけば、貴方達にも被害が及ぶもの。」


 中の声はシィフらしい。そして、話の内容は俺達にとっても無関係ではないようだ。

 俺はトキナへ目配せしてから、扉をノックする。話し声は消えた。


 「失礼する。悪いが今の話、聞かせてもらった。」

 「…………そう。でも安心なさい。貴方達は町にいれば安全を保証してあげるわ。」

 「いや、その黒い球体には私達も用事があるんだ。」

 「貴方達も確認に行くと言うことかしら。でもどうして。言っておくけれど危険なのよ。はっきり言って、オススメしないわ。町にいなさい。」

 「俺達は人助けの為に旅をしてる。だから、手伝いをしたいんだ。」

 震える口で言葉を紡ぐ。この感覚は2度目だ。記憶の使者として好き勝手やっておきながら、人助けをしたいなんて本当に都合が良いことだ。


 「人助け……ふふっ、そう。不思議ね。私達、おんなじみたいだわ。そういうことなら、早く行きましょう。」

 シィフは同じだと言った。だが、違う。そんなはずはない。町のために尽くそうとしているシィフと俺では雲泥の差がある。

 言葉にせずとも、心の内でそう思った。


 「やっぱり、モンスターが出てきてるわ…。」

 町の外、離れた草原で俺達は黒い球体を目視した。そこからは溢れんばかりのモンスターが湧き出ている。

 シィフと町民の話によると、これが初めてではないのだろう。


 「凄い数だな…。今まで何故問題にならなかったんだ。」

 「何故?そんなの、決まってるわ。『聞きなさい!そして目に焼き付けなさい!私の美貌を!貴方達は私へ傷をつけることは出来ないわ!そして町にもね!』」


 モンスターに向かってシィフは話しかける。そんなことに意味があるのかと目を見張ったが効果はてきめんだった。

 大群が黒い球体へと戻っていく。まるでシィフの言葉を聞いているようだ。


 しかし、黒い球体から再びモンスターがやって来た。その奥では別の世界の愛の使者が佇んでいる。

 恐らくモンスターを指示しているのはあの愛の使者なのだろう。


 俺は剣を抜き構える。愛の使者への道は草原を埋め尽くさんばかりのモンスターに溢れている。


 「大本を絶ってくる。」

 「分かったわ。道は私が開くわ。『聞きなさい!そして目に焼き付けなさい!私の美貌を!貴方達は彼の前に決して踏み出せないわ!』」


 シィフの言う通りにモンスターは俺のために道をあける。しかし、彼女の命令は愛の使者によって上書きされる。

 再びモンスターは俺達の方へ牙を向く。だが、負けじと声を張ってシィフは命令を続ける。


 俺は彼女の助けを借りつつ、愛の使者の元へと走った。


 「は、はぁ、はぁ。」

 息を絶え絶えにしながら、剣を持ち上げて愛の使者の胸元を斬りつける。すると黒い球体は消え去った。残ったのはシィフに従順なモンスターのみだった。



 俺はシィフとトキナと合流する。

 「お疲れ様。それにしてもシィフ。このモンスターどうするんだい?」

 「害がないようなら町で飼うわ。私を愛するのは何も人間だけの権利じゃないもの。」

 

 彼女は随分懐が深いらしい。そんな彼女と俺達は町に戻った。


 翌朝、朝食を終えた俺達の元にシィフがやって来た。


 「昨日は助かったわ。貴方達、旅をしているのよね。それじゃあもう行くのかしら。」

 「あぁ。」

 「そう。寂しいけれど、私はいつでも歓迎するわ。ナレザ、トキナ。貴方達の人助けの旅が情熱的なものであることを祈ってるわ。」

 「おや、私達自己紹介をした覚えはないんだけれど。」

 「あら、観光客の名前ぐらい把握してるわよ。いつでもこの町にいらっしゃい。いつでもこの美しい私が迎えてあげるわ。」


 そうして俺達はシィフと、彼女の統べる町へ別れを告げた。

 「…………皆、生き生きしてたねぇ。」

 「そうだな。」

 帰り道、思い出すかのようにトキナは呟く。彼の言う通り、リィーもラートもシィフも己の能力を活用して懸命に生きていた。


 「羨ましいな。少しだけ。」

 「トキナも好きなように生きれば良い。」

 俺は思いのまま言葉にした。彼は使命とは関係ないにも関わらず、俺の手助けをしてくれたのだ。

 他の使者と同様に、別の形で何かしらの幸せを掴んでほしかった。そう思って、俺はトキナと話した。


 「リィーちゃん!モンスターがまた出たみたいです!」

 「分かった。任せて。」


 村人に言われるがまま、リィーはモンスターが出たという場所へ向かった。そして彼女は己が力を発揮する。

 命を奪う、冷たき力を。彼女から発せられた肌を裂かんとする寒風はモンスターへと向かう。


 そしてそれがモンスターへ到達した時、その命はリィーのものになる。


 「ありがとうございますリィーちゃん!」

 「ううん。それより、怪我人はいる?私、治しに行くよ。」

 「えっ!?流石に疲れちゃいますよ。それくらい唾つけさせて治しますから!」

 村人はそう言って元気に腕を振った。リィーの力は命を奪うだけでなく、与えることも出来る。

 そのため、他人の治療もできるというわけだ。


 村に帰ったリィーは酒場へと向かう。

 「いらっしゃい!また来たのか!今日もチャレンジするか?」

 「うん。おっきいの一つお願い。」

 「あいよ!」

 

 しばらくすると酒とツマミが出てきた。リィーは思いっきりコップを傾けて酒を喉に流す。

 やはり、酒は苦かった。これが美味しく感じるのはどのぐらいの時間が必要なのだろうか。


 「そういやリィー、何だってこんなしみったれた村に残ろうと思ったんだい?」

 「それは…人の役にたとうと思ったから。前に、ありがとうって言われたのが嬉しくて。」

 「へぇ。そりゃあ良い。」


 店主へ話がいると違和感に襲われる。確かに、褒められて嬉しくて、人助けをしようと思った。のだが、それだけではない気がする。

 うちには靄が立ち込める。晴れないそれは気持ち悪くって仕方ない。


 「どうした?気分でも悪いのか?」

 「…………うん。何だか、思い出せないことがあって。」

 「それじゃあ気分転換にでも行くと良い。丁度、ある花畑が話題になってんだ。」


 店主から花畑のことを聞いたリィーは、このもやもやを打ち消すためにもそこへ赴くことにするのだった。


 

 

 

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