前編
「あ、ありがとうございます!これでこのあたりは平和になります!」
女は俺に感謝をする。頭が飛んでいくほどペコペコと礼をする。まぁそれも当然だ。何せ俺は今しがたドラゴンを討伐したのだ。
剣を鞘に収めつつ女を見る。
「是非、お礼をさせて下さい!」
「礼か…。ならば、綺麗な貴方との時間を、」
そう言いかけた時、女の後ろから一人の男が来た。そしてあろうことか、女の肩に手を置く。
「あら、ダーリン。この人がドラゴンを討伐してくれたのよ!」
「本当か!なら、何か礼を…。」
「いや、いらない。……………それじゃあ。」
旦那が居るなら先に言って欲しい。流石に不倫は行けない。俺のモットーは純愛至上主義なのだ。
どれだけ強くなろうともこれだけは譲れない。俺は夫婦を背にしてまた別の村を目指す。
恐らく他の村もまたモンスターに襲われているのだろう。これには理由がある。使者と呼ばれる存在のせいだ。
彼らは神秘という謎の力を使って人間を陥れている。理由はそれぞれらしいが、迷惑なことこの上ない。だが、少し思ってしまう。使者のお陰で俺は必要とされて、感謝をされるのだと。
もし、この世界が呆れ返るくらい平和になったら俺はお役御免だろう。戦うことしか能がないからだ。
故に、決して言葉には出来ないが、使者にはほんの少し感謝している。
そんなことを思っていると別の村へ到着した。タイミングが良かったらしい。丁度、村には使者と思わしき奴がモンスターと共に村を襲っている。
「そこまでだ!」
俺の声はよく通り、誰もが俺を見る。村人も使者もモンスターでさえも。この瞬間がたまらない。
「貴様らの狼藉、このナレザが許さん!」
己の名を告げて、使者たちへ走っていく。剣を抜き、此方にやって来るモンスターを切り捨てる。
時にはそれらを足場として、使者に近付く。
「ま、待ちなさいよ!ほぅら、私の目をよぉく見て…。」
「くだらん力だ。俺に通用するとでも?」
使者の女はそれを聞くと得意気な顔を崩す。考えるに、女は愛の使者と呼ばれる奴なのかもしれない。
愛の使者はその名の通り人間から愛される力を持つ。だが、俺にそんな小細工は通用しない。
「わ、私を殺すの!?こんなに美しくて愛らしい私を!?」
戯言に構わず、俺は女を斬る。道中、モンスターを斬ってきたおかげで村から脅威は消えたようだ。
「あ、ありがとうございます!」
「凄い!使者に勝つなんてあの人は最強だ!」
そうだ。俺は最強なのだ。当たり前のことを耳に入れながら、周囲を見る。すると一人の少女がやって来た。
「お兄さんありがとう!私、何かお礼をするよ!」
「………何をしてくれるんだ?」
「えっとね!これ!お花あげる!」
「…………そうか。ありがとう。それじゃあ。」
小さな少女に何を期待していたんだろうか。まさか、幼女趣味でもあったのか。知らなかった自分の趣味を認識して、俺は村を去る。
いや、だが、流石に少女は不味いだろう。考え直して、再び別の村へ向かった。
村へ向かう途中、巨大な物体が空へ浮かぶのを見た。見たことのない物質で出来ているソレは、まるで船のようだ。
「お、お助け下さい!村の連中があの船に連れ去られたんです!」
「そうか。分かった。」
此方に寄ってくる男の言葉に頷いて、俺は地面を強く蹴る。そこから成された跳躍によって、いとも簡単にそらとぶ船へ到着する。
船の上を歩くとカンカンと音がした。そこでふと思い出す。はるか昔の遠い異境の地で、こんなものを海に浮かべて航海する人々の姿を。
少し懐かしい気持ちに駆られながらも、俺は甲板にいたモンスターを一掃する。俺の剣に迷いはない。
騒ぎを聞きつけたのか、中から使者と思わしき男がやって来る。
「おやおや、物騒なお客様だねぇ。……ん?」
「何だ。」
「いや…。無意味かもしれないが君の名を聞いても?」
「名を聞きたいなら貴様から名乗れ。」
「これは失礼。私は時の使者。私達使者には名前がないからね。これで勘弁してくれ。それで、君の名前は?」
「ナレザだ。」
自己紹介も済んだところで、俺は時の使者に斬りかかる。見慣れないこの船は、時の使者が過去か未来から持ってきたものだろう。
時の使者を倒した所で船が消え去るわけではないと思うが、捕まっている村人の為だ。
時の使者の体を剣で貫き、俺は役目を終える。
「あぁ…。久々の再会だと言うのに、呆気ないね…。」
「貴様と会ったことなどない。」
「本当に…?頭の隅にもないのかい?それとも君は記憶がないんじゃないのかい?」
図星だった。確かに俺には記憶がない。目覚めた時には見知らぬ村で介抱されていたのだ。
そして、モンスターに襲われている村を助けて旅に出た。人々を助けるために。
「ふふふっ。君は恐らく、これからも使者と戦うだろう。」
「何故そう言える。」
「何故、か。私達は記憶の使者に造られた身。彼から与えられた使命は、君と無関係じゃないだろうからね。」
「記憶の使者が貴様らの頭領なのか。………おい、答えろ。」
「……………。」
時の使者は怪しげな笑みを浮かべながら絶命した。情報を引き出すために、もう少し手加減をすればよかっただろうか。
そんなことを思いつつ、俺は船に捕らえられた村人を抱えて地上に降りる。一回で5,6人運び、少し往復すると村人は皆村に戻っていた。
「ありがとうございます!何かお礼を…!何でも聞きましょう!」
太い筋肉をピクつかせながら村の男が近付いてくる。
「いや…礼はいらない。それじゃあ。」
目を細めた村の男が少し怖かったので俺はその場を去る。
時の使者は言っていた。自身らは記憶の使者に造られて、そいつの指示に従っていると。ならばそいつを倒せば使者たちは静まり、平和が訪れるかもしれない。
それで、良いのだろうか。平和が来てしまえば、俺は不要になるだろう。
「………今は考えるのをやめておこう…。」
頭を振って道なりを歩く。いつか向き合わなければならないことだとしても、今は遠ざけておきたかった。
途中、村で夜を過ごした後、俺は花畑に辿り着いた。温かな風が花びらと花の香りを届けてくる。
そこに、一人の少女が座り込んでいた。そしてもう一人蔓を握りしめる少年が居る。
近くに寄ってみると少女が蔓を巻き付けられているのに気づいた。棘のついている蔓がきつく締まっているというのに、少女の顔からは苦痛の色が見えない。
「ねぇねぇ!もっと苦しんでくれなきゃ!楽しくないでしょ!?」
「何をしてるんだ。」
「あ?誰、君。」
「名を聞くなら貴様が名乗れ。」
「やだね!君が名乗りなよ。そしたら僕も大人しく名乗ってあげる。」
「ナレザだ。貴様も早く名乗れ。」
「思ったより聞き分けがいいじゃん。僕は茨の使者。今はお楽しみ中だから、わっ!?急に斬り掛かってくるなよ!?」
茨の使者の言葉を待たず、俺は剣を振るう。間一髪、茨の使者は攻撃を避けたようだ。
少女が人質に取られると面倒なので素早く済まそうと思ったが、そうはいかないらしい。
予想通り、茨の使者は蔓を巻き取って少女を近くに寄せる。
「そんなことして良いのかなぁ。この子がどうなっても知らないよ。」
ここまで型にはまった行動だと、いっそのこと清々しくも感じる。俺は人質を傷付けずに茨の使者を倒す方法を考える。
だが、少女が諦めきった表情で語り始めた。
「私のことは、気にしなくて良い。」
「何故?」
「これ以上、生きるつもりはないから。生きる理由も生きて伸びてすることもないから。」
初めは彼女の言う通りにしようとおもった。少女ごと茨の使者を斬ってしまえば、ことはすぐに終わるのだ。しかし、それでは駄目だ。
俺は人に感謝されて必要とされる為に旅をしている。生を全うしている。故に、俺の活躍を目にする人間は一人でも多い方がいい。
「生き延びてすることなら、一つある。貴様は生き延びて俺の勇姿を見届けろ。」
少女の瞳を見てそう告げる。すると、少女の側にいた茨の使者は痺れを切らしたのか怒鳴った。
「僕を仲間外れにしないでよね!」
そう言って蔓をさらにきつくして少女の命を奪おうとする。その前に、俺は剣を思い切り茨の使者へ投げつけた。
少し不安だったが、剣は問題なく茨の使者の顔へと突き刺さる。顔が吹き飛んだ体は力を弱めて倒れ込む。
俺はそれを見て花畑を去ろうとする。しかし、後ろから少女の足音がした。
「…なんだ?」
「貴方の勇姿、見届ける。その使命を果たすために、着いてく。」
「………そうか。」
自分で言うのもなんだが満更でもなかった。やはり一人旅は寂しいものだ。一人増えるだけでも寂しさは埋まるかもしれない。
そう思って、俺は後ろを着いてくる少女と共に花畑を離れた。
「貴様の名前は?」
「………名を知りたい時は、自分から名乗れって、貴方、言ってた。」
「………俺はナレザだ。で、貴様は?」
「リィー。」
「そうか。」
リィーはそれっきり話すことなく、静かに俺に着いてきた。いや、静かではない。ペタペタという足音が喧しく鳴っている。
「貴様、靴はどうした。」
「知らない。」
「替えの服は。」
「知らない。」
「体を洗ったのはいつだ。」
「知らない。」
思わず頭を抱えた。これはまず、水浴びでもさせて着替えを用意するのが先決らしい。意識してみれば、リィーの体は少し臭う。先程まで花畑にいたお陰で気付かなかったようだ。
取り敢えず、俺は町へ立ち寄った。リィーは近くの川で水浴びさせている。流石にあのまま町に入れるわけにはいかない。
適当な服や靴、それと食料を用意してリィーのもとへ向かった。
「服、ぴったりだった。」
着替えを終えたリィーは俺の前に姿を見せる。
「そうか。」
「…………サイズ、教えてないのにぴったりだった。」
「………それがなんだ。」
「ナレザは、変態さんなの?」
「違う。店の者に貴様の背丈を教えて選んだんだ!」
「ふぅん…。」
服を用意したのに変態扱いされるとは心外だ。弁明で疑いは晴らせたと思ったが、リィーは俺から少し距離を取っている。失礼な奴だ。
「食料だ。今のうちに腹に入れとけ。」
「腹に…?分かった。」
「違う!誰が服の中に入れろと言った!」
「ナレザがさっき言った。」
「腹の中に入れろというのは食えということだ!」
「そうなんだ。」
気を取り直して、俺はリィーと食事をとった。この先が少し不安になる。
夜がやって来た。俺達は町の宿で休んでいる。リィー用に一人部屋を用意しようとしたが、心配なので同じ部屋で泊まることにした。
することもないので、俺はベッドに入って眠りにつこうとした。だが中々寝付けない。余計なことが頭によぎる。気を紛らわせるために、隣のベッドで眠るリィーへ話しかける。
「リィー、起きているか。」
「起きてる。どうしたの。恋バナ?」
「…………違う。ただ、貴様のことについて聞こうと思ったのだ。」
「スリーサイズは教えないよ。」
「違う!誰が知りたいと言った!」
やはりリィーは俺を変態だと思っているのだ。心外で堪らないが、気を取り直して質問をする。
「貴様、家はどこだ。」
「………知って何するの?」
「何もしない。今のは、家族は心配してないのかと聞きたかったんだ。」
「………家族は、知らない。」
「貴様もまさか記憶がないのか。」
「うん。もって、ことはナレザもなんだ。」
「あぁ。記憶喪失が揃うとはな。」
「お揃いだね。」
「全くもって嬉しくないな。」
嬉しくはないが、納得はいった。リィーがあれ程生に執着が無かったのは記憶を失っていたからのようだ。
それも当然か。何も覚えていないならば、生きていようと死んでいようと同じかもしれない。違うことと言えば、生きていたら何かを残せるということだ。
俺は記憶がないが、俺の力は役に立つ。この力があればモンスターや使者を倒して必要とされる。
俺にとっての使命と言えるかもしれない。
「私、夜は怖かった。」
「今もか?」
「ううん。近くに人が居るだけで怖くない。」
「そうか。………俺達は仲間みたいなものだ。だから、怖いことがあれば俺が取り除こう。」
「記憶喪失仲間、だもんね。」
「あぁ。」
そんなことを話していると、俺は穏やかな眠気がやって来た。これ程人と話したのはいつぶりだろうか。
村や町に立ち寄ることはあれど、自分の記憶については話したことがなかった。
孤独の寂しさを感じているのに、俺は自ら人を遠ざけていたようだ。称賛を欲しているのに、必要とされたいのに、人間から離れるなんて馬鹿なことだ。
シンとした夜の中、俺はそう思って眠りについた。
目覚めると、俺達は朝食をとって宿を出た。再びモンスターや使者を倒すために歩き始める。
道中、動く死体に出くわしたが問題なく対処をした。
「ナレザは強いね。」
「当たり前だ。俺はこの世で最も強い。」
「生きてる人間、全員に会ったことあるの?」
「ない。」
「じゃあ最も強いっては言えないね。」
口の減らないリィーと共に、俺は村へ着いた。丁度日も暮れていたのでそこに泊まっていった。
「ナレザ、あそこ何?」
「ん?酒場だ。小さな村だから、酒場もそれ程大きくないだろうがな。」
「行こう。」
「………酒、飲めるのか。」
「飲めない。ナレザは?」
「俺も飲めない。」
「そっか。じゃあ行こっか。」
そう言ってリィーは強引に酒場へ俺を連れて行った。飲めないと言ったのに、どうしてそれ程行きたがるのだろうか。
「いらっひゃい!おぉ、これまた若いお客さんだねぇ!」
「間違って入ったんだ。帰るぞリィー。」
「間違ってない。このおっきいの一つ。」
「おい!」
「あいよー!搾りたて持ってくるから待っておくれ!」
「と、取り消しだ!」
「ん?何を?」
「リィーが注文したおっきいのだ!」
「あいよー!おっきいのもう一つ!」
「酔っぱらっているのか貴様!?」
話の聞かない店主はそのまま店の奥へと引っ込んでしまった。考えてみれば、あの店主の顔は赤らんでいたし、呂律も回っていなかった。
俺達はどうやら酔っ払いの経営する酒場に入ってしまったらしい。帰ろうにもリィーが机に張り付いて離れない。どれだけ引っ張っても頑固に残ろうとしている。
「お待たせ!おっきいの二つ!これはサービスのツマミだ!」
そうこうしていると店主が酒とツマミをもってカウンターへやって来た。残すわけにもいかないので、頂くしかなさそうだ。
渋々酒を飲む。思ったより美味しそうだなんて思ったのも束の間。喉に通ったそれは、苦味しかない液体だった。
「ぐっ、苦いなこれ…。」
「…………ナレザ、これあげる。」
「貴様が注文したんだろう!?おい、ツマミだけ食べるな!」
「はっはっはっ。坊っちゃんたちには早かったかねぇ。まっ、いつかそれが美味いと感じるようになるさ。」
「?味覚が変わるの?なんで?」
「これよりも苦い思いをするからさ。そうすると、あら不思議。この酒が美味く感じるんだ。」
「そうなんだ。」
店主の物言いに納得しながらリィーはツマミを食べ尽くした。俺は一口も食べられていなかったのに。
苦い酒を飲み干して、俺はリィーと酒場を出る。
「ほれじゃあな!今度来る時は酒が美味くなる歳になってからにひな!」
「………今度来た時は、酔っ払わずに迎えてくれ…。」
恨み言をぶつけつつ、扉を開ける。そして俺達は宿に行った。
翌朝痛む頭を抱えながら、俺とリィーは村人の話を聞いていた。
「ということで、死の使者が近くに来ているらしいのです。どうか助けて下さい。」
「分かった。リィー、お前は村にいろ。」
「でも、ナレザの勇姿を見届けられないよ。」
「…………使者が相手だ。俺の勇姿はモンスター相手でも見せてやれる。いいから、大人しく村にいろ。」
「それが使命なら、そうする。」
納得したリィーは村へ残った。手持ち無沙汰なので村をふらついていると、周囲の気温が下がってきたのを感じた。
「さ、寒い…一体どうなっ、て、」
「………大丈夫?」
リィーは倒れかかってきた村人を咄嗟に受け止める。すると村人は驚きの声をあげた。
「あ、温かい!」
「私が?」
「はい!………その、もう少しこのままでいいですか?」
「良いけど…」
その村人は言う通りに、しばらくリィーにひっついていた。自覚はしていなかったが、リィーの体温は高いようだ。
「はぁ。ありがとうございました!それにしても不思議です。こんなに温かいなんて…。何だか私の体に熱が移ったみたいです!」
「よく分からないけど、良かった。」
「そうだ!昼食は食べました!?食べてないですよね!食べましょう!」
「う、うん。」
村人の勢いに押されるまま、リィーは共に昼食をとった。ナレザはまだ帰ってきていない。彼は大丈夫だろうか。
もしナレザが帰ってこなければリィーの使命はなくなり、再び生きる意味が無くなる。
だが、彼女の不安は生きる意味を失うことからではない。ナレザが帰ってこないことが不安なのだ。
彼は仲間だと言ってくれた。初めてだった。いや、記憶を失う前にも仲間はいたのかもしれないがそれももう思い出せない。
だからナレザだけがリィーの仲間であった。彼だけが、彼女の夜の不安を拭ってくれるのだ。
「ふぅー、ご馳走様!さっきは本当にありがとうございました!」
そう言って、村人はリィーの手を握る。彼女の手はリィーとよりも冷たかったが、リィーの心はほんのり温かくなった気がした。
「……?何だか寒いな。死の使者の仕業か…。」
俺は隣の村へ移動中、強烈な寒気に襲われた。だが、これしき問題はない。引き続き進む。
すると腐った死体に担ぎ上げられている人間を発見した。ただの人間ではないはず。恐らく死の使者だろう。
「止まれ。俺はナレザ。貴様の名は?」
「私の名を教える必要がどこにあろうか!?いや、どこにもない!」
「そうか。」
男は答えなかったが、死の使者で間違いない。おかしな言動を見ればおおよそ予想はつく。
剣を抜き、死体を椅子とする男の元へと向かう。男の指示で蠢く死体が四方八方から襲いかかってきた。
それを一網打尽にして、男の首を取ろうとした。が、足元に転がった倒したはずの死体が俺の足首を掴む。
しがみつく死体の手首を素早く処理して、俺は男へ剣を振るった。弧を描いた軌跡は、男の首を跳ね飛ばす。
死の使者と思われる男は倒した俺はリィーのいる村へ帰る。気のせいだろうが死体に触れた時、 体温を奪われたような気がした。
そのせいか、今は少し寒い。早く帰ろう。足を早めて村を目指す。
「死の使者を倒してくださったんですね!ありがとうございます!もう遅いので今日は泊まっていって下さい!」
「あぁ。」
村人の言葉に甘えて、俺はこの村でもう一泊することにした。
そして、夜。宿の一室で眠りにつく前にリィーが話しかけてきた。
「今日ね、ありがとうって、言われた。」
「そうか。どう思った。」
「嬉しかった。ナレザもいつもあんな気持ちなんだね。」
「あぁ。そうだ。」
「………私、もっといっぱい人の役にたちたいな。」
「俺と居れば嫌でも人助けすることになる。安心しろ。」
「………うん。これからも仲間としてよろしく。」
「あぁ。」
リィーは俺の勇姿を見届けるのを使命としたが、今となっては彼女は自分でやりたいことを見つけたようだ。
嬉しいような、寂しいような。いや同じ仲間で、同じ目標を持てるのだ。嬉しいに決まっているか。
そう思って俺は眠りにつく。リィーも今日はあまり話すことなくぐっすり眠ったようだ。
翌朝、俺は信じられないものを目にした。それは昨日倒したであろう死の使者の姿だった。
死体とともに村にやって来た死の使者は俺を見つけると高らかに語る。
「またあったなナレザ!ここで会ったが百年目、というやつだな。」
「死の使者。何故貴様生きている。まさか、不死とは言うまいな。」
「?死の使者…?何を言っている。私は使者などではない。ただの死体だ。」
「何!?」
死の使者と思われていた男は使者ではなかった。だがこれで合点がいく。倒したはずの男が未だ喋っているのは、死体だからだ。
死体を倒しても動くことは昨日の戦いで分かっている。そして、塵のように切り刻めば動かなくなることも。
そうと決まればすることは単純だ。剣を抜き、男の元へ跳躍する。男が何かする前にまずは首を飛ばす。その次は四肢。それから四肢を関節ごとに細かくしていく。動かないようにするためにも。
「さ、寒い…また…。」
「大丈夫。私が、近くにいるよ。」
「…!ありがとうございます!」
俺の後ろにはリィーをはじめとした村人がいた。男の襲来は突然だったので、避難はできていなかった。
だが、それも不要だ。俺の素早い剣であっという間に男の体は見る影もなくなった。これで再生することもないだろう。
事が済んだので村人へ近付く。
「ひっ。」
ほんの少し。近付く俺に村人は悲鳴をあげた。冷静に考えれば無理もないことだ。死体と言えども、人間を細かい肉塊へと切り刻んだのだ。
村人のために、歩み寄ることなく離れた。
「あ、えと、ありがとう、ございます。」
「いや…。それじゃあ俺はこれで。」
「待ってナレザ!」
「………リィー。貴様が今やりたいことは何だ。」
「え?えっと、人を助けたい…。」
「なら、俺に着いてくることはない。」
「な、なんで?昨日は着いてくれば人助けには困らないって、」
「そうだ。だが、人助けにも種類がある。俺は力で人を助けるが、貴様は違う。駄賃だ。これだけあれば困らないだろう。」
俺は足元に金の入った袋を置く。そして、リィー達に背を向けて歩き出す。
「待ってよ、ナレザ!」
「あ、あの、家なら私の所で暮らせますから、ね、ここに住みませんか?」
リィーの隣にいた村人が彼女に言う。俺といるよりも彼女といたほうがリィーの為になるだろう。
「で、でも…。」
未だ悩むリィーに俺は声を固くして言う。
「リィー。俺は貴様を仲間といったが、そんなことはない。俺には仲間なんていなかったんだ。だから、着いてくる理由なんてない。着いてくるな。」
「ナ、ナレザ…。」
リィーの姿は見ていない。彼女が今、どんな顔をしているのか分からない。考えたくもないことだ。
だから、俺は足に力を込めて思い切り大地を蹴った。一瞬にしてリィー達のいる村から去ったのである。
リィーと別れて数年。俺は未だに一人旅を続けていた。記憶は戻らない。別段、記憶に執着なんてない。
ただ、一人だと余計なことばかり考えてしまう。この数年、モンスターや使者を順調に倒している。
このままでは、平和になるだろう。そうすれば、俺は不要になるだろう。だが、それでも良いかと思い始めた。
平和な世では力しか持たない俺ではなく、リィーのような人間が健やかに暮らせるのだから。
そう思うと、俺の歩みも迷いなく進められる。
そうして、俺はある噂を聞いた。死の使者がとある村を占拠しているのだという。それもかなり時間がたっていると予想されている。
何故それ程発覚が遅れたのか。それは単純に村一帯、広い地域で人が死に死体として生活していたかららしい。
俺は既に別の国にいたので、そこまで酷い状況になっているとは思わなかった。急いで、件の地域へ向かう。
あそこにはリィーが住んでいる。彼女や近しい人間のためにも死の使者を必ず倒さなければ。
「っ!?なんだこの寒さは…!?」
訪れた地域は途轍もない寒さになっていた。瞬きをする間に睫毛は凍り、体も強張ってしまう。
既にリィーは別の地域へ引っ越しただろうか。そうでないと、とてもじゃないがこの辺りでは生活を出来ない。
脚を畳み、瞬時に伸ばす。それと共に地面を蹴ってリィーの居た村へ向かう。
「……………。」
村には人が一人も居なかった。だが、それは安心出来ることではない。人は居ないだけなのだ。
動く死体は山程あった。中には見覚えのあるようなものもあった。それらを斬り伏せて俺は進む。
「…………悪いな。酒場に行けなくて。」
酒場の店主を斬って、さらに奥へと進む。嫌な予感がした。村人は避難をしていなかった。死の使者の影響を受けてしまっている。
つまり、リィーも、
そんな予感を上回るほど、現実は俺にとって非常だった。
「リィー………?」
リィーの姿を見つけた。死体ではない、と思う。だが、以前出会った時とは様子が違った。
彼女は死体の手を取り踊っている。無理に動かすので、寒さの中でも死体の皮膚がポロポロと落ちる。
「リィー。何を、しているんだ。」
「………ナレザ。久しぶり。」
「状況を、説明してくれ。この辺りには、死の使者が、いたはずで、」
「うん。」
「お前は、何で、こんな中でも平然としているんだ、」
「あのね、私、寒くないの。むしろ温かいの。もう夜も怖くないよ。」
「………………死の使者は、何処にいる。」
頼むから、これ以上何も言わないでくれ。質問をしたのに、そんなことを思ってしまう。でも、本当に、聞きたくないのだ。
彼女の口から、そんなことを、聞きたくないのだ。
俺の思いとは裏腹に、リィーは淡々とした様子で口を開く。
「死の使者はここだよ。改めて、自己紹介するね。私は死の使者。人の命を吸って生きる卑しい生き物。」
「……………騙してたのか。」
「ううん。違うよ。ナレザと別れてからね、数週間は楽しく暮らしてたんだ。でも、それから村人はおかしくなっちゃって。」
リィーは笑いながら語る。
「あっ、おかしいのは私だ。村は寒くなるのに、私の体はずっと温かいの。むしろ、熱くなって。それでね、気付いたらね、私の近くで誰も息をしなくなったの。」
「そこで思い出したのか。」
「そう。あぁ、私が皆を苦しめる死の使者なんだって。もう、死のうかなって思ったよ。でも、私は沢山の命を吸ったから死ねなくて。困ったよね。」
リィーが真っすぐ、俺の瞳を見る。彼女は俺や村人を騙してはいなかった。そして死の使者として、人殺しを楽しんでいる訳でもなかった。
彼女は目尻に涙を浮かべて、俺へ頼む。
「私、強いよ。でも、ナレザなら倒せるよね…?」
「…………あぁ。俺は、この世で最も強い。」
剣を抜く。息をつく間もなく、リィーの元へと駆け寄る。邪魔立てする死体は斬り伏せる。
あぁ、後で粉々に切り刻まなければ。そんなことを思いつつ、リィーへ剣を向ける。
確かに、リィーの再生力は驚異的なものだった。しかし対応できないわけではない。動く死体と同じように、再生出来ないほど刃を彼女の体に通せば良い。
まずは、首。
『これ以上、生きるつもりはないから。生きる理由も生き伸びてすることもないから。』
次に四肢。
『お揃いだね。』
そして四肢を関節ごとに切り刻む。
『…………ナレザ、これあげる。』
雑念が頭の中で騒がしい。辞めてくれ。彼女の声を、思い出させないでくれ。彼女との記憶を、思い出さないでくれ。
「………ごめん、ね、ナレザ。勇姿、見届けられなくて、あ、村の、人にも謝らなきゃ、私の、せいで、」
「もう、いい。もう、いいんだ。」
ただの肉塊となった物を前に、俺は膝をついた。
辺りはいつの間にか温かくなっている。だと言うのに、目の前の物はひんやりと冷え切っている。
気がつけば俺の隣には見知らぬ、いや、見知った男がいた。
「やぁ、久しぶりの再会だね。あぁ、まずは自己紹介かな。私は時の使者。もしかして、何故生きているか不思議かい?」
「……………………いや。俺は貴様を知っている。貴様らを、造ったんだからな。」
「おや!記憶がもどったんだねぇ!それじゃあ君のことはナレザではなく、元の呼び名で呼ぶよ。記憶の使者、と。」
時の使者の言葉には親愛を感じられた。そうだ、俺はコイツら使者を造った。そして俺に関する記憶を奪った。加えて自らの記憶も。
「私達は君の言う通り、人間を襲うという使命を果たしてきた。満足頂けたかな?」
彼の問いに答えなかった。答えたくなかった。満足か。そんなの、結果としては満足だろう。
何せ、使者のお陰で俺は人に求められ、満足感を得ていたのだ。そして、一時とは言え仲間をつくれた。まぁ、それも俺が過去に自ら造ったものだったのだが。
「は、ははっ。馬鹿馬鹿しい!俺は、俺の為に、人間を、リィーを、ははっ、はははっ!」
神秘という力を見つけた時は、俺は大いに喜んだ。きっと人に必要とされるのだろうと、注目を浴びるのだろうと、そう思っていたのだ。
しかし、実態は違った。俺以外に再現の出来ないそれはただのオカルトとして一蹴された。
そして俺はただの気狂いとして孤独となった。孤独を紛らわすために、俺は同じような使者を造ることにした。
とは言っても人を一から造るのではない。人の記憶を操り、使者を造るのだ。まずは元の人格をまっさらにして俺の知識を詰め込んだ。
無論、誰もが使者となれる訳では無い。俺の知識に適応できなかった人間は二度と言葉を話せることはなかった。
そうして何度かの実験で、俺は使者を造った。それでも孤独は埋まらなかった。だから、次は使者を使って俺が必要とされるシチュエーションを作った。
その結果が、これだ。
「もう、どうでも、良い…。」
力なくへたり込む。
俺は生涯、負けることはなかった。当たり前だ。何せ俺はこの世で最も強いのだから。
「記憶の使者。もし、私が君にチャンスを与えられると言ったらどうする?」
「チャンスだと…。」
「そうさ。忘れたかね。私は時の使者。生物と無機物も、あらゆるものを過去未来に送ることが出来る。」
「………俺を過去に送るというのか…。だが、何故だ。貴様がそうすることの意味が分からない。俺が貴様に与えた使命は一つだけだ。」
「考えれば分かることだろう?私は全て教えるほど優しくないのでね。それで、どうするんだい?」
「………………時の使者。俺を、過去に送ってくれ。」
「勿論。」
時の使者は空間を黒く染める。染まった空間は球体状になり、俺はそこに吸い込まれる。
体も、意識も、その暗黒へ強く引っ張られた。